5:遭遇
「なっ!?」
すぐにはそれが何を意味するかわからなかった。しかしながらその場所と距離がどんなものかを把握したことでようやく理解する。魔獣が絶命している場所は先ほど自分の立っていた場所の真横、距離にして二メートルもない。そんな場所に立つそれは鋭い爪の光る左腕を振りかぶった形で絶命していたのだ。
(……もし、もしもハクレンさんが反応してなかったら、僕はどうなっていた……?)
そんな恐ろしい想像に震えあがる。もしあのままその腕が振り下ろされていたら、智宏かもしくは背中に担いだ少女、あるいはその両方がこの魔獣の餌食になっていたであろう。
だが智宏にはそんな想像に凍りつく、その暇さえなかった。
「走れェ! トモヒロォッ! 村まで走れェ!」
いきなりレンドに腕をつかまれ引っ張られる。一瞬少女を落としそうになり、それを立て直しながらレンドに引きずられるように走る。智宏にしてみれば意味が分からない。なにしろ魔獣は今ハクレンによって殺されたはずだ。
だがすぐにそんな智宏の認識が甘かったことを思い知らされた。後ろを走っていたハクレンが追いつくと同時にその直前に通った場所に重いものが着地するような音がいくつもしたのだ。
「振り返るなトモヒロ君! 奴らは常に三・四匹のグループで狩りを行う! その上人間を目の敵にしてるからこの臭いでもかまわず、いや、臭いを目印に襲ってくるぞぉ!!」
「ハクレンさん、後ろから二匹! トモヒロはそのまま走れ!」
言うなりいきなり二人の気配が遠ざかる。否、遠ざかっっているのは智宏の方だった。二人は立ち止って後ろから来る二匹を迎え撃つつもりらしい。
思考がマヒしてまともに働かず、今は言われた通り逃げることにする。それと同時に猛烈な後ろめたさが心を苛む。まるでこの世界での恩人とも言える二人を見捨てて逃げているようなそんな感覚。
罪悪感、嫌悪感、無力感、そして何に対するか分からない恐怖。
だがそんなものは次の瞬間吹き飛んだ。
自分のすぐ後ろに魔獣が降ってきたことによって。
「うおおぉあああああああっ!!」
背後の気配に振り返って見えた魔獣は先ほどの魔獣よりさらに一回り大きかった。鋭い爪のはえた右手を振りかぶって木の上から飛び降りてくる。狙いは智宏、ではなくその背にいる少女だ。
「くそぉぉぉぉっ!!」
体を無理やり倒すようにし、さらに足に力を込める。どっちの足に込めているかなど自分でも判断できない。とにかく前に体を投げ出すために全力を傾ける。
それが功を奏した。体は背中の少女ごと前に投げ出され、魔獣の右手は空振りして空を掻いたのだ。
だがその後が良くなかった。全力で後先考えず動いたため、空中でバランスを崩し、二人まとめて前に投げ出される。否、少女の方は智宏からさらに投げ出される形でより遠くに飛ばされ、智宏は背中から地面に転がった。
(ヤバいまずい危険だピンチだ……!!)
混乱しながらも倒れた状態からはね起きて、魔獣に向きなおる。そうしてみて初めて、智宏は魔獣とやらの正体を目の当たりにした。
その魔獣の正体は二足歩行する爬虫類だった。先ほど真っ先に目に入ってきた長い爪と牙、そして全身に鱗だらけの皮膚を持った。二足歩行の獣。ファンタジーに出てくるリザードマンと似ていると言えば似ているが、それと比べると目の前の魔獣は実にリアルで、いかに自分の想像力が貧弱かを見せつけられているような気分になる。
全体的に大柄な印象だが、特に腕が異様に大きく、人間よりも印象としてはゴリラに近い。この世界の人間の肌に鱗模様があることを考えると、もしかしたらこの魔獣は智宏の世界における類人猿の類なのかもしれない。先ほど上から降ってきたのも恐らく木の上を移動して飛び降りてきたのだろう。
類人猿だとすれば、否、もし類人猿でなくともこの手の生物なら高い知能を持っているとみて間違いない。考えてみれば一緒にいた四人のうち、少女を除けば一番小柄で、さらに人一人背負っている智宏を、この一番大きい魔獣が狙ってきている。それはつまり、
(罠だ……! さっきの三匹は陽動だ!!)
智宏の中でその確信が強まっていく。今自分にはだれも味方がいない。ハクレンとレンドは先に襲いかかってきた二体の相手をしている。今ここにいるのは智宏と眠ったままの少女だけだ。
(そしてたぶん目の前のこいつは獲物をしとめる役だ……! こいつらは僕たちを――――!)
目の前の魔獣が智宏に向って身を倒す。前のめりの突撃姿勢。そして振りかぶられたその腕には鋭い爪と確かな殺意が宿っていた。
(――――僕たちを獲物にするつもりだぁああ!!)
瞬間、魔獣の足が地面を蹴り、その巨体が恐ろしい速度で迫ってきた。
「うぁああああああああああ!!」
智宏の体を絶望が支配する。体格も身体能力も相手の方が上、加えて知能も高い生物と、喧嘩もろくにしたことが無い高校生ではどちらが強いかなど明白だ。すでに魔獣の爪は智宏に防げるものではない。
だがそのまま智宏の命を奪うはずだった腕は振り下ろされなかった。代わりにジャラジャラという音とともに振り上げられた腕に鎖が巻きつき、その動きを阻害する。
「……え?」
「……無、事、か、ト、モ、ヒ、ロォオオオ! すぐに、離れろぉ!!」
見れば、魔獣の背後には右手に魔方陣を展開し、そこから伸びる鎖で魔獣の腕を拘束しているレンドの姿があった。魔獣の力が強いせいか左手でも鎖を掴んで綱引きのような体制をとっている。
「ぬ、ぐ、おおおおおお!!」
うめき声と同時にレンドは自分の右肘部分にもう一つ魔方陣を展開する。右手の魔方陣と同じ鎖の術式。新たに展開されたその魔術は先に展開されていた鎖の魔術を助けるべく、魔獣の腕に絡みつく。
だが智宏は、すぐにその行為の危険性に気が付いた。
「だめだレンド!! そいつは――――!」
その先を言う暇はなかった。なぜなら言う前にレンドの体が鎖ごと投げ飛ばされてしまったからだ。
「な、にぃぃぃぃっ!!」
そのままレンドは智宏の背後に投げ飛ばされる。レンドは途中で鎖を消し、地面に叩きつけられる際に受け身をとっていたが、それでも地面に叩きつけられた勢いは絶大だ。到底すぐに起き上れはしないだろう。
(怪力……。ゴリラなんか目じゃないくらいの怪力!!)
目の前の生き物は体型的にはゴリラのそれに近い。元より類人猿は腕の力が強いので有名だ。人間より小柄なチンパンジーでさえ人間の二倍以上の腕力を持っている。そしてその類人猿に近い形態をした生き物で、体格は智宏の知るゴリラよりも巨大な目の前の魔獣が、人間と綱引きなどしても負けるわけが無いのだ。
レンドに向いていた注意を魔獣に向け直す。いつの間にかかなりあとずさっていたのか、距離こそさっきより大分空いていたが、構図としては先ほどと同じ状況だ。レンドとてあれではすぐには動けないだろう。
(逃げてもだめだ。足は向こうのほうが早い。それに何とか逃げ切れたとしても……)
背後には少女とレンドがいる。たとえ智宏が逃げ切れても二人は逃げきれない。そして今二人を守れるのは自分だけだ。
「……ハァ、ハァ、ハァ……」
その答えにたどり着いたとき、智宏はほとんど自動的に短剣を引き抜いていた。それは他の二人を見捨てて逃げることへの忌避感からくるほとんど反射的な行動だった。ほとんどパニックになっていたと言ってもいい。
緊張で乱れる呼吸を一時的に止め、何も考えずに全力で突進する。狙いは魔獣の左胸。先ほとハクレンが貫いていた、心臓のあるであろう位置だ。
「ウオアアアアァァッッ!!」
魔獣の左胸に向かって全力で走る。足場はデコボコしていてお世辞にもいいとは言えない。もしも躓こうものならその瞬間アウトだ。転べばその瞬間魔獣に首を差し出すことになる。それを意識しながらも、ひたすら魔獣の心臓を意識して走る。
だが、見ればすでに魔獣は腕を振り上げていた。あれを振り下ろせばこちらの命など簡単に奪えるだろうとようやく気付く。だが今から止まることはできない。すでに魔獣はこちらを殺せる距離にいる。
(あ、死んだ……)
既に手遅れだった。何を後悔していいのかもわからない。こんな無茶な特攻をかけたことか? 先ほどレンドが隙を作ったときそこを突かなかったことか? 少女やレンドを見捨ててでも逃げようとしなかったことか? この森に入る時に覚悟を決めておかなかったことか?
それとも、混乱に任せて考えることをやめたことか?
周りや自分の動きがやけにゆっくりに見える。自分に向けて振り下ろされる腕を見る。こんなもの殴られただけで凶器だ。首の骨が折れてしまうだろう。ましてや爪がついているのだ。間違いなく必殺に違いない。
そう思った瞬間だった。
べしゃっ、と言う音とともに魔獣の顔面に何かが張り付いた。それが何なのかを理解する前に振り下ろされた腕は、しかし智宏の頭を砕くことはせず、さりとて首を斬り裂くこともなく、目測を誤って左にそれ、智宏の肩の肉を斬り裂き、智宏を転倒させただけで終わった。
「いぃいいっ!!」
痛みで再び麻痺しかけていた思考が回復する。見れば魔獣も顔を抑えてもだえ苦しんでいた。
見れば魔獣の足元にはドレンナの皮が落ちていた。
(……もしかして、これを鼻先にまともに食らったのか?)
さすがの魔獣もこの臭いを至近距離で嗅げば一溜まりもなかったらしい。腕で顔面を抑え、その巨体を苦しみに振り回している。
(……いったい誰が?)
振り返るとそこには起き上がり、両手にドレンナの皮を握りしめた少女がいた。まだ顔には疲労の色が浮かび、座り込むような姿勢ではあるが、その眼には確かな力が宿っている。
「早く!!」
初めて聞く少女の声にようやく気付く。まだ危機は去っていないことに。そしてまだ自分の手には短剣が握られていることに。
「っあぁああああ!!」
肩の痛みも恐怖も無視して突撃する。短剣に全体重を込め、臭いに苦しむ魔獣の左胸に突っ込んだ。
腕がしびれるような衝撃と、全身に二度の衝撃。合計で三つの衝撃とともに気づけば智宏は地面に転がっていた。おそらく魔獣に弾き飛ばされたのだろう。頭がクラクラして満足に動くことができない。
(っ! 魔獣は? 殺せたのか?)
見れば魔獣はまだそこにいた。顔を右手で抑え、胸から短剣を生やして、それでもまだ立っている。確かに刺したはずの短剣はしかし、硬い鱗に阻まれたのか、骨に阻まれたのか、はたまた力が足りずに深く刺さらなかったのか魔獣の命を奪うには至っていなかった。その証拠として魔獣の眼は今も爛々と生命力に満ちた光を放っている。
「う……あぁ……」
ただし、そこにある感情は先ほどと違った。先ほどまで魔獣が放ってたのが獲物に対する殺気だとすれば、今放っているのは怒りから来る殺気だ。自分に対して刃を突き立てたものを決して許さないという怒りからくるより冷たい殺意。
「あ、あ……」
もはや声さえ満足に出せない。恐怖で思考が全くできない。それは生物の本能に訴えかける「食べられる」ということへの根源的な恐怖だ。
何よりも生物が忌避し、それゆえ避けようとする捕食の恐怖。
「うああああああああ!!」
目の前にいる者への恐怖で思わず絶叫する。振りかぶられた爪が物語る智宏の末路はあまりにも情けないもののように思えた。
だが、それでも魔獣の爪は智宏に届くことはなかった。
「レンド! そいつを引き離せ!!」
いきなり耳に飛び込んできた声とともに、智宏の体が後ろにものすごい速さで引っ張られたからだ。
反射的に後ろを見るとレンドが先ほどの鎖の魔術を発動させている。どうやら鎖を智宏の体に巻きつけた上で、その鎖を魔方陣の中に回収する形で引っ張っているらしい。なるほどそういう使い方をする術式なのかと漠然とした思考能力で考えていると、今度は魔獣のいた方向で猛烈な光とバチバチという大きな音がした。
振り向き見れば魔獣を電撃が貫いている。それは文字通り貫いていた。本来の電気なら起こるとは思えない物理的な破壊、魔獣の体を串刺しにして背後の木に縫い付け、帯びた電気で焼き尽くしていくという、刺突と感電による殺害を同時に行うという、おそらくは魔術。
「なっ……、えぇ?」
あまりにも一方的な最後に、智宏は驚愕する。その魔術はあれほど恐ろしく、三度も智宏に死を覚悟させていた魔獣を一瞬で絶命させると周りに僅かな焦げ跡を残して消滅した。
「……いきなり【雷槍】って……。ずいぶん派手なの使うんだなブライン」
いきなり隣で発せられた声に、智宏は一気に現実に引き戻される。隣を見るとそこには智宏を引っ張って受け止めたらしいレンドの姿があり、背後には恐らく自分と同じように目の前の光景に驚愕しているのだろう少女の姿もあった。
「無駄話はいい。ハクレン殿はどうしたんだ、レンド? あの御仁のことだ、まさか死んではいまい?」
そう言いながら目の前に現れたのは長い耳を持つ黒人で、表情が顔をしかめているように見えるのは元からなのか、何か原因が他にあるのかは分からなかったが、がっしりとした体をこの世界の物らしい鎧で包み、背筋を伸ばしてきりきりと歩いてくる。
「ああ、ハクレンさんなら向こうで残った一匹と交戦中だ。俺と協力してもう一匹いたのを片付けたら、残りは一人でも大丈夫だって言って一人で残った。多分死んでないよ。もしかしたら最後の一匹片付けてるかも」
「っ! それを早く言え!」
そうしてブラインと呼ばれた男は背後にいたこの世界の人間らしい二十代半ばほどの若者二人に何かを話すと、その二人はハクレンのいる方角に走って行ってしまった。そうして残ったブラインが智宏達の方に歩いてくる。
そこで智宏が目の前のブラインという男性が、先ほどの話に出てきた人物の名前なのだと初めて気が付いた。その姿は確かに聞いていたイメージとあっている。何より真っ先に目についたのは黒い肌でありながら確かな輝きを放つその頭。
「おいレンド、貴様異世界の少年に何を吹き込んだ? この少年真っ先に私の頭に注目したのだが?」
「あっ、すいませ――――」
「ハッハッハ、そりゃ仕方無い。黒光りする良い頭だからな!! 真っ先に目につく!」
「喧嘩を売っているのか貴様? いいだろう我が電撃を食らってなおそんなセリフがはけるか試してやろう」
「っちょ!! なんで【強放雷】なんて術式展開してんだよ!! こいつがどうなってもいいのか!?」
「ちょっと待てレンドォ!! なんで僕を人質にしようとしてるんだよ!! 勝手に挑発したんだから勝手にやられろよ!!」
「何を言うんだトモヒロ君。たった今僕たちは生死の境をともにさまよい戦友となったばかりじゃないか! 死ぬときも一緒だ覚悟しろ」
「それが戦友に言うセリフかぁ!! やだよ!! お前ろくな死に方しなさそうなんだもん。付き合いきれないよ!」
「まあなんて酷い子なの!! いいもんいいもん! 戦友はもう一人いるもの!!……ってそうだもう一人遭難者いるんだった」
今更のように思い出し、レンドに合わせて二人も少女の方に向き直る。見れば少女は完全に引いていた。
否、それは引いているのではなかった。彼女は明らかにこちらを警戒していた。その内心を示すように、全員の視線が集まっていることに気付いた少女は、
「っ!!」
「危ない!!」
次の瞬間、いきなり少女が立ち上がり、しかしよろけて後ろに倒れそうになった。慌てて倒れる少女の手をつかみ、引き寄せて体を支える。
「いきなり立ちあがっちゃ危ない。だいぶ疲れてるみたいだし、怪我もしてるんだから」
「……え、あ、うん」
智宏の言葉に少女も小さく反応する。どうやら意識はしっかりしているようだ。若干困惑はしているようだが、それ自体は考えてみれば当然のことだろう。
「……あなたは、その、私の味方なの?」
「……え?」
突然の質問に智宏は困惑する。なぜそんな質問をするのかがよく分からない。確かに味方というなら確かに味方だろうが、彼女が予想どおり異世界人ならどちらかといえば同類とか、仲間とか言った方が正確だろう。
トモヒロが困惑しながらも少女にそう答えようとすると、少女は答える前に「わかった」と言って答えを遮ってしまった。
(まだ答えてないんだけどな?)
答えてほしかったわけではないのだろうか? では何のために質問したのか? そんな疑問が浮かんだが今は考えないことにした。考えてみれば状況が状況だ。そんな質問の一つもしたくはなるだろう。
「ってそうだ。名前言ってなかった。僕は吉田智宏」
「……私はミシオ。……ハマシマミシオ。……よろしく?」
智宏の自己紹介に少女もたどたどしく答える。その口調はどこかぎこちなく、智宏は何となく少女、ミシオが会話に慣れていないような印象を受けた。
「えー……。失礼お嬢さん。私は――――」
「あ、ブライン。所属と階級とか言っても警戒されるだけって分かってるよね?」
「ぐっ、あー……、ブライン・バーツと申すもので……」
「奥さんに愛想尽かされかけてるハゲた四十代のおっさんだ」
「貴様ぶっ殺すぞ!?」
「ってのが口癖で顔も口も悪いので気をつけた方がいい。そんなことより俺の自己紹介をしよう。俺はレンブランド・リード、通称レンド。よろしく!」
脇で雄叫びを上げるブラインを放置して、レンドは手を差し出す。智宏個人としてはレンドの本名を始めて聞いたことによる驚きもあったのだが、とりあえず今は少女の反応を見ることにした。
その少女はと言えば差し出された手を真剣な顔で見つめていたが、少しすると意を決したように握手に応じた。どうやら彼女は握手と言う文化がある世界の住人ではあるらしい。だが、
「っ!!」
手が触れたとたんいきなり少女はレンドの手を振り払ってしまった。その顔には再び警戒の色が浮かび、その警戒はすでに先ほどまでより強くなっている。
「……おいレンド。正直に答えろ。今何をした?」
「ってトモヒロ? 何で俺そんなに疑われてるの? 何もしてないのは見ててわかったでしょ?」
「いや、貴様のことだ。我々の目を盗んで少女にセクハラを行った可能性は否定できん」
「いや、否定しろよ! 出来ねぇよそんな超人的なセクハラ!! っていうかいくら俺だって時と場合は弁えるよ!」
「えっ!? 弁えられるの?」
「弁えられるよ! って、あーもういいや。とりあえず細かいことは村に帰ってからにしよう。またこの臭いに惹かれてまたやばい生き物が寄って来てもたまらない」
「それに二人の手当てもせねばならんようだしな」
二人の会話が村に帰ると言う判断を下したことで、それについて行くべく、座り込んだままのミシオに手を差し伸べた。怪我の様子は相変わらずだが、肩を貸すくらいはできる。
だが少女は差し出された手を強く引き寄せると、智宏の体に抱きつくような体制をとる。
「なっ!!」
あまりの近さに一瞬ドキリとして、顔を背けると、少女は耳元にさらに顔を近づけて耳打ちした。
「あのレンドって人……、何か、隠してる」
「……え?」
突然の言葉に智宏は呆然とする。頭の中に空白が生まれ、智宏はその言葉が持つ意味をすぐには理解できなかった。それどころか彼女がどうしてそんなことを言ったのかもわからなかった。
(レンドが……?)
だが、先ほど彼女がレンドに対して見せた警戒が、その隠しているということに起因しているのは理解できた。
智宏の中で動揺が心臓を震源として全身を揺るがしていく。智宏には意味も根拠も意図すらも分からない今の言葉が、自分の世界を揺るがす言葉のように感じられた。
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