7:どこの世界にも属さない者達
「それじゃあ、レンドはこの一週間で異世界五つを一周してたのか?」
「正確には四つだな。ウートガルズには行ってないから。六日前にお前に電話入れた後、まずは俺の世界オズに言って、そこで報告やらなんやらを済ませた後、エデン、イデアとも情報交換のために向かって、最後にもう一度オズに戻ってからこっちに来た、って感じだ」
「しばらく留守にするって言ったまま連絡が無いと思ったらそういうことだったのか」
「まあ、俺って連絡員的な立ち位置だからな。一つの世界に留まってる方が本来は珍しいんだよ」
そう言ってレンドはそうめんと一緒に出していた麦茶に口をつける。
現在智宏はミシオやレンドと共に食事を終え、レンドからここ一週間の話を聞きだしているところだった。
「っていうか、僕はお前の組織内での役割を初めて聞いたぞ? あやしい異世界人の取り調べやら、協力者やその身内との交渉やら、結構手広くやってるとは思ってたけど、実際のお前の役職って連絡員だったの?」
「っていうか明確に決められてるわけじゃないんだよね。最初はいろいろと担当部署なんかも決まってたんだけど、人手が足りなくてぐだぐだになっちゃって……。加えて異世界との電波的な通信手段が無いもんだからそっちにも人手を割かなくちゃいけなくなって、結局それぞれの世界に常駐している決まった仕事をもっている人間以外は、かなり幅広く仕事をこなさなくちゃいけないって状況になってるんだよ」
要するに手が空いている人間に役職に関係なく仕事をさせている状態らしい。大方、連絡を終えて手の空いた状態になると、次の世界へ移動するまでの間に何らかの仕事をさせられることとなるのだろう。
「それにしても、異世界の通信手段って無かったんだな。てっきりあの成金趣味みたいな通信機で連絡取り合ってるのかと思ってた」
「生憎と、あれもこの世界の無線や電話と理屈は大差ないんだよ。でもそれじゃとても世界間での通信はできない。だから俺達みたいな連絡員が、わざわざ報告書やら手紙やらをもって世界の間を行き来して意思の疎通を図ってるのさ。まあ、それだって魔法陣の数と魔力の充填時間の関係で日に数回ってレベルだけどな」
「私の通念能力なら、どう?」
と、それまで黙って話を聞いていたミシオが唐突に疑問の声をあげる。どうやらインストールの影響からは脱したらしく、意識はかなりしっかりしたものに戻っていた。
「……通念能力か。そういえば試したこと無かったな。まあ、協力者のなかに通念能力者がいなかったってのもあるけど……」
「そうなのか? まあ、わからないこともないか……」
ミシオの住む世界には通念能力者に代表される超能力というものが普通に存在している。実際ミシオ自身も通念能力者だ。だがその割合は三十人に一人程度で、しかも能力も何種類もあるため、通念能力者に限定するとさらに確率が低くなる。ミシオの世界、第二世界イデアにどれほどの協力者がいるかは分からないが、それでも通念能力者は希少だろう。
「でもそうだな。確かにそれは試してみる価値あるかも。通念能力の原理ってイデアでもよく分かってない節があるし、他の通信手段と違って世界の壁を越えられるかもしれない」
「なんなら試してみるか? 相手はそれこそエデンのハクレンさんやブホウさんでもいいし、ミシオも自分の世界でちゃんと挨拶できなかった人もいるだろ?」
この世界にくるに当たり、ミシオは特に親しい知り合いなどに大方の事情を話し、簡単ながらあいさつを済ませている。だが、生憎とそれは村人全員にできた訳ではない。もしも通念能力で異世界にいる人間と通信できるのなら、それはあいさつし損ねた人々と会話する絶好のチャンスだ。
「あ、でも、私の能力じゃ、もし向こうに声が届いても返事が聞けない。それにいきなり声をかけたら驚かせるかも……」
「あ、そうか」
考えてみればミシオは遠く離れた場所にいる人間に意思を届けることはできても、その相手の意思を読み取ることができない。全くできないわけではないが、相手の意思を読むには相手に触れた状態でいることが必須条件だ。実際先ほどの【情報入力】も智宏と手をつないだ状態で行われている。
「まあ、検証は今度ちゃんと打ち合わせしてやってみよう。たとえ一方通行でも通信できるのとできないのとじゃ便利さが大きく変わってくるし」
「そうだな。それじゃあそのうち試してみるってことで。……ところでさ」
世間話がひと段落するのを見計らい、智宏は話題の転換を図る。選ぶ話題は先ほどからずっと気になっていた問題だ。
「おまえ何しに来たの?」
「……いきなり随分なご挨拶だな」
「いや、だって何か用があったから来たんだろう? まさかタダ飯を食いに来たとか、異世界土産を渡しに来たとかじゃないだろうし」
「……え? お土産、ないの……?」
「期待してたのかミシオ……」
隣で落胆するミシオを一瞥し、智宏はレンドに視線を戻す。この様子では急ぎの用事という訳ではないようだが、それでも聞くなら早いほうがいいのは確かだ。何しろ早めにミシオの勉強を再開しなければならない。意外に希望の持てる成果が出てはいるが、それでも時間が無いことには変わりないのだ。
「しゃあない。いい加減仕事するとしますか。俺としてはここんとこ休みがねぇから、もう少し世間話に興じてたかったんだが……」
「サボりに来てたのかよ。生憎とこっちも暇じゃないんだよ。午後からはみっちりと英語が待ってるからな」
「英語……」
「ぐったりした顔するなよ。こっちだって苦手科目の教材データまとめんのは精神的にきついんだぞ。【集積演算】があるから実際の作業は苦でもないけど」
「お前らも大変なのはよくわかったよ。そんじゃ――」
言って言葉を切り、
「――とりあえず真面目に報告するとしようか」
その言葉と共にレンドは表情を真面目なものに切り替える。この辺の切り替わりは何度も見ても流石と言えるものだ。
つられて智宏も表情を引き締め、【集積演算】を発動させて思考を強化する。
「報告するのはエデンで捕まえた二人、アルダスとオチシロから引き出した情報と、エデンにおけるこいつらの一味の情報だ。二人はもろに当事者だから伝えておいた方がいいと思ってな」
「その様子だと、あのときの二人以外は捕まらなかったみたいだな」
アルダスとオチシロ、この二人は以前、智宏が第一世界エデンを訪れたとき、ミシオを捕らえようと襲ってきた人物だ。彼らは第二世界イデアの人間を攫い、攫った人間に違法な人体実験を施していた組織の一員と思われている。
実験の内容は詳しくはわからない。智宏が聞いた限りでは魔力を使う能力を持たないイデアの人間に、魔力を使う力を植え付けるものらしいということくらいだ。
実際、実験の被害に遭ったミシオは、魔力を感じる能力と共に、妖属性と呼ばれる魔力が扱えるようになっている。この魔力は体から煙のように湧きだして身体能力をあげたり、鎧のような効果を持ったりする他、密度をあげることで設定された特定の生き物の肉体を作り上げるという性質をもっているらしい。
だが、それ以上のことはわからない。第二世界イデアでミシオと同じ条件で実験を受けた男に会う機会があったが、その男もこの力そのものについてしか分かっていなかった。
それゆえ智宏やミシオは実験を行った一味が捕まることでより詳しくこの力の詳細が分かるかとも期待していたのだが、どうやらそううまくはいかなかったらしい。
「トモヒロの察しの通り、その二人以外の人間は捕まらなかった。エデンにあった研究所は見つけたが、そっちももぬけの殻だった。まあ当然だな。万全を期すならミシオちゃんが脱出した時点で研究所なんて破棄するのが普通だ。脱出するときに使った感覚投影で森の中で何かが起きていたことは判っちまうからな」
「……ごめん」
「いやいや、ミシオちゃんが謝ることじゃないから。それどころかミシオちゃんが逃げ出したおかげで奴らの存在が明るみに出たんだし、そもそもミシオちゃんは何も悪いことはしてない」
「そうだよ。それにミシオが逃げ出したおかげで、追いかけてきた奴らが捕まえられた。そうだろ?」
「そういうことだ。おかげでそいつらからきっちり情報がしぼりとれたよ」
恐らくはそれこそが今回の報告の中心なのだろう。レンドは持って来ていたカバンの中からなにやら紙の束のようなものを出すと、それを片手にこちらに視線を戻した。
「まず判明したのが、実験を行ってた研究者数名。これは例の二人の接触したことのある人間の容姿なんかから割り出した。名前の判る奴は少なかったが、それでも名前までわかった奴は今オズで身元の確認を進めてる」
「捕まえられそうなのか?」
「正直今の段階では難しいな。うちの世界の技術じゃあどこのだれかを特定するのが難しい上、今のところ何の証拠もない。ミシオちゃんが研究者共の顔を覚えていれば証拠にはなるんだが……」
言われて少しだけミシオの方に視線を向けるが、ミシオは小さく首を振った。流石のミシオも流石に顔を確認し、覚えているだけの余裕はなかったらしい。
「そんな訳だから、メインになるのはもう一つの情報の方、例の二人が所属していた組織についての情報になってくる」
「確か犯罪組織ってことだよな? どんな組織か分かったのか?」
「ああ。しかも出てきたのは結構な有名どころ、って言うにはおれたちの活動自体が秘密のもんだからおかしいが、それなりによく聞く名前ではあったよ」
「よく聞く名前? そっちの世界の有名な犯罪組織なのか?」
元からレンドの世界にいた犯罪組織が異世界の存在を知ってそこを活動拠点にしているという可能性は十分あり得る。だが、その考えはレンドが首を横に振ったことで否定された。
「そういう訳じゃないんだけど……、ちょうどいいか。まず組織のことを話す前に異世界犯罪者のことから話すとしよう」
「異世界犯罪者って、異世界で罪を犯した人じゃないの?」
「それはミシオちゃんの言う通りなんだけど、そういった犯罪者の中にもいろいろと種類があるんだ。背後関係や動機でいろいろなパターンがある」
「っていうと?」
「例えば単独犯の場合は二パターン。異世界についたときの混乱やその後のトラブル、あるいは自分の世界では犯罪ではない行為なんかが犯罪になってしまう不可抗力タイプが一つ。もう一つはそれとは逆に、異世界人という自分の特殊性に任せて罪を犯すタイプ。異世界の技術に対して無防備なのをいいことに、そういった技術で犯罪に走るタイプや、異世界人を何らかの種族的特徴の有無で見下して迫害するタイプ、珍しいところだと自分が特別だから何をやってもいいと思いこんだりするってタイプもいるな」
「二タイプって言っときながら四タイプくらい出てきた気がするが?」
「いや、犯罪を犯す意思、故意があるかどうかで分けてるから二タイプでいいんだよ。さっきの場合だと、最初のは故意が無いか、あるいはどうしようもない状態だったりする場合が多いから、特にふんじばるようなことはせずに事情を説明普通に元の世界に返してるけど、後の三パターンの場合明らかに犯罪者だからとっ捕まえてる。要するに犯罪として成立するかで分けてるんだよ」
どうやら法律的な問題で分けているらしい。そうなってくると彼らに人を捕まえる権限があるのかという問題も気になってくるが、ひょっとするとメンバーや協力者に警察の関係者がいるのかもしれない。もっとも逮捕状や裁判が絡んでくるとまたややこしくなってくるのだが。
「でだ、これが複数の人間が絡んだ犯罪になってくると分け方も変わってくる。片方はさっきの単独犯の犯罪者が徒党を組んだような奴ら。とはいえこいつらは特に大きな犯罪を行ってるわけじゃない。異世界の技術を使ったケチな盗みなんかがほとんどで、あとはたまに徒党を組んで暴れる馬鹿どもがいるくらいだ。発見が早い上に異世界の存在を知っている奴が関わればすぐに捕まえられる。まあ、異世界の印象を悪くするって点では大問題な連中だがな」
顔をしかめながらレンドはそう解説する。確かに彼らのように異世界との友好関係を築こうとしている人間にとっては、そういった連中は不倶戴天の敵だろう。種族がまるで違うとも言える異世界人同士の関係において、印象を悪くする人間、極端な言い方をすれば『化け物を演じる人間』など友好関係の樹立の前では邪魔者以外の何者でもない。
「そして最後に来るのが一番ヤバい組織犯罪者。明確にビジネスとして異世界で活動している連中だ」
「ビジ、ネス?」
「ミシオちゃんにはピンとこないかな? 要するにマフィアとか暴力団とか呼ばれている連中だよ。たまに勘違いしている人もいるんだけど、こういう連中ってのは意味もなく犯罪を犯しているわけじゃない。実際は法に触れる行為や物品を売りにする営利団体なんだよ」
「そいつらが異世界まで出店してきてるってことか?」
「まだ直接出向くあたりまではいってないけど、異世界の似たような組織と手を結んで品物のやり取りをしてる。やり取りされるものはまだ限定的だが、それでもオズでは既に社会問題になり始めている。ヒロポンなんて大胆すぎて危うく大問題になるところだった」
「ヒロポン?」
「脳の神経に作用して一時的に脳を活性化させる薬でね。疲労回復や眠気覚ましとしての効果を売りにして普通に薬局で売りさばこうとしてやがった」
「それってまずいの?」
薬の正体がわからないのかミシオは首をかしげる。だが、智宏にはその名前に心当たりがあった。
「おいレンド、それってもしかして疲労がポンっと飛ぶからヒロポンっていうネーミングの薬か? 同じようなうたい文句でうちの世界でも何十年も昔に売られてたんだが」
「まさにそれ、そのまんまだよ。俺達も同じ名前なのに協力者が気付いてくれなけりゃわからなかったけど」
「どういうこと?」
流石に異世界の薬物事情までは教えていなかったためか、ミシオは一人だけ首をかしげている。余裕ができたら保健関係の知識も注ぎ込むべきかもしれない。
「何十年も前にそのヒロポンってのはうちの世界でも薬局で売られてたような薬だったんだ。だけど数年して、えらい数の患者と共にその薬の危険性が判明してからは有名な違法薬物として知られている。一般では覚せい剤なんて呼ばれてな」
「しかもそれだけじゃない。今俺の世界では他の世界から持ち込まれた薬物が脱法ドラックとして大量に流れ込んでいるんだ」
脱法ドラックというのは法律で禁止されている薬物とは微妙に化学式などが違うため、法律の網をすり抜けている薬物のことだ。法律に引っ掛かっていないからと言って無害な訳ではなく、むしろ禁止できていない分性質が悪い。大抵は後から法律が禁止し、その後にその網をさらにすり抜ける薬物が出てくるといったイタチごっこになる。
「まだ表面化しているのはうちの世界だけみたいだが、事態はかなり深刻と言っていい。何しろ異世界では禁止されている薬でも、うちの世界では存在すらしていない薬ってのは大量にあるからな。脱法ドラックってのはその存在が判明するたびに法律で禁止して潰していくのが普通だが、最近じゃそれが追いつかないって事態にまでなってる」
「それってレンドの世界だけなの? イデアやアースは?」
「今のところ表面化してるのはうちの世界だけのようだ。うちのレキハはもろに国の首都で人口も面積もでかいから、簡単に市場になったんだと思う。科学が発達してないから売れる薬物も多いしね」
「でもそういう話なら、ほかの世界に影響が出るまでそう長くはないかもしれないな。エデンのレキハは小さな村だから目を光らせやすいけど、イデアやアースは地方都市とはいえそれなりの規模だ。ウートガルズはどうだか知らないけどこっちも楽観はしない方がいいな」
「まあ、ウートガルズの方はまた事情が特殊なんだけどな。っと、話がずれたな。とにかく、そういった利益目的の犯罪者ってのが既に世界を股にかけて暗躍し始めてるんだ。そして、そういった組織の中に件の組織、『第六世界』は存在する」
「第六……」
「……世界?」
唐突に出てきたその名前に、二人はしばし混乱する。だがそれがミシオを攫った組織であることを悟るのにそう時間はかからなかった。それはたとえ【集積演算】を使っていなかったとしても変わらないだろう。
「『第六世界』。それが以前からまれに俺たちの耳にも聞こえていた組織の名前だ。末端とはいえ、この組織の一員を捕まえたのは今回が初めてになる」
「『第六世界』……、ね。一応聞いておくけど、別に僕らが知らない第六の世界があるってわけじゃないんだろ?」
「ないな。そんな世界の目撃情報はないし、そもそも『第六世界』の構成員は既存の五世界の人間の寄せ集めだ。恐らく『自分達はどこの世界にも属さない』って意思表示みたいなものなんだと思う」
「反抗期かよ……。犯罪組織にしては随分と……?」
そこまで考えたところで智宏は一つの疑問を感じた。犯罪組織にしては随分と自己主張が激しい名前のように感じる。さらに考えてみればそもそもの話、マフィアや暴力団と言った連中がわざわざ人体実験など行うだろうかということも引っ掛かった。
「実はこの『第六世界』は今話した四つのどれとも違うんだ。いや、正確には最後の組織犯罪者に分類できるかもしれないんだが、行動様式が少々特殊でね」
「行動、様式?」
「ああ、なあ二人とも。今までの話、特に最後の組織犯罪の話を聞いておかしいとは思わなかったか?」
「そうだな……。おかしいって言えば少々動きが速いとは思ったかな。言ってしまえばお前らが貿易を始める前に密貿易を始めてるようなもんだろ? お前らは政府系機関みたいだから動きが遅いとも考えられるけど、それにしたって異世界の人間相手にこうも簡単に取引ができてることには違和感を感じたし……、ってそういえば、取引のときの支払いはどうしてるんだ? 世界が違えば通貨だって違うだろう? アースの紙幣がオズで通じるとは思えないんだが……?」
「まさにそれが問題なんだ」
「問題?」
「どうもこの『第六世界』って組織、あちこちの組織に異世界の物品を売りつけたり、取引相手を紹介したり、果ては通貨のやり取りを肩代わりしているみたいなんだ」
先ほどに輪をかけて不快そうな表情をするレンドに、智宏はそれでも一つの納得を覚える。そういった組織が存在すれば確かに先ほどの違和感が解消されるからだ。
「そもそも俺たちが『第六世界』の存在を知ったのも、そういった取引を受けてたやつらを捕まえたからなんだ。どうもこいつら、世界間での密輸行為の仲介役なんかをこなしているらしい。やり方としては中間貿易に近いかな」
「それじゃ、私がされた妖属性の魔力の実験もどこかの世界で売り込むための、技術だったの?」
「そうとも考えられる。もしかしたらどこかの世界に、技術の内容から考えるとイデアやウートガルズあたりに技術を売り込むつもりだったのかもしれない。ただ……」
レンドはそこで一度言葉を切ると空になったコップをじっと見つめ、しばし考えるそぶりを見せる。どうやら話すべきかどうか迷っていたようだが、すぐにこちらに向き直り口を開いた。どうやら話すことに決めたらし。
「正直に言おう。俺達は今回のことで『第六世界』がただの犯罪者じゃないのではないかと考え始めたんだ」
「理由は?」
「ただ利益を求めている組織にしては行動が逸脱し過ぎている。他の組織に取引を持ちかけるくらいはしてもまだ納得できるが、やっていることが違法とは言え研究となれば話は別だ。ただ儲けることが目的ならそんなことは普通しない。密貿易の仲介だけで十分だ。」
新技術の開発などの研究というものは成功すれば大きな利益が得られるが、それを行うためには莫大な資金が必要となる。しかもそれが必ずしも利益に繋がるとは限らない。研究自体が実らない可能性や、何らかの理由で研究結果の価値自体が下がってしまうこともあり得るのだ。
「これから先は憶測になるんだけど、奴らは何か利益とは違う目的をもって動いているように思える。その目的に近づくために資金やいくつかの組織とのつながりといった力を蓄えているんじゃないかとね」
「たしかに。利益よりも戦力を求めている節はあるな」
「どうも俺たちの見たところ、こいつらは犯罪者というよりテロ組織や秘密結社に近いように思える。今回捕まえたような末端の奴らは確かに犯罪者っぽいんだが、組織としての行動が犯罪者っぽくないんだよ。まあ、こいつらが下手をすると俺達よりも早くから異世界に関わってた可能性があるってのもその理由かもしれないけど」
「そんなに古くからある組織なのか?」
「って言っても、俺たちが正式に活動を始めたのが二年と半年ほど前だから、やっぱり数年くらいだけどな」
智宏が聞いた限り、レンド達の世界が異世界への転移魔法陣を最初に発見したのは三年前。最初の転移魔法陣がいつできたのかは分からないが、下手をするとそのとき既に『第六世界』は活動していた可能性もある。
「そもそも、俺たちが異世界に暫定的につけている呼び名、オズやアースみたいな名前もこいつらの命名なんじゃないかって説があるんだ。もともと『第六世界』と繋がりのあった組織がそう呼んでたのをそのまま使った暫定名称だからな」
「そうなのか? 僕はてっきりお前らが自分でつけてたのかと思ってたぞ」
「まあ、自分たちでつけるべきって意見もあったんだけど、いくつも名前があると混乱するからな。使っている相手は犯罪者とはいえ、既に使ってる名前があるならとりあえずそっちを使おうってことになったんだ。まあ、ささやかな抵抗として初期の協力者がつけてた第ナン世界って名称と一緒に使ってるんだが……」
「そういう事情だったのか……。って待て。ってことはもしかして世界の名前ってアースの人間がつけたかもしれないのか?」
「……あ、確かに。アースって確かこっちの言葉で地球って意味だよね」
「いや、こっちの言葉っていうか英語なんだが……」
とはいえ、ミシオの言うとおりアースという名称自体が第三世界アースの英語である可能性は高い。そしてそれは他の名称にも言える。
「考えてみればエデンってのはそもそもこの世界にある宗教上の楽園の名前だな。イデアって名前も意味はわからないけどたまに聞くし……」
「イデアってのはこの世界における哲学の用語だね。イデア界ってのが二元論の中で提唱されてるって聞いたよ」
「それも世界を意味する言葉か。となるとオズってのは……、オズの魔法使いに出てくる魔法の国かな……? ウートガルズってのはよくわからないけど」
「ウートガルズは北欧神話に出てくる都市の名前だよ。確かにアースの人間が名付け親である可能性はかなり高いだろうね。五つの世界名が都市や世界の名前として存在するのもこの世界だけだし」
どうやらレンド達もその可能性には思い当たっていたらしい。世界の名前の由来をしっかりと調べている。
だが、そうなってくると少し不愉快な推測が頭に浮かんでくる。
犯罪組織が各世界につけた名前がアースの言葉を使ってつけられていたということは、少なくとも『第六世界』の、それもつけた名前を採用されるだけの立場にアースの人間がいることになる。オチシロの例があるため全くいないとまでは思っていなかったが、下手をすると幹部かそれ以上の立場にいる可能性すらあるのだ。同じ世界の人間がそんな立場にいるというのは、智宏としてもあまり面白くはない。
(いったいなんなんだ? こいつら……?)
聞いた限りでは目的も不明、規模も不明、なのに酷く五つの世界すべてに影響力を持っている。
(あれ……? でもなんでこいつら……?)
ふと浮かぶ素朴な疑問。だがそれを解消しようとする思考は、直後に室内に響いた音楽によって阻まれた。
ちなみに、明らかにアニメソングである。
「はい、もしもし? レンブランドっす」
「今の着信音なのかよ……」
「ケ、ケイタイ……」
智宏が歌の内容に呆れる横で、ミシオが畏怖の表情を浮かべて若干身を引く。ちなみにこれは別にミシオが着信音を理解して引いているわけではなく、つい一昨日に母親の古い携帯電話を渡されたミシオが、ものの十秒でそれを六つのガラクタに変えてしまったことによる苦手意識の表れである。携帯電話がどうやったら六つになるのかはいまだに智宏にもわからない。
だが、そんな愉快な思考はだんだんと険しくなっていくレンドの顔によって徐々に続かなくなった。
「……わかった。すぐに心あたりを当たって見る」
「どうかしたのか?」
電話を切って立ち上がるレンドに、智宏は思わす声をかける。
「ちょっとした異常事態でな。悪いがすぐに仲間のとこに戻るわ。昼飯ごっそさん」
「異常事態?」
玄関に向かい、靴をはくレンドを二人で追いかける。片手で素早く携帯電話を操作していたレンドは、家から出る直前に智宏達に向けて一言言い残した。
「仲間が行方不明だ」
それは一言だけにも関わらず、聞いた二人を不安を抱かせるのに十分な威力を持つ言葉だった。
そして二日後、その不安は的中する。
吉田家にかかってきた、その仲間の死亡を知らせる連絡によって。
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