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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章前編 第三世界アース 夏休み編
45/103

3:帰宅の時

「まさか智宏がミシオちゃんを自分ちに住まわせるつもりだったとはねぇ。油断も隙もない奴め!! なによ、女の子と二人一つ屋根の下とか!! 不潔よぉ!!」


「おまえの考えていることが手に取るように分かるが、生憎とその考えは外れてるからな。そもそも二人にはならないよ。僕は両親と三人暮らしだ」


 駅のホームから階段を上り、背後の二人に自動改札機に切符を通して見せながら、智宏はレンドの軽口につきあう。通り抜けてから背後を振り返ると、レンドは経験があったのか問題なく通り抜けていたが、ミシオは切符を入れるだけの行為にかなりおっかなびっくりになっており、背後から来ようとしている人の列を詰まらせていた。どうやらイデアには自動改札機がないらしい。

 慌ててミシオを改札の隅まで誘導する。


「来るときもやったように、あの隙間に切符を差し込めばいいんだよ! そうすれば切符の方が吸い込まれて改札が通れるようになるから!」


「そうそう。切符はすぐに手から離しちゃっていいから。そんなに難しくないよ。俺みたいに魔術の世界の人間にもできるんだから」


「……噛みつかない?」


「「噛みつかねぇよ」」


 二人で同時に突っ込んだ後どうにかミシオを改札口から脱出させ、さらには駅から地上に降りるにあたって、今度はエスカレーターに引っ掛かったミシオをどうにか地上に下ろし、ようやく智宏は駅から自宅への帰路に差し掛かった。

 この時点で帰りの足としてバスと徒歩の二択から徒歩を選択する。理由はミシオにこの世界の街並みを見せるため。あのアパートからここまでくるに当たって被ったトラブルの数々を思えば、早くこの世界に慣れてもらう必要があった。

 あのあと、挨拶もそこそこにアパートを出た智宏達は、自分たちがいる場所を確認したのち、そこから智宏の自宅へと向かうことになった。

レンドとしても智宏の失踪についての事情説明を家族に行わなければならず、ミシオもこの世界での住処の候補に向かうという事情から同行し、こうして三人で町を歩いている。


「っていうか、さっきの話だけどさ」


「さっきってどの話だ?」


「ミシオちゃんを智宏の家に住ませるって話だよ。あれ本気か? 正直なところ俺達も住みかに関しちゃ結構確保するのに苦労してるし、他の協力者の家に居候させてもらったりもしてるから、こっちとしちゃ助かる話なんだが……」


「何か問題でもあるのか? うちは家族と三人暮らしだから二人きりとかって問題にはならんぞ」


「いや、それが問題なんだが……」


 そう言うとレンドは、背後で風呂敷包みを背負って歩いているミシオの姿を確認する。智宏もつられて目をやると、ミシオはこの世界のものが珍しいのか、周囲を見渡してはしきりに感心していた。


「問題ってのはさ、お前は大丈夫でもお前の家族は大丈夫なのかって話だよ。考えてみろ。行方不明になってた息子が、いきなり帰って来て家に女の子を住まわせてくれって頼むんだぜ? 俺からもいろいろ説明するし頼む気ではいるけど、正直『はいそうですか』と受け入れてくれるとはとても思えない」


「まあ、普通はそうだろうな」


 たしかに、そんな話聞き入れられる親はそうはいないだろう。普通なら姿が見えなくなった時点で心配しているだろうし、下手をすると警察沙汰になっていてもおかしくない。それが突然知らない少女を連れて帰宅など、場を混乱させるのが関の山だ。


「でも、そういう普通の問題に関してはあんまり考えなくてもいいんだよね。うちの場合」


「……は? どういうこと? まさかとは思うけど家族仲悪いの? そう言えば智宏って帰るのが遅れることにあんまり抵抗が無いようだったけど……?」


「もしそうだったらミシオを自分の家に招こうなんて思わないよ。でもまあ、そうだな。父さんには少し何か言われるかもな。まあ、詳しくは会えば分かるよ」


「……そうなのか? まあ、トモヒロ本人がそう言うならそっちはいいことにするけど……」


「なんだ? まだ何かあるのか?」


「いや、智宏には関係ないよ」


 そう言うとレンドは用が済んだとばかりに視線を智宏から周囲へと移しだす。智宏も自分には関係ない問題なのだろうと深く追求しないことにした。

 実際、レンドが心配しているのは智宏のことではなく、ミシオのことだった。

即ち、「ミシオ自身は智宏の家で生活することについておかしな方向に考えすぎてはいないか」という問題である。






 そしてもちろんミシオは考えすぎていた。


(トモヒロの家に住む……。それってやっぱり……、でも、そうと決まったわけじゃ……)


 アパートを出てから何度もループした思考を再び繰り返し、ミシオは再び頭を抱え込む……ような気分になる。

 アパートを出てからというもの、異世界の街並みに驚くか、得体の知れない文明にたじろぐか、あるいはこの思考のループに陥るかしかできていない。それだけ聞けばこの思考にあまりとらわれていないように思えるが、ミシオにして見ればアースの町並みは、たとえ商店や住宅しかないような場所でも十分にSFの世界である。そんな場所を歩いているというのに、思考がそれ以外のことにとらわれるというのは、やはり重症といっていいだろう。


(そんな訳ない。あれはただの言葉のあやで……、でも本人に確認した訳じゃ……。うぅ……。でも……)


 そもそもこんな思考のループに陥った原因は、ミシオがこの世界に来た理由にある。

 この世界に来る前、異世界人による犯罪に巻き込まれたミシオは、その原因となったものたちに再び狙われることの無いよう、一時的に身を隠さなくてはならなくなった。それにあたり、ミシオは比較的守りやすいレンド達の本拠地の第五世界オズか、文明が似通っているため生活しやすいこの第三世界アースかを選ぶことになったのだ。

そして選んだのがこの第三世界アースである。その理由は智宏に誘われたからであり、問題となっているのはそのときの誘い文句だった。


『――僕がお前を幸せにしてやる』


「……ぅ……」


 思い出しただけで頬が熱くなるのを感じる。参考になるような人生経験こそないが、その言葉のは一人の少女としてどうしても一つの意味を想像してしまう。


(あのときのセリフって……、まるで、プ、プロポーズ……!? でも、そんなはずは……)


 あり得ないとは思う。だが本当にあり得ないのかと問われると自信が無くなってくる。そもそも自身の世界イデアにおいて、人とのかかわりをほとんど絶っていたミシオには参考になるような知識がほとんどないのだ。


(別に嫌いじゃないけど……)


 感情の面で言えば、別に智宏を嫌っているわけではない。むしろ出会ってからこれまで何度も助けられたこともあり、知り合いの中でも好きな方の筆頭に入るだろう。だが、それがそういう感情かと問われればミシオは黙り込むしかない。


(それに、そうだったとしても、少し性急すぎる、よね)


 そもそも現実味が無さ過ぎるのだ。ミシオ自身、つい最近まで自分がこのような状況で智宏達のような人々に出会うことすら予想していなかった。この状態でいきなりそういう話をされても感情が追いつかない。ミシオとしてもこういうことはもう少し段階を踏みたいのだ。


(それにそもそも、まだそういう話は私には早すぎ……、あれ? そう言えばこっちの世界では結婚っていつからできるんだろう? もしかしてこっちの世界ではこういうのが普通――)


「おーい、ミシオちゃん?」


「ひゃぁ!!」


 突然背後から声をかけられ、思考に没頭していたミシオは驚きのあまり飛び上がる。見れば、周囲の景色は商店やビルの並んでいた街並みから、住宅を中心とした街並みへと変わっていた。考え事をしているうちに随分と歩いていたらしい。


「ぼおっと歩いてると迷子になるぞ? この辺はそこまで複雑な街の並びじゃないけど、だからって異世界人が迷って目的の家を探し出すのは結構無理があるし」


「まあ、文字が違うから表札も読めないしねぇ。文字が分かれば地図見て目的地を探すこともできるけど、文字もわからない場所だと地図があっても目的地を探せないからな」


 どうやらミシオはいつの間にか二人とはぐれかけていたらしい。偶然ミシオが止まった二人を追い越す形となったため気付いてもらえたが、もしそうでなければ間違いなく迷子になっているところだった。


「えっと、あの、ごめんなさい。……それで、トモヒロの家はここからどのくらい?」


「いや、もう着いたぞ」


「へ?」


「僕らが立っているこの場所が、僕の家の目の前だ」


 言われ、ようやくミシオは智宏達の向こうに見える家の存在に気がついた。ミシオの本来の家よりは小さいものの、二階建てで庭まで付いた、白い一戸建ての住宅。ミシオの知る普通の家と比べて明らかにきれいで立派な造りのその家は、それでもこの世界では珍しい物ではないらしく、見渡せば周りにも同じような家がいくつも見える。多少納得のいかないものはあったが、どうやら智宏の家はこの世界でいうところの普通の家らしい。どうやら受ける印象の差は、そのままイデアとアースの技術力の差のようだ。


「まあ、暑いからとりあえず上がってくれ。話は冷たいものでも飲みながらにしよう。親にも紹介しなけりゃならないし」


「お、親に紹介!?」


 本来なら当然とも言えるセリフに、ミシオはつい過剰に反応する。他の二人が怪訝な表情を浮かべるのには目もくれず、ミシオ先ほどまでの思考をさらに加速させる形で思い出した。


(ど、どうしよう!! いや、別にそうと決まったわけじゃ……、でもそうだったら親に紹介って……!!)


「どうしたんだミシオ? 顔が赤いけど……、まさか熱中症か?」


「え、いや、そういう訳じゃ……」


「そうか? まあ、どっちにしろ暑いし、早く家の中に入ろう」


「まっ――!!」


 慌てて止めようとするミシオの努力もむなしく、智宏はあっさりとドアノブを掴み、扉を開ける。

 それによって混乱と焦燥でパンクしようとしていたミシオの思考はしかし、次の瞬間に扉の向こうから智宏めがけて振り下ろされたものによって真っ白になった。

 スパーンといういい音を立てて智宏の頭で炸裂したのは、丸められた新聞紙。

 そしてそれを握っていたのは、エプロンをつけた一人の女性だった。よく見ると智宏同様耳が長い。


「ただいま母さん。相変わらず支離滅裂で何よりだ」


「おかえり、じゃねぇよ! 早いよ! なんだよ家出したと思ったらたった一週間で帰ってきやがって!! どんだけ根性無しなんだよ」


 新聞を握る女性を半目でにらみながら、智宏はそんな会話を交わす。どうやら智宏は家出という扱いになっていたらしい。だが、家出した息子が帰って来てこの反応はどうだろうか。見れば隣のレンドも唖然とした様子で二人を見守っている。


「まったく、十六にもなってようやく家出したと思ったら、たった一週間って……。あんたのことだから二学期入っても帰ってこないってことはないと思ってたけど、正直夏休み中は帰ってこないくらいの気概を期待してたぞ母さんは!!」


「その様子だと警察沙汰にはなってないようで何よりだけど、息子に家出とか期待してんじゃねぇ。そもそも僕は別に家出してた訳じゃないし」


「はあ? 家出じゃなけりゃなんだってんだよ。……って、あれ? そちらは一体どちら様達?」


 と、会話していた智宏の母の視線が、急にミシオ達へ向けられる。


「え、あ……」


 慌てて普通に挨拶しようとし、しかし先ほどの思考が再び頭をもたげる。


(あれ……? こういうときってどう言えば……)


 そもそも今自分はどういう立場にいるのか? どういう立場ならどうしたらいいのか? ミシオはうまく回らない頭で必死に思考する。それが既に思考というより混乱や暴走に近い状態であるのにも気付かず、それでもどうにかこの場で最適だと思われる言葉を思い出し、大急ぎでそれを口にした。


「ふ、ふつつか者ですがよろしくお願いしますっ!!」


 瞬間、真夏の住宅地が凍りつく。

 周りの三人が一斉に硬直し、やがて女性が握っていた新聞紙が地面に落ちた音によって三者が三者とも我に返った。

 そして直後、


「父さぁあああん!! トモが、トモが嫁連れて帰ってきたぁあああああああ!!」


「なに迷惑な勘違いしてんだぁあああああああ!! 違うから!! 別にそんなんじゃないからぁあああ!!」


 慌てて智宏の母が家の中に駆け込み、それを智宏が追いかける。後に残されたのは、呆然と立ち尽くすミシオと、なぜか壁に寄りかかり、腹を押えて震えるレンドだけだった。


(……そ、そっか。別にお嫁さんじゃないんだ……)


 智宏の否定の言葉によって先ほどから続いていた緊張状態から解放され、ミシオはようやくホッと一息つく。

 だがふと思う。ホッとしているはずなのになぜか同時に感じるこのさびしさに似た感情はなんだろう、と。


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