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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章前編 第三世界アース 夏休み編
44/103

2:第三世界アース

 作者喪中のため新年の挨拶は割愛します。

 今後ともよろしくお願いします。

「えっ!? それじゃあ君はこの世界の人間なの?」


「はい。こんな耳をしてはいますけど、れっきとした日本人ですよ」


「そうなのか? ……となるとその耳は奇形の一種かね? あまり聞いたことのないタイプだが」


「いや、ちょっと大家さん? それはいくら何でも――」


「ああ、大丈夫ですよ。そう言う反応には慣れてますので」


 今でこそ平気になったが、智宏にとってこういう反応は幼いころからよくされていたものだ。一時期はいじめに近い事態になったこともあったが、いつ頃からかこちらが相手の反応を気にしなくなったらそう言った不愉快なことも起きなくなった。

 現在智宏達はアパートの一○一号室、大家と呼ばれた青年の部屋におじゃましている。

部屋自体は典型的なひとり暮らしの男性の部屋といった感じだったが、人をあげられる程度には片付いており、ベットや机、中央にテーブルが置かれているほかは、棚や机の上などに彼の趣味の品(・・・・)らしきものがきっちりと並んでいるのが特徴として見て取れる。

そんな中で五人は、大家の青年が右奥の机のそばにある椅子、レンドと孝晃が左奥のベットの上、そして智宏とミシオが中央のテーブルの側に座布団敷いて座る形になっていた。


「それでどうなのだ? まだ答えを聞いていないが?」


「え、ああ、はい。ええっと、奇形って言うよりは遺伝でしょうか? 母方の家系がみんなこんな感じなんです」


「母方? となると何代も前からその耳の人間が続いているのか?」


「ええ。少なくとも祖母の父親がこういう耳をしていたって言うのは聞きますね。それ以上はさすがにわからないですけど」


「となると君が生まれて間もなく異世界からこの世界に渡ってきた的な裏設定は無しか」


「大家さん……」


 現在智宏達はアパートの二人に対して自己紹介を終えたばかりである。最初にレンドがミシオを紹介したときはミシオがこの世界の人間でないことに驚いていた二人だったが、その後に智宏がこの世界の人間であることを話したらもっと驚かれた。


「おっと、今度はこっちが自己紹介する番だな。俺は紀藤(きとう)(たか)(あき)。このアパートで独り暮らししながら近くの商業高校に通ってる。剣道部所属の十七歳。……って、そうだ。聞いてなかったけど二人は歳いくつだ?」


「私は、十五」


「僕は十六。でも多分学年は同じですね。二月生まれなんで」


「おっ、俺とタメか。学校どこよ?」


「暮村学園ですけど、わかります?」


「あの金持ちの学校? マジで?」


「金持なのは初等部組だけですよ。僕らみたいな中等部から入ったような連中は大体普通の家です」


「俺にしてみりゃ中学から私立って時点で金持ちに思えるけど……」


 孝晃の言葉に、智宏は改めて自分の通う学校のことを考えてみる。幼稚園から高校まである私立校。確かに幼稚園から私立に通わせるような家庭は金持ちに数えられるかもしれないが、智宏の家は普通の一般家庭だ。普通じゃない部分は家計にまでは関わっていない。


「二人とも、できれば二人の学校の話は後回しにしたいんだがいいか?」


「え、ああ、すまんレンド。つい……」


「確かにこんな話は今じゃなくてもできるな。後の紹介は……、レンドのことは僕らもこっちの人たちも知ってるみたいだから……」


 話しの流れで自然に四人の視線が一人に向く。椅子に座り、机に肘をついてこちらを眺めていた青年は、視線に気づくと小さく鼻を鳴らして口を開いた。


「……大野(おおの)(しょう)。このアパート岩戸荘の大家だ」


「はあ……」


 どうやら彼の名前は大野翔と言うらしい。そう分かったところで智宏はそれに対する感想を無理やり心中に押しとどめる。だが、


「相変わらずオオヤがその名前を名乗ると違和感あるな。この世界の文字を学ぶと余計そう感じるわ」


 心中で智宏が思っていたことをレンドがそのまま口に出してしまった。


「大きなお世話だ異世界人!! 私だってこんな名前付けてほしくはなかったわ!!親に貰った名前なのだから仕方無かろう!!」


「まあ、『大きな野を翔ける』ッスからねぇ……。名字がオオヤって読めるのはまあ、合ってる気はしますけど……」


「それにしたって翔って……!! だめだ。やっぱ似合わない!!」


「まあ、それは大体想像できるけど……」


 智宏自身、彼自身やこの部屋の中にきっちりと並べられている物を見ればだいたい彼の人となりは想像できる。そこから想像できるのは少なくとも翔などと言う活動的な名前の性質ではない。むしろ、


「なにしろこいつ、引きこもり生活を送るためにアパート経営に手を出したっていう、ある意味徹底した奴だもん」


「やかましい。私は三次元で暮らすより二次元で暮らす方が有意義だと判断しただけだ。そのために努力して何が悪いのかね!!」


 大家の言葉に智宏は再び周りを見渡し、嘆息する。周囲にはアニメの物らしきポスターや、本棚にぎっしりと詰まった、書籍、ゲーム、DVD。さらにはそこかしこに飾られているフィギュアを始めとするグッズの数々が所狭しと鎮座していた。キッチリと片付けられ、並べられているため雑多なイメージこそないが、それでも彼がそう言った趣味に入れ込んでいるのがよくわかる部屋だった。

 レンドや孝晃は見慣れているのか平然としているが、見慣れていないどころかこういった文化すら知らなかったミシオは、先ほどからキョロキョロとあたりを見回してポカンとした表情を浮かべている。唯一の救いはあまりミシオに見せるのがはばかられるような品々が無かったことか。もしかするとこの部屋に人をあげることを考え、大家である彼自身がそれらを隠しているのかもしれない。


「俺もこの手の文化には感動した人間だけどさ、できればもう少し俺らの世界に興味を持ってくれないかなぁ……」


「やかましい!! 私はこの部屋から出ること自体がいやなんだ!! 誰が使いっぱしりで異世界なんぞまで出向くか!!」


「……どういうことですか?」


 話しの内容が読めず、智宏は他の二人に向けて質問を投げかける。すると、手前にいた孝晃が肩をすくめて答え始めた。


「まあ、話すと長いんだけど、とりあえず二人は、刻印使いってのを知ってる?」


「え? 知ってますけど……」


 というか、智宏自身がそうだ。


「大家さんはね。その刻印使いなんだよ」


「……え!?」


「そうなんですか!?」


 孝晃の言葉に二人が驚いていると、大野は歯ぎしりするような表情で小さくうなずいた。どうやら事実ではあるらしい。


「……一年くらい前だ。とあるイベントに参加すべく、外の世界を旅していた私は、その帰りがけにあの忌々しき魔方陣を踏ん付けた」


「それで異世界に、ですか」


 智宏自身被害に遭った異世界転移用の魔方陣のオリジナルは、上に人が乗ることで発動し、その人間を他の四つの世界のレキハという地名を持つ場所のどれかに放り出すという厄介な代物だ。そのうえ出口となった場所に同じ魔方陣を刻んでしまうため、その場所を再び誰かが通ると、その人間を異世界に放り出して魔方陣を増やしてしまうという厄介な性質まである。幸い人のいない場所に出口ができるように設定されているため、大きな騒ぎにこそなっていないが、その反面見つけて無力化しようと考えても探しづらいという厄介極まりない代物だ。


「それじゃあ、そこで刻印に発現して、レンド達の仲間に保護されてこの世界に帰ったってことですか?」


「いいや、少し違う。他の奴らはそうだろうが、私はこいつらに接触することなくここに帰ってきたのだ」


「え? それって自力で帰ったってことですか?」


「ああ。時々いるんだよ。俺たちに保護されたりしないで自力で勝手に帰っちゃえる人。まあ、中には自分の世界に帰れずに他の世界を経由しちゃう人もいるけどね」


「まあ、あの魔法陣なら簡単ではあるか……」


 確かに異世界転移の魔方陣は、その性質上出口となった場所さえ覚えていれば元の世界に帰ることはできる。なにしろ来るのに使った魔方陣がそのままその場所に残っているのだ。魔方陣自体が魔力をためるまでの時間は必要だろうが、それでも最初にその世界に出た場所さえわかれば実は帰ることはたやすい。


「ああ、違う違う。確かに魔方陣の性質さえ知ってりゃ帰れるだろうが、私はそもそも魔方陣を使ってはいない」


「え? それってどういう……?」


「まあ、これに関しては見せた方が早いだろう」


 そう言うと、大野はいきなり智宏達に向けて右足を突きつけた。夏の暑さゆえに彼自身裸足で過ごしていたため、直にその足裏を眺める羽目になり、智宏がミシオと共に目を白黒させていると、その足裏のつま先の辺りに魔力が集まりだし、一つの刻印が現れた。


「……これは!」


「魔方、陣?」


 ミシオの呟きにこたえるように、足裏の刻印がよりはっきりとその姿を現す。非常に小さいものの、レンド達が魔術に使う魔方陣とよく似たデザイン。どこかで見たような気もする魔方陣に酷似した刻印がくっきりと刻まれていた。


「これが私の発現した刻印だ。効力は非常に簡単、どこからでも・・・・・・自分の家に(・・・・・)帰りつく(・・・・)ことだ」


「どこからでも帰りつく?」


「現象としてはテレポートに近いかな。まあ『転移魔術を生身で使える』って言ってもいいけど、特段ゲートが現れるわけではないし」


「って言うことは、大家さんが刻印に発現するとき願った力って……」


「決まっている。『家に帰りたい』だ。刻印自体を私は【帰巣本能(ホームシック)】と呼んでいるがね」


「そんな刻印の名前をどや顔で言われても……」


 随分と反応に困るネーミングだった。智宏自身、自分の刻印に勢いで名前を付けてしまったが、こういう相手を見ると自身も少し見つめなおしてみた方がいいかもしれない。もしも自身の刻印について語る智宏に対して、今の自分と同じ感情を持たれているとしたら立ち直れなくなりそうだ。

 と、そんな思考とは別に思うこともあった。


「そういえば以前にも刻印使いが三人見つかってるって話があったな」


「ああ。オオヤはその一人だよ。まあ、三人って言っても残る二人のうち一人はまだ刻印に発現してないんだけど」


「発現してない?」


「要するに強く何かを願う局面になっていないのだろう? 私など異世界どころかどことも知れない場所に放り出されたと判ったとたんに発現したというのに」


 どうやらそのあたりが本人の性格が現れるポイントのようだ。強い感情と願いによって発現するということは、ある程度冷静さを保って異世界で過ごした人間には刻印は発現しないということになる。考えてみれば智宏もあのような危機的状況に陥らなければ未だ刻印を得ずにいたかもしれない。


「そもそも私に言わせれば、どうして異世界なんぞに連れていかれて帰りたいと願わないのかが不思議でしょうがない。普通思うだろう? 見知らぬ場所にいきなり放り出されたんだ」


 言われてみればもっともな話ではある。むしろ状況から言えば、【帰巣本能(ホームシック)】は一番ありそうな効力かもしれない。だが、どうしても思ってしまう。


「だが、まったく使えん刻印だ。そうは思わないか君たちも」


「え、えっと……」


 智宏が思う前に、本人が堂々と使えないと言いきってしまった。


「だってそうだろう? さっきも言ったが、私の刻印の効力は自分の家に帰りつくことだ。基本的に家から出ない私が、どう使えばいいというのだ? せいぜいイベントの帰りの電車賃を節約できるくらいだろう」


「刻印なんてものを持ってない俺にしてみりゃ、それでも随分すごい力だと思いますけどね。レンド達は別の可能性を考えてるみたいだし」


「別の可能性?」


 孝晃の言葉に、今度は大野がその顔面にいかにも「忌々しい」とでも言いたげな表情を貼り付け、レンドの方を向く。ジトッとした目で睨まれたレンドは小さき肩をすくめると、視線を智宏達にそらして説明し始めた。


「前に智宏も言ってたけど、刻印の能力ってのは人の願いから生まれるもんだ。それゆえに刻印の効力は本人の認識に左右され、恣意的なものになる」


 それは智宏が以前エデンで他の刻印使いと交戦したときに推測したのと同じことがらだ。この性質があったからこそ智宏は窮地に立たされ、自身の能力を最善の使い方で使えているといってもいい。


「この【帰巣本能(ホームシック)】って刻印を最初に知ったとき、それとよく似た考察が冗談半分でささやかれたことがある。自分の家にしか帰れないって言うけど、それじゃ新たに自分の家ができたらそこに帰ることができるのか、ってな」


「要するに帰るのは『自分の家』なのか、『ここ』なのかって問題か?」


「そういうこと。要するにこの場所以外にもう一つオオヤの家ができたらそこには転移できるのかって問題だ。これができるのとできないのとでは応用の幅が大きく変わってくる」


 もしも自分の家と認識している場所ならここ以外の場所でも転移できるとしたら、それは条件付きではあるが転移魔術と同じ効果を生身で使えるということになる、そしてその転移先は同じ世界の中にはとどまらない。


「もしも異世界に『家』を用意して、そこに【帰巣本能(ホームシック)】で転移することができたら、それは俺達が使う世界間転移魔法陣と同じかそれ以上の働きをする力になる。なにしろ俺達の使う転移魔法陣は燃費が悪くて日に何度も使えない。魔方陣を増設して対応するという手もあるけど、それでも限界はある。ある程度自由に行き来できる人材にはぜひとも協力してもらいたいのさ」


「それはそっちの都合だろう!!」


「っていうかもしかして、本当に家一軒用意したのか……? ちなみにそれって成功してるのか?」


「今まで五回ほど試して内三回は成功している!!」


「おおぉー!!」


「聞きたまえよ君たちぃいいいい!!」


 勝手に盛り上がる智宏とレンドに、大野は威嚇に近い叫び方で盛大に非難の声をあげる。それによって智宏とレンドがようやく大家に向きなおったそのとき、


「るっせぇぞぉっ、大家ぁああ!! 壁ぶち抜いて殴りこまれたいかぁ!!」


「ひぃいいいいっ! すいませんです、志士谷さん!!」


 隣の部屋から聞こえたより大きな怒号と壁を殴る音に慌ててひれ伏すことになった。

 怒号からコンマ一秒で行われた早伏せである。

 何の自慢にもならない。


「……なんか、今の動きに積み重ねられた何かを感じる」


「追い打ちをかけるなよミシオ。それ、間違っても努力とかの類じゃないぞ」


 心なしか感心したようなミシオの言葉に、完全に先ほどまでの勢いを失った大野は、そのまますごすごともとの椅子の上に戻っていった。どうやら文句を言う気力もないらしい。


「……えっと、じゃあさっきの騒ぎは、レンドが大家さんを異世界に行かせようとするから起きたってこと?」


 おおかた家から出たがらない大野に異世界へのお使いを頼んで断られての流れだろう。どうやらレンドもあの手この手で異世界へ行かせようとしているようだが、今回はうまくいかなかったらしい。


「まあ、そういうことだな。今までは褒め倒したり、餌で釣ったりして行かせてたんだけど、どんどん扱いにくくなっていく……」


「はっ!! もうその手など食うものか!! 私はもうこの楽園からは一歩も出ない!!」


「厄介な人だなぁ……」


 と、そう思ったところでふと根本的な疑問に気がついた。


「……あれ? でもだとするとどうやってレンド達と出会ったんですか? 自分の能力で帰ったならレンド達と会う機会そのものが無いんじゃ?」


「ああ、それは簡単さ。何しろオオヤの方から俺達に接触して来たんだから」


「え? そうなんですか?」


「別に好きで接触したのではない!!」


 驚きの声をあげる智宏に、大野は向きになったように声をあげる。それでも声を上げてから隣の部屋の住人の存在を思い出したのか、一瞬口を押さえたが、特に反応が無いことを確認すると、椅子に座りなおして話し出した。


「私とてこいつらに会おうと思って接触した訳ではないのだ。ただ、突然見たことのない場所に送り飛ばされて、どうにか帰れたと思ったら今度はよくわからない感覚をあちこちから感じるんで、ついその感覚を……」


「よくわからない感覚?」


「ああ、それは魔力感覚のことだよ。ほら、刻印使いの素養のある人って世界を渡るときに身体能力やら感覚の鋭敏さやらが上がるだろ?」


「ああ、そういえばそうだな」


 現に智宏も世界を超えるにあたってそういった変化を体験している。特に視力に至っては、眼鏡なしでは生活もままならかったほどの近視が見事に治ってしまったほどだ。


「この世界の人にも普段感じる機会こそないけど弱い魔力感覚はあってさ。それが強くなったうえに、俺たちみたいに魔力を使う人間が渡ってきてたもんだから、魔力の感覚の正体を知らないオオヤが引き寄せられて来ちゃったって訳」


「まさに一生の不覚だ。この感覚さえ無視していれば平穏な引きこもり生活を送れたものを!!」


「……飛んで火にいる夏の虫、か」


「くっそおおおおおおお!!」


 目の前のテーブルに突っ伏して呻く大野に、智宏は同情したものか呆れたものか迷いながら見つめる。

 正直に言えば智宏には目の前の青年が自分やエデンであったオチシロと同じ刻印使いなのだという実感が湧いてこなかった。自身の肉体に関する変化をあまり気にしていないためかもしれない。身体能力が上がったり、特殊な力を持ったりしたら、普通戸惑ったり舞い上がったりしても良さそうなものだが、この青年にはそう言った様子がまるで見られないのだ。


「って、そう言えば大家さんって身体能力の方も変化しているんですよね? そっちの方はどうなんですか?」


「……どうとは何だね?」


「いや、筋力がついて良かったこととかないんですか? 異世界に渡ったことでメリットになりそうなことは?」


「そもそも筋力を生活の中でほとんど使わんから、メリットはなりえん」


「……なるほど」


「それに他の刻印使いはどうか知らないが、私の筋力はそれほど向上してはいないのでな。せいぜい底辺にいたのが平均値なったくらいだ。浮かれるほどの超人になったわけではない」


「え、そうなんですか?」


 大家の発言に智宏は少し意外なものを感じる。智宏自身、異世界に渡ったことでかなり身体能力が上昇している。今なら運動部の人間ともいい勝負ができるだろうという自信があるくらいだ。てっきり智宏は、他の人間も同じような変化を得るのだろうと思っていた。


「まあ、世界を超えるときに起きる身体能力の上昇って言うのは、結構元の身体能力に左右されるからな。元の身体能力が高いほうが世界をこえた後の上昇値も高いんだ。まあ、単純に筋力が倍増すると思えばいい」


「要するに元から体を鍛えている人間ほど強くなるってことね」


「まあ、そういうことだな。そういう意味じゃあ、この世界で普通に生活している人間じゃあ、強くなってもエデンで生まれたときから鍛えている人間には敵わない」


「あの世界の男って、ほとんど訓練と狩猟をして過ごしているからな……」


 人間をはるかに凌駕する巨大で凶暴な生き物と生存競争を戦っているエデンでは、強い戦士を育てるために男子は幼少期から厳しい訓練を積んでいる。それをたかだか世界を超えた程度であっさりと抜かしてしまうのは失礼というものだろう。


「でも、逆に言えばもしこの世界にいるときからあの世界の人間並みに鍛えている人間がいれば、そいつは世界をこえた後とんでもない身体能力になるかもしれない」


「そんな人がいるのか?」


「いや、もしもの話だよ。そもそも刻印使い自体そこまで見つかってないしね」


「あーあ。俺もひと思いに異世界に行ってみたいな。そうすれば俺もその刻印ってやつに目覚めるかもしれないのに」


 会話の内容が、大野の話から刻印使いの話に移ってきたせいか、傍で会話を聞いていた孝晃が不意に声をあげる。


「今まで、行ったことなかったの?」


「ん? ああ。俺が異世界云々を知ったのは大家さんがレンド達と知り合ってこのアパートを貸すことになってからだからな。それは隣の志士谷さんもそうだよ。まあ、最初は俺達もなに言ってんだこいつ、って感じだったけどね」


 ミシオに対して孝晃がそう答えるのを聞き、智宏自身も少し意外な印象を抱く。レンド達を異世界人と知って平然と会話していることから、てっきり彼らも異世界に行ったことがあるのかと思っていたのだが、どうやらそういう訳ではなかったらしい。とはいえ、レンド達の目的を考えれば異世界遭難者以外の人間と交流を持つのは自然な流れとも言えるのだが。


「俺達としてはさ、異世界人なんてものに日常的に会えるって言うだけでもそれはそれで面白いとは思うんだけど、できれば実際に異世界にも行ってみたい訳よ。刻印とかって超能力も使えたら楽しそうだしな」


「そう言われても、刻印使いになる人間って、アースの人間の中でもかなり珍しいんだけどね。素質みたいなもんを持っている人間がほとんどいないみたいで」


「それに、そんなにいいものじゃないよ」


 レンドの言葉に続けるように、不意にそんな言葉が放たれる。以外だったのはそれを言ったのが実際に刻印に目覚めている大野や智宏ではなく、イデアの人間であるミシオだったことだ。


「あぁ……悪い。何か気に障ること行っちまったか?」


「……ううん。今はそこまででもないから」


 孝晃が気まずそうにそう言うのを見て、智宏はようやくミシオの内心を読み取る。考えてみれば、ミシオは特別な力を持つことでの葛藤も、突然自分の体にそれが備わってしまうことへの戸惑いも知っているのだ。

 異世界人の犯罪者たちによって身勝手に押し付けられた黒い魔力を操る力。そして彼女自身がもともと持っていたイデア人の超能力。それらの存在に、ミシオ自身がなにも思わなかったはずはないだろう。そう考えれば、確かに自身の体の急激な変化など、軽々しく望むべきではないかもしれない。

 そんな思考を抱えていると、レンドが手を打って部屋の中の雰囲気を変えにかかった。


「まあ、刻印使い云々はともかく、俺達としても孝晃たちが自由に異世界に行けるように関係を気付くつもりだから、それまで我慢してよ」


「あー、まあ、そうだな。とりあえず今はこのアパートに何人も異世界人がいるし」


「って、そうだ思い出した。そのことでもオオヤに頼みがあったんだ」


 話しの中で何かを思い出したようにレンドが再び大野に向きなおる。大野は案の定警戒の色を見せたが、それを気にかけるレンドではなかった。


「……今度は一体何を押し付けるつもりだ。正直君の頼みは聞きあきているのだがね」


「それなんだけど、大家であるオオヤにこのアパートの部屋をもう一つ――」


「却下だ!!」


 ほとんど条件反射のように瞬時に、大野はレンドの言葉を遮った。


「なんでだよ、いいだろ住人のもう一人や二人!!」


「そう言って既に何人このアパートに住まわせていると思っているのかね!? そもそも貴様らはあのみょうちきりんな魔方陣に部屋を四つも使っているのだよ。もともと私と紀藤君と志士谷さんの三人が住んでいた上に、残る三つの部屋にも貴様の仲間の魔法使いやら、肌に鱗のあるリア充やらが住み着いていて十部屋しかないこのアパートはすでに満員なのだよ!!」


「そんなに住んでるのかこのアパート……」


「レンド達がこの世界での拠点の一つにしているからね。まあ、住むだけなら他のところに転がりこんでいるのもいるけど、オズの人たちは数人を除いて数日おきに別の世界と行ったり来たりしているから、ここはそのときの宿泊施設にもなってるんだよ」


 みょうちきりんな魔方陣というのは恐らく異世界に行くための転移魔法陣のことだろう。それだけに部屋を四つも使っているのは無駄とも思えるが、考えてみればあんなものがある部屋で生活するのは無理ある以上に事故の危険さえ付きまとう行為だ。


「それにそもそも君たちは常識に欠けている!! ましな奴でも人前で魔術だか魔法だかを使おうとするし、酷い時には庭に魔方陣を書き始める始末だ。あのリア充共に至っては車に喧嘩を売るわ、犬猫を食おうとするわ、庭でたき火を始めるわでまったくもって手に余る!! あいつ等が問題を起こすためにそのフォローに奔走するのは誰だと思っているのだ!!」


「孝晃君」


「九十五パーセント俺ですね。たまに志士谷さんが殴って止めることもありますけど。っていうか、大家さんいつも騒ぐばっかりで止めてくれないじゃないですか」


「とにかくうちには無理だ!!」


 どうやら反論の余地もなかったらしく、大野はそう言って議論を打ち切りにかかる。レンドの方も無理に頼めるとは思っていなかったらしく、それ以上の交渉までは行おうとしなかった。


「仕方ない。ミシオちゃんの住む家に関しては他を当たるか」


「……え? 私?」


 突然自身に話が及んだことで、ミシオが困惑の表情を浮かべる。それに関しては智宏も同様だった。どうやらレンドはこのアパートにミシオを住まわせるつもりだったらしい。


「あ、あの、住む場所についてなら、自分でなんとかできると、思うんですけど」


「「「「え?」」」」


 困惑しながらもそう言ってのけるミシオに、部屋の中の人間が皆一様に疑問の声をあげる。それに対してミシオは、横に置いていたリュックサックの中をあさって何かを探しだして答えた。


「家なら材料があればある程度作れますし、材料の調達も慣れてますから」


「大工道具持参かよ!!」


 あまりにも平然と言ってのけたミシオに智宏は思わず突っ込む。まさかと思いミシオがあさっていたリュックサックを覗くと、中にはカナヅチや釘、折りたたみ式ののこぎりなど大量の工具が詰まっていた。ノミや鉋、規格こそ違うがレンチのようなものまで見受けられる。

 言葉を失う智宏の横で、レンド、大野、孝晃がそれぞれ声をあげる。


「うわぁ、信じられねぇ。この期に及んでまだあの森での生活みたいなことをするつもりだったのかよ……」


「おいレンド、一体この娘はどんな世界の住人なんだ? てっきりこことよく似たイデアとか言う世界の出身だと思っていたのだが、それは私の勘違いか?」


「っていうか、家を作るったってすぐにはできんだろ……どうやって生活するつもりだったんだこの娘?」


「あ、それは大丈夫。段ボールがあれば数日は」


「まずはその思考回路を何とかしろ……!!」


 あまりにずれた発言に智宏は頭を抱える。どうやらこの少女にはこの世界のものだけでない常識も叩き込まなければいけないらしい。


「っていうか、家の話なら僕にあてがあるからそっちじゃだめなのか?」


「ん? そうなの? まあ、俺らとしても住居の問題は割と深刻だからそれならそれで助かるんだけど……。大丈夫なのかトモヒロ?」


「たぶんな。そもそも住む家のあてもないのに人を異世界まで誘うか」


「いや、てっきりその場の勢いで言っちゃったのかと」


 確かに智宏自身誘う時にはある程度勢いに任せていたのは否めない。だが、誘いながらもある程度その後のことを考えていたのは事実だ。むしろあのときと比べれば、レンド達の協力が得られる今の方がハードルは低いとも言える。


「あ、あの!!」


「ん?」


 不意にミシオに声を掛けられて、智宏は若干驚きながら向きなおる。どういう訳かミシオはこちらと目を合わせようとせず、なぜか顔を赤くしていた。


「ち、ちなみにどこ」


「え? ああ――」


 所掌戸惑いながらも、智宏はすぐに住む家のことを言っているのだと理解する。

 そして智宏は特にもったいをつけるでもなく、簡潔にその場所を口にした。


「僕の家だよ」


 赤面、感嘆、苦笑い、舌打ち。

その言葉に対する四者それぞれの反応の意味に、そのとき智宏が気付くことはなかった。


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