表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第二章 第二世界イデア
41/103

19:人間の証明

 最初の激突で、ミシオは自身の圧倒的不利を悟っていた。

 おかしなことなど何もない。単純にミシオが体格とパワーでエイガの足元にも及ばなかったのだ。

 そもそもミシオは、エイガのように全身を妖装に包める訳ではない。

 全身を包む魔力はそのほとんどが黒い霧の状態。かろうじて妖装と言える、竜猿人(ダイノロイド)の体を再現できている部分は、両腕の肩から先と、足のひざから下だけである。しかも、腕こそ先ほど巨大化させることに成功したが、今の手足は明らかに元の体より若干太くなった程度で、とてもエイガほどのパワーを発揮できるほどの太さにはなっていない。この状態で正面からぶつかろうものなら、間違いなくリーチやパワーで負けてしまうのだ。

故にミシオは、最初に殴り飛ばされた後すぐさま作戦を変えた。


「チィッ!! ちょこまかと!!」


 背後の、足元からエイガの苛立つ声が聞こえてくる。ミシオはその声に相手が所定の位置まで来たことを確認すると、木の上で近くに張ってあるロープを妖装で纏った手の爪で掻き切った。

 目の前にあったドラム缶が支えを失い、重力に引かれてエイガを襲う。


「またか、くそ!!」


 迫るドラム缶に、エイガは巨大な体をもって迎え撃つ。

 本来なら巨大な打撃音を立てるはずのドラム缶は、エイガの巨大な腕で受け止められることで、その役目を完全に封じられた。


(この罠じゃだめ、か。ならあの罠に……!!)


 力ではかなわないと悟ったミシオが、ならばと取り始めた手段がこれだ。自分を囮にしてエイガを誘導し、攻撃に使えるトラップのある場所へと誘い込む。

 もともとこの森は、ミシオが住むにあたって自衛用のトラップを大量に仕掛けている、いわばミシオのホームグラウンドと言ってもいい場所だ。森の中のことはトラップを仕掛けるにあたって細部に至るまで知り尽くしているし、木から木に飛び移るような行為も日常的にやっている。ミシオが身を隠し、逃げ回るという選択をする上で、この森以上の環境はないのだ。

 とは言え、それも簡単という訳ではない。


「降りて、来いよぉ!!」


「っ!!」


 移動しようと背を向きかけて、エイガの声に危険を感じて身を伏せる。するとまさにいまミシオの頭があった場所を先ほど叩きつけたドラム缶が飛んで行った。


(……中に水を入れて重くしていたはずなのに……!!)


 見せつけられたことで改めてその怪力に戦慄する。ぐずぐずしていると木の上にいてもたたき落とされてしまう。そんな確信をもってミシオは、木の枝を蹴って空中に舞い上がった。

 ひときわ軽く感じる体が狙った木の枝にたどり着く。簡易なものとはいえ、妖装を纏った体はただの霧で体を強化している以上の効果をもたらしていた。

 背後を見るとエイガはしっかりとこちらを追ってきている。途中には拘束系のトラップがあるがその程度では時間稼ぎにしかならないだろう。それどころか一か所に留まっていると狙い撃ちにされてしまう。

 ミシオは再び足に力を込め、別の枝へと飛び移った。






「ええい、うっとうしい!!」


 飛んできた石を弾き飛ばし、絡みついた縄を掻き斬り、踏み抜いた落とし穴から這い上がる。

 先ほどから栄河が行っているのは、そんな不毛なトラップの相手だった。

 明らかにこちらを誘いながら逃げ回るミシオに対し、エイガができることはそれしかなかったと言ってもいい。

 ミシオを放置してこの森から脱出し、村人を人質にしてミシオをおびき出すという方法も考えたが、ぐずぐずしているとまた邪魔が入りかねない。この森のトラップがあれば下手な邪魔者は入って来られないと考えるなら、むしろ好都合とも言えるのだ。

 幸いなことに、異世界で手に入れた妖装という力はものの見事にエイガをトラップの数々から守っている。この体ならいくらものをぶつけられても応えないし、強力な攻撃にも魔力の消費を覚悟すれば耐えられる。


「無駄だぞミシオォ!! こんなもん俺には効かねぇ!!」


 声をあげ、再びミシオに向かって手近なものを投げつける。今度投げつけるのは人間の頭ほどもある大きな石だ。霧があれば大きなダメージを被ることはないだろうが、木から叩き落とすくらいはできる。


「ダラァ!!」


 気合いと共に空中を跳ぶミシオ目がけ、手にした石を投げつける。投げられた石は投石機で放たれたような速度でミシオの足元、今まさに着地しようとしていた枝に直撃した。

 狙いとは外れ、だが石を食らった枝はミシオを乗せたまま砕け散り、その足場を奪い去った。


「っ!?」


 突然着地点が消えるという状況に、ミシオの表情が驚愕に歪む。

 だが、ミシオはすぐに空中で態勢を変えると、着地しようとしていた枝のすぐ上にある別の枝を両手でつかみ取り、鉄棒で行うような見事な回転と共にその上に乗り、跳び上がった。


「チィッ!!」


 無駄の全くない運動で、栄河からさらに距離をとるミシオに、栄河は憎々しげに舌打ちすると、これ以上距離をあけられてたまるかとばかりに足に力を込める。

 だが、その力が加速に変わる直前、再び足に何かが引っかかるような感覚を感じた。


「っ!! またトラップか!?」


 先ほどから嫌というほど感じてきた予兆に、栄河はすかさず身構える。すると案の定、栄河の真上から黒い影が真っ逆さまに落ちてきた。


「何度も同じような手を、食うかぁ!!」


 言葉と共に跳び退り、同時に落ちてきたものを鱗だらけの腕で近くの木に叩きつける。


(あん? 妙に脆いような――!?)


 次の瞬間には落ちてきたものへの違和感と、妖装に包まれた足に何かが食い付くような感覚が襲ってきた。


「なっ!? トラバサミ!?」


 感覚に従い足元を見て、自分の足に齧り付いているものの存在に驚愕する。そこにあったのは猛獣の顎を模したような、獣を捕らえるのに使うバネ仕掛けのトラップだった。

 だが、驚愕はそれだけでは終わらない。栄河の耳に、虫が羽ばたく音が大量に聞こえてきたからだ。


「ハチだとぉ!?」


 同時に先ほど上から落ちてきたものの正体がわかる。そこにあったのは、夏になるとそこかしこに作られ、ときに人間を脅かすスズメバチの巣だった。






 背後から聞こえた羽音と悲鳴に、ミシオはエイガが見事に罠にかかったことを知った。

 今エイガを襲っているのは、この夏できたばかりのスズメバチの巣だ。できてしまったときはどうしたものかと悩んだが、できたのがよりにもよって(・・・・・・・)この場所だった(・・・・・・・)ことから(・・・・)思いつきでトラップに組み込んでしまった。

 もちろん、今の状態のエイガに蜂の針など通用するかどうかわからない。だが、蜂に囲まれるというのは素人にはかなりの恐怖を誘う事態ではあるし、もしかしたら妖装の薄い部分を見つけて、そこを刺す可能性もある。何より蜂達はトラバサミと同じ足止めだ。本命はこの先にある。


(場所があそこだから、使うのは三番……!!)


 相手に位置を確認し木から飛び降りると、足元にあった先ほど投げられたのと同じサイズの石を拾いながら、ミシオは一本の木に走り寄る。

 木の幹が根元近くで二股に分かれたまだ若い木。ミシオはその後ろに回り込むと、幹の分かれ目のあたりに設置されていた木のレールを起こし、折りたたまれていた足と、根元の金具で地面と水平になるように固定した。

 さらに、木の分かれ目の上、二つに分かれた木の両方の幹に括りつけられた綱を引っ張り、先にあるフックをレールの上の台に引っ掛ける。その台の向こう側に石を乗せれば、出来上がるのは巨大なパチンコを模した投石機だ。


(これ、使わないつもりだったんだけど……!!)


 そう思いながらも台を引っ張り、投石機を引き絞る。妖装により強化された身体能力は、ためしに使ってみたときの倍以上の速さで台を引っ張り、作ったレールのギリギリの場所まで引っ張ることにも成功した。

 同時に、蜂を殺すことに気を取られていたエイガが不穏な気配を感じてこちらを振り返る。眼を凝らし、こちらの様子を見て表情を恐怖に歪めるがもう遅い。

 手を離すと同時に、先ほど投げられた時の倍以上の速さで石が発射される。


「ゴアッ!!」


 発射された石が空を貫き、蜂を蹴散らし、轟音を上げてエイガの胸に直撃する。真っ当な人間ならばそれだけで粉々になってしまうような一撃に、流石の妖装も激しくその魔力を霧散させ、エイガの体も耐えきれず倒れこむ。足をトラバサミに拘束されていなければ、そのまま後方に吹き飛んでいたかもしれない。


「……がっ、あ……、し、信じらんねぇ。ミシオ、てめぇ正気か!?」


 投げかけられた悪態に、ミシオ自身も若干自分の正気を疑ってしまう。この投石機に限らず、このあたりにあるのは本気で人の命を奪いうる危険なトラップばかりだ。作ったミシオ自身勢いに任せて作ったはいいものの、使うわけにいかないと判断し、この場所に近づけないように念入りにトラップを張り巡らした経緯さえあるのだ。正直使う日が来ることすら予想していなかった。

 だが今この場に限っては、自分のやりすぎを褒められる。今のミシオに容赦している余裕はまるでないのだ。


(もう一発!!)


 石を拾い上げ、木の前方に飛び出していた台を手繰り寄せてセットし直し、ミシオは第二射の発射態勢を整える。

 慌てたエイガが自身を拘束するトラバサミを叩き割る直前、発射台の角度を調整しながら引き絞られた投石機が再び石で空を貫いた。


「ぐぅうううううう!!」


 土壇場で拘束の解除を諦め、エイガは体の前で腕を交差して石を受け止める。防御している分、先ほどよりもダメージ自体は小さい。だが、受け止めた腕の妖装は確実に霧散し、エイガの魔力を容赦なく削り取る。


(ぐ、ミシオのやつ、俺に魔力を全部吐き出させるつもりか!!)


 防御しているのも関わらず強行された攻撃に、エイガはようやく相手の狙いを悟る。いかに強力な防御力を誇る妖装でも、攻撃を受けるたびに魔力を霧散させている以上その力は無限ではない。加えて先ほどエイガは刻印使いの少年の攻撃を受けて大量に魔力を消費したばかりだ。残りの魔力はかなり少ないといってもいい。


(まずい……!! こんな場所で魔力切れなんて起こしたら……!!)


 二発の投石でこちらに近づこうとはしないものの、周囲にはまだスズメバチが飛び回っている。妖装という防護服を失えば、待っているのはスズメバチによる直接攻撃だ。


 そして、ミシオ自身それを狙っている。


(もう、一発!!)


 相手の様子を確認しながら、ミシオは次なる石に手を伸ばす。近くにはあらかじめ、手ごろな大きさの石をいくつも転がしてある。今の身体能力なら、エイガが体勢を立て直す前にあと二発は打ち込むことが可能だ。

 だがその計算は、直後に襲ってきた強烈な目眩によって乱された。


(……え?)


 足から力が抜け、倒れそうになるのを慌てて近くの木に手を付くことで支える。だが、その体からは魔力の鎧が失われ、手足の力も体を支えるだけで精いっぱいだ。


(あ、血……)


 強烈な倦怠感と寒気に、ミシオはようやくその原因を思い出す。先ほど斬りつけられた背中の傷が、動き回ったことで激しく出血しているのだ。

 元より背中の傷は塞がっていたわけでも治っていたわけでもない。傷を圧迫し、その出血を抑えていただけだ。激しく動き回っていれば当然傷も悪化するし、出血だって抑えきれなくなる。


(待って、もう少しだけ……!!)


 気力で魔力を纏い直し、己の体に懇願するように鞭を打つ。熱を持った背中と不気味な寒気を強引に無視し、ミシオは無理やりに体勢を立て直す。


「よぉうミシオォ……、流石のお前もそろそろグロッキーかい?」


 だがその頃には、罠を破壊したエイガが蜂を半ば突き破る形で背後まで迫っていた。


「しまっ――!!」


「逃がすかよ!!」


 慌てて距離を置こうとするミシオを、巨大化したエイガの腕が鷲掴みにする。両肩を挟み込むようにして掴まれ、ミシオも手足を妖装で包んで必死で抵抗するが、単純な力比べではとてもエイガには敵わない。


「さてぇ、このままここでお前の手足をへし折るってのもいいが、ここはちょっと蜂がうるさい」


 言葉通り、エイガの背後からは先ほど壊したハチの巣の住人達が羽音を響かせながら近づいている。

 それに対してエイガがとった決断は、あまりにも単純で、


「ちょっとこの場所を――」


 そして残虐なものだった。


「――離れようぜ?」


 言葉と共に、掴まれたままのミシオの体が思い切り地面に叩きつけられる。直前でエイガがやろうとしていることを悟りミシオ自身も必死でもがくが、それも虚しく、エイガは地面にミシオを押し付けたままの態勢で走りだした。


「う、ああああああああ!!」


 途端に、ミシオの傷ついた背中に猛烈な痛みが走り、流石のミシオもたまらず悲鳴を上げる。地面との接触面は魔力によって守られているが、衝撃まで完全に殺せているわけではない。エイガの走る速さも相まって、傷ついた背中をさらに連続で殴られているような、強烈な衝撃が襲って来ていた。


「ギャアッハアアアアアア!! もっと叫べぇ!!」


 もちろん、この森をそんな速さで走りまわってただで済むはずがない。猛烈な速さで走ることで上から落ちてくるものなどは置き去りにしているが、四方からは泥や石、タワシやゴミなど様々なものが飛んでくるし、足元は何度も陥没している。

 だが、それをエイガはミシオの体を使って無理やり防御する。

 ミシオを自分前の地面に押し付けることで足元の陥没を察知し、飛んでくるものをミシオの体を持ち上げることで受け止める。

 ミシオの体、それも傷ついた背中を痛めつける残酷な防御法。

 それによる呼吸すらままならない強烈な痛みに、ミシオはなす術もなく曝されていた。視界が明滅し、痛みで頭の中を真っ白に塗りつぶされる。意識も定かではなく、下手をすると何度か気絶しているかもしれない。妖属性の魔力を植え付けられたときも強烈な痛みを覚えたものだが、この痛みはそれと勝るとも劣らない。

 だがだからこそ、その痛みに反発するように、思考もままならない頭で一つの抵抗を行った。


「いがぁああああ!!」


 それ(・・)の効果により、走るエイガも背中に強烈な痛みを覚える。通念能力(テレパシー)の応用による感覚投影。痛覚情報をも送りつけることのできるそれによって、エイガはたまらずミシオの体を地面から離す。

 だが、それで安心することなどできるはずもなかった。


「いってぇなぁ!!」


 持ち上げられた体が宙で弧を描き、振りかぶられた腕からミシオの体が投げ飛ばされる。背中から木に思い切り叩きつけられ激突し、体が砕けるような痛みと共に魔力を霧散させる。

 痛みで意識までバラバラになるような錯覚を覚え、ミシオは木の根元へもたれかかるように崩れ落ちた。


「ったく迂闊だったぜ。そういやお前感覚投影までできるようになってたんだっけ。まあ、それに関しちゃあ俺も人のことは言えねぇんだけど」


「う……、く……、あ……」


 明滅する意識をギリギリでつなぎ留め、ミシオは少しでも痛みを和らげようと必死で呼吸を繰り返す。背中はいまだに殴り続けられてでもいるかのように痛みを発し、体には力が入らず立ち上がることもできない。猛烈な速さで刻まれている心臓の鼓動自体が、鞭のように背中を叩いて意識を切り刻んでいる。先ほどまで身を守っていた魔力も、今では見る影もないほど霧散し、わずかに霧がまとわりついている程度だ。


「それにしてもがっかりだ。俺としては、お前はもっとその力を使いこなしてるかと思ってたのに。まあ、教えられてもいないのに部分的とはいえ妖装にまで至っていたってのはむしろ褒めるべきか?」


 言いながら近寄り、ぐったりと宙を見上げるミシオに、エイガは視線を合わせる。その表情からはすでに優越感が見え隠れして、もはや自身の勝利を疑ってもいない。


「ついでだから教えてやるけどさ。『妖装』の形は元になった生物もそうだが、使う俺達のイメージにも結構左右されるんだよ。ちゃんとこうして化け物になることをイメージできなけりゃ、もっと言えば自分が化け物になることを受け入れなけりゃあ、力を完璧に扱うことなんてできねぇよ」


 そう言ってエイガは変わり果てた自分の体を見せつける。そうされて初めて、ミシオは自分が今の体を受け入れきれていないことを自覚した。ミシオの妖装が手足に留まっていた原因。それはミシオ自身がエイガのような姿になることを拒んでいたことなのだ。


(こんな、姿にならないと、勝てない?)


 ミシオは自身の精神が徐々に弱っていくのを感じる。立ち上がらなければという意識だけは残っているのに、痛みで意識がまとまらない。


(だめ、ここで負けたら、村の、みんなが……!!)


 苦痛が精神を蹂躙し、ミシオの意識を塗りつぶそうとしたその時、


『シオちゃん!!』


 急に遠くで自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「……え?」


「あん?」


 聞こえてきた声に二人揃って反応し、耳を澄まして声の出所を探る。するとかなり遠く、それこそ森の入り口付近から、幾人もの声がミシオを呼んでいるのが聞こえた。


『シオちゃん、どこだぁ!?』『こっちだ。こっちに派手に暴れた跡がある』『さっきの坊主はどこ行った?』『わからん。勢いよくどっかに行っちまった』『くそ、シオちゃん、返事してくれ』『とにかく痕跡を追うぞ。罠に気をつけろ』


 一人や二人ではない。大勢の聞き覚えのある声が、この場所を探しているのが分かる。

 彼らはきっと、この場所を見つければミシオを助けるべく戦うつもりなのだろう。そのことがミシオ自身確信をもって感じられる。

 おそらく彼らは、命がけの戦いになることを覚悟しているのだろう。長い間耐え忍んできた分、今の彼らを突き動かすものは大きい。恐らくもうミシオを助けるまで止まらない。


(でも、それは私も同じなんだよ。みんなに死んでほしくないのは同じ)


 だから今回は気持ちだけで十分だ。その気持ちを感じられただけで、ミシオは十分に立ち上がれる。


「それに、みんなのおかげで思い出した。竜猿人を倒す方法を――」


「あん?」


 エイガが疑問の声をあげると同時に、ミシオは体から黒い魔力が噴き上がる。霧状の魔力が確かな意志によって統率され、ミシオの全身を覆い始める。


「――あなたのような化け物と、戦い続けている『人』がいたことを!!」


 瞬間、ミシオの体を覆う魔力が手と足元から確かな実体を持ち始めた。生まれるのは鱗だらけの竜猿人の手足。だがその形は先ほどまでのそれともまた違う形だ。


(スカートは、ちょっと邪魔。あと髪も)


 どうせ下はスパッツだと割り切り、ミシオはスカートを魔力で吹き散らす。さらには制服の胸元のスカーフを抜き取り髪の毛を頭の後ろで適当に括る。

 そして変貌が進む。

 胴体を漆黒の魔力に包み、その上に鱗だらけの肌を生み出す。肩に、胸に、腹に、腰に、それぞれの形で鱗だらけのそれを具現化し、纏う。


「なっ……!? その形……!!」


 イメージするのは異世界の人々の姿。この村の人々と同じように、自分を助けてくれた人々の、戦う時に纏う戦装束。


「……鎧、だと!?」


 ミシオの妖装が自分のものと違うことに、エイガが呆然とつぶやく。ミシオの妖装はエイガのように全身を別生物のそれに変貌させるものではなかった。鱗だらけの竜猿人の外皮を鎧のように具現化し、体の各部にまとわせる。化け物へと変貌するのではなく、人間として変身する。それのミシオが選んだ妖装の形だった。

 最後に頭に兜をかぶり、一纏めにした髪の毛も魔力で包む。その形は少し迷ったが、エイガの姿を見て尾のような形にした。他の場所に造るよりもその方が操りやすい。

 完成するのは黒いスーツの上から鎧をまとったような戦士の姿。化け物のような生物の外皮で作った鎧をまとい。より強い化け物と戦う異世界の戦士の姿がそこにはあった。

 ここに来る前、ミシオが訪れることとなった異世界は、ミシオの目から見ても恐ろしい世界だった。見上げるほどの巨大生物をはじめ、強力な野生動物が闊歩する世界。文明の発展すらままならないその世界で、それでも人々はそういった生物たちと戦っていたのだ。

 倒した生物の鱗を纏い。奪った牙を刃に変えて。


「は、はははは……!! なんだよ、それ。俺への当てつけのつもりか?」


 自分と違い、明らかに人間としての姿を保ったミシオに、エイガは言いようのない怒りを覚える。妖装を纏った自分の姿がやけに醜く見え、エイガの心に言いようのない劣等感を呼び起こす。


「見下すつもりかぁ!! ミシオォオオオオオ!!」


 激情に駆られ、エイガはミシオめがけて飛びかかる。意思一つで腕を巨大化させると、その拳を容赦なくミシオめがけて振り下ろした。


「なにぃっ!?」


 だが拳が直撃する寸前、ミシオは拳を避け、エイガの真横に移動する。どうやら身体能力は不完全だった先ほどよりもさらに上がっているらしい。

 そのことを確認し、ミシオは自身の拳を巨大化させ、驚き無防備になったエイガめがけて突き出した。


「ごあっ!!」


 黒い煙を噴き出し、エイガの体があっさりと飛ばされる。

 それと同時に、ミシオはなぜこの(・・・・)拳の巨大化だけは(・・・・・・・・)最初からできたのか(・・・・・・・・・)をようやく理解した。


(そう言えば、智宏もこんな感じの魔術、使ってた)


 たいしたことではない。同じように拳を巨大化させることのできる人間(・・)をあらかじめ知っていた。そういう形でも助けられていたという、ただの救われる話だった。






「くそぉおおお!!」


 再びエイガの拳がミシオに襲いかかるが、ミシオはそれを木の上に一息で跳び上がることで回避し、さらに着地と同時に別の枝に飛び移った。

 そしてさらにエイガの視線がこちらを向く前に別の枝に飛び移り、そこからエイガの背後目指して飛び降りる。

 着地と同時に攻撃できるよう、右腕を巨大なそれに変えて。


「ぐぶぅううううう!!」


 巨大な拳で殴られたエイガが、その重みに耐えられず地面に転がる。体勢を立て直す頃には再び木の上に飛び上がり、再び背後に回って襲いかかる。

 もはや展開は一方的だった。

 木の上を移動するミシオの居場所がエイガには追い切れない。木の幹を、枝を、そして地面を蹴って移動するミシオが、そのスピードに追い付けないエイガを一方的に攻撃して、再び移動を開始する。エイガにできたのは、残り少ない魔力を浪費してミシオの攻撃から身を守ることだけだった。

 ここに来て、エイガはミシオと自分の決定的な差を悟る。スピードが段違いなのだ。エイガが巨大な竜猿人(ダイノロイド)の体を完全に再現しているのに対し、ミシオは鎧という形でしか再現していない分圧倒的に軽い。加えて竜猿人(ダイノロイド)は元々木の上を移動することにも長けた生物だ。木から木へ移動するというのは、この力の正しい使い方とも言える。

ミシオはエイガ以上にこの力を使いこなしている。そういう意味ではこの場所は、ミシオにとって二重の意味でホームグラウンドなのだ。

 もちろん、エイガの妖装の元になっているのも同じ竜猿人(ダイノロイド)だ。だが、エイガの妖装の巨体ではここまでのスピードは出せない。それにそもそも、木に登り飛び回る技術を身につけているミシオと違い、エイガはまともに木に登ったこともないのだ。ミシオの使っている移動術など到底真似できない。


「くそっ! こんなはずがぁ!!」


 背後でミシオが着地と同時に拳を振りかぶるのを知覚する。だがエイガは振り返る暇さえない。無様に魔力を霧散させ、地面に沈むことしかできないのだ。

 そして、霧散した魔力はそう簡単には戻らない。


「くそったれぇ!! てめえの場所なんかぁあああ!!」


 叫びながら、エイガは自分に残った最後の手札、【盗撮眼(ハッキング・アイ)】を行使する。周囲を駆け回るミシオの視界を盗み見て、その視界に映る景色からミシオの居場所を探し出す。

 そして数瞬後、ミシオから流れ込む視界が、確かにエイガの後姿を捕らえた。


「みぃぃぃぃいいつけたぁぁぁああああああ!!」


 咆哮と共に振り返り、右腕にありったけの魔力を込めてこちらめがけて飛び込んでくるミシオめがけて振りかぶる。魔力によって巨大化した腕はミシオの腕のおよそ倍。今のミシオには間違いなく耐えきれない一撃だ。加えて、空中いるミシオには回避する術もない。


「くたばれぇえ!! ミシオォォォオオオオオ!!」


 空を切り、巨大な腕が周囲を薙ぎ払う。途中にあった茂みの一部をえぐり取り、かすめた木の幹を切り裂き、途中にあったすべてのものを巻き込んで最後に反対側の地面を吹き飛ばす。だが、


「なん、で……!?」


 数ある手ごたえのなかに、ミシオを砕き散らす手ごたえだけが感じられない。

 そして不思議に思って見た視線の先、エイガは空中からこちらを見下ろすミシオの姿を確かにとらえた。

 頭の後ろの尻尾で木の枝を掴み、それによって攻撃範囲の外へとのがれているミシオを。


「まさか……」


 木の上で再びこちらへ飛び込もうとしているミシオに、エイガも迎え撃とうと右腕を引き寄せる。だが引き寄せた右腕はすでに鱗の肌すら纏っていない。どうやら先ほどの一撃に腕自体が耐えられず、魔力があらかた霧散してしまったらしい。


「ああああああ!! 妖装が消えたぁあああ!!」


 体にまとう魔力がもはや霧状のもの以上の形をなさないことに、エイガはパニックに陥る。ことここに来てエイガはようやく自身の無力さを思い知った。

 それでもお構いなしに、ミシオは目の前から拳に魔力を込めて向かってくる。


「ッァァァアアアアアア!!」


 最後の力を振り絞り、ミシオは自分の拳を突き出しながら最大まで巨大化する。イメージの雛型となるのは智宏の使う【土神の剛腕(タイタン・クロウ)】。強化した体でも支えることができない重さを持つそれを、突き出す勢いに任せて叩きつける。


「止せぇえええええええええ!!」


 肩を持って行かれるような痛みに耐えながら、上がった悲鳴ごとエイガを殴り飛ばす。殴られたエイガはトラックにはねられたように森を突き破り、地面に叩きつけられることで、最後の魔力と意識を失った。






(やっ、た……!!)


 エイガが地面に着弾するのを確認しミシオはようやく勝利を実感した。

 ミシオの体は現在、拳を突き出した状態のまま前へと引っ張られている。巨大化した腕は意識が緩んだことで霧散してしまったが、このままでは地面に倒れこんでしまう。


(あ……、だめだ)


 崩れた態勢を立て直そうとしてしかし、ミシオは自分の体がもはやその力を使い果たしていることを悟った。


(そう、だよね。背中の痛いのとか、血が出てるのとか、全部無視してたし)


 意識が軽くなり、浮き上がっていくような感覚を覚えながら、ミシオは地面に膝をつき、そのまま地面へと吸い寄せられる。地面が森の中ゆえに柔らかいものであることに安堵しながら、ミシオは目を閉じてその衝撃を待った。

 だが、直後その身に感じたのはあまりにも軽い衝撃と、確かな温かみ。


「……え?」


 驚いて目を開け、ミシオは自分が誰かに抱きとめられているのを知覚する。抱きとめている人間の顔は見えないが、


「……トモ、ヒロ?」


 顔の横にあった長く尖った耳と黒髪で、それが自分を心配してくれていた少年だと察する。智宏も泥だらけのびしょ濡れで酷い有様だったが、その体温だけは酷く温かかった。


「来て、くれたんだ……」


 智宏が何かを叫んでいるのが雰囲気でわかるが、すでに意識はふわふわと水に浮かんでいるかのように不安定で、音はおろか、あれほどミシオを苦しめていた背中の痛みすら感じない。ただ一つ感じられる暖かさを味わいながら、ミシオは返事のできなかった叫びを思い出す。


「そう、だ……。トモヒロに言わなきゃ。さっきの本当の答え」


『なんのために』と叫んだ少年に、今こそ答えを伝えきる。


「私が、戦ったのは、責任なんかじゃない。私が、大切だったから」


 今もここを探して森の中を彷徨っているだろう村人たち、彼らと過ごした、生まれてからこれまでの記憶。その一つ一つが、ミシオを構成する大切な理由だ。


「この村は、私の家族だから。小さい頃から、一緒に、過ごした。大切な……。だから守って、取り返したかった……。責任なんて関係ない。私がそうしたかったから、ここでこうしてる」


 ぼやけていた視界が徐々に光を失い始める。自分の言葉がちゃんと伝わっていることを祈りつつ、ミシオは猛烈な眠気を感じて目を閉じる。自分がこれからどうなろうとしているのかは、何となく理解できた。


(ああ、でも、トモヒロの世界にも行ってみたかったな)


薄れる意識の中、ミシオは最後に一つだけ思い出した未練に思いをはせる。今となっては叶うことのないだろう、一度は諦めたささやかな望み。ならばせめて、これから見る夢はそういうものであることを祈ろう。どうせ長い夢を見るのならそれは楽しいほうがいい。

 そんな小さな願いを胸に、ミシオは意識を手放した。


 ご意見ご感想お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ