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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第二章 第二世界イデア
35/103

13:彼女の闘争

「……くそ」


 追いかけるという選択肢は、カイルの存在が許さなかった。彼を一刻も早く病院に運ばなくてはならないし、それ以上にせっかく逃れた危険な状況に再び首をつっこめるほど、今の智宏は強くはなかった。


「くそっ……!! 口だけか、僕は!!」


 危険へと迷いなく飛び込むミシオを、止められないばかりか追いかけることもできない自分を歯がゆく思う。【集積演算(スマートブレイン)】を使っていたら下せたかもしれない、追いかけるという決断を、智宏の感情の部分、自己保身が拒絶する。ミシオを追いかけたいという気持ちはあるのに、自分から危険に跳び込む踏ん切りがつかずにいる。


(結局のところ、僕は自分がかわいいんだな……)


 彼女を助けたかったのではない。彼女を助けることが最善だという判断を通したかった。それこそが結局のところ智宏という人間が【集積演算(スマートブレイン)】至った要因なのだろう。

 刻印はその人間の願いに体内にある大量の魔力が反応することで生まれる。そして、願いとはすなわちその人間のエゴにほかならない。もしエゴを通そうと思うなら、必ず他人の意思を踏みにじらなければならない。


(結局僕は、エゴを通したかっただけなんだな)


 ここに到り、智宏はようやくそのことを自覚する。そしてだからこそミシオを追うことができなかった。覚悟をきめて向かった彼女を、エゴだけで追えるほど、智宏という人間は強くはない。


『……しもし、もしもーし。そこに人いる?』


「ん?」


 不意にポケットから声がして、智宏は先ほどそこに入れたものの存在を思い出した。レンドに渡された異世界の通信機。

 慌てて智宏は通信機を操作する。彼らならこの状況を何とかしてくれるかもしれない。


『お、出たのか。ってあれ? そう言えば今さらだけどミシオちゃんってこれ使えたっけ?』


「僕だレンド!! ちょうどいいところに連絡してきた!!」


『なっ!? トモヒロ? 何でお前そこにいるんだよ? それともミシオちゃんの家においてこなかったのか? まあ、いいや。こっちも新情報があって、そのことでトモヒロに伝えようと思ってたことがあったんだ』


「伝えようと思ってたこと?」


 レンドの言葉に、智宏の中で若干の迷いが生まれる。自分から今の状況について話すべきか、それともレンドの新情報と頼みを聞くべきか。迷った末に智宏は聞く方を選んだ。頼みがあると言うなら彼らが動こうとしている可能性が高い。

 話を聞くに当たり、思い切って【集積演算(スマートブレイン)】を発動させ、情報を素早く飲み込むべく思考を加速させる。


「で? 新情報って何だ?」


『昼間あの村に行く途中で、これから行く家がサデンマクラの家だって話をしたのを覚えてるか?』


「ああ」


『間違いだった。あれはサデンの家じゃない』


「は?」


『あれはミシオちゃんの、ハマシマ家の家なんだよ。ミシオちゃんの家系はこのあたりの昔の有力者の家系で、村の一員として溶け込んだ今でもかなりの遺産を受け継いでいるんだ』


「どういう意味だ?」


『あの家は本来ミシオちゃんの家なんだよ。だけどミシオちゃんにはまだ未成年で財産の相続権が無いから、それをサデンマクラが管理している状態なんだ。そして、あのマクラの爺さんがその立場を悪用している可能性がある』


「悪用だと?」


 智宏の背中にいやな汗が伝う、今まで問題視していなかったマクラの存在が急に浮かび上がったことで、智宏の思考が急速に冷えていく。


『サデンマクラも確かに一定以上の財産は持っているんだ。でもミシオちゃんの保護者になってから、明らかにその財産を超える出費を繰り返している節がある』


「ミシオの受け継いだ遺産を勝手に使ってるってことか? 待て、だとしたらミシオがエイガに命を狙われている理由って……!!」


『高確率で遺産相続の問題が絡んでる。それもかなり尋常じゃない手、いや、ぼかすだけ無駄だな。ミシオちゃんを殺して自分のものにしようとしている可能性が高い』


「な……!!」


 昼間あった老人、人の良さそうな、心からミシオを心配しているように見えた老人。だが、もしあれが全て演技だったとしたら? ミシオがこの世界に帰って来たと聞いて、心中で歯ぎしりしていたとしたら?

 考えてみれば妙な話だ。ミシオの普段の生活を考えれば、彼女がいついなくなったのかを正確に把握できるはずがない。十日ほど姿が見えないと言っていたが、ミシオは学校にもあまり行かず、他人との接触を絶っていたのだ。そんな人間が消えたタイミングを正確に把握しているとしたら、それはその人間を消そうとした人間にほかならない。


「でも、だったらなんで他人に助けを求めなかったんだ? そんな危険な状態なら、それこそ村の人間や警察に助けを求めるべきだろう!?」


「弱みを、握られてるんだ」


 智宏の問いかけに答えるように、そばで弱々しい声がする。見れば、いつから意識を取り戻していたのか、カイルが目をあけ、まだ体力の戻らぬ口調で話していた。


「俺達は、砂殿に借金してるんだ。八年前に、台風があったとき、船が壊滅して、そのときの借金を――」


『その声、そばに誰かいるのか? いや、今はいい。それより今調べるから少し待て。八年前……、台風……、あった!! 確かに八年前、ミシオちゃんの両親が無くなった台風で村の船が軒並み壊滅したって情報がある』


「そのとき村のみんなは船の修理や買い替えの代金を(なみ)(あき)さんに、ミシオの爺さんに借りたんだ。でも波晃さんが死んで、財産を管理している砂殿がそれに目をつけて……」


『そうか、遺産にはその人の持っていた債権、つまり借金の返済を迫る権利も含まれる。もしサデンマクラがミシオちゃんの財産管理の名のもとにその借金の取り立てを迫ったら……!!』


「借金の返済を待つ代わりに口止めしてるってのか? そんなバカな!?」


「確かにちゃんと裁判で争えば返さずに済むかもとは、聞いてる。でも、裁判を起こすのに、俺たちじゃ費用が足りない。村にそんな余裕がある人間はいないから、借金を盾に取られたらマクラには逆らえないんだ。逆らったらやっていけなくなるから」


「逆らえない?」


「ああ、そうだ。実際俺達は砂殿に逆らったらやっていけない。借金が無くても、あいつは逆らう人間を破滅させる方法に精通してる。だから村の人間はみんな砂殿のいいなりにならざるを得ないんだ。たとえ、シオちゃんのことを見て見ぬふりをしろと言われても、シオちゃんに関わるなと言われても、たとえ……、人殺しを命じられても……!!」


「……それで、あのとき」


 ミシオの手前無理に聞きだすことはできなかったが、どうしてカイルがミシオを殺そうとしたのかがやっと分かった。彼は命令に逆らえなかったのだ。いや、最終的には逆らったと言うべきか。なにしろ彼は結果的にはミシオを殺しきれず、見逃した後にこうして怪我を追っている。


「昼間、シオちゃんと話しているのを知られて、そのペナルティに命じられたんだ。断れば村にいられなくしてやるって……。もしかすると、栄河の奴に見られてたのかもしれない。あいつには、他人の視界を盗み見る能力があるから」


「他人の視界を盗み見る? いや、それは今はいいな。……そうか、それでミシオは他の人間に助けを求めようとしなかったのか。助けを求めればその人に危険や嫌がらせが及ぶから」


 たとえ警察に助けを求めたとしても、周りの人間が従っているのならもみ消すことも可能だろう。そうでなくても警察というのはすぐに思いつく手なのだ。他にも何か手をまわしてもみ消している可能性は高い。


「酷い、話だろう……? 自分たちの生活のためにあんな娘ひとりに全部背負わせて!! 村八分みたいなことして!! それでも俺達はのうのうと、生きてるんだから!!」


 そう言って巨大な腕の上、カイルは歯をくいしばって涙を流す。

 智宏に彼を責めることはできなかった。強烈に伝わってくる後悔と無念が、それを行うのをためらわせる。何より部外者である智宏にそれを責める権利などないだろう。


「でも、待ってくれ。ならどうしてミシオは僕らにまで助けを求めなかったんだ? 弱みも握られていない。それどころかこの世界でのしがらみがない僕たちなら、助けを求めるのにうってつけだろう!?」


『いや、そうした場合助け方に問題があるんだ。実は、この世界に来る前、彼女に持ちかけた話があるんだが、智宏は証人保護プログラムって知ってるか? 確かそっちの世界にもどこかの国にあったはずだけど』


「証人保護……、たしか、犯罪の証人を犯罪者に殺されて証拠隠滅されないように隠す制度、だったか?」


 智宏の記憶が正しければ、アースでもアメリカなどで実際に存在している制度である。マフィアなどの組織犯罪の証人にまったく新しい人間としての人生を用意して保護するというもので、証人が、その存在を快く思わない犯罪組織によって抹殺されたり、復讐の対象にされるのを防ぐための制度だったはずだ。


『そう。実は俺らの方で、ミシオちゃんをその証人保護に近い形で保護しようって話があったんだ。具体的には彼女を他の世界に連れて行って彼女を攫った組織から保護しようって話だ』


「そうか、考えてみればミシオはエデンであった奴らの悪事を暴く生き証人だから!!」


『そう。こっちでも狙われる可能性を考慮して、どこかほかの場所に移り住んだらどうかって進めたんだよ』


「つまり、彼女が助けを求めた場合、その証人保護プログラムを使うことになるのか? でもどうしてそれで……?」


 智宏には、それがどうして助けを求めることをためらう理由になるのかがわからない。確かに新しい人生と言うのは大変な事態だろうが、こう言ってはなんだが、今の暮らしに比べれば、エデンでの生活のほうが良かったくらいだろう。


『いや、この方法だと一つ問題があるんだ。俺達はこの世界でまだ公的機関とのつながりを持っていないから、ミシオちゃんを連れていくと必然的にこの世界ではミシオちゃんが行方不明っていう扱いになる。問題なのは、この国で行方不明の扱いになった場合、肉親による本人確認なんかを経ないと行方不明扱いは解消されないんだ。そして行方不明者は問題によっては死亡者として扱われる』


「肉親……、サデン親子か!! つまり、もしレンド達に異世界に連れていかれたら、社会的に抹殺されるってことか? でも本当に殺されるよりは……、いや、そうか!!」


『気づいたか? もしミシオちゃんが死亡扱いになった場合、必然的にサデンマクラが遺産を相続する。もしミシオちゃんが遺産を取り戻したいと思っているなら、俺たちに助けを求めるわけにはいかない。それどころか迂闊にこの土地を離れただけでも、行方不明者にされてしまう恐れがある』


「それで僕らの前からミシオは姿を消したのか。真相を知られればレンド達が保護に走るだろうと考えて!!」


『実際、俺達が最初からこのことを知っていればそうしただろうな。遺産と命じゃ優先順位は明らかだ。あるいは本人もそうなったら逆らえないと思っていたのかもしれないな。強く説得されてそれを拒絶できるほどの自信が無かったのかも』


「……三十五日」


『え?』


 そこでようやく智宏の中でその数字の意味が見え始める。先ほどミシオが口走った『あと三十五日』という言葉。


「三十五日後に何がある? ミシオは『あと三十五日頑張ればいい』といっていた。たぶんミシオのプロフィールだ。ちょっと調べてくれ」


「ちょ、ちょっと待って。えっと……、これか? ああ、これだ。三十五日後はミシオちゃんの十六歳の誕生日だ」


「さっきミシオは未成年だから財産の相続権が無いって言ってたな? もしかしてこの世界での成人年齢は十六歳なんじゃないか?」


「ああ、そうだ。正確には成人年齢は十八歳だけど、相続権を含むいくつかの権利は十六歳の時点で解禁になる」


「やっぱりか……」


 三十五日後と言うのはつまるところ、彼女が遺産を取り戻す日なのだ。その日になれば自動的に遺産はミシオの物となり、サデンの干渉をはねつけることができるようになる。

 ミシオがこの世界にとどまる理由がこれではっきりした。だがそうなると新たな疑問が生まれてくる。


「でも、なんでそんな遺産に固執するんだ? あいつの生活とか見ても、そこまで金に執着する性格には到底思えないんだけど」


「ある、シオちゃんにはその理由が、ある」


 智宏の思考が再び壁にぶつかったとき、そばにいるカイルが再び声を上げた。その声はさっきよりもさらに輪をかけて悲痛なものになっている。


「俺達が背負ってる借金だ。シオちゃんは、俺達がマクラのいいなりにならなくてもいいようにしたいんだ。財産を相続できれば、あの子は俺達への債権も相続できるから」


「なに?」


「あいつ等のやり口は、正直かなりひどい。特に栄河は素行が最悪だ。あいつの憂さ晴らしに付き合わされた奴が何人もいるし、村の女の中にはあいつに乱暴されかけた人もいる。親父の真蔵の方だって、逆らった人間に酷い嫌がらせをしてまともに生活できないようにしたことすらある。シオちゃんはあいつ等から俺たちを守るために、逆らえない要因になってる借金を奪い返したいんだ」


「……なんだよ、それ!!」


 カイルの言葉に、智宏の内に炎が上がる。それまでも【集積演算(スマートブレイン)】の冷静な思考の下で火がくすぶるような感覚を持ってはいたが、今のカイルの言葉は明らかに油の役割を果たした

 確かに、今でさえ殺人などの理不尽な命令を生活のためにきかされている状態だ。たとえミシオが死亡扱いになって遺産を無事に手に入れたとしても、砂殿親子の村人に対する扱いは変わるまい。むしろ、より悪化する危険性さえある。


「逃げてほしかった。本当は逃げてほしかったんだ。俺達のことなんか放っておいて、どこかで幸せになってほしかった。でも、シオちゃんは、俺達が生活を砂殿に脅かされていることに、責任を感じてる。自分が遺産を奪われたから村の人間に迷惑がかかってると思ってる。村の状況を打破できるのは自分だけだからって言って、無理してここに留まって……」


 そこまで言って、カイルの声はうめき声に変わり始めた。どうやら怪我をしているのに興奮しすぎてしまったらしい。しかし、


「……ふざけんな」


 そう呟いて、初めて智宏は自身が激しい歯ぎしりをしていることに気がついた。そして、気付いてしまったらもう止められない。智宏の中で上がった炎が、事実を可燃物に燃えあがる。


「ふざけんなよ!! なんだよそれ!! どこまでも汚い手使いやがって!! あいつもあいつだ!!」


 自分の中で炎の勢いが増していく。自身の安全への執着すらも、怒りの炎が焼き尽くす。


「なにが『何とかする』だよ! どうにもならないじゃないかそんなの!! どこが大丈夫なんだよ! いいかげんなこと言いやがって!!」


 叫んでも一向に怒りが収まらない。それどころか、加速した思考がここは怒るべきところだと訴える。今の智宏に怒りを収める気はさらさらなかった。

 智宏は思考の片隅で、先ほどから探していたミシオを助けるための口実を、記憶の片隅に放り込む。そんなことを考えなくても、すでに答えは決まっているのだ。考えなければいけないことは他にある。


「レンド、この通信機は僕が手放しても使えるよな?」


「あ、ああ。内部に溜めこんだ魔力がある限り繋ぎっぱなしにすれば会話は出来るけど、どうするんだ?」


「カイルさんに渡すから後の事情を聞いてくれ。それと彼は怪我人だから至急病院に運ぶ手配を頼む。悪いけど病院には彼らと言ってください」


「そ、それは大丈夫だが、君はどうするんだ?」


「決まってる!! ミシオを捕まえて、僕の世界に攫って行くんだ!!」


 言いながら、智宏は全身に魔力を行きわたらせ、気功術で肉体を強化する。さらに背中に魔方陣を展開すると、空気の推進力を使って猛スピードで走りだした。


「逃げられると思うなよミシオ!! 必ず僕の(しあわせになれる)世界に、お前を連れ去ってやる!!」


 半ば悪人のようなセリフを吐きながら、智宏は人生で初めて自覚的に他人の意思を踏みにじる覚悟を決めた。


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