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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第二章 第二世界イデア
33/103

11:盗撮眼

「ミシオォオオオオ!!」


 敵を振り切り、森から飛び出した智宏の目に飛び込んできたのは、探し求めた少女と、想像だにしない状態の二人だった。

 一人はサデンエイガ。とはいえそうと判るのは、顔の部分のみがエイガの顔をしていたからであって、生物としての形状は異世界で出会った怪物のそれに近い。


(……この魔力の感覚!! ミシオが押し付けられた力と同じものか!!)


 相手の状態が見知った魔力によるものと看破すると同時に、智宏は自分の予想が当たっていたことを確信する。

 それと同時にもう一人、ミシオの背後で血まみれになって倒れるその男にも、智宏は見覚えがあった。


(あいつ! さっきの(・・・・)!?)


 先ほど会って(・・・・・・)別れたばかりの男(・・・・・・・・)が血まみれになって倒れているという事実に智宏は混乱を覚える。今がいったいどういう状況なのかがよく分からない。

 だが、そんな中でも一つだけ確かなことがあった。ミシオに向けて振りかぶられた腕、そのたった一つの要素のみで、智宏は今すべきことを判断した。


(術式展開――【銃炎弾(ファイア・バレット)】!!)


 手の先に魔方陣を展開し、エイガの顔面を狙って発砲する。生み出された炎弾はしかし、直前で顔を覆った鱗だらけの腕に直撃して爆発した。


「チィッ、あいつ等何やってやがる!! どいつもこいつもしくじりやがって!!」


 とっさに顔を守った腕から黒い煙が上がるのを無視し、エイガは体勢を整える。だがその頃には、智宏もエイガの懐に潜り込んでいた。


(術式展開――)


「くぅっ!!」


(――【空圧砲(エア・バスター)】!!)


 腹を狙い、右手で突きつけられた魔方陣から莫大な空気が吐き出される。エイガの体が後ろ向きに押し出され、強力な圧力に身をくの字に折る。


「ってぇなぁこの野郎!!」


 だが、エイガはその圧力に耐えていた。空気の塊に打たれた場所が黒い霧に戻って霧散し、それによって肉体へのダメージを軽減している。両足にも力を込め、数歩分後ろに下がっただけで圧力にあらがっていた。


「だったら――」


 それに対し、智宏はもう一度距離を詰めて左手を振りかぶり、もう一度魔方陣をエイガの腹に叩きつけることで答えた。


「――もっと痛がれ!!」


(術式追加展開――【空圧砲(エア・バスター)】!!)


「グオォオ!!」


 両手に同じ魔術を発動させ、倍加させた空気圧をエイガの体に叩きこむ。エイガも足を踏ん張り、魔力の体を霧散させることで踏みとどまろうとするが、倍加した圧力にはさすがに耐えられなかった。踏みとどまる力を空気圧が上回り、エイガの体を宙に浮かせる。


「邪魔を、しやがってぇ!!」


 怒りをにじませた声をあげ、エイガの体が派手な水しぶきと共に海に落ちる。だがそれで安心する訳にはいかなかった。


(とにかく急いでここを離れないと!! ぐずぐずしているともう一人の方(・・・・・・)がやってくる!!)


 身を翻すと、こちらを呆然として見ているミシオの姿が目に入った。その表情にはどこか覇気がなく、こちらの様子を見ても動く気配がない。


「行くぞミシオ!! とにかくいったん森に入る!」


「トモ、ヒロ? ……私――」


「話はあとだ。こっちの男の手当てもしないといけない」


 ミシオの反応が予想以上に鈍いことを不審に思いながらも、智宏はこの場を離れるべく動きだす。右手に【土人形の鉄腕(ゴーレム・アーム)】を発動させ、現れた鉄腕でグッタリとした男を拾い上げると、


「……ヒャッ!」


 迷った末に、同じ要領で立ち尽くすミシオの体をも一緒に抱えあげた。

 魔術の腕越しにミシオが身を捩る感覚が伝わってくるが、今は手段を選んでいる余裕はない。

 気功術で全身の筋力を強化すると、智宏は両手に二人の人間を抱えて走り出した。目指すのは背後の森、しかし進行方向は出てきた場所とは六十度ほどズレた場所だ。


「逃がすんじゃねぇ!! とっととそのガキを沈めちまえ!!」


(させるか!! 術式展開――)


 背後の海から聞こえる怒号に、智宏は左手を上に上げて魔術を展開させる。警戒するべきもう一人の敵に、今思いつく最良の一手を選択する。


(――【火炎鳥襲撃(ファイヤーバードストライク)】!!)


 左手に現れた魔方陣から四羽の炎鳥が飛び出す。四羽の炎鳥は魔法陣に軌道を描くことで指示を与えると、素早くその身を智宏達の進行方向、その右側の海に次々と飛び込ませていった。

 海面が次々に飛沫を上げて爆発し、同時に発生した蒸気が周囲を包みこむ。たとえさっきの男(・・・・・)がどんな能力の持ち主でも、姿が見えなければ狙うことはできない


「てめぇこのガキィ!! どこ行きやがったぁ!!」


 背後で怒号が上がるのを聞きながら、智宏は森に向けて疾走する。目くらましにした蒸気のおかげで視界は利かないが、【集積演算(スマートブレイン)】によって強化されて記憶力によって地形や距離は正確に覚えている。

 立ち込めた蒸気が海風に散らされる頃には、智宏達は森に飛び込み姿をくらましていた。






 栄河が岸に泳ぎ着いたときには、すでにミシオとカイルはどこかに連れて行かれた後だった。どうやらあの刻印使いの少年は、目の前の栄河を吹き飛ばしたあと、わき目もふらずに逃げ去ったらしい。


「……くそ!!」


 悪態をついて全身を覆う魔力を体内に戻し、元の姿に戻る。どうやらこの魔力で体を覆っている間は、内側は高いレベルで密閉されているらしい。海に落ちたはずの体は湿り気一つなかった。服が濡れる事態にもなっておらず、唯一濡れているのは露出していた顔面のみだった。

 だがそんなこと、今の栄河には何の慰めにもならない。


「……んでぇ? お前は今までどこで何してたんだよ? まさか目の前で逃がしやがったのかぁ?」


「言われた通り、協力者葉鳥の回収に」


 栄河が睨みつける先、帽子を目深にかぶった渦と名乗る男が、みすぼらしい姿となった葉鳥と共に立っていた。二人の姿は対照的で、渦の方は服に汚れ一つないのに対し、葉鳥は全身泥にまみれ、服も髪も焦げ、縮れてひどい有様だった。そして表情は無表情な男に対して葉鳥のそれは怒りと屈辱に歪みに歪んでいる。


「……エイガァ、てめぇどういうつもりだ?」


「なんだよ? てっきりミスった言い訳でも聞かされるのかと思ったら随分強気じゃんか」


「ふざけんじゃねぇ!! てめぇ、相手が能力者だって何で黙ってた!? おかげであたしゃぁこんなありさまだ!! どう埋め合わせしてくれんだよぉ!!」


「別にあいつは能力者ってわけじゃないんだけどね。じゃあなんだって言われたら俺にもよく分からないんだけど。刻印と魔術を同時使用できる奴なんて聞いたことないし」


「ああ!? 何を訳の判らないこと言ってんだ!!」


「まあ、わからないだろうな。俺としても町で見たときよくわからなかった。その辺を調べようと思ってお前に任せたんだけど、手加減されてたみたいだし、あんまり参考にはならなかったよ」


「……てめぇ、まさか覗いてやがったのか(・・・・・・・・・)? いや、それより今の言い方、まるであたしを噛ませ犬にしたみたいじゃないか?」


 葉鳥の表情がどんどん険悪なものに変わっていく。それまで自分を倒した少年へも向いていた怒りの矛先が、今栄河ひとりに集約し行くのを感じる。

 そう感じた瞬間、栄河はそれがどこまで持つかを試してみたくなった。この女がどこまで敵対的な態度を取り続けられるか。それを試すために言うべきセリフは一つしかない。


「ああ、そうだが何か?」


「てっめぇ!!」


 案の定、葉鳥の怒りが限界を振り切る。それを表すように葉鳥のホットパンツのポケットから一本のビスが飛び出し、栄河に葉鳥が付きつけた人差指の先で高速で回転し始めた。恐らく先ほどの少年との戦いで見せた、能力を集中させて威力を上げる技だろう。


「ネジ穴開けて詫びなぁ!!」


 憤怒によって放たれるビス、だがそれが着弾するはずの栄河の脇腹は、発射される直前に黒い霧を上げて右に移動していた。

 慌てて照準を変えようとるする葉鳥を、栄河はその鳩尾に膝を打ち込むことで無力化する。


「う、あ……!!」


 直前の威勢はどこへやら、葉鳥はたまらず膝を折り、地面にへたり込む。その姿は栄河が望む姿とはかけ離れた、あまりにもぜい弱なものだ。


「なん、で!? てめぇが、あんなにあっさり避けられるはずは……。っていうかなんだよその黒い霧みたいなの!! お前の能力は他人の視界の盗み見だったはずだろう!?」


「軌道が読めていても避けられないような一撃で仕留める。【盗撮眼(ハッキング・アイ)】を知ってるお前の手並みはさすがというべきだが、生憎と俺、もう超人なんだよ」


 他人の見る視界を盗み見る。他人の脳内と情報をやり取りできる通念能力(テレパシー)系能力の、視覚(・・)受信(・・)に特化した極端な限定能力。それこそ栄河が勝手に【盗撮眼(ハッキング・アイ)】と呼ぶ能力の正体だった。

 今の攻撃も葉鳥の視線から狙う位置を読み、攻撃を避けるという単純な方法で避けたにすぎない。

 だが、これには大きな問題がある。いくら栄河が相手の視界から攻撃される場所を読み取れても、攻撃が栄河の動きより早くては意味がない。だからこそ葉鳥は威力と共に速度も速い一撃で仕留められると踏んだのだ。

 その予想を、異世界で得た力が軽々と覆す。黒い霧によって上がった栄河の身体能力は、栄河の移動スピードを格段に上昇させていた。


「さあ、どうする葉鳥? もう少しどうにか頑張ってみるか?」


 右腕に魔力を集めながら、栄河は答えの分かり切った質問をぶつけてみる。またも予想通り、葉鳥は何も言えずあとずさることしかしなかった。

 余りにもありきたりな反応に、栄河は右腕を異世界の生物のそれに変え、葉鳥の腕を掴んで、思いっきり握り潰した。


「ぎゃがあああああああ!!」


 無残な音を立てながら骨を折られていく感覚に、葉鳥はたまらず悲鳴を上げる。

 栄河が腕を放してやると、葉鳥は腕を抱えるようにして足元の岩場にへたり込んだ。涙と鼻水でただでさえ滅茶苦茶な顔をさらに滅茶苦茶にし、奇妙な形に変形した腕を見ながら泣きじゃくる。

 随分とお粗末な、何とも見飽きた光景だった。


「やっぱりお前じゃあこの程度か。難易度が低くて張り合いがないな」


 思わず口にし、異生物の手でうずくまる葉鳥の頭を鷲掴みにする。するとようやく自身のおかれた状況を悟ったのか、葉鳥が手の中で狂ったように喚き始めた。それによって栄河の興はどんどん冷めていく。


「飼い主の命令を聞けないばかりか、やたらと吠えかかる犬に要はないよ」


「やめでぇ! ごろざないでぇ!! 何でも言うごどぎぐがらぁああ!!」


 汚い悲鳴を無視して栄河は葉鳥を持ち上げる。始末しようかと頭の中で逡巡するが、すぐに泣きわめく葉鳥に不快感を覚えてその体を海に叩きこんだ。妖装によるバカ力に任せて水面に叩きつけられれば命にもかかわるが、エイガにとってやっていることはただのゴミの投棄にすぎない。


「回収しますか?」


「する訳ねぇだろ。どういう脳ミソしてやがんだ。ほっときゃぁいいんだよ」


 今の状況を見てなお的外れなことを聞いてくる渦に栄河は軽い苛立ちを覚える。だが流石に葉鳥とこの男では格が違う。ミシオが連れて行かれ、段取りを最初からやり直さなくてはならなくなった以上、ここで迂闊に手放すわけにもいかなかった。


「ってそうだ、そういやぁ何であのガキがこっち来たんだよ? 確かに葉鳥の回収はさせたし、見張ってろとも言わなかったが、それはお前があのガキはしばらく動けないって言うからだぞ? 話が違うじゃねぇか?」


「それに関しては弁解のしようもない。あの状態で脳震盪も起こさずまともに動けるとは、こちらとしても予想外だった」


「何が予想外だよ何が。それとも何か? 刻印使いってのはそんなところまで別格なのか?」


「否、刻印使いといえども脳の構造は変わらない。脳を揺さぶればそれ相応の影響が出るはずだ」


「じゃあやっぱりお前のミスだったんじゃねぇか」


 機械的に回答する男にいい加減怒りを覚えながら栄河は振り返る。流石にこの相手でも二度目の失敗まで許す気はなかった。


「いいかぁ? お前の雇い主は今はこの俺だ!! お前には俺の命令を完遂する義務がある!!」


「理解している」


「だったら!! 二度とあんな無様な仕事をするんじゃねぇ。俺が指示した奴は今度こそ容赦なくぶち殺せ!! でなけりゃあ、今度こそ金は払わんからな!!」


「了解した」


 立場を利用した恫喝と言ってもいい言い草。だが、それに対する男の反応は実に機械的なものだった。

 そのことのさらなる苛立ちを抱えながらも、栄河は次の方法に思考を移行させる。恐らく先ほどの三人を逃がしてしまったことで状況は白紙に戻ってしまったとみていいだろう。とはいえ、もともと思いつきで敢行した方法だ。うまくいっていたのは幸運と言っていい。


「となると次は、もともとの計画通りに行くか。さっき見た様子じゃあ結構効果はありそうだし。よく考えりゃあ、あいつの魅力はあんなもんじゃない。次はもっといい表情を見せてもらおうか」


 そう言ってエイガは歩き出す。当初の計画の舞台、魚寝村へ。


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