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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第二章 第二世界イデア
31/103

9:襲撃の渦

 森の中でいくつかの音が連続して響いたのを聞き、智宏はとりあえず葉鳥への対応を終えたものとした。

 気絶した葉鳥から金属の入ったかばんを遠ざけた上で、本人を森の中に放り込むだけの単純な作業。だが森にはミシオが仕掛けたトラップ、このあたりなら拘束系のトラップが大量に仕掛けられているため、拘束の手間はそれだけで十分だった。


「それにしてもこの時間に海とは盲点だった」


 考えてみればミシオの家に着いたのは夕方頃。森に入ったのはもっと前になるので確かとは言えないが、ひょっとすると智宏が来たのは夜に海に潜るために家を空けた直後だったのかもしれない。流石の智宏もまさかそんな形で入れ違いになるとは思いもしなかった。


(流石に【集積演算(スマートブレイン)】があってもそこまでは分からんか)


 【集積演算(スマートブレイン)】というけた外れの異能を持っている智宏ではあるが、『頭が良くなること』=『すべてのことがわかる』と言う訳ではない。記憶力は上がっても知らないことまでは思い出せないし、基本的には元からある思考能力の上昇であるため、通常の智宏がいくら考えても出せないような答えは出せない。そういう意味では盲点を突かれると言うのは対策のしようのない【集積演算(スマートブレイン)】の攻略法だった。意図してやったわけではないだろうが。


「とにかく、海岸へ……!!」


 森を抜ける、村を経由する。二つの選択肢の中からすぐさま後者を選び智宏は走りだした。今から森のトラップを攻略している暇はない。


「くそ、こんなことなら通信機を置いてくるんじゃなかった」


 連絡手段がない現状、レンド達に救援を求めるという方法は使えない。連絡を取るなら森の中のミシオの家や、暦波町にあるレンド達のアジトなど余計な時間をかけなければいけない場所まで向かわなければならない。事が一刻を争う現状、救援を求める暇などないに等しかった。


(とにかくミシオの安全確保が最優先だ。海まで全速力で向かって、無理やりにでもミシオを連れ帰る!)


 そう決意すると、智宏は背後に【空圧砲(エア・バスター)】の魔方陣を展開し、気功術と組み合わせた最高速で走りだした。






 暗黒の海の中に一筋の光を差し込み、その明りを頼りに海の底を目指す。

 何も何十メートルも底を目指しているわけではない。明るい時間ならば水上からでも底を見ることのできるような深さだ。

 だがその程度の深さの海でも、夜ともなればヘッドライト無しではほとんど視界の利かない海となる。そんな海を安全に泳ぐには、ある程度の経験と勘が必要だった。


(……やっぱり、泳ぐのはいいな)


 しばらく海から離れ、久しぶりに潜った海でミシオはそう実感した。今でこそ生活のために潜っている海だが、考えてみればその前はそんな理由が無くてもよく泳いでいた。

 漁村生まれの子供にとって海に潜って食べ物をとるなどということは日常的な遊びだ。実際ミシオも、幼いころは良く潜って貝や海藻などを取っていた。魚をとるようになったのはごく最近だが、それも小さいころにカイルがよくやっていたのを真似し始めたのがきっかけだ。彼の場合、己の能力を利用していたので完全にまねできる芸当ではなかったが、結果としてその経験が今のミシオの食卓を賑わし、少ない収入源として機能している。


(今日はこれくらいにしようかな)


 手にした貝を腰につけたタンポ呼ばれる袋に入れ、ミシオは今日の漁を締めくくることにした。すでにタンポの中には森でついた魚や、海藻、貝などがごちゃまぜに放り込まれて入る。これ以上泳ぎに支障をきたす恐れがあるほどの量だった。

 現在のミシオの格好は、学校指定の水着に様々なものを付け足した奇妙なものだ。髪を手拭いでまとめてその上から海中用のヘッドライトをつけ、顔には磯メガネ、手足を傷付けないために足袋と手袋をつけ、水着にベルトを縫い付けて貝を岩からはぎ取るための磯ノミや、魚をとるために使う銛、獲物を入れるタンポなどをくくりつけている。


(そう、後たった三十五日。それだけ。三年も頑張って来たんだからこれくらい)


 想定外の事件には巻き込まれたが、残りの日数わずかだ。最悪二週間くらいなら森の中に立てこもって過ごすこともできる。そう考えれば、この程度なんてことはない。

 消沈しかけていた気分を盛り返し、ミシオはゆっくりと浮かび上がる。心地よい水の温度を肌で楽しみながらも、優しい海に抱かれる感覚を体に染み込ませる。

 ミシオとて決して海を甘く見ているわけではない。夜に潜ることに危険性もよく分かっているし、何よりミシオの両親が海によって死んでいるのだ。

 だが、それに対して思うところはほとんどない。海とはそういうものであり、注意を払うべき相手ではあっても、恐れ憎むべきものではないと言うのが祖父の教えだ。


(うん、がんばろう。そうすれば全部うまくいく)


 決意を固め直し、水の中から顔を出す。空気を吸い込み、月明かりを目にしたそのとき。


(!?)


 目の前の陸地、その向こうからかすかに魔力を感じる。異世界で何か(・・)をされたときから感じるようになったその感覚は、その後も断続的に陸の上で起こっているそれをミシオに伝えてきた。


(……なに? これは……、魔術?)


 異世界人がこの世界で活動しているということは知っている。彼らが決して危険な存在ではないこともだ。だが連続で感じる魔力の感覚は、異世界の森で垣間見た魔力による戦闘と同じようなリズムを作っていた。

 先を争うような、魔力を使い続けなければならないとでもいうような、息つく間もない魔力感覚の連続。


(なに……?)


 と、ミシオの注意が完全に陸地を向いたそのとき。


「っ!! ガボっ!!」


 いきなり足につかまれるような感覚が走り、体が一気に水面に沈みこんだ。

 慌てて息を止め、自身の足元を確認する。


(っ!! いつの間に!!)


 足元にいたのは漆黒のウェットスーツを着た人間だった。体格から見て恐らく男。背中の酸素ボンベから伸びたマスクと、水中用のゴーグルによって表情までは覗えないが、右手でしっかりとミシオの足を掴んでいる。

 それが何を意味するかは直感でわかった。


(はな、して!!)


 相手の意図をすぐさま察し、ミシオは腰にさした銛に手を伸ばす。海に潜っていてこういった危険な行為を受けたことは以前にもある。流石に海の中にまで入ってきたことまではなかったが、こうなることを予想していなかった訳ではない。

 水中で狙いを定め、掴んだ銛を下に向けて槍のように突き出す。狙いは相手の手首。相手が足から手を放しさえすればどこにでも逃げられる。


『!!』


 ミシオの素早い対応に、驚きで口から気泡を吐き出しながらウェットスーツの男は慌てて手を放して引っ込める。

 銛がなにもない水中を貫くと同時、ミシオは身を反転させて陸に向って泳ぎ始める。同時に腰のタンポに手を掛け、


(さよなら、今日の晩御飯!!)


 内心で涙ながらに獲物の数々に別れを告げながら、タンポをベルトから外して水中に捨てる。こと逃げることに集中しなければならないこの状況では今晩の夕食といえども邪魔にしかならない。

 しかしそれは同時に、そういった邪魔さえなければ逃げられるということでもある。ミシオにとって夜の海を泳ぐことは日常的な行為だ。暗い海を泳ぎ慣れていない人間よりはるかに速く泳ぐ自身があるし、何より相手は重い装備を背負っている。単純な泳ぎの速度で負けるはずが無い。

 だが、


(!!)


 予想に反していきなりミシオの足が掴まれて引っ張られ、さらにはものすごい速さで水中を移動する。

見れば先ほどの男がミシオの足を掴み、ありえない速さでおきに向かって泳いでいた。

 まるで漁船か何かに引き摺られているかのような勢いで引っ張られた少女の体は、それによって襲ってくる水の勢いによって抵抗すら許されずに陸地から離されていく。


(い、息が……!)


 口から空気が急激に漏れるのを必死に手で押さえながら、ミシオは相手が何らかの能力者であることを察した。恐らくは念動力(サイコキネシス)系の能力者だろう。どういう能力でどう使っているのかは正確には分からないが、水中でのこうした応用法はそう珍しいものではない。実際、村にも能力を使って漁をする人間が存在している。カイルなどその典型だ。

 だがこの状況はまずい。いかに泳ぎがうまくても結局は地上に生きる少女でしかないミシオにとって、水中で念動力(サイコキネシス)系の能力者を相手取るなど自殺行為だ。

 加えて呼吸が巨大な問題となってくる。相手は酸素ボンベで長時間の水中呼吸が可能なのに対し、ミシオはすでに肺の中にあった空気を吐き出す事態に陥っているのだ。胸の中で肺が悲鳴を上げている現状、なんとしてでも一度水上に上がる必要がある。


(手を、放してェ!!)


 心の中で悲鳴に似た絶叫をあげ、ミシオは通念能力(テレパシー)を使用する。送りつけるのは自身の感覚。胸を締めあげる、呼吸不能の苦痛だ。


『!!』


 再びボコリ、と泡を一つ吐き出し、男はその場で胸を抑えて急停止した。狙い通り、送られた感覚を自身の感覚と錯覚し、ミシオの足から手を放す。


(――今!!)


 自由を取り戻した体に力を込め、異世界で手にした黒い霧で体を覆う。水中にも関わらず、霧のような形状を保つその魔力によって自身の身体能力を底上げし、ミシオは一気に水上を目指して泳ぐ。だがそれは、


(……もう気づかれてる!!)


 視界のはし、混乱した様子を収め、こちらに向き直る男の姿があった。

 自身の感覚を送り付け、実際に感じている感覚と誤認させることのできる感覚投影だが、その効力は気づかれてしまえば意外と脆い。自分の感覚でないと気がついてしまえば、そんな偽物の感覚、簡単に無視できてしまうからだ。

 水上まではあと一メートルもない。だが、その距離は今のミシオにとってあまりにも遠い距離だった。

 男がミシオに右手を向ける。


(!?)


 一瞬の空白、

 そしてその後に強烈な圧力が少女を水面からひきはがした。


(う、ああ!!)


 急激な水の流れに成す術もなく巻き込まれ、少女の体が水中で振り回される。その軌道は男を中心に渦を巻き、呼吸のできないミシオをめちゃくちゃに翻弄する。


(……ため、らった?)


 だがその状態で、ミシオは自身に生じた一つの疑念に思考を囚われていた。


(それにこの能力……、まさか……)


 疑念が少女の心を蝕み、水の流れが少女の体から体力を奪い去る。

 渦がおさまるころには、すでに泳ぐ体力は奪われ、酸素が尽きかけていることによって意識すら危うい状態になっていった。


(液、体操作……)


 だが、それでもミシオの意識は一つのことに向いていた。

 消えゆく渦の中心にいる男、見ようによっては躊躇い、悲しみ、何かの葛藤に苛まれているように佇むその男が、ミシオにはまるでよく知る人間であるかのように見えたのだ。


(まさ、か……)


 視界が歪む。

 意識が霞む。

 だがそんな中でも、ミシオの目は男のゴーグルの向こう、涙をにじませ、目を充血させた青年の顔を捕らえていた。


(カイ、ル……!!)


 ミシオのよく知る人間が、

 兄のような人物が、

 村で家族と過ごしているはずの青年がそこにいた。


(どう、して……!!)


 少女の胸が激痛に軋む。

 肺に流れ込む海が命を削る。

 消えゆく意識の中で、少女は悲痛な痛みに身を裂かれていた。


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