2:第二世界イデア
一通り今朝方のことを思い出し、智宏は軽く嘆息する。正直に言ってまだ数時間しかたっていないということが信じられない。軽い食事を二度ほどとった以外はすべての時間をミシオの捜索に当てていたせいか、時間の流れに対する認識が普通に暮らしていた時よりも長く感じられていた。漠然とした、言ってしまえば根拠のない不安を抱いているからそう感じるのだろう。もしもっと状況が切迫していたら逆に時間の流れが速く感じたかもしれない。
「それにしても、俺としてはどうして逃げたのかってのもそうだけど、どうやって逃げたのかってことの方が気になるよ」
食べていた棒アイスの最後の一口を食べきり、通りがかりにちょうどあったゴミ箱に棒を捨てながらレンドはそう口にする。その声は真剣に考えているというよりも、半ばぼやくようなものだ。真剣にならなければいけない事態なのかどうかも判然としないので仕方無いとも言えるかも知れない。
「まあ、確かにあんな場所だからなぁ」
レンドの言葉に、智宏も意識を過去から現在に戻し、思考する。あのあと二人でどんなに屋上を探してもミシオは見つからなかった。実際のところ、それがどのような手段で行われたのかは目下最大の疑問だ。
「あのとき、屋上の出入り口は俺たちの目の前にあった。つまり俺たちの目を盗んで出口から出るってのは不可能だ。いったいどうやって移動したんだか……」
「この世界特有の超能力って奴じゃないのか? テレポートとかあるんだろ?」
「まあ、あるにはあるけど少なくともミシオちゃん本人の能力じゃないな。能力ってのは一人一種類しか持てない代物だし、ミシオちゃん自身はテレパシスト。他の能力を使って出て行ったとは思えない」
「……となると」
ふと智宏の脳裏に最悪の可能性が浮かび上がる。
ミシオの蒸発が本人の意思ではなく、誰かによる誘拐である可能性だ。
というのも彼女は智宏と同じように偶然によって異世界に行っていた『異世界遭難者』ではない。この世界で誰かに捕らえられ、別世界で人道に反する実験に使われて、そこから逃げだしたという壮絶な背景を持っているのだ。
そして、昨日までいたエデンにおいて、実験を行った組織は逃げだした彼女を追っていた。それがどれほどの優先順位のなかにいるかは分からないが、諦めたり、追うこと自体を無意味と判断したりしている可能性と同じくらい、今も彼女を追っている可能性がある。
だがそれをあんなタイミングで行うかどうかは、そして一味のメンバーをこちらが二人も捕まえた今、それを行う意味があるかどうかは少し疑問だ。今のミシオにそこまでの危険を冒してまでさらう価値があるようには思えない。
(それに、あいつの様子を考えればやっぱり自分で消えたと考えるのが普通だろうな)
智宏にはミシオが自分の意思で姿をくらましたのだという確信があった。ならば、本来はミシオの意思を尊重するべきかもしれない。だがそうだと判断する証拠はどこにもなく、それ以上に、この世界に帰る際にミシオが浮かべていた表情が気になった。平たく言えば、智宏はミシオが心配だったのだ。
レンドもそれは分かっているのだろう。だからこそ智宏を異世界に返すよりも、ミシオの捜索を優先している。智宏自身にしてもミシオの無事を確認するまでは元の世界に帰る気はなかった。
「ん? ちょっと待って」
「どうした?」
突然立ち止まったレンドを振り返ると、レンドはポケットから卵大の装飾品を取り出していた。先ほど話に出た魔石を利用した通信機だ。レンドはそれから響く声と二言三言会話を交わすと、再びそれをポケットに戻した。
「なんだって?」
「情報だ。ミシオちゃんの住所が割れた。これから資料を取りに行って向かうつもりだけど智宏も来るか?」
レンドの提案に智宏は迷いなくうなずいた。
ミシオの住所は暦波町から歩いて三十分くらいのところにある魚寝村という漁村だった。レンドの話では、異世界との国交を樹立すべく、政府機関との橋渡しを行える人物とコンタクトを取ろうとしている仲間が、その候補に挙げて調査している人間の親族として、ミシオの名前を見つけたらしい。
二人は現在その情報をもとに村へと向かう道を歩いていた。隣には結構な大木さの森が広がっており、エデンの森とは流石に比べられないが、それでもなかなかの大きさの森だった。
「えっと、どうやらミシオちゃんの名前、智宏の世界の字で書くなら『浜島』って書くみたいだな。下の名前はたぶん『美潮』だね」
そう言いながら、レンドはオズ人の種族的な特徴である【マーキングスキル】で、空中に魔力の文字を書く。その手元にはなにやら資料らしき紙束があり、どうやらそれにミシオ家族に関する情報が載っているらしい。先ほど見た限りでは見たことのない文字ばかりだったので、どうやらオズの文字で書かれた報告書のようだ。
「家族は、父親一人と、兄貴が、ん? 違うな。んん……と、どうやら家庭の方は結構複雑っぽいな」
「複雑?」
「ああ、どうも彼女の両親ってのが十二年ほど前、このあたりを襲った自然災害によって二人とも他界してるみたいだ。その後は彼女の爺さんが親代わりを務めてたみたいなんだが、その爺さんも三年前に病死。現在は親戚の一人が保護者になってて、その息子と一緒に三人で暮らしてるみたいだ。たぶん仲間がコンタクトを取ろうとしてたのはこの保護者だな。父親の方がこの辺じゃ、結構名の通った人物みたいだ」
「ふう、ん……」
それを聞いて、智宏はできるだけ動揺を隠して返事をする。ここで変に同情的な思考をするのは、少し違うような気がして嫌だった。そう思うことを彼女が望むかどうかはわからなかったが。
「同居してるのはサデンマクラとサデンエイガの親子。智宏の世界だと『砂殿真倉』と『砂殿宋河』って書くみたいだな」
「名前がエイガだった字は『宋』じゃなくて『栄』だろ?」
「おっと、まだ覚えたばっかりだからな……」
レンドにならって字の間違いを同じように【マーキングスキル】で訂正する。
智宏はアース人でありながら【マーキングスキル】を使うことができる。どういう理由かは知らないが、母方の家系の人間がエルフのような長い耳と一緒に受け継いできた体質で、一般的な日本人の容姿を持つ智宏の唯一の特異点だ。
否、すでに智宏の特異点はそれだけではない。異世界に渡るに当たり世界の外にある魔力をその身に取り込み、変質した智宏の体は、身体能力が上昇し、エデンの人間が使う気功術や、アース人の中でもほんの一握りの人間のみがまれに発現する非常識な力、【刻印】を持つ化け物じみたそれへと変貌しているのだ。実際、前の世界ではそれによって身を守ることが出来ているが、やはりというべきか、戸惑いはある。
「ってことはこれから行くのはそのサデンって人の家なのか?」
「たぶんな。まだ見つけたばかりの人物だから確かなことは調べられてないけど、祖父が死んだ後、サデンマクラがミシオちゃんを自分の家に引き取った、ってところじゃないかな」
「ミシオ本人がいればいろいろ聞けたかもな」
「まあな……。接触するにしても彼女が一緒の方がコンタクトが取りやすかったから、それは思うけど」
「本当に、なんで消えたりしたんだろう? なんか特殊な事情でも抱えてたのかな」
「まあ、事情と言うなら心あたりはあるが」
「心あたり? どういうことだ?」
「この世界特有の世界事情ってやつさ」
そう言うとレンドは少しだけ、辺りを見回した。すでに二人は町を出て魚寝村への道にさしかかっている。右手は森の木々がじゃまをして視界を遮っているが、他に誰かがいるようには見えない。流石にまだ人前で大っぴらに異世界の話はしたくないらしい。
「ミシオちゃんがそうであったように、この世界には他の世界では見られないような超能力者が三十人に一人の割合で存在するってのは知ってるな? 加えて言うなら文明が発達した今もその有用性は社会が認めるところなんだが、実は同時にある問題を抱えている」
「……ひょっとして差別問題か何かか?」
「まあ、そういうことだ」
そう言うとレンドは肩を落としてため息をついた。
人間の歴史とは差別の歴史であると言ってもいい。アースでも昔から身分や性別、人種や宗教など、歴史のあらゆる場面でそれは存在していた。極端でも何でもなく差別の問題をなくして歴史を語ることはできないくらいなのだ。
実際、智宏がミシオに超能力の話を聞いたとき、一番はじめに思ったことの一つが『差別の問題とか大変なんだろうな』だった。智宏とて、超能力の世界で差別は間違いなくあるだろうと考えていたのだ。
「まあ、行ってしまえば能力の有無ってのは、他の才能なんかと違って明確な性能差だ。これで差別が起きない方がおかしいだろ。実際、この世界の歴史は能力者への扱いをめぐる話で八割が埋まってると言ってもいいくらいだ。今でこそ廃れてるが、昔の宗教には能力者を悪魔の申し子として扱う宗教が腐るほどあったし、それと同じくらい能力を神に与えられた選ばれし者の力だと解釈する宗教もあった。能力に遺伝する性質があって明確に能力が人種の特徴になってたら、今でもこの世界は能力の有無で争ってただろうぜ」
「能力は遺伝しないのか?」
「ああ。完全に運任せだ。実際、能力者がトップに立っても後継者が能力を持ってなくて、そのせいで跡継ぎ問題に発展したことで滅びた政権やら勢力やらが歴史上にいくつも存在する。その逆もまたしかりだ。この世界では能力者の支配は世代をまたがないってのが今じゃ定説なんだよ。だからこそこの世界の差別問題は落とし所を見つけられたと言ってもいい」
「それじゃあ今は能力による差別は無いのか?」
「表向きはな」
そう言うとレンドはまたも苦々しげに溜息を吐いた。それだけで話の内容が想像できる。
少し考えれば分かることだが、いくら法律や世論が能力者差別をやめたところで、人の心はそう簡単には変わらない。
「能力者ってのはどこでもエリート扱いされる傾向にあるから、たとえば雇用の機会だって、能力者はどんなに景気が悪くても一定以上の数が雇われるけど、非能力者はそうはいかない。彼らは能力者に劣等感を持ち続けてるし、それがエスカレートして排斥団体が生まれる例も珍しくないんだ。能力のメカニズムがほとんど解明できていないってのも大きいな」
「解明できていないのか?」
「脳の一部にそういう働きをする機関があるってのが一般に言われてるけど、詳しいことは何一つ分かっていない。学者によっては無害な脳腫瘍なんじゃないかって言ってるやつもいるくらいだ。人によって性能も条件もまるで違うしな」
「性能?」
「ああ、能力者だって万能じゃない。同じ能力の持ち主でも得意不得意があるし、出せる出力もまちまちだ。何らかの条件が付く場合もある」
「得意不得意に条件って言うと……、ミシオの場合なら受信が不得意で送信が得意。条件は受信するのに触れなくちゃいけないってところか?」
ミシオの持つ能力は簡単に言えばテレパシーだ。ここに来る前にも、エデンでその能力にはずいぶんお世話になっている。
「あと、他にも能力の条件の例を上げると、手を使わずに物を持ち上げることのできる念動力なら、持ち上げるものの大きさや重量に限界があったり、特定の物にしか能力を行使できなかったり、珍しいのになると特定の動きしかさせられないってのもいるな」
「なんか思ってたほど万能でもないんだな」
「そりゃあな。ついでに言うとミシオちゃんの能力はかなり強力な方だな。多少偏りがあるとはいえ『受信』と『送信』の両立。しかも送信に至ってはあれだけの広範囲に、しかも送った感覚を相手自身のものだと錯覚させられるレベルだ。同じ系統の能力の中ではトップクラスの性能と言っていい」
「あいつってそんなにすごかったのか……」
「だけど、この能力の性能も一生を通じて変化しないわけじゃない。不得意なことができるようになったり、出力が上がったり、使用条件が緩和されたりってことは普通にある。まあ、広い意味で言うなら万能に近づいていくってことなんだけど。問題っていうなら、そうなる人間には決まってそれを引き起こす原因があるってのも問題だな」
「原因?」
「そ。まあ要因って言ってもいいけど、そういうものが二つある。一つは定番の努力と根性。具体的には能力を積極的に使いまくって、地道に力を強めていくこと」
「筋力なんかと同じか」
「そういうこと。そしてもう一つ。実はこっちの方が問題で、日常的に感じるストレスが多い人ほど能力が強化されやすいって統計があるんだ」
「ストレス?」
確かにストレスが脳に影響を及ぼすというのはよく聞く話だ。能力者の能力が脳によるものなら、ストレスがそれに影響を及ぼしてもおかしくはない。
「そしてこれがまた曲者でね。さっきも言った通り能力者ってのはある種のエリートだ。そしてそれゆえ必然的に、自分の子供をエリートに近づけようと無茶をやらかす奴らが出てくるんだ」
「無茶って……、おいおいまさか」
「そう。ストレスで能力が強くなるのならストレスを与えればいい。たとえ能力者じゃなくてもストレスを与えれば能力に目覚めるかもしれない。そういう考えを持つ奴がしょっちゅう出てきては事件に発展する例が結構あるんだよ。実際、原因こそ分からないけどある日突然能力に目覚める人間もいるから一部では結構信じられているんだ」
「……具体的に何をするんだ?」
「やり方は人にやってまちまちだけど、そのほとんどが虐待事件として扱われることが多いね。逆に言えばそうまでするほど非能力者の能力者に対するコンプレックスは強いってことになる」
それを聞いて智宏はこのタイミングでレンドが話した理由に合点が行った。要するに能力者はトラブルに会いやすいのだ。
能力者への差別や排斥、能力自体の優越、確かにトラブルの種と言う意味では十分なものばかりだろう。
「じゃあ、ミシオは能力が発端で何かのトラブルに巻き込まれてるって言うのか?」
「まあ、あくまで可能性の話だがな。能力者ならこの世界では珍しくない話だし、彼女の能力は結構強い部類だったことを考えると、日常的に強いストレスにさらされている可能性はある」
「もしそうなら、僕らでなんとかできるのかな」
「さあな。流石に情報が少なすぎて何とも言えんよ。手を出せる問題とも限らないし。それに俺たちだって満更他人事でもないしな」
「え?」
思わぬ発言に、智宏はつい疑問の声を上げる。それに対してレンドは声の調子を若干下げ、憂鬱そうな表情で話を続けた。
「能力者と非能力者、持てる者と持たざる者。でもここで言う持っているものってのは、別に超能力でなくとも、魔術でも、気功術でも、刻印でもいいんだよ」
「いや、でも僕らは、……ってああ、そうか」
現在レンド達は五つある世界の間に交流を持たせるべく活動している。これは彼らの活動が実を結んだ時に起きる問題の話なのだ。
「だからトモヒロも気をつけた方がいいぞ。なにしろ智宏の場合、魔術に気功術に刻印と四つの異能の内三つを兼ねそろえてるからな。これからは、とりあえず刻印使いってことは伏せた方がいいと思うぞ」
「気功術も刻印使いになったときの影響だからそっちも隠した方がいいかな。まあ、魔術は見た目の問題もあるから隠せないかもしれないけど……」
「まあ、隠すと出身世界の話をする時ややこしくなりそうだからな。隠さなくてもややこしいけど」
言われた通り、とりあえず智宏は今後自身の持つ異能を隠すことに決める。ただでさえ目立つ耳を持っているというのにこれ以上妙な注目やトラブルに会うのは願い下げだった。
「さて、話の続きだけど、差別の問題は俺たちにとっても大問題でね。何しろこれから先、五つある世界の住人が交流した場合、世界によって人間の持つ力が違うことが必ず問題になる。【マーキングスキル】、【気功術】、【能力】。そして【刻印】。これらを持つ者と持たない者の間で、あるいはそれぞれ違うものを持つ者の間で感情的なへだたりをどう緩和するかってのは、今から頭の痛い問題なのさ。まあ、だからこそ俺達はこの世界をモデルケースにできないかと注目してるんだけどね」
五つの世界の中で唯一、異能を持つ者と持たざる者が共存している世界、第二世界イデア。
そういう意味でこの世界が、この世界の歴史がこれからの五つの世界に与える影響は限りなく大きい。
「でも、それって今から心配することか? 確かに何らかの対策は練っておく必要があるけど……」
「そうだねぇ……。ついでだからトモヒロにはちょっと踏み込んだ話をしちゃおうか」
「踏み込んだ話?」
「なあトモヒロ、何で俺らが異世界との接触こんなに気を使ったり、トモヒロたちみたいな遭難者を保護したり、テロリストの摘発に力を注いだりしてると思う?」
「え? それって何か前に言ってなかったか?」
レンド達の目的は異世界との国交を樹立し、世界間の貿易を行うことだ。彼らの行動を智宏はより良い関係を築くためのものだと思っていた。
「まあ、確かに半分はそれだ。でももう半分くらいこっちの世界事情ってのもあるんだよ」
「世界事情?」
「ああ。たぶんこれは智宏のアースでも共通する事情なんだけどね。問題の大本は世界を行き来するために使ってる魔方陣なんだよ」
「あの魔法陣の問題って……、有りすぎるほど有るぞ?」
「……まあ、その話は今朝方したからおいとくとして、この場で問題になるのはさ、魔法陣で世界を行き来するに当たって必ずレキハを経由しなければならないってことなんだ」
「まあ、確かに……」
問題の魔方陣の効果は正確に言えば異世界に行くというものではない。世界に限らず日本語、彼らがレキハ語と呼ぶ言語を使うレキハという都市に行くものだ。当然のように異世界に行く場合必ずどこかのレキハに出ることになる。
「でもさ、そうなってくると当然の帰結として、世界と交易できるのはレキハという土地を持ち、レキハ語を使う国だけってことになるんだよ」
「……あ」
「理解したか? 前にも話したが、異世界との交易は莫大な富を生む。だけどその恩恵を受けることができるのはそれぞれの世界でたった一国だけだ。そんな状況が他国のやっかみを生まないわけがない」
「確かに……」
言ってしまえば天然資源の問題と理屈は同じだ。世界間交易というのは石油やレアアースと同じく特定の土地でしか得られない利益なのだ。そしてそうなってくるとそれをめぐって争いが起きること歴史が証明している。智宏とてそれをリアルタイムで見ているのだ。加えて言うなら世界一つと貿易ができるなど、下手な油田よりもはるかに価値がある。
「幸いなことに、そんな莫大な利益を一人占めしてもすぐにうちの国が攻められるようなことはない。トモヒロの世界でも同じようだが、オズでは侵略のための戦争は国際法上ではご法度だ。相手の持っているものが欲しいから奪っていいなんて掠奪者の理屈はとうの昔に廃れている。……でも相手が悪人だったら話は別だ」
「悪人? どういうことだ?」
「例えば異世界人に対して国が非道な行為を行えば、それは間違いなく悪人だ。虐殺行為を働いたり、略奪を働いたり、侵略を働いたり、極端な話それらを容認するような姿勢を見せたり」
「この前の奴らみたいなのを見逃したり?」
「そう言うこと。もしそう言った不法行為を働いた場合、他国はそんな国に世界の窓口を任せるわけにはいかないと言って俺の国から土地を奪う大義名分を得ることになる。そうなったらまあ、うちの国は終わりとまではいかないけど,レキハをオズの国際社会が共同所有して交易の窓口にするって流れにはなるかもな」
「……それって結構やばくないか? 確かオズのレキハってフラリアの首都だろ?」
「ああ、だから俺らの国じゃ異世界とのトラブルを病的なまでに避けてるのさ。特に戦争なんてもってのほかだ。ただでさえ首都であるレキハに踏み込める魔方陣が各世界にばらまかれている状態で、仮に戦争なんかふっかけられたら甚大な被害が出るし、その理由が何であれ、他国が理由をつけて干渉してくる。だから出来るだけ紳士的に、かつ平和的に事を進めたいんだよ」
「何か異世界とのつながりがデメリットばかりに思えてきたな……。いっそ異世界なんてありませんでしたって形にしちゃったらどうだ? 事なかれ主義を極めてさ」
「ムリムリ。魔方陣が増え過ぎてるもん。今さら世界を渡る人間の流れは止められないよ」
「だよなぁ……」
たとえレンド達が無かったことにしても状況は決して良くならないだろう。智宏のように偶発的に魔法陣に引っ掛かって異世界に行くのを防ぐには魔法陣が増え過ぎているし、その魔方陣を使って異世界にわたり、悪事を働く輩も出てきている。それらが野放しになることを考えればむしろマイナスにしかならない。
だが智宏のその認識は次のレンドの言葉で砕け散ることとなった。
「それにこの事業にはデメリットを遥かに超える価値がある」
智宏が声の調子が変化したことに気付きレンドの方を見るとその表情は酷く楽しそうなものだった。あえて言うならワクワクしているように見える。
「正直に言えば俺たちもいつまでも異世界との交易を独占できるとは思っていない。一応あの魔法陣の解析も進めて他の都市でも使えるようにしようとしてるしね」
「今朝のあの魔法陣みたいにか?」
「あれはまだレキハ内にしか出られないんだけどな。でも、そう言うことも考えて、本気で研究すれば、あの魔法陣が他の町でも使えるようになるまでは最短も半年位だってのが俺たちの見解だ。同時にそれはフラリアが異世界との交易を独占できるのは半年までだってことを意味している」
「たった半年か?」
「いいや。半年もあるんだよ。考えてもみろ、半年間異世界との交易を独占できるんだぜ? たった半年でもそんなものを独占できるだけで得られる経済的な利益は計り知れない。何しろ相手は世界四つだからな。それに、そうなればうちの国は異世界と最初に交わった国として世界に名を轟かせることになる。人間ってのは初めてが好きだからな。これを逃す手はない」
智宏の目の前でレンドは目を輝かせながらそう語る。確かに、言われてみればこういうものは半年でも相当大きな差を生む。異世界と唯一取引ができるとなれば、他国から企業はなだれ込むように入ってくるだろうし、そうなれば経済は劇的に活性化するだろう。異世界の技術が最初に定着するのもレキハということになるし、そうなればその国は必然的に文明の最先端を行くことにもなる。
さらに初めて異世界と交わった都市となれば政治的にも歴史的にも箔が付く。そうなれば先の時代でもその恩恵は続くし、観光地として盛り上げることも可能だ。実際、日本にも外国との貿易の拠点となった都市が観光名所になっている例がある。世界中探せば到る所にあるだろう。相手が異世界となればそう言った都市以上の価値を持つだろう。
「それに言葉の問題もある。いくら技術的に他の国が異世界に行けるようになったって、言葉で繋がっているレキハ同士の交流と違って、他の国同士では意思の疎通そのものが困難だ」
「まあ、確かに。異世界で日本語が通じてるってのが既に奇跡みたいなものだからな」
智宏達が使う転移魔法陣の転移先の条件の中では、レキハという地名よりもむしろ使用言語の特定の方が条件としては厳しいだろう。
もしも日本以外の国が異世界と交流しようとした場合、まったくの未知の言語を一から学ばねばならないのだ。そんなことをするくらいなら、智宏の世界でも日本語として既に学習方法が確立しているレキハ語を学んだほうが都合がいい。そうなれば自然、最初の貿易相手国として選ばれるのはレキハを内包する国ということになる。
「これから先の未来、五つの世界のレキハは間違いなく世界の中心になる。無かったことにするなんてとんでもない。これから先のことを考えるなら、この事業には命をかける価値すらあるのさ。一生に一度有るかないかの歴史の巨大な岐路に俺達は立ってるんだぜ?」
「おまえが楽しそうな訳が分かったよ」
同時に智宏は心の中でレンドに対する認識を改める。今までレンドの性格は何となくつかみどころのないイメージがあったが、この瞬間、何となくその本質を垣間見た気がした。どうやら目の前の男はこの事業にかなりの情熱を燃やしているらしい。
そんなことを考えたとき、智宏の視界の隅に今までなかった色が映った。光を反射する、輝くような蒼。
「おお!」
海だった。山に囲まれた小さな村の先に、キラキラと輝く海が見える。
「さあて! それじゃあ、ミシオちゃん探すついでに、この先の全世界の平和のためのお仕事といきますかぁ!」
そう言ってレンドは張り切って村への一歩を踏み出す。その勢いに付き合わないほど智宏は付き合いが悪くなかった。
またもや説明回です。感想や疑問点など頂けると嬉しいです。