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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第一章 第一世界エデン
21/103

21:強者の定義

『繰り返します。敵の刻印は本人の肉体を無限に強化し続けるというもの、強化対象には本人の肉体の耐久性や魔力量も含まれており、現在敵に通用する攻撃はなく、スタミナ切れの可能性もないものと思われます』


 レキハの森にミシオのテレパシーが響き渡る。それは森中に散らばった戦士たちに伝わり、その生存をサポートしていた。


『ただし、奴のこれまでの行動から察するに、この刻印は途中で解除すると元の身体能力に戻ってしまい、再び現在の力を取り戻すには、一から強化し直さなければいけないものと考えられます』


 森の片隅、最初の攻撃で生じた怪我人を連れていたハクレンは、自分の役割をけが人の安全確保であると考え、それに徹していた。


『また、この刻印はその性質上力の微調整が時間と共に困難になり、現在のようにまともに立つこともできない状態に陥るという副作用もあります』


 また、別の場所ではオズからの増援二人と合流したブホウが怒りに燃えながら反撃の機会を待っていた。


『以上のことから対処法は一つ。敵が自分の能力を手に余ると認識し、いったん刻印を解除するまで自分たちの命を守ること。そして敵が刻印解除を行った後――』


 彼らにとって強大な敵に立ち向かう事は恐ろしいことではない。常に自分より強い生き物と闘い続けてきた戦士たちは、全員がそのタイミングを待って剣をに手をかけ、身を隠してそのときを待つ。時が来たときすぐに駆けつけ戦えるように。


『――敵が再び刻印を再起動、及びそれによって手に負えない力を取り戻す前に接触、無力化してください!!』


 最初の攻撃から時間にしてわずかに十分、それだけの時間ですでに状況は完全に逆転していた。






「グッ、ァアアアアア!!」


 立ち上がろうと手に力を込め、墜城の体は空中に勢いよく投げ出された。

 回数にしてすでに七回目。この暴走はすでにわずかな筋肉の動きや反射運動ですら起きるようになっていた。


「クゾォッ!! こんな、こんなバカなぁああ!!」


 堕城もこの能力がだんだん扱いにくくなることは理解していた。現にここに来る途中も、それを感じたからこそ一から強化をし直したのだ。

 だが、常にそこでやめることができたからこそ、今のようにやめられなかった時にどうなるかを分かっていなかった。

 空中で体制を整えようとしても、必要以上の力によって異常な錐揉み回転を起こすばかりでまったく思い通りにならない。地面に落ちても痛みはないが、それによって反射的な動きが生まれれば再び空へ投げ出される。堕城の最強の肉体はすでに泥沼の暴走状態に陥っていた。


「ぐ、ぞぉおおおお!!」


 堕城の中に焦りばかりが加速していく。このままでは下手をすると、とんでもない場所に飛んで行ってしまう可能性もある。何よりかつて強いものにもてあそばれた経験が、自分のものとはいえ力にもてあそばれているような現状を許せなかった。


(とにかくいったん刻印を解除しなくてはどうにもならない! 地上に落ちたところを狙って刻印を再起動するしかない!! その後は元の最強になるまで何とか時間を稼いで力をつけ直し、今度こそ皆殺しにしてやる!!)


 実際これは荒の多い作戦だ。もし落ちた近くに敵がいれば瞬く間にやられてしまうし、だからと言ってそうでない場所を選んで落ちるようなまねは到底できない。ほとんどギャンブルに近い策だ。だがオチシロはその可能性をあえて見ないようにした。ただ、ただ、今はこの状態を脱したかった。

 

「待っていろ生ゴミどもぉおおおお!! オレはぁ、もう一度最強になってやる!!」


 叫びと共に、堕城は轟音を上げて森に落下した。






 レンドはミシオを背負って走りながら内心では二人の能力に驚嘆していた。

 現在二人がいる場所は、戦闘の中心となっている場所から一番遠い。元より戦闘要員でないレンドは、初めから戦おうとせず、動きのとれないミシオを退避させるために村に向かっていた。


(役に立ちすぎでしょ……、この二人)


 本来なら自分たちが守らなくてはいけない二人が、その能力を最大限に生かして自分たちを守っている。今まで数々の異世界遭難者を目にしてきたがこんなことは初めてだった。

 特に刻印使いを相手取る上で一番重要と思われていた、その場の全員が相手の刻印の効力と把握し、その情報を共有するという作業が、二人によって瞬く間に済ませられてしまったのは大きい。

 相手が個人であれ集団であれ、戦う上で最も重要なのは相手の戦力を図ることだ。相手の数、使う武器、戦術などを知らないまま戦いを挑めば、相手から手痛い反撃を受ける可能性に気付けず、それに対して対策をとることもできない。ところが刻印使いを相手取るに当たって最も困難なのが相手の戦力を図ることなのだ。特に武器、この場合刻印が厄介だ。

 これが刻印使い以外が相手であれば武器というものの性質は大体決まっている。これは科学によって作られた銃であろうと、それとは違う魔術であろうと同じで、言ってしまえばある程度のパターンや技術的な限界があるのだ。

 強いて刻印に近いものとして背中の少女も使っている、イデア人の能力があるが、イデア人の能力はどんなことでも際限なくできるという訳ではなく、能力自体に一定の種類があり、さらにその中でも能力者本人に得手不得手がある。言ってしまえば上限が決まっているのである。

 それに対して刻印に上限はない。理論上願えばどんなことでもできるようになってしまうこの規格外の力は、強いて上限を上げるなら『人間の想像力の限界』というばかげたものだ。そしてだからこそ相手の持つ刻印の効力が分かりにくく、対応策も練りにくいのだ。

 それなのに智宏の【集積演算(スマートブレイン)】はどうだろう。戦闘に関してはプロであるはずのブラインですら分からなかった、相手の刻印の効力とそれに対応する術を瞬く間に割り出してしまった。

レンド達とて刻印使いとの戦闘経験がある訳ではない。接触し、そういった存在がいることを認識した時に、一定の対応策を練っただけだ。これはレンド達が出来得る限り異世界との衝突を避け、極めて平和的に異世界と付き合ってきた弊害とも言える。

 だが、それを差し置いてもなお、智宏の対応力は驚異的と言えることだ。何しろ割り出した本人の戦闘経験がその前の魔術師二人との戦いだけなのだから。


(異世界に返しても絶対にこの二人には協力を取り付けよう……)


 レンドとて今回のように特別な事情でもない限り一般人を戦いに参加させようとは思わない。だがそもそもこの二人はそれ以外の場所でもかなり役に立つ。あっさりと手放すのにはあまりにも惜しい人材だった。

 そしてだからこそレンドはオチシロから逃げる道を選択していた。現在レンドはミシオと二人きり、戦闘に巻き込まれたら目も当てられない。自分がいまするべきはできもしない増援ではなく、背中のミシオを守ることだ。通念能力(テレパシー)による放送が終わった今ここに居続けさせる意味もない。


(本当はトモヒロも退避させたいところだけど、流石にそうもいかないか……)


 と、そこまで考えたところでレンドの思考は中断を余儀なくされた。


 突然二人の目の前が爆発したことによって。


「ぐうう!!」


「っああ!!」


 飛び散った土をもろにかぶりながら二人揃って吹き飛ばされ、叩きつけられた地面に悪態を浴びせて起き上がる。そして近くに転がっていた少女を助けようとして気が付いた。


「マジかよ……!! どんだけ運がねぇんだ俺ら!!」


 目の前の爆心地、その中心に刻印を再起動させたオチシロが立っていた。







「お前らのところに堕ちて来ただとぉ!?」


 その連絡を受けて智宏は思わず大声を上げてしまった。


『ああ、おまけに向こうもこっち見つけてすごい眼で睨んでる状態だ。予想通りさっきとは比べ物にならないくらい魔力は弱いけどどうしよう?』


「逃げるに決まってんだろバカ野郎!! お前ら二人ともまともに戦えないじゃないか!!」


『それがそうもいかな――!!』


 言いかけた声が急に途切れ、通信機の向こうで何かが衝突するようなけたたましい音がする。先ほどまで響いていた爆音ほどではないが、それは明らかに何かが暴れる音だった。


『トモヒロ! だめ! 逃がす気が無いみたい!!』


「何?」


 通念能力(テレパシー)に切り替わって伝わってくるミシオの声に思わず疑問の声を上げる。相手にしてみればできる限り力が上がるまで敵との接触は避けたいはずだ。それなのに逃がそうとしないというのはどういうことか?

 その答えは加速した思考によってすぐに弾き出された。


「っ!! 人質にする気か!!」


 考えてみれば見るからに弱った少女とそれを背負った男など最も対処しやすい相手だ。レンドも他と違って武装しているわけではないし、うまく捕まえて別の者と接触した時に人質にすれば最高の時間稼ぎになる。オチシロが今もっとも欲しているのは時間だ。相手を躊躇させることができればその時間だけ自分は強くなれる。そうなってしまえばオチシロのいる場所にほぼ全員が揃おうとしている今、一転して最悪の状態になりかねない。

 後に来た人間なら逃げることもできるだろう。だが、そうなったら間違いなく人質は助からない。オチシロの力が手加減していても人質を殺すことになったときが、そのオチシロの望む無敵になれる瞬間だからだ。


「くそ、最悪だ! なんでこうなることまで考えられなかったんだ!!」


 確実にオチシロを捕らえる方法ばかり考えていて、対応できない者のところに落ちる可能性を考えていなかった自分が恨めしかった。

 【集積演算(スマートブレイン)】によって作り出される克明すぎるその瞬間のイメージが頭をよぎる。それが現実になることなど到底耐えられそうにない。


「急ごう少年! あの二人が捕まる前に何としてでも駆けつけて奴を倒さなければ!!」


「はい!!」


 恐らく現在ミシオ達を除けば一番オチシロの近くにいるのは智宏達だ。それはオチシロの暴走が本格化してからというものできるだけ距離を離されないようにしていた結果なのだが、それでも距離としては随分と遠い。


(間に合ってくれ――!!)


 手遅れにならないことを祈りながら智宏は両足を全力で森を駆けた。






「ぐあ!!」


 地面に倒れたミシオの目の前で、盾の魔術を使う間もなくレンドは殴り倒された。


「ハァッ、ハァッ、貴重な時間を無駄にさせてんじゃねぇよ生ゴミがぁ!」


 そう言ってオチシロはミシオに向かって歩き出す。どうやら人質には魔術を使う男よりも弱って見える少女の方を選んだらしい。だがその表情にはすでに先ほど見たような余裕は存在しない。どう見てもいつ来るかわからない敵におびえている。

 だからこそミシオはここで捕まる訳にはいかない。


「う、あ、ああああ!!」


 ふらついた体を無理やり立たせ、全身に力を込める。すると体から黒い煙が噴き出し、体が急激に軽くなった。気功術と同じく身体能力を上昇させる、未知の実験によって得た未知の能力だ。


「足搔いてんじゃねぇぞぉおお!!」


 殴りかかってくるオチシロに対応するべく少女が身構えると、突然オチシロの体制が崩れた。

 見ればその足にはレンドの出した魔力の鎖が絡みついている。先日の竜猿人(ダイノロイド)による襲撃でも使われた【蛇式縛鎖(チェーンロック)】。トモヒロにも説明したとおり確かに生活魔術であるこれは、その反面元々は軍用の拘束魔術を一般向けに改造した代物だ。殺傷能力こそないが普通の人間ならば簡単に拘束できる。相手がオチシロでも、まだ満足なレベルまで強化されていない今なら時間稼ぎくらいできる。


「てめぇええ!! しつこいんだよぉ!!」


 苛立ちを露わにしてオチシロが振り返った瞬間、少女も動いた。無防備に背中を晒すオチシロに向かって走り、


「逃げろ!! ミシオちゃ――」


 レンドが叫ぶ間もなく、途中で拾った一抱えほどもある石を、その後頭部に思い切り振り下ろした。

 オチシロが小さなうめき声を発するとともに地面に崩れ落ち、殴った石が粉々に砕け散る。


「うわ……、過激……」


「大丈夫!?」


「あ、ああ。ホントは逃げてほしかったんだけど、なぁ――!!」


 今度はレンドの番だった。鎖を操作してオチシロの体を持ち上げると、勢いをつけて近くの樹に頭から叩きつける。

 鈍い音と共にオチシロの体が無抵抗で地面に落下した。


「今のうちに逃げた方がよさそうだ。ミシオちゃんは自分で歩ける?」


「うん。不思議なくらい。まだ少しだるいけど……」


「この黒い霧のせいかな……?」


 さすがのレンドにもミシオが何の実験を受けたのかまでは分からないらしい。ミシオ自身あの黒い霧が実験の結果であることは想像がつくが、それがどういう影響を及ぼしているかはわからないのだ。

 だが今それを深く考える余裕はなかった。


「……痛い」


 倒れていたオチシロがフラフラと立ち上がる。頭からわずかに流れる血を手で拭いそれを信じられないという表情で眺めていた。だが、その体で今だに上昇を続ける魔力が危機の去っていないことを物語っている。


「……痛い? ……この俺が? ……俺は、この俺はぁ! 最強になったはずだぞぉ!!」


『っ!!』


 叫びと共に振り返ったオチシロが一気に二人に飛びかかる。とっさに体の周りにタスキのような防御魔術を展開したレンドをその防御ごと吹き飛ばし、黒い霧を纏ったミシオの首を掴むと、地面に猛烈な勢いで叩きつけた。


「っ――、かはっ!!」


 叩きつけられた衝撃でミシオの体を覆っていた霧が一気に霧散する。どうやらこの霧には鎧のような効果もあったようで、それによる衝撃吸収効果が無ければ間違いなく死んでいた。

 そしてその霧を介してなお、オチシロの手がミシオの首に食い込んでくる。


「俺は最強だぁあ! 最強になったんだぁあああ!! そんな俺に、お前はどうして痛みなんか感じさせてんだよぉおおおお」


 半ば錯乱した状態で男は絶叫する。少女の手が首をつかんだ腕を外そうともがき、爪を立てるが、その程度では男の腕力は緩まない。逆に刻印の効力で強化された力が、少女を守る黒い霧を急速に消滅させていく。


「そぉおだ!! 俺は最強になったんだ!! 俺は無限に強くなる!! 強くなってみせる!!」


 力を誇示し、狂ったようにオチシロが叫ぶ。だが、その声はほとんど悲鳴に近かった。自分が追い詰められている現実を受け入れようとせず、力を示そうという必死の形相。

 そしてだからこそ、ミシオにはそんなオチシロの言葉が我慢ならない。


『……それの、……どこが最強、なの……!!』


「なにぃ?」


 頭の中で響いた声にオチシロは思わずあたりを見回す。しかしどうやらすぐにその声が、自分がねじ伏せている少女のテレパシーによるものだと判ったらしく、その視線をミシオに向け直した。その瞳には明らかに恐怖と混乱が見て取れる。


『みっともなく取り乱して……! 誰かに倒されるのをすごく怖がって!』


 喉に食い込む腕によってすでに呼吸もままならない。それでも少女は必死で叫ぶ。声の代わりに心で叫ぶ。持って生まれた能力で内心のそれを思い切り叩きつける。

 原動力になっているものの一つは自分を襲っている理不尽への怒りだ。だがそれ以上にこの男が強者を名乗ることが許せなかった。それがまるで本当に強いと思えた人たちを貶めているように感じられたから。


『あの村の人たちは一度もそんな表情を見せなかった! 恐竜が飛んで来たときも、あなたに会ったときも!!』


 昨日『竜猿人(ダイノロイド)』と遭遇した時の智宏ですらここまでみっともない取り乱し方はしていなかっただろう。

 だからこそオチシロが強者を名乗るのが許せない。それがまるで、彼らの強さを侮辱しているように思える。

 そして同時に、オチシロの脳裏に一人の人間の顔が浮かび上がる。脅え、取り乱し、恐怖にひきつった弱者のような、しかし弱者ではありえないはずの自分の表情が、少女の目を通して【感覚投影】でオチシロの中に直接送り込まれているのだ。


「……やめろ!」


『私は、あなたが強くなんて見えない。あなたがとっても弱く見える!! 確かに恐竜を投げ飛ばせるようになったかもしれないけど! ただ突進するだけで森をめちゃめちゃにできるようになったかもしれないけど!でも、肝心の部分が弱いまま!』


「……やめろぉ!!」


『あなたは強くなんてなってない。強い人はもっと他にいる! 他人はおろか、自分自身すら守れない! そんなものが、いったいどれだけ強いって言うの!!』


「ィィイイイイイイイイやがったなぁあああああああぁ!!」


 瞬間、ミシオの体が一瞬で地面を離れる。どうやらオチシロがミシオの体を上空に放り投げたらしい。


「……っぅ!!」


ミシオの視線の先、拳を構えるオチシロの姿が見えた。どうやら落ちてきた少女に止めを刺すつもりらしい。もはやミシオが纏う霧くらいではその力を防ぐことはできないだろう。


「生ゴミになれぇえええ!!」


 絶叫とともに落ちてくるミシオに向けてオチシロが拳を突きだす。確実に命を奪う、心臓を狙った一撃。

 だが、それでも、その拳をミシオは見ていない。その眼に移すのは森の中を走るたった一人の少年。


「そこまでだぁあ!!」


 その瞬間、男の拳が少女に届く前に、鉄の拳が男に届いた。

 それもただの拳ではありえない威力。

 茂みを突き破って現われたトモヒロの【土人形の鉄腕(ゴーレム・アーム)】が、今度こそオチシロを殴り飛ばした。






 全身が茂みを突き破ると同時に、智宏は自分がギリギリ間に合ったことを知った。巨大化した右腕で落ちてくる少女を受け止めながら、すぐに周囲の状況を把握する。

 既にオチシロが能力を再起動してから数分が経過しようとしている。オチシオの防御力が、起動してから十分ほどで無敵のレベルに至っていたことや、こちらの攻撃が効くだけでなく無力化するレベルにならなければいけないことを考えると、もう一刻の猶予もない。


(考えろ、思考をやめるな! いやそれじゃ足りない。もっと思考回路を速く回せ!!)


 高速回転する思考回路が、自分の視界に移るものすべてを材料にすぐさま作戦を組み立てる。目の前のオチシロ、開けた土地、立ち上がるレンド、追い付いてきたブライン、そして、


(……! あれは!!)


そうしているうちに予想していなかったその存在に気が付いた。驚くより先にそれをすぐに計算に組み込み、全員が生き残り、【力学崩壊(バランスブレイカー)】を排除する作戦を頭の中に叩きだす。


(……これしかない。後の問題は伝達――)


『――作戦の伝達は私が! 行って智宏!!』


 ミシオに伝達を頼む前に、智宏の作戦を読み取ったらしいミシオがそう答える。応じるように飛び出すと、ほぼ同時に作戦が伝わったらしくレンドとブラインの驚いたような表情でこっちを見てきた。


「今さら逆らう気はないが、本当にこの作戦で行くのか少年? というかよくあの術式の特性が、【轟放雷(ギガボルト)】の存在が分かったな?」


「前後の術式の名前を一回聞いてましたからね。似たような魔術も覚えたばかりですし」


「っていうかそんなことより俺戦闘要員ですらないんだけど? 失敗したら俺死ぬんじゃない?」


「どっちみちもう後も時間もないさ。ここで失敗したら全滅必至だ。もう一度あいつが刻印の再起動に入るなんて思えないからな」


 嘆くレンドの気持ちは分からなくはないが、実際もう余裕が無い。ここにいるメンバーだけで何とかするしかない以上一人も無駄にできないのだ。それがたとえ即興の連携でもやるしかない。


「行くぞ。素人に負けずに腹をくくれ!!」


「了解だ、こん畜生!!」


 レンドの叫びを皮切りに、三人がいっせいに動き出す。ブラインを中心にトモヒロが右、レンドが左に走りだした。






 智宏の指示のもと、まず最初に仕掛けたのはブラインだった。掌に魔方陣を展開し、電撃を浴びせる。

 術名は【強放雷(メガボルト)】。昨日の会話の中に一瞬だけ登場した魔術だ。威力は先ほどの【極放雷(テラボルト)】には威力も距離も遠く及ばないが、それは問題ではない。


「ぐぅっ!」


 必要なのはその閃光。相手が一瞬でも目がくらめばそれでいいのだ。

 その隙をついて智宏は右手の【土人形の鉄腕(ゴーレム・アーム)】に新たな術式を追加する。


(術式追加―――【土神の剛腕(タイタン・クロウ)】!!)


 目をくらませ、無防備になったオチシロの体に巨大な剛腕が右手から殺到する。ただしその動きは今までとは違い、拳を開き相手を握りつぶすような動きだ。


「ク、ッノォオオオ!!」


 閃光によって一瞬反応が遅れたオチシロが、それでも剛腕を両手で受け止めようとする。だが次の瞬間、右腕の違和感に気が付いた。見れば右腕に鎖が三本もまきついている。左でレンドが展開したそれは、オチシロの目の前で四本に増え、その動きを阻害する。


「なっ!!」


 レンドから伸びた鎖を振りほどく暇はない。オチシロはとっさに右腕を使うことを諦め、左腕と右足で剛腕を受け止める。


「っ!! やっぱりそんなに甘くはないか!!」


上から迫っていた四本の指を左手で中指の根元をつかむことで止め、下から迫る親指を右足で受け止める。強化された肉体による力技で、練り上げた策を圧倒する。


「ふざけんなぁ!! この鎖!」


「おわぁ!!」


 左足だけで体を支えているという不安定な体制にも関わらず、オチシロは鎖を引っ張ってレンドを引きずり始めた。軽い人間なら持ち上げられるという鎖を四本と、その先にいるレンドをまとめて引きずってオチシロは体勢を立て直そうとする。


「させない!」


 それに飛びついたのはミシオだった。黒い霧を纏ったままレンドに飛びつき、レンドの体ごと鎖を引っ張る。


「ブラインさん!」


「今準備ができた!!」


 言葉と共に再びブラインが放電魔術を展開する、ただし炸裂するのは先ほどの手のひらの術式に手首の術式を追加した強化版だ。その名を【轟放雷(ギガボルト)】というこの魔術は、先ほどの【強放雷(メガボルト)】に新たな魔方陣を加えることで発動する魔術だ。今智宏が使っている【土人形の鉄腕(ゴーレム・アーム)】からの【土神の剛腕(タイタン・クロウ)】と理屈は変わらない。そのメリットは大きな魔術を撃つ隙を、それより弱い魔術で埋められるという点にある。

 そうして展開された魔法陣から、発動までの時間に比べてはるかに強力な電撃が放たれ、オチシロの顔面を襲った。


「ぐがぁあああ!」


 顔全体を襲う電撃に流石の堕城も悲鳴を上げる。だがその電撃を受けてなお巨腕と鎖にかかる力は緩まなかった。むしろ時間とともに強くなる力が三人の命を脅かす。


「……効かねぇんだよぉ!! これが俺の力だ!! 無駄に足搔いてんじゃあねぇぞぉゴミどもぉ!!」


 痛みに苛立ちながらも自分の優位を確信して堕城は声を上げる。今の状態でなら堕城自身が戦闘不能になることはないと判ったからだ。確かに魔術は堕城の体にダメージは与えているが、それが敗北につながるまでには達しておらず、体に軽いやけどを負ったのと、あとはせいぜい閃光に目がくらんだくらいだ。

 この程度の威力では、今の堕城の命を奪うことはおろか、その意識を奪うこともできない。流石の刻印も意識のない状態では使えないのだが、この威力なら意識を奪われることもないだろう。


「無駄じゃあないさ……」


 だがそんな状態でも目の前の少年は絶望の表情を浮かべない。堕城にはそれが気にくわなかった。その表情が先ほどの少女の言葉と一緒になって堕城のプライドを傷つける。それが堕城には我慢ならないほど腹立たしかった。

 そしてだからこそ気が付かなかった。今受けたばかりの電撃がまたしてもただのめくらましだったことに。


「覚悟しろ外道がぁ!!」


「な、なにぃいいい!?」


 背後からかけられた声に驚いて背後を振り返ると、振り向いた後ろのその上に、空からこちらに落ちてくる村の戦士長の姿があった。

 大男は落下しながら腕と大剣に気を集め、振り上げた右腕を左腕で止めて魔力を溜める。左腕の力を振り下ろしに転換させることで生まれるのは、一撃にすべてを注ぎ込んだこの世界最高の斬撃。


「やめろぉおおおおおお!!」


「【頭蓋割(ずがいわり)】!!」


 最高の戦士による斬撃が動けないオチシロの肩に食い込む。刃はそこでとどまることなく、最強の効力を持つ刻印ごと、右腕を叩き斬った。


「天、誅!!」


一瞬遅れ、大男の宣言と共にオチシロの腕は、鎖に惹かれて宙を舞った。






「よし!!」


 腕の切断と共にオチシロから感じる魔力が劇的に減少し、智宏は作戦の成功を確信した。

 もっとも重要な役割を果たしたブホウと、二人のオズ人に気が付いたのはこの場に出てきてすぐだ。何のことはない。オチシロの死角にある位置を、二人のオズ人がブホウを抱えながら魔術で飛んでいたのを見つけただけである。そしてそれが気づかれていないことを察したからこそ、すぐさま三人、特にブホウを作戦に組み込んだのだ。

 その結果がこの死角からの不意打ち。そして大本である刻印の斬り離しだ。

 地上にいる四人でオチシロに腕を斬りやすい体制をとらせ、なおかつぎりぎりまで空にいる三人から注意をそらす。そしてタイミングを見て上空の二人がオチシロのもとにブホウを投げ込む。それこそがこの作戦の根幹だった。

 腕が切り落とせなかった場合魔術の使える四人で集中砲火を浴びせる作戦も考えていたが、刻印自体を奪えるならばその方がいい。


「俺のぢからぁあああ!!」


 そして、作戦はまだ終わっていない。


「ブラインさん! 腕の方をお願いします!」


「了解だ!!」


 声に応じるように空を舞う腕に向けてブラインが魔術を展開した。肘に最後の魔方陣を展開し、完成させるのは正真正銘、最高威力の【極放雷(テラボルト)】。


「おまえはこっちだ!!」


 それに応じるように【土神の剛腕(タイタン・クロウ)】で捕らえたオチシロをこちらに引き寄せる。すると先ほどの力が嘘のように肩からおびただしい量の血を流したオチシロがこちらに引き寄せられてきた。

 途中で魔方陣の一部を消去し、剛腕をドラム缶大の巨腕に戻してこちらによろめくオチシロに振りかぶる。


「悪いけどな【力学崩壊(バランスブレイカー)】! あんたの刻印、強いけど使えねぇよ!!」


 次の瞬間、最強の刻印が電撃によって腕ごと燃え尽きる。それは同時に智宏の巨腕がオチシロの顔面を殴り飛ばした瞬間でもあった。


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