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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第一章 第一世界エデン
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2:森へ

 智宏の住んでいた歴葉市は街の東側に大きなビルが立ちならぶ都心部で西に、行くほど住宅地が増えていき、しだいに農村部へと変わっていくというつくりをしている。

 その関係で智宏は住んでいた住宅街から少し行くと森や雑木林にお目にかかることができたのだが、それでも所詮は日本の森、ほとんど手つかずで残っているこの世界の森とは雲泥の差で、現在歩いている森は智宏の辞書の「森」の項目が書き変えられるような密林だった。どこから獣が出てきてもおかしくないと思えるほど緑が濃く、そんな中を歩かされるというのは、智宏にはかなり胆が冷える思いだった。

 いや、それを言うなら出かける前にハクレンの妻のリンファに無事を真剣に祈られた時もそんなに危ないのかと肝を冷やしたし、森に入る前も村がある岩棚から降りるのに柵なし、手すりなし、道狭し、加えて足を踏み外せば命が無いであろう道を下りなければならないと知った時もかなり胆が冷えたのだが、それはまた別の話だ。そもそも出かける前の祈りは村の習慣らしいので特に特別なことではないらしい。

 そんなことがありながらも森に入り、歩くこと三十分ほど。現在智宏達はハクレンの指示のもと薬草取りに励んでいた。

 智宏がこの世界で最初に発見された森の一画。最初こそ薬草よりも手がかりになりそうなものを探していた智宏だが、痕跡や手がかりと言った物は見つからず、諦めて薬草取りに背念することにした。

いつ襲ってくるともしれない『なにか』に必要以上に警戒しながら、足元の草を刈り取る。


(それにしても薬草とはね。単語だけはファンタジーらしくなってきちゃったな)


 考えてみればそんな状況で学生服の半袖シャツにズボンという服装に、小さなかごをつけ短剣を腰にさして歩いている自分というのは、なかなか場違いな感がある。もっとも、すぐ後ろで同じく薬草の採取をしているレンドも、この世界の物とは違うシャツとズボンで場違いなのでやはり浮いているのだが。


(とはいえ、仕事自体はそんなにきつくもないな。できれば軍手がほしいけど)


 そういった部分で贅沢を言うべきではないというのは智宏自身判ってはいるのだが、そうはいってもどうしてもそう感じてしまうというのはやはり現代っ子の性だ。

 そこでふと同じ異世界人であるレンドはそういった感覚を持っているのかどうかが気になった。彼の世界の繊維技術がどのくらいのレベルなのか知らないが、服以外にも生活する面での不便は多々あるだろう。それは異世界という文明も文化もかけ離れた世界という性質上仕方のないことなのだが、レンドがそういったことに不便を感じているような様子を見たことがない。


(なんでだろう? 文化体系が似ているのかな? でも昨日聞いた限りじゃそうとも思えないし……)


 手を動かしている間の暇つぶしに近い思考だったが、こういった好奇心はおさえようとして出来るものではない。ひと思いに聞いてみようと考えて、レンドの方に振り返りそのことによってようやく気付いた。背後の異世界人が働く自身をしり目に倒れた木に腰かけてサボっていたことに。


(こ、い、つ……!!)


 ちなみにハクレンはさらに奥の地形が複雑なところに行っている。智宏達がいるのは地形が平たんで比較的とりやすいところだった。問題なのがハクレンがいるところからはこの場所が見えないことであり、それによってサボっていてもばれないということである。


(この男は始める前に『危険な生き物が来る前に早く終わらそう』などと言っていなかったか? なのにかごの中身が半分も埋まっていないのはどういう訳だ……!)


 疑問が一つ増えるたびに怒りのメーターが上がっていく気がする。もっと言えばレンドの「ばれたか」と言わんばかりの笑い方が癇に障る。

 そして急に真剣な表情になったレンドが、右手を上げて口を開く。


「やあ、トモヒロのどかな森だねぇ!」


「そ、こ、に、直れぇえええええっ!!」


「なんだよ騒ぐなよ。そんなに騒ぐとハクレンさんとかやばい生き物に見つかるだろ」


「お前ってやつは……! っていうか何がのどかな森だよ。のどかな森に猛獣がいるか!! やばいから早く済ませて帰ろうて行ったのはお前だよな? 何堂々とサボってるんだよ!」


「だって疲れたし」


「お前には体力って物がないのか! 僕だって体力自慢って訳じゃないけどお前よりましだ!!」


 そう、もともと智宏だって体力はある方じゃない。しかしそんな智宏でも疲れないくらいの労働なのだ。その程度の労働で疲れているというのはさすがに体力がなさすぎる。

 しかし、レンドの反応は智宏の予想したものと大きく違った。彼はいきなり真顔に戻ると、何かをいぶかしむように黙って考え込んでしまったのだ。


(なんだ? 何でそこまで考え込む?)


 あごに手をやってなにやら考えこんでいる。彼の纏う空気が劇的に変化しており、先ほどの忠告の時に見せたのと同じ表情だ。


「今疲れてないっていった?」


「んぁ? あ、当たり前だろ?」


 何も考えずにそう返す。それがいったいどうしたというのか本気で分からない。智宏がその変貌に驚いていると、レンドは今度はわざとらしく考え込むそぶりを見せる。この雰囲気はどちらかというといつもの物だ。


(なんだったんだ今の?)


 気のせいだったのだろうかとも考える。だとしたら自分も疲れているのかもしれないなどと考えていると、


「魔術……」


「へ?」


いきなりレンドは口を開いた。


「君の世界ってさ……。魔術ってないんだよね?」


「……ああ。フィクションとしてならあるけど、現実問題としてないといった方がいいかな。」


「フィクションではあるんだ。……んじゃそれを踏まえたうえで質問。君は魔術を使えるか?」


「使えない、と思う。使ったことがないし」


「ふうん……」


「さっきから何が言いたいんだ? 確かお前の世界は(・・・・・・)魔術がある(・・・・・)世界なんだっけ(・・・・・・・)?」


 そう。このレンドのいた、彼らがオズと呼ぶ世界というのが、智宏のいた世界における異世界の代表的なイメージを体現したような世界らしいのだ。機械の代わりの魔術が文明して存在する世界、俗にいうところの王道ファンタジーのような世界というなら、この世界が正にそうらしいのだ。らしいというのは実際に行ったわけでも、使っているのを見たわけでもないので信じ込んでいるわけではないという話なのだが、それにしたって異世界に来てしまったという現実がそういった話の信憑性を上げている。

 何より、智宏自身も(・・・・・)元の世界にいたころからそういったファンタジーとは無縁でなかったため、半信半疑以上の八信二疑くらいには信じられてしまうのだ。


「なんだ? レンドはまだ僕が自分と同じ世界の(・・・・・・・・)出身なんじゃないか(・・・・・・・・・)と疑っているのか(・・・・・・・・)?」


「そりゃそうだよ。君のその長い耳は・・・・・・・・僕らの世界の(・・・・・・)人間が持っている・・・・・・・・特徴だからね(・・・・・・)。聞けば君は【マーキング】もできるんだろう?」


「【マーキング】? ああこれのことか?」


レンドの言葉に応じながら、智宏は目の前に手を差し出す。頭の中で適当にひらがなをイメージすると、空中に銀色の(・・・・・・)光でその文字が(・・・・・・・)浮かび上がる(・・・・・・)


「そうそれのことだよ。昨日も話したけど、そいつは俺の世界じゃ【マーキングスキル】って呼ばれてるんだ。そいつはね、俺たちが魔術を使うために必須の能力なんだよ」


「えっ、そうなの? それは初めて聞いたぞ。これってそんな使い方できたの?」


 初めて聞く情報に、思わず智宏は目を白黒させる。昨日話したときに魔術などと言うものが存在するというのは聞いていたが、そのときはまだ混乱していたため詳しいことはまだ聞き出せていなかったのだ。


「っていうか君たちはどういうふうに使ってたの? 正直魔術以外にあんまり使い道のない能力のはずなんだけど」


「それがないから問題なんだ。この能力、変わってるわりに使い道がないからな。うちの家系なんてこいつ有効活用法を見つけることを一族の宿願にしてるくらいだ」


「それも変わった家系だな」


「ほっとけ」


 そもそも、智宏がこの能力に気づいたのは十歳くらいの頃だった。きっかけは覚えていないが、とにかく空中に文字が書けるというあり得ないことができてしまった智宏は、当時親譲りの長い耳というコンプレックスを抱えていたことも相まってかなり舞い上がった。

 それまでコンプレックスだった長くとがった耳が、奇妙な能力を持つ者の特別の証のように思えてうれしく思ったのはよく覚えている。

 ただし、その熱は長く持たなかった。理由としては能力を試すうちにこの能力が、異質な割にさっぱり使いどころがないということが判明してしまったのもある。

 しかし何よりも大きかったのがその能力を持っていたのが自分だけでなく、自分の母親や祖母、母方の叔父叔母などが皆持っているというのを知ってしまったことだった。

 トモヒロ本人にしてみれば思い出しただけで落ち込みそうな思い出だ。なにせ自信満々に見せた能力が「おー。お前もできたか」の一言で済まされた挙句、母親が何でもないことのように空中に文字を書いて見せたのだから。

 これが普通の母親ならただの遺伝で済んだ話だが、相手は智宏に名前を付けるときとんでもなく痛い名前をつけようとした母親だ。それを防いで普通の名前を付けてくれた父親ならともかく、そんな母親と同じ特異点を持っていることを喜べるほど智宏は人間ができていなかった。

 結果として、智宏のこの能力は自分だけの特別ではなく、どこかネジの一本や十本や百本抜けているのではないかと思える母方の家系が受け継ぐ非常識になってしまったのだ。


「まさかこいつにちゃんとした使い道があろうとは……」


「使ってみるか?」


「へ?」


「いや、トモヒロに後で【魔術】を教えてみようかと思ってたんだけど」


「……うえぇ!?」


「すごい反応だな。いやなら無理にとは言わないけど、でも君の能力がホントに【マーキング】の能力なのか確かめておきたいし……、ってどうした? なんだかにやける一歩手前のようなアホな顔してるぞ?」


「ほっとけ!! 待て待て、今心を落ち着ける。少しの間落ち着く時間をくれ!!」


 キョトンとするレンドを制止し、智宏は自分が今言われた言葉の意味を考え直す。

 魔術といえば、智宏の世界では実在していなくてもイメージは簡単だ。火の玉を出したり、雷を抱いたりという漫画のような現象は、男に生まれた以上一度はあこがれる代物である。

 それが今、もしかしたら現実になるかもしれないのだ。それもずっと使えないと思っていた変な能力によって。


「ああ……。君が気が進まないって言うなら別に――」


「やりましょう! やらせてください! お願いします師匠!!」


 智宏は自分のキャラが壊れていくのを感じながら無視して話を進める。何せ魔術だ。これを逃す機会はない。


「師匠って……。っていうかどうしたんだ一体!? 何か少しキャラ変わってるぞ?」


「だって魔術だろ? こっちの世界で魔術だの魔法だのって言ったら少年が一度は夢見て諦める初級にして最上級の幻想なんだよ! それが現実にできるって言うんだから興奮するなって方が無理だ!」


「あー……。なるほど。そうか。そうなのか。こっちではできて当然のことだから分かんない感覚だけど。よしわかった! 簡単な魔術でよければいくらでも伝授してやろう!!」」


「いくらでも!? さすが! 太っ腹師匠!!」


「盛り上がってるところすまないが、君たち、そろそろ仕事を再開してもらえるか?」


『……』


 残念ながら、戻って来ていたハクレンの言葉で魔術はしばらくお預けとなった。


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