16:集積演算
「ハァ……、ハァ……、ハ、ハハ、ハハハハハ。やった。やったぞ!! 驚かしやがってぇ。何だよ全っ然、大したことねぇじゃん!!」
自分の放った魔術が、少年のいた空間を丸ごと吹き飛ばし、一帯を煙が立ち込めているのを見てアルダスはそう哄笑した。その笑いには多分に刻印使いを仕留めたことに対する安堵が含まれていたが、それを認めるのは癪なので吠えるように笑う。
すると煙の上がる一帯の、アルダスから見て左側からウンベルトが出て来た。さすがのウンベルトも、刻印使いが本領を発揮する前に仕留められたことに安堵の表情を見せている。
「まだ仕事は終わっていない。死体を確認してすぐに撤収するぞ。場合が場合とはいえ【集束爆炎弾】など使ったからな。村の奴らには気付かれたと見ていい。【空圧砲】で煙を吹き飛ばせ」
「チッ、わかったよ」
煙から出て早々命令を下されるのも、粉々になった死体を確認するのも激しく不満だったが、急いだ方がいいのはアルダスにも分かったので渋々従う。煙の昇る一帯に向け魔方陣を展開したそのとき、煙の中からいきなり何かが飛び出した。
「な、なにぃいいい!!」
信じがたいことに先ほど粉々に吹き飛ばしたはずの刻印使いの少年が恐ろしいスピードでこちらに向かって来ていたのだ。
煙から飛び出し、真っ直ぐに走りだす。声ですでに二人の立ち位置は確認済みだ。気功術で身体能力を底上げし、まずはアルダスに狙いを定める。
「くそったれぇぇぇぇっ!!」
恐怖を打ち消すように叫び、先ほどまで煙に向けていた魔方陣をこちらに向け直す。【空圧砲】というネーミングや会話の内容から察するに恐らくは空気で前方を吹き飛ばす魔術だろう。既にかなり接近することが出来ているが、それでもアルダスの魔術は既に操作も終わっている。照準をつけ発射するまでの時間では精々腕の先くらいまでしか近づけない。
(だが十分だ。魔方陣に触れられる位置まで近づけるのなら!!)
「喰らいやがれぇえええ!!」
叫びとともに魔方陣の魔力が膨れ上がる、一瞬後には至近距離まで迫った智宏を吹き飛ばすだろう決定的な魔術。
だがその寸前、トモヒロの右手がふりあげられ、軌道上にある魔法陣を塗りつぶす。
「なにぃいいいいい!!」
智宏の目論見通り、魔術が一瞬でエラーを起こし、ただの意味のない魔力の塊へと変わる。魔術というのは魔法陣によって魔力に形を与える技術だ。その魔方陣自体が意味のない落書きに変わってしまえば、魔力はただの魔力でしかない。
智宏は自分の予想が当たっていたことを確認すると、間髪入れずに驚愕に歪んだアルダスの顔面に、今度は振り上げた右手をそのまま拳に変えて叩き込んだ。
「うごぉっ!!」
拳に伝わる、初めての、しかし確かな手ごたえを感じ取る。攻撃意思を持って人を殴ったのは初めての経験だ。そんなことを一瞬考えてしかし、すぐに思考を別に使う。
(まずは……!!)
二メートルほど先に横たわるミシオを拾い、引き続き気功術を使って殴り倒したばかりのアルダスから素早く距離をとる。ミシオは手錠で後ろ手に拘束されてはいるものの、智宏に抱えられると目を開け、小さく反応して見せた。どうやらギリギリで意識は残っていたらしい。今なら自力で走ることも可能だろう。
(ミシオさえ奪い返せば無理に戦う必要もない。手錠は後で破壊すればいい。何より、逃げる場所はもう決まっている!)
『トモ、ヒロ……?』
通念能力はかろうじて送ってくるものの、いまだ呆然とするミシオを立ち上がらせる。すると背後に二人の気配が揃った。見れば、まさに立ち上がろうとするアルダスと、その前で身構えるウンベルトが正体不明の物に対する隠しきれない恐怖を露わにしていた。
「……ふざけやがって」
その恐怖からいち早く脱したのはアルダスだった。その表情は殴られたことによる怒りに変わっている。
「……殺してやる!! 跡形もなく吹き飛ばしてやるぞクソガキィィ!!」
叫び、右手の先に魔方陣を展開する。現れたのは大円の中、外周部にさらに六つの小円を配置した魔方陣。
『っ!! トモヒロ!!』
テレパシーによって伝わってくる焦りの声と感情。だが智宏はその声に対し冷静そのものの声で答えた。
『……魔術って言うのは要するに知識だ。魔方陣とその使い方さえ覚えれば誰でも使える』
危機を伝えるミシオの意志に応えながら、智宏は足元に意識を集中する。イメージするのは一つの魔方陣。
『ならば、もし一度見ただけの魔術を、その魔方陣から使い方まで正確に思い出すことができたなら、どうなると思う?』
そうメッセージを送り、足元の魔法陣を先ほど見た通りに手早く操作した。
「なに!?」
「死ねぇぇぇぇ!!」
叫びとともに大円の中を小円が回転し大量の炎弾を吐き出す。一発一発が致命傷をおわせるほどの威力をもったそれはしかし、智宏を粉々にすることなく、智宏が足元に展開した魔方陣とそこから出現した半透明の岩壁によって阻まれた。
「な……! 【岩壁城塞】だとぉ!?」
それは間違いなく、先ほどウンベルトが使ったのと同じ魔術だった。大量の炎弾が現れた岩壁にぶつかり次々に爆発する。だが、それでも岩壁はわずかな焦げ跡を残すのみで破壊にまでは至らない。元よりかなり高位の術にも耐えられるように設計された術式らしく、先ほどの絨毯爆撃でもびくともしなかったくらいなのだ。
『トモヒロ……、これ……?』
『頭が良くなる能力』
『え?』
『お世辞にもいいと言えなかった記憶力が、一目見ただけの魔術を寸分たがわず思い出せるくらいまで上がってる。恐怖で心臓が飛び出しそうな精神状態なのに、思考は普段以上の速さで回転してる。声も表情も体も考えている通りに、思い通りに動かせる』
脳の機能、特に記憶力、思考力、運動制御力。それらの性能が飛躍的に上昇している。頭が良くなっている、もっと言えば『脳が強化されている』。その現象こそが先ほど魔力が額に集まった瞬間から起きた巨大な異変だった。
『たぶんこいつが【刻印】というやつなんだろう。名前を付けるなら【集積演算】といったところかな……。さっき僕は守るための力じゃなくて、守る方法を見つける知能を欲したんだ』
『……集積、演算』
先ほどから攻撃に的確に対応できているのも思考力が強化されたことによる恩恵だ。現在の智宏の思考は通常の何倍、何十倍にも加速したような状態となっている。そうなると戦闘中、一瞬で判断しなければならない状況でも時間をかけて熟考したのと同じレベルの答えを出せるのだ。その答えは通常の判断に比べれば最善に限りなく近いものとなる。
そしてもう一つ。普通だったときには気付けなかったことに気づけるのもこの【刻印】の強みだ。
『ミシオ、レキハ村に帰ろう』
『っ……!?』
通念能力でなにやら驚愕を伝えていたミシオの心が、一瞬で恐怖の色に変わるのが伝わってくる。
それはそうだ。ミシオの警戒心はまだ解けていない。そしてレンド達が何かを隠しているのは確かだ。
『だがこいつらとレンド達の間に繋がりはない。情報の共有ができてないし、こいつらが今しようとしいてる事はあの村にいる間ならもっと簡単に出来ていたはずのことだ。何よりこいつらが村の人間を警戒してる』
『それは……、確かに……』
『それに隠し事の内容についても見当が付いてきている。たぶんあいつ等が隠しているのは自分たちと異世界の繋がりだ』
『繋がり?』
『ああ。たぶんあの村は僕たちが思ってる以上に異世界と強い繋がりがあるんだよ』
智宏の頭に再び驚愕の思念が送られてくる。だが魔術師二人の攻撃をかわしながら働いていた別の思考はすでに明確な根拠をはじき出していた。どうやら【集積演算】によって強化された脳は、二つ以上のことを同時に考えることもできるらしい。
『そう考えれば納得がいく。レンドやハクレンさんとの会話の中で何度か僕の世界とのつながりを感じさせる言葉が出てきたこともあるし、ブホウさんがこの【刻印】ってやつのことを知っていた時点で僕の世界の人間と接触したのは明らかだ』
アルダスとウンベルトの言葉から察するに、刻印はアースの人間しか発現しないらしい。ならば智宏が刻印に発現した時点で智宏の世界がアースである可能性が高い。そうなってくると村の人間が刻印について知るためには、智宏と同じ世界の人間と接触しなければならないことになる。
そこまで思考を伝えたところで、今まで壁にぶつかっていた炎弾の雨が急に止み、それと同時に二つの魔方陣が展開されるのを感じ取った。
「いつまでも籠城決め込めると思ってんじゃねぇぞぉ!!」
すぐさまミシオを抱えて飛び退く。すると魔力の供給が途切れたことで【岩壁城塞】が消滅し、同時に今まで智宏達がいた場所に四羽の炎鳥が殺到し、爆発した。
(術式展開―――!!)
さらに追撃をかけるべく、爆発がおさまると同時に、拳を魔力で包んで煙の中から飛び出してきたウンベルトにトモヒロも魔方陣を突きつける。展開するのは先ほどからアルダスが乱射していた大円の中にさらに六つの小円を配置した魔方陣だ。
「くぉっ!! そうかこいつ!!」
容赦なくばら撒いた炎弾をウンベルトが足元に展開した【岩壁城塞】が受け止める。着弾するギリギリのタイミング。
「ならば!!」
岩壁を張ったウンベルトから、新たに攻撃魔術を展開しようとしたアルダスに腕を向ける。するとその動きに合わせて魔法陣も動き、今度はアルダスに炎弾をばらまく。
「くそ!! なんで【回転機関砲】まで!?」
「名前教えてくれてありがとよ!」
慌ててウンベルトの岩壁の影に逃げ込むアルダスを大量の炎弾が追い立てる。そして岩壁の向こうに逃げ込むことは智宏も織り込み済みだ。
(術式展開―――【火炎鳥襲撃】!!)
森の中でミシオの通念能力越しに見た操作法を真似て魔法陣を展開し、魔方陣の中にある四つの円に線を書き込む。すると予想通り、炎鳥はその線の通りの軌道を通って壁の向こうに殺到した。
壁のすぐ向こうと、その先で同時に爆発。
それと同時に再開されるのは先ほどの続きとなる、帰るための会話だ。
『……おかしいとは思ってたんだ。あの村はあっさり異世界人を受け入れすぎている。異世界人に慣れ過ぎている。たぶんあの村は異世界と交流があるんだ。世界間の行き来も行ってるかもしれない。そう考えれば本国なんて言葉が出てくることにも納得がいく。どういう訳で隠しているのかは分からないけど』
『それじゃあ……』
『でもあの村の人たちは僕たちに悪意があるようには感じなかった』
それが智宏が村に帰る決断をした最大の要素だ。右も左も分からない二人に情報を与え、食事を与えて世話を焼く。悪意を持っていたなら普通ここまでのことはしない。
『たぶん何か事情があるんだと思う。そして事情はあっても悪意がないなら、あそこは僕らの帰る場所だ』
『帰る……、場所……』
『帰ろう。村に、そして自分たちの世界に!』
『……帰れる、かな……? 私、あの村から逃げて――』
『大丈夫だ。今ならなんとかできる。僕を信じてくれ』
答えながら抱きかかえた少女と正面から向き合う。わずかな迷い。だが次の瞬間には少女は小さくうなずいてみせた。
それを確認し、すぐさま手錠が掛かったままのミシオを地面に下ろす。
『よし、ならまずここから離れよう。あの二人がこの程度で諦めるとも思えな――!!』
直後、バチッっという音と共に少女の体が跳ね上がる。智宏が驚く間もなく、少女の体が地面に崩れ落ちた。
よく見ればミシオを拘束している手錠には魔方陣が一つ灯り、ミシオの体がわずかに痙攣している。
(これは……、魔石てやつか!? ……っ、まさかあいつら手錠に仕掛けを!!)
そう思い至った瞬間、ウンベルトの張っていた岩壁が爆発した。その破片は智宏達のほうに飛んでくるが、智宏のいる場所まで届く前に霧散して消えていく。
そしてその向こう、霧散する岩壁の魔力と、立ち込める砂煙のなかに、先ほどまでとは明らかに違うシルエットがあった。
「……逃がすわけにはいかない。ここで逃がしたら我々まで始末されてしまう」
シルエットが変わっていたのはウンベルトの方だった。右肩に円盤が突き刺さったような形で巨大な魔方陣が展開され、そこから肘までが岩状の鎧で覆われている。肘から先の変化はもっと劇的で、ドラム缶ほどの太さの巨腕に包まれており、止めとばかりに手の甲から肘にかけて鉄製の巨大な金属のプレートが接続されている。接続されているのは肘までだが、プレートの長さから考えると、腕を伸ばせば肩まで覆うことができるだろう。
(くそ!! あの腕で炎鳥をガードしたのか!!)
見れば、ウンベルトは煤だらけではあるが火傷などの怪我は追っていない。それはその近くにうずくまるアルダスも同様だった。
智宏がそれを確認すると同時に、ウンベルトはまだ普通の大きさを保つ左手をこちらに示す。手のひらの上に乗っていたのは小さな鍵。
「その手錠は特別製でな。鍵を持つ者が遠隔操作で手錠をかけている人間に電撃を浴びせることができる。まさか貴様も、俺達がそいつを逃がさないための手を打っていないとは思っていまいな?」
その言葉は今のミシオの状態全てを物語っていた。そしてそれによって智宏のなかにさらなる怒りが燃え上がる。
「……じゃあその鍵を渡せ。今すぐだ!!」
「欲しければ力ずくで奪え。我々も貴様の命を、力ずくで奪う!!」
言いながら鍵をアルダスに投げ渡すと、左型にも同じ魔方陣を展開した。魔力を操作して造りだすのはもう一つの巨腕だ。肩から徐々に鎧に覆われていき、肘から下が巨腕に変貌し、最後にプレートが展開される。プレートの展開を確認する表情にすでに恐れのようなものは感じられない。ただ敵意だけが存在している。
「アルダス、お前は援護だ。接近戦でかたをつける」
「なっ、ウンベル――」
「これ以上新しい術式を使うな。今まで使っていた魔術、できれば炎鳥あたりを基本に使え。やつはこちらが使った術式を真似して使ってくるぞ」
「なに!? まさか!?」
驚くアルダスをしり目に智宏は相手の判断の的確さに内心で舌打ちする。遠距離戦ではなく接近戦を選んだことといい、こちらが相手の魔術を真似して使っていることを見破ったことといい見事な判断というほかない。
「大方それが奴の【刻印】の力なのだろう。だが、例え魔術が真似られても、それで接近戦ができるかといえば話は別だ。この【土人形の鉄腕】による格闘戦ならば真似られても競り勝てる!!」
その読みはあまりにも的確だ。たとえ戦う力を手に入れても使い方が分からなくてはどうしようもない。いくら【集積演算】があるとは言っても、知らない技術は思い出して使うことができない。格闘技の心得もない智宏にとって、接近戦は鬼門なのだ。
「さあ、始めようじゃないか刻印使い!!」
叫び、ウンベルトは疾走する。巨大な両腕を盾にした、真っ向からの突進。
(あれじゃ攻撃しても腕に阻まれて意味をなさない。……ならば!!)
相手が前方に盾を張っているなら。側面から攻撃すればいいと判断し、【火炎鳥襲撃】を発動させる。
しかしその攻撃はウンベルトめがけて飛び立った炎鳥は、ウンベルトの背後から現われた炎鳥によって相殺された。智宏の延長とアルダスのはなった炎鳥が衝突し、ウンベルトのいる位置より手前で爆発する。
(なんだかんだ言ってしっかり援護してくるか!)
案の定すぐに煙の中から腕で体を守ったままのウンベルトが姿を現す。すでに爆撃系の術式では智宏にも被害が及ぶ距離だ。やむなく智宏も先ほどウンベルトが使っていた拳から肘にかけての強化を行う術で接近戦に備える。同じ魔術で対抗するより、身軽さを意識した判断だ。
「ほう、【土人形の鉄腕】ではなく【鉄甲】を使うか、同じ術での勝負は避けるか?」
言いながら、右の巨腕を上に振りかぶる、そのあまりに歴然としたリーチの差をすぐさま危険と判断し、瞬間的に回避を選択する。背後に跳躍した直後、それまで智宏のいた場所に巨腕が叩きつけられ、目の前の地面が深々と凹んだ。
「うおおおおお!!」
その危険性に思わず絶叫し、精神が悲鳴を上げるのをそれでも無視して思考する。
(リーチも攻撃力もある巨大な鈍器を軽々振り回しやがって!)
もし、まともに頭にでも食らおうものなら頭蓋骨ごと脳を砕かれてしまう。智宏は一瞬自分が脳漿をまき散らすさまを想像し身震いする。さぞかし汚い死体が出来上がることだろう。
(ついていけないほどのスピードじゃないのが唯一の救いか。それなら――なっ!?)
智宏の思考をあざ笑うようにウンベルトが素早く距離を詰めて来る。見れば最初に振り下ろした巨腕の指を地面に食い込ませ、腕の力で強引に前に出たらしい。そしてもう左の腕はすでに横に振りかぶられている。
「くっ、おおおおおおおおお!!」
攻撃範囲から逃げ切るのは無理と判断し、智宏はとっさにウンベルトの右腕側に飛び込んだ。ウンベルトの右腕が左腕の動きを阻害し振り切られた巨腕が空振りする。
ウンベルトは地面に突き刺さった右腕と、振り回された左腕の重量に身をまかせ、うまく体をコントロールして智宏の間合いから逃れる。それでも今なら距離を詰められると目論んだ智宏の思考は、直後に感じた魔力によって阻まれた。とっさに飛び退くとその場所に炎鳥が飛び込み爆発する。
(っ!! そこまで仲良くなさそうなくせにコンビネーションはしっかりしてやがる)
見ればアルダスが空中に三羽の炎鳥を浮かべて待機している。すべてを一気に打ち出すのではなく、あくまでサポートとして使う腹積もりのようだ。魔方陣の円のなかにはクルクルと円が描かれては消え、三羽の炎鳥もそれと同じ軌道を上空で旋回している。
智宏の頭の中で先にアルダスを攻撃するというプランが浮かんだが、すぐに無理だと理解させられた。見ればウンベルトが既にこちらに向かって走り出している。他を攻撃している隙にこちらが粉々にされては元も子もない。
「先ほどの判断は褒めてやる。だが――!!」
「――てめえはいい加減消し飛びやがれ!!」
ウンベルトが左腕を再び横なぎに振りかぶり、さらにその腕の後ろに炎鳥が回りこんだ。
(薙ぎ払いの後に炎鳥による追撃!? ……いや、まさか!!)
「これが貴様に真似られるかぁああああ!!」
狙いに気付き、対応を決めて、全力で左側に飛ぶ。同時に背後から迫っていた炎鳥が振りかぶられた巨腕のプレート部に着弾し、その爆発によって加速した薙ぎ払いが智宏に炸裂した。
「ぐううう!!」
とっさに盾にした両腕の【鉄甲】が粉々に砕け散る。だが、思ったより強度のある術式だったらしく、幸運にも腕は痺れただけで済んだ。
(好都合だ!! こっちは最悪腕を折られることも覚悟していたんだから!!)
空中で体制を立て直し、吹き飛ばされる勢いをそのまま利用して着地と同時に走りだす。向かう先にはたった一人、孤立したアルダスが立ち尽くしている。
「しまった!!」
背後でウンベルトが声を上げるがもう遅い。今の智宏は気功術も使っているのだ。遠距離攻撃を行えないウンベルトに邪魔する手立てはない。
先ほどの攻撃を受けたときに背後ではなく左側に飛んだのはこのためだ。あの瞬間、背後に下がっても回避することは不可能と判断した智宏は、腕を折られる覚悟でアルダスへの接近を選択したのだ。狙い通り、腕の力に逆らわずに飛んだため余計なダメージを受けることなく、アルダスにも接近することができた。
「これでお前と一対一だ!!」
「チッィィィイイ!!」
舌打ちとともにアルダスは残る二羽の炎鳥を智宏にさし向ける。それに対して智宏も左手で【火炎鳥襲撃】を展開して二羽の炎鳥で相殺した。
(さらに! 術式展開――!!)
「くそぉおっ! ウンベルト! おいウンベルト!! なんとかしろぉおお!!」
叫び、背後に逃げようとするアルダスを、炎鳥を進行方向上の地面に落として爆発させ、こちらの方角へと吹き飛ばす。迎え撃つのは右腕の変貌した巨腕の掌。
(――【土人形の鉄腕】!!)
横なぎの一撃がアルダスの胴体に叩き込まれる。かろうじて体を守るべく構えられた右腕と、その向こうのあばら骨をへし折り、そのままの勢いで吹き飛ばす。
吹き飛ばされた先、地面に叩きつけられたアルダスはわずかに痙攣した後、そのまま動かなくなった。
(まずは一人! ……!!)
「やってくれたな刻印使い!!」
気配に振り返ると、背後に右腕を振りかぶったウンベルトが迫っていた。どうやら仲間を助けるよりも、仲間がやられた後にできる智宏の隙を狙うことを優先したらしい。あっさりと仲間を見限ったことには不快な感情を抱いたが、
(だがそれも計算のうちだ!!)
振り下ろされるウンベルトの巨腕に智宏も巨腕で応じる。だがその動きは圧倒的にウンベルトのほうが早い。智宏の巨腕では反撃はおろか防御にも間に合わないだろう。
「だがこっちにはまだ四羽目がいるんだよ!」
「な――!」
次の瞬間、待機させていた四羽目の炎鳥が智宏の巨腕のプレート部に激突し爆発する。文字通り爆発的な加速を得た巨腕は、振り下ろされたウンベルトの巨腕を弾き飛ばした。
「――なんだとぉおおおお!!」
ウンベルトにとってこの展開は完全に予想外だったのだろう。そもそもこの合わせ技は巨腕を振るいながら炎鳥を精密に操作しなければ成り立たない。しかしそれをやろうと思ったら人間一人では足りないのだ。左右の手で別々の作文を同時に書けと言っているようなものである。
だが【集積演算】があるなら話は別だ。同時に複数のことが考えられるのなら、同時に二つの魔術の操作をイメージすることなど簡単なことだ。そしてそこがただのコピー能力との違いでもある。
「畜生ぉおお!!」
怒りと焦りに任せてウンベルトは左の【土人形の鉄腕】にさらなる魔術を上書きする。魔方陣の外周部にさらなる術式を書き加え、さらに肘の部分にも新たな魔方陣を展開して元の魔術に接続する。魔力を操作し魔術が完成した次の瞬間生まれるのは電車の車両一つ分に匹敵するほどの巨腕を超える特大の剛腕だ。先ほどまで腕に接続されていたプレートは無くなり、代わりに五本の指にそれぞれ爪のようなプレートが接続されている。
「くたばれ小僧ぉおおおおお!!」
人間一人をたやすく肉塊に変える拳が付き出される。だが、振り下ろされた剛腕は、智宏の発動させた同じ剛腕に受け止められた。
「な、くっ、【土神の剛腕】までもぉ!!」
叫びと共に右腕にも同じ術式を展開するがそのスピードは圧倒的に遅い。智宏の加速した思考は魔術の展開と思考による操作を一瞬で終わらせる。
そもそも智宏の刻印の力をただのコピー能力だと思っている時点で勝ち目はないのだ。智宏の加速した思考による魔術展開のイメージ速度は、一度見た術式なら相手より早くそれを発動させることができるのだから。
「おおおおおおおおおおお!!」
「くそぉおおおお!!」
咆哮と共に叩き込まれる剛腕に、右腕の術式を諦めて悪あがきのように【岩壁城塞】を展開するがそれでも足りない。次の瞬間には突きこまれた【土神の剛腕】によって岩壁は跡形もなく破壊され、ガードに使った巨腕ごとウンベルトの体が宙に浮いた。
「ぶっ、飛べぇえええええ!!」
言葉のとおり、ウンベルトの体が宙を舞う。砕けた魔術の残骸が霧散すると同時に地面へ墜落し、そのまま地を跳ね、やがてその動きを止める。ウンベルトの体を襲った衝撃は、到底人が意識を保てるものではなかった。
「……ハァ、とりあえずどっちも死んではいないな。」
吹き飛ばしたアルダスとウンベルトの生死を確認して智宏はとりあえず安堵した。特にウンベルトは車をわし掴みにできるような大きさの腕で殴り飛ばしたので死んでしまったのではないかと心配になったのだ。だが、彼の取った二重の防御という選択肢が功を奏したのか、一応息は残っていた。こんな二人でもさすがに死なれては後味が悪い。
とはいえ生きているとなれば、今度は意識を取り戻して再び襲ってくるリスクを回避しなければならない。仕方なく【集積演算】で考えた結果、アルダスをウンベルトのもとまで運び、二人の右足をミシオの掛けられていた手錠でつないで動きを封じることにした。二人とも片腕の骨が折れているし、他の部分もガタガタだ。右足と右足をつながれては二人三脚もできない。何より妙なそぶりを見せれば先ほどミシオがされたように感電させればいいだけの話である。それについては容赦するつもりは欠片もなかった。
足を手錠でつなぎようやく安全を確保できたと判断し、今度はミシオのもとに向かう。ミシオはすでに意識を取り戻していたが、感電の影響で動けず、木の幹にもたれかかるような形で休ませていた。
「……気分はどうだ?」
「……うん。まだ目眩がするけど、少し良くなった」
「……ごめん」
いくら状況が状況だったとはいえ手錠に仕掛けがしてあったことを見破れず、その仕掛けを発動させるのを許してしまったのだ。先ほどから発動しっぱなしの【集積演算】が、手錠の仕掛けを見抜けたであろう要素を脳内でまとめ続けている。智宏としては責められても文句は言えない。
「謝らなくても、私は、守ってもらえて、うれしかった」
それでもミシオはそんなことを言う。ならばこれ以上するべき会話は一つしかない。
「……ありがとう。守って、くれて」
「どう、いたしまして」
まっすぐな感謝の言葉に智宏の顔が熱くなる。そんな内面を隠すため、智宏は別の話題を振ることにした。
「え、えっと、これからのことなんだけど……」
言い掛けてふと思いつく。ほとんど勘といってもいいような考えだが、ためしにと視線をミシオから村の方角、正確には村の方角にある茂みに向け声をかけてみた。
「いい加減出て来いよ、レンド」
視線の外でミシオの驚く気配が伝わってくる。これで外れていたら格好悪いことこの上ないが、不思議といるのではないかという確信があった。
その確信を証明するように周囲の茂みの中から人が現れる。ただ予想外だったのはその人数だ。予想していたような一人や二人ではない。見えるだけで二十六人。そのうち四人は長い耳を持つ異世界人だ。中にはブラインの姿も見えたし、村の人間の中にも大剣を担いだブホウや槍をもったハクレンの姿があった。
「いやぁ、助かったよ。いつ出ていけばいいかと迷ってたんだ」
そして、その四人の中の一人、レンブランド・リードがいつもと同じ軽い調子では歩み出た。
「でも、なんで隠れてるって分かったの?」
それは、『適当に言ったら本当に引っかかっただけ』などとは到底言える空気ではなかった。
言いだせる空気ではなかった。
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