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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第一章 第一世界エデン
12/103

12:驚異の落下物

「おう、智宏も来たか」


 智宏が音のした方向、村の出入り口もある絶壁の前にたどり着いたときには、すでにかなりの村人が集まっていた。よく見るとその中にはレンドやミシオの姿も見受けられる。どうやら人ゴミにのなかにいても異世界人はかなり目立つようだ。


「おはよう。トモヒロ」


「あ、ああ。おはようミシオ。じゃなくて、さっきの音はなんだ? ずいぶん人が集まっているみたいだけど?」


「んー、それはほら、あれだよ。見た方が早い」


 そう言ってレンドが指差した方を、智宏もミシオと共に眺める。レンドの指さす先、村からかなり離れた森の中には、なにやら派手な粉塵が立っていた。


「なんだ?」


「さっきまではもう少し見えてたんだけどな……。流石にあれじゃあ視界が悪いか」


 そう言うとレンドの右目の前に突然魔方陣が展開された。慣れた感覚で魔力を操ると、魔術を起動させて再び森に眼を向ける。


「……うん。これなら見えそうだ。ついでだ。簡単だし、智宏にもこの術式を覚えてもらおう」


「っていうか、手のひら以外の場所でもマーキングってできたんだな」


「ん? 知らなかったのか? やろうと思えば背中だろうが足の裏だろうがどこでもできるぜ」


「え? うそぉ!?」


 驚いて足の裏に適当な図形をイメージすると、確かに靴の下にイメージした図形が現れた。ただどういう訳かイメージしたものより縦に潰れたような形になっている。


「……難しいな」


「まあ、俺たちの世界でも手が一番簡単で、背中みたいな見えない場所は出来る人はできるって感じのもんだからな。術式によっては背中で発動するのが必須の術式とかもあるんだけど」


「今レンドが文字どおり目の前で展開してるのもその類か?」


「別にそういう訳ではないんだが、ちなみに顔の前ならできるか?」


 言われて、返事をする代わりに智宏は目の前に魔方陣を展開する。展開するのは目の前でレンドが展開しているのと同じ魔方陣だ。だが、


「曲がってる……」


 そんなミシオの言葉を聞くまでもなく、智宏の魔法陣は見事なまでにぐちゃぐちゃだった。目の前で展開するので見える分やりやすいかとも思ったのだが、眼球に近い位置で展開するため、近すぎて逆に全体が見えないのだ。結果として出来たのは外側に行くほど崩れていくような魔法陣だった。


「まあ、この魔方陣の場合、目の前に展開した方が使いやすいってだけで、手で展開して目の前に持っていっても問題ないから、智宏はそれでやってもらおう。ミシオちゃんの方はこっちで展開するからそれで見てくれ」


 そう言うとレンドは手のひらにもう一つ魔方陣を展開し、それをミシオの目の前に持って行った。ミシオは少しだけビクリとしたものの、すぐにその魔方陣の中を覗き込む。

 そこまで見て智宏は、魔方陣を手の平に展開してそれに今見たばかりの手順で魔力を流し込んだ。

 発動した魔法陣の中をのぞくと、はるか向こうにあった粉塵の上がった地点が、はっきりと見える。


「遠くを見るための【望遠眼(スコープ)】って魔術さ。二人とも見えてるかい?」


「あ、ああ」


 返事をしながらも智宏は粉塵の中に注目する。朦々と立ち込めるその中で、大きな影が動いていたのがその原因だった。


「おっきい……」


 徐々に姿が見えてきたそれを見てミシオが呟くのを、智宏は呆然としながら聞いた。

 粉塵の中にいた者、それは巨大なカメだった。巨大な甲羅を背負い、首を伸ばした陸ガメが、木と木の間でゆっくりと移動しているのが見えた。


「大型に分類される甲殻竜だ。地響きを聞いて駆け付けたときにはもういた」


 竜という呼び方には少なからず違和感を覚えたものの、見た目の凶悪さにその呼称も頷けると智宏は思った。甲羅は通常のカメと違いごつごつと尖って攻撃的な形をしているし、体の形も亀よりもはるかに細長い。顔つきも穏やかなものではなく、牙のようなものがのぞく肉食的なものだ。良くても雑食といったところだろう。


「……あの亀、この辺の生き物じゃない?」


「お、わかるかい? ミシオちゃん?」


「……うん。すごく木を踏み倒してる。森の生き物だったら、ああいうふうにはならない」


「えっと、森の環境に適応できてないって言いたいのか?」


「……うん。それに、あんな風に木を倒さなきゃ歩けないなら、もっと、木が倒れてる」


「なるほどな」


 確かに言われてみればその通りだった。巨大な亀は明らかに周辺の木をなぎ倒しながら進んでいる。それだけみれば亀自身の危険性だけが目につくが、亀にとっても明らかに動きにくいのだ。森で生活することを選んだ生物ならもっと適したサイズに進化していそうなものである。


「まあ、ミシオちゃんの想像どおり、たしかに甲殻竜はこの辺の生き物じゃないよ。本来ならここからだと歩いて一日くらいかかる距離、森を出た先の草原に存在しているような生き物さ」


「そんな生き物が何でこんなところにいるんだよ?」


「さあ、それは分からない。たぶんさっきの地響きのときに現れたんだろうけど、誰かが見てでもいない限り――――」


「オレが見た」


「へ?」


 足元から聞こえてきた声に思わずそちらを見降ろすと、そこにいたのは小さな少年だった。年は七歳くらいだろう。利発そうな顔立ちで驚く智宏達を見上げている。


「オレ見てたんだ。あのでかいのが飛んできて森に落ちるの」


「飛んできた!?」


 レンドや周りにいる村人たちが驚きと疑いの声を上げる。当然だろう。遠くにいる亀を見てもその巨体はとても飛びそうには思えない。

 そもそも生物の体と言うのは大きくなればなるほど重くなっていくようにできている。これは主に筋肉の問題で、大きくなった体を支えるだけの筋肉をつけると、その筋肉の重みが体重を増やすことになってしまうのだ。筋肉が増えれば力も強くなるように思えるが、筋肉の増加によって増えた力を、筋肉の重みを支えるのにほとんど使い切ってしまうため、大きな生き物ほど動きは鈍く、重くなるという性質がある。

 今森を闊歩している巨大亀は明らかに飛ぶなどと言うことができるような体重ではなかった。仮に『飛ぶ』ではなく『跳ぶ』だったとしてもあの巨体で跳び回ること自体があり得ない。


「どういうことだ?」


 あまりの証言に、智宏も思わず疑問を口にする。目の前の少年の言うことを嘘と考えることもできるが、それを疑うのはさすがに性急すぎる。

 それになにより、智宏には一つ気にかかっていることがあった。


(さっきの魔力、あれが何か関係しているのか?)


 先ほど気功術の検証中に感じた魔力。もしそれが森に見える巨大な陸ガメを飛ばした要因だとしたらどうだろうか? そんな思考が智宏の中で芽生える。


(もしそうだとしたらあのカメはなんだ? 誰かが意図的に送り込んで来たってことか?)


 智宏の心中を何とも言えない嫌な予感が襲ってくる。それがもし本当だとしたら誰が、どうやって、何のためにやったのか。そのどれもがわからないという事態が余計に智宏の不安を掻きたてた。

 だがそんな不安は、直後に響いた汽笛のような音にかき消される。


「な、なんだ?」


「甲殻竜の鳴き声だよ」


 驚く智宏に、レンドは冷静にそんなことを伝えてくる。それと同時に一度消していた魔方陣をもう一度展開し直し、ミシオに差し出しながらさらに言う。


「村の戦士たちが甲殻竜への攻撃を開始したようだ」


「攻撃!?」


「ああ。あんなのに居座られちゃおちおち狩りにも行けないしな。それに遠征しなくてもあいつを狩れるチャンスなんてめったにないから。そんなことより見てみろよ」


 慌てて智宏も魔方陣を展開し、先ほどの場所を見直す。すると、先ほどより若干視界が良くなった森の中で、先ほど見た甲殻竜が再び雄叫びを上げるのを見てとった。

 再び汽笛のような音が響く。


「うわっ! ……いったい向こうではどうなってるんだ? 村の戦士ってブホウさん達のことだよな?」


「ああ。村の男はほとんど総出で向かってるからな。とは言ってもここからじゃ見えないが」


「何、してるの?」


「ん? ああ、戦士たちがかい? 彼らは今、足元で甲殻竜にちょっかいを出してるのさ」


「は?」


 言われて、しばし智宏は意味がわからずポカンとする。たしかに言われてみれば甲殻竜はしきりに足元を気にしているようにも見える。

 だが、甲殻竜相手にそんなことをしていったい何の意味があるというのか。むしろ甲殻竜の怒りを買って攻撃されるだけなのではないか。智宏のそんな疑問はしかし、直後には解答を導き出した。


「そうか、囮か」


「そう、そのとおり」


 恐らく戦士たちは、巨大な甲殻竜の気を引こうとしているのだろう。何しろあの巨体だ。正面から立ち向かっても勝ち目はない。


「大体、大型を狩るときの基本戦術ってのは、足の速い戦士たちによる撹乱と、その後の必殺の技を持つとどめ役の戦士による一撃なんだよ。足の速い戦士が引きつけたり、動きを止めたりしている間に、とどめ役が必殺の一撃を叩き込む準備を整え、隙を見て死角から走り寄って、急所に一撃打ち込んで仕留める」


「なるほど。確かにあんなのでも生物である以上急所はある訳だ」


「でも、それって、危険なんじゃ……?」


 確かに、正面から戦わないだけましかもしれないが、それでも囮など危険が付きまとう。流石に一人でやっているわけではないだろうから互いにフォローし合えば一人だけ狙われるような事態は避けられるかもしれないが、それでも危険なことには変わりない。


「実際危険だよ。村でも年に何度かああいう大物を狩りに遠征するんだけど、どんな獲物を狙っても必ず怪我人は出る。それも戦士として再起不能になるほどの怪我も珍しくないし、悪ければ死人が出ることもよくある話だ」


「死人って……!! そんな危険を冒してまであんな獲物を狙わなくちゃいけないのか?」


「むしろああいう大型の方が危険が少ないんだよ。図体が大きい分一回の狩りで得られる肉なんかの資源が多いから、ほかの獲物を狙うよりも相対的な死亡率は低いのさ。昨日の竜猿人(ダイノロイド)を百匹狩るのとあれ一匹で済ますの、どっちが安全かって話なのさ」


 レンドの話に智宏は絶句する。見れば、ミシオも同じような顔をしていた。流石にミシオにもこの話はショッキングな話だったらしい。


「まあ、だからと言って今回怪我人が出るとは限らない。何しろ今回は普通大型が現れないこの森での狩りだ。木が邪魔して甲殻竜の動きを制限している。まあ、走りにくいって点ではこっちも同じだろうが、地の利はこっちにあるだろう。それに……」


 言いかけ、レンドはふと怪訝な表情を見せた。だが、智宏がそれについて質問する前に再び口を開く。


「それにあの甲殻竜。ずいぶんと動きが悪いみたいだしな」


「え……?」


 言われて魔方陣越しに再び甲殻竜を観察し、レンドの言うことを何となしに理解する。確かに視界の中にいる甲殻竜は動きが悪い。あの巨体であることを差し引いても先ほどからほとんど動いていないのだ。と言うよりも、


「あのカメ、右後ろ足を引きずってる……!」


 ミシオの言うとおり、甲殻竜は明らかに足を引きずっていた。村の戦士たちが傷付けたのかとも思ったが、それにしては随分と早すぎる。そもそもそんなことができるのなら、ほかの足や首などの急所を狙ってもいいのではないか?


(まさか、飛んで来た時に痛めたんじゃないだろうな……?)


 ふと頭をよぎった可能性に、智宏は再び不安を覚える。だが、もし本当に飛んできたのだとしたら、はたしてあの巨体で足を傷めるだけで済むだろうか。むしろ本当に飛んできたのなら、着地できずに死んでしまう可能性の方が高いのではないだろうか?


(いや、待て。もし木がクッションになってたら……? それにあいつには甲羅があるし、まさかな……?)


 と、智宏が甲殻竜の甲羅に注目したとき、その甲羅の上に誰かの人影が現れた。


「……え?」


 智宏はその見覚えの姿に絶句する。そこにいたのは鱗だらけの鎧をまとい、大剣を背負ったブホウの姿だった。


「早いな。もう止めにかかるか」


 レンドの発言に、智宏はようやくそれが止めを刺すための行動なのだと悟る。どうやらブホウは動かない右後ろ足から甲羅によじ登ったらしい。


「流石だな。あの場所なら気付かれにくい上に気づかれても踏みつぶされる心配がない」


「でも、振り落とされたりしないのか? あんな場所、甲殻竜が身震いしただけで落ちかねないぞ?」


「いや、甲羅がごつごつしてるから振り落とされにくいんだよ。振り落とされそうになっても捕まる場所がたくさんあるからな。……それに、あの人なら揺れようがひっくり返ろうが関係ない」


「え?」


 智宏がレンドの言葉に疑問を訴える直前、まさにそれを証明するような事態が起きた。甲羅の上で背の大剣を引き抜いたブホウの体が、瞬く間に視界から消え去ったのだ。


「あれ!?」


「もっと首の方だ智宏!! もう動いてる!!」


「え?」


 レンドに言われて慌てて視界を動かすと、ようやく何が起こったのかが分かった。ゴツゴツとした甲羅の上を、ブホウが剣を片手に猛スピードで走っているのだ。


「速い!!」


 恐らくは気功術によるものなのだろう。その速さは明らかに人のそれではなく、以前遠目に見た馬のそれに匹敵するほどだった。


「でも、あんな場所を、あんなに速く走ったら……!!」


 ミシオが心配そうな声を上げるのを聞き終わる前に、再びブホウの姿が消え去る。見失ったのかと慌ててその姿を探そうとした智宏は、しかしその直後に甲殻竜の甲羅が激しく揺れるのを見てとった。


「まさか落ちたのか!?」


「いいや、ちょっと上を見てごらん」


 言われて視線を甲羅から上にずらすと、そこには先ほどとなんら変わらぬブホウの姿があった。どうやら上に跳ぶことで甲羅の揺れから逃れていたらしい。


「この世界の戦士たちはね、この世界に住む生物の動きというものを知り尽くしているのさ。どんな生き物にはどういう動きができるか、どういう時にどういう反応をするか。特に戦士長であるブホウさんなんかは、それを直前の動きで予測できるくらいにまで理解している」


 レンドの言葉を聞くなかでも、ブホウはみるみる首へと迫りその走りを加速させていく。甲羅の全面の傾斜にさしかかると、その走りは半ば落ちているようなものに変化した。

 それを合図にするように、ブホウは落ちながらも甲殻竜の首筋へと何かを投げつけた。それが何かまでは分からなかったが、それがもたらした効果は絶大だった。首筋を突然刺激された甲殻竜は、驚きのあまり反射的首を甲羅の中に引っ込めようとする。

 だが、その動きはまさにブホウの思惑通りだった。頭を引っこめようと縮められた首は、その動きによってちょうどブホウが落ちようという位置に頭を運んでいく。まるで自ら頭を差し出すように。

そして、それに対するブホウの動きには一瞬の停止もない。ただ無慈悲に、右手に持っていた剣を振りかぶり、頭の上で左手と交差するように構えて落ちていく。

 次の瞬間、ふり降ろされたブホウの大剣が、甲殻竜の頭蓋を叩き割った。


「うわっ!!」


 魔方陣越しに目に飛び込んできた凄惨な映像に、思わず智宏は魔方陣を構える手を外す。返り血と脳漿にまみれた人間の姿など、あまり直視したい光景ではない。


「さすがブホウさん。決して柔らかくはない甲殻竜の頭も【頭蓋割(ずがいわり)】で一発か」


「【頭蓋割(ずがいわり)】?」


「ブホウさんが習得してる技の一つさ。上段から振り下ろす動きで、相手の頭を狙うから【頭蓋割(ずがいわり)】って訳。何でも振り下ろす動きにおける最大威力を目指した技らしいよ」


「な、なるほど」


「……? ……待って!」


 しかし感心するのもつかの間、レンドの魔方陣越しに森を見ていたミシオが声を上げる。智宏としてはあの光景を見て目をそらしていないことに驚いたが、ミシオの表情はそれどころではない異常事態を伝えていた。


「様子が、おかしい!!」


 言われて智宏ももう一度魔方陣を目の前に構えて先ほどの場所に焦点を合わせる。そこにいたのは血にまみれたあまり見たくはないブホウの姿だった。ただし、その表情には焦りの色が浮かび、地面にうずくまって息絶える甲殻竜の下に向かってなにやら指示を飛ばしている。


「まずいな。あの様子じゃ誰か怪我人が出たのかもしれない……!!」


 同じように魔方陣を除いていたレンドが、焦りを押し殺したようにそう呟いた。


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