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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第一章 第一世界エデン
11/103

11:変質

 無造作に床に投げ出される。

 手足でうまく受け身を取ろうにも、それすらなぜか縛られていてうまく動かせない。

 周りを見る。

 そこには自分と同じように縛られた二人の人間。

 人間が減る。

 最初は一人。そして二人目。瞬く間に減っていった部屋の中の人数は、その後一人も増えることはなかった。

 恐怖が這い上がる。

 二人がどうなったのかがわからない。知りたくもないのに無性に気になる。なぜなら彼らと同じ道を自分も通ることになるのだから。


(なんだ……これは……?)


 やがて部屋の中に、白衣を着た男たちが入ってきた。

 もがく。だが意味をなさない。縛られた体はなす術もなく引きずられ、前の二人と同じ道をたどっていく。

 声を上げる。だがことを成せない。どうやら口もふさがれているらしい。声すらまともに上げることもできず、ただただ無力にどこかへと連れて行かれる。


(待て、なんだよ……! なんなんだよこれ!!)


 やがてその部屋が現れる。周りに並ぶ幾人もの白衣達。そしてその白衣達の中心に描かれた奇妙な図形。部屋の床に円を書き、その中にいくつもの文字や絵、線や図形が描かれた奇妙な部屋。そして二人の白衣達はその中心へと自分を引きずっていく。


(止せ!! やめろ!!)


 そして床一面が輝きだす。

 最初に発生したのは、どす黒い色をした煙のような、霧のような存在。円の周囲から発生したそれは、なぜかその向こうにいる白衣達の姿を透かしながらも、瞬く間に周囲の空間を埋め尽くして行く。


(あれ、待て……?)


 そして周囲を完全に霧が満たしたとき、霧に第二の動きが生まれる。

 最初はゆっくりと、たちまち一斉に、中心にいるその(・・・)を目指して、霧が一斉に殺到する。


(これ、誰だ……?)


 霧に触れた瞬間、視界が急激に変動する。体が波打ち、まるで服に火がついたように転げまわる。

 強烈な異物感を、焼けつくような激痛を、凶悪な死の危険を、こ(・)の(・)()()は感じている。


(誰だ……?)


(いや!!)


(こいつは誰だ……?)


(痛い! やめて!!)


(これは僕じゃない)


(やめて!! 入ってこないで!!)


(こいつは一体誰だ……!?)


 思考が分裂する。いや、分裂ではない。二つの人間が同時に思考している。いわばこの場では自分の意識こそが異物であり、見ているだけの立場にいるのだ。

 その証拠に、痛みは伝わってこない。苦痛も、異物感も、死の危険も、そう感じているのは分かるのに感じることはできていない。

 代わりに伝わってくるのは恐怖。それにさらに悲哀が混じり、少なくない憎悪や怨嗟が混じる。なぜ自分がという感情が、蹂躙される悔しさが、そして霧の向こうでこちらを眺める白衣達への激情が、猛烈な勢いで流れ込んでくる。


(くそっ!! 何が起きてるんだよ、これ!!)


 と、思ったと同時に、視界の隅で変化が起きる。白衣達が、なにやら胸を掻き毟り、のた打ち回って地面を転がる。


(なんだ!?)


 白衣達がバタバタと倒れるなか、見える景色がどんどん白くなっていく。わずかに潤んだ視界が次第に薄れ、真っ白になったとき、ようやくこの人物が意識を失ったのだと悟った。


 そして景色が色を取り戻す。


 最初に目に入ったのは、倒れた白衣達。そしてその手前にこの人物のものらし細い腕。拘束されていたはずのそれは、どういう訳か拘束から逃れてそこに飛び出していた。


(どうなった、んだ……?)


 床に手をつき、ゆっくりと身を起こす。どうやら足はまだ拘束されているようで、例外的に腕の拘束はなぜかめちゃくちゃに破壊されていた。


(あれ?)


 視界の端に、再び黒い色が現れる。驚いて注目すると、先ほどの黒い霧が腕に纏わりついていた。


(なっ!?)


 その光景に驚くが、霧の噴出は止まらない。腕から、足から、腹から、胸から、そして顔から。霧が、黒くなぜか透けて見える霧が、湧きだし、湧きだし、湧きだし、湧きだし、湧きだし、湧きだし、湧きだし、湧きだし……。


 その瞬間、智宏は今まで生きてきた中でも最悪の気分と共に目を覚ました。






「……ハァ、ハァ、……くぅっ、……なんだ、今のは……!!」


 悪夢から覚め、飛び起きた智宏は思わずそう呟きながら額を拭った。案の定、額だけでなく全身から嫌な汗が噴き出している。

 夢のせいか記憶の細部がかなりいい加減だが、今見た夢は明らかに今までの人生で見てきた夢のそれとは明らかに異なっていた。うろ覚えで痛覚などはなかったが、それよりももっとあり得ない生々しい感情のようなものを感じた。そしてそれは決して自分のものではない。その感情を感じている自分が確かに存在しているという奇妙な夢。


「驚いたな……。こんな夢があるもんなのか……?」


 疑問に思いながらもとりあえず気分を落ち着かせる。深呼吸を繰り返し、慌ただしく鼓動する心臓を通常運転に戻す。


「はぁ、まったく。いったいなんだって言うん……だ?」


 ようやく落ち着いたことでとりあえずベットを出ようとし、体を支えようとおろした左腕が予想外に何か温かいものを掴む。感触も毛布とは違う。まるで人間に触っているような、さっきとは別の意味で生々しい感触。


「……は?」


 驚いて自分の横を見る。するとそこには、見覚えのある少女が、同じベットの上で眠っていた。


「………………………」


 全身から先ほどとはまた別の理由で汗が噴き出す。せっかく治まった心臓が再び鼓動を強め、白く染まった頭が新たな疑問を導き出す。

 ナンデコンナコトニナッテンノ、と。


「………………とりあえず、何かをしたという記憶は、無い」


 自分の記憶を確認し、手をどけて自分やミシオに衣服の乱れなどが無いかを確認する。ちなみに手が触れた場所はミシオの肩だった。ミシオが横向きに寝ていたので余計な場所に触れなくて済んだようだ。断じて残念だなどとは思わない。


「いや、まあよく考えてみたら同じ部屋で寝てる時点でかなりヤバいんだけど……」


 そもそもの原因は昨晩ミシオが酒を誤飲して寝込んでしまったことに起因する。死んだように眠るミシオを周囲の生温かい視線に耐えながらハクレン家まで背負って運び、ベットに寝かせようとしたのだが、そこで一悶着あった。

 どういう訳か、背負ったミシオが背中にしがみついたまま離れなかったのだ。どんなに降ろそうとしても腕で智宏の体をがっちりとホールドし、智宏が体を傾けても木にしがみつくコアラのようにしっかりとしがみついていた。

 それから起こさないように気をつけながらもあの手この手で格闘すること十数分。無事に彼女をひきはがし、くたびれ果ててベットに倒れこんだ智宏は、どうやらそのまま寝入ってしまったらしい。

 だが、その時に寝たのは別々のベットだったはずだ。断じて同じベットに潜り込むような真似まではしていない。


(っていうか、むしろ潜り込まれたのは僕の方か?)


 よく見ると、本来少女を寝かせたはずの隣のベットが空になっている。対して智宏は移動した形跡がないことを考えると、どちらが移動したのかは明らかだ。

 そこまで冷静さを取り戻し、同時にやっと智宏は一つの事実に気がついた。

 横に眠る少女が自分の服の裾をしっかりと掴んでいることに。


(……やっぱり、心細かったのかな……)


 考えてみれば、目の前の少女は昨日まで智宏以上に危険な目にあっていたのだ。そう考えれば、寝ていてふと不安になるくらいはあってもおかしくない。だからと言って男の寝床に潜り込むのはどうかと思うが。


(……って言うか、なんで誰も部屋の問題について指摘しないんだよ?)


 考えてみれば部屋割の段階から問題があるのだ。智宏達が寝ていた部屋は、本来は病室だった関係でベットが三つ用意されている。最初はその一つをレンドが、その後この世界に来た智宏が、そして昨日、ミシオが加わって三人部屋が出来上がったわけだが、考えてみれば男二人の部屋に女の子一人加えるというのはかなり非常識な部屋割だ。


(……それとも異世界の貞操観念が緩いのかな? ……ミシオ本人も見てるこっちが不安になるほど無防備なところがあるし)


 そのあたりは確認してみなければわからないし、どちらにしろ後でハクレンやその妻のリンファと話して部屋を変えてもらった方がいいかもしれない。

 異世界の貞操観念はともかく、このままでは智宏の精神が持たない。持たなかったらどうなるかは知らないが。

 と、そこで智宏は一つ重要なことに気がついた。この部屋にはもう一人、レンドと言う同居人がいることに。


(ヤバい!! こんな状況、人に見られたら言い訳が効かない!!)


 慌ててレンドの様子を見るべく、ミシオと反対側に振り返る。いつも寝起きの悪いレンドならば今なら誤魔化せるかもしれない。


「……あれ?」


 だが、そんな思惑は予想外の形で空振りした。

 どういう訳かレンドのベットは寝た痕跡すら残さず空になっていたのだ。






 あのレンドが早起きなどするのだろうか?

そんな、本人に多少なりとも失礼な思考をしながら智宏は顔を洗いにかかる。

 現在の時刻はまだ早朝。まだ朝日が昇り始めた時刻である。今朝の智宏は村の中でも比較的早く起きた方であるらしく村の中に見える人影もまだまばらだ。当然、昨日までのレンドならば寝ている時刻である。


(って、普段って言っても考えてみたらあいつとはまだ出会って四日しかたってないんだよな……。ならそこまで気にする必要もないか……?)


 実際もっと考えなければならないこともあったので、この思考はそこで打ち切った。

 智宏は顔を洗い終えると、ハクレンの家には戻らず、昨日夕食を食べた広場の隅にある石の上に腰かけた。せっかく早く起きたのでもっと考えなければならないことである、魔術や気功術についての検証をしてみようと考えたからだ。

 きっかけは昨日のブホウとの会話だ。流石は戦士長を務めているだけあって、その言葉は力強く、智宏もガラにもなく感化されてしまった。

 しかし同時に危機感も覚えた。この世界は男女役割分担による住み分けが強く、男らしい男、女らしい女が求められる傾向がある。レンドは弱い人間を無理に危険な仕事に向かわせることはしないと言っていたが、そうだとしても役に立たないままでいては肩身の狭い思いをすることは確実だ。そこで智宏も自分の立ち位置を確立するために知恵を絞ることにしたのである。


(……まずは魔術、いや気功術かな)


 昨日レンドのおかげで使えることが確認された魔術、同じく昨晩ブホウの指導によって使えることが発覚した気功術。どちらもなぜ使えるのかは分からないが、使えるのならばどれくらい使えるのか試すのも悪くないだろう。魔術は知識に頼るところがあるためレンドに魔方陣を教わらないと使えないが、気功術は個人でも検証可能だ。


(気功術は……、昨日使ったのは『爪』ってやつだから……。まずはわかりやすそうな『筋』や『感』ってのを試してみるか)


 そう考えて石の上から立ち上がる。自分の中にある魔力を感じ取り、それを動かすことで智宏は検証を開始した。






 三十分ほど過ぎただろうか、いくつかの検証の結果、そこそこ自分の持つ能力が見えてきた。同時に気功術の特徴も。

 まず気功術は予想以上に難しいことが分かった。もっとも、これに関しては昨日の串の強化のとき薄々感づいてはいたのだ。

 気功術は恐ろしく集中力を使う。特に肉体強化になると深刻で、強化したはいいが動こうとすると解けてしまうという状況が先ほどからずっと続いている。途中から動くのを諦めて、感覚だけ強化するという方法に切り替えたらうまくいったが、それも動こうとすると集中力が切れてしまうのだ。

 ただし、二つの収穫があった。一つは感覚強化によって魔力を感じ取る感覚も強化できたことだ。これによって、途中から水汲みを始めていた子供たちの気功術の様子を感じ取ることに成功した。これは重要な発見だった。何しろ気功術は魔術と違い肉体の中で行われていると非常にわかり辛い。それをはっきりと感じられるようにならなければ他人のまねもできないため、これから先も気功術の習得はあきらめなければならなかっただろう。

 そしてもう一つ、これは試してみてできたからこそ判った、智宏にとって非常に重大なことだった。それは、


「やっぱり気功術が使えるようになったのはこの世界に・・・・・来てからだ(・・・・・)


 そもそも簡単すぎる(・・・・・)のだ。動きながらの維持はともかく、発動だけなら(・・・・・・)この短時間で出来てしまう。そうなってくると、こんなに簡単なもの(・・・・・・・・・)になぜ今まで気付かなかったのかという疑問が湧いてくる。魔術の使い方とまではいかなくとも、空中に文字が書けるという能力には気付けていたのだ。気功術が使えるならその片鱗にくらい触れていてもおかしくはない。

 それなのに智宏には心あたりというものがまるでなかった。元の世界にいたときも、自分の体の中の魔力を感じたこともなければ、それを意識して動かせたこともない。そうなると、この世界に来たことで出来るようになったと考えなければ納得できない。

 何より肉体の変化に他にも心当たりがあったのも大きい。

 智宏はハクレンの家にある自分達が借りている一室を思い出す。そこにあるのは自分の世界から持ってきた荷物だ、その荷物の中にはここに来るまで掛けていたメガネがある。もともと智宏の視力は非常に悪く、眼鏡が無ければろくに本も読めないくらいだったのだ。それなのにこの世界に来てからはメガネをかけていない。どういう訳か、この世界に来てから視力が上がってしまい掛けていられなくなってしまったのだ。悪くなっているわけではないし、理由も分からないのですっかり棚上げにしていたが、こうなってくると俄然気になってくる。


(視力に気功術の使用、いや、ここまで来ると他にもあるかもしれないな。……もしかして運動能力も上がっているのか? ……くそ、昨日走った時に少しでも気にしていれば分かったんだがな……)


 智宏はもともと頻繁に運動する人間ではない。そのため普段の自分の運動能力を正確に把握しているわけではないのだ。だが、他がそうであるように、もし運動能力に劇的な変化が起きていれば、少し調べればわかるだろう。


「あぁ……、でもそろそろ戻った方がいいか。検証はまた後でかな」


 周りで村人たちが活動を開始しているのを見て、智宏はこの検証をいったん打ち切ることを決める。いい加減戻って仕事を探さねばなるまい。レンドやハクレンにここまでの結果を報告して意見を求める必要もあるだろう。

 と、そう考えながら立ち上がろうとした智宏の感覚に、一つの異変が起きた。


(ん?)


 不審に思い座りなおし、気功術を使って感覚を強化してみる。すると、今まで使っていた五感のどれとも違う、覚えたばかりの魔力の感覚に奇妙に引っかかる存在があった。


(なんだこれ?)


 村のなかではない。方角から察するに森の方向だろう。その方向に魔術とも気功術とも違う、奇妙な感覚が幽かながら存在している。


(だんだん感覚が強くなってる。これは……、近づいている? 大きくなってるのか? どっちだ……?)


 智宏が魔力を感じられるようになったのはこの世界に来てからだ。そのため智宏は魔力こそ感じられてもそこから細かい状況を分析することができない。森から感じる感覚が強くなっているのは分かるが、それが何を意味するのかまでは分からなかった。


(ってそう言えばこの魔力の感覚もこの世界に来て生まれた変化だな)


と、智宏の思考が横道にそれたまさにその瞬間、森の方角から巨大な地響きが村へと響き渡った。


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