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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第四章 第四世界ウートガルズ
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12:異世界兵器

 鉄策に囲まれた施設の周辺を、二人の兵士が歩いている。

 その全身を最新鋭の各種装備で固め、指先や顔ですらほとんど肌の露出のない徹底した出で立ち。肩から掛けられたアサルトライフルに似た魔力銃(エーテルガン)を携え、二人で死角を補いながら油断なく、しかし緊張しすぎないスムーズな動きで巡回ルートを進んでいく。

 見て、分析していても、隙と言えるものがほとんど見られない二人組だった。

隙が無い。ただしそれは、常識的な人間を相手にする場合に限っての話だ。


「ヌゥッ!?」「グォッ!?」


 唐突に、通りがかった茂みから飛び出した二本の鎖が二人の右手と左足に絡みつき、二人の兵士がそれぞれ驚きの声を上げる。

 鎖に右手をとられた兵士は左手で鎖を掴んで足を踏ん張り、かろうじてその場に踏みとどまることに成功したが、しかし左足を絡め取られた兵士は体勢を立て直す間もなく転倒し、そのまま茂みめがけて引きずられ始めた。


「な、なんだ!?」


「鎖を切れ、早く!!」


 転倒し、みるみる茂みへと引き込まれる仲間に慌てて腕を取られる男は空いた左手を腰の後ろの拳銃型魔力銃(エーテルガン)へと伸ばす。だが左手がそのグリップを掴む前に、鎖が出てきたのとは別の茂みから新たな人影が現れた。

 自分たちとは異なる、しかし同格の装備に身を包んだ女。その姿にようやく男の脳裏に『敵襲』という言葉が浮かんでくるが、しかしそう意識するのは、残念ながらすでに遅かった。


「クソッ、なんなんだこれは!!」


 一方鎖に足を取られて引きずり込まれようとしている兵士の方も、同じく腰の後ろの拳銃型魔力銃(エーテルガン)へと手を伸ばしていた。

 威力や連射速度などでは肩から下げる魔力長銃(エーテルライフル)に劣る拳銃型の魔力銃(エーテルガン)だが、しかし鎖が邪魔をし、満足に狙いすらさだめられないこの現状ではライフル型の魔力銃(エーテルガン)は取り回しに難がある。まずは立ち上がるのが最優先と、それを阻害する鎖の排除を第一目標に据えた兵士は、その鎖の出どころである茂みへと抜き放った魔力銃(エーテルガン)を差し向けた。


「くたばれ……!!」


 引き金を引き絞り、フルオートで放たれた魔力の弾丸が茂みごとその向こうに居る存在を食い破る。この兵士にとって自分の足を絡め取る鎖は未知の存在だ。もしも落ち着いて考えることができていたならばこの鎖こそが自分たちがこの島を奪い合う原因となっている異世界の技術なのだと想像することはできたかもしれないが、今のこの兵士の脳裏にそこまで具体的で正鵠を射た判断は存在していなかった。

 だが、鎖の大元にこちらへの敵意を持つ何者かが存在しているという判断は間違っていなかった。だからこそ、鎖が出てきた茂みを撃つという判断自体も、決して愚かな判断ではなかったはずなのだ。

 ただ一点、そもそも鎖の大元になるその存在が、茂みの向うに本当に存在していたならばと言う、その一点にさえ目を瞑れば。


「い、いない……!?」


 弾丸によって茂みをズタズタに撃ち散らし、そうしたことで初めて見えたその先の光景に、兵士は顔を覆うマスクの下で驚愕の表情を作る。

 茂みの先にあったのは、今しがた撃ち込んだ魔力銃(エーテルガン)によって多数の弾痕をその幹に刻んだ一本の木。

 何の変哲もないその木の幹には、しかし兵士の足に絡みつく鎖がその側面を迂回し、鎖を引く力によって弾痕とは別の傷をその裏側につけている。


(木の幹を軸にして鎖の軌道を変えて、ってことは鎖のもとは――!!)


 木に引っ掛かる形で九十度角度を変えて伸びる鎖の先を目で追って、ようやく兵士はその先に敵とみられる耳の長い、額におかしな模様を輝かせた少年の姿を視認する。

 だがこちらもやはりそうと気づいた時にはすでに遅く、すでに少年は、鎖を右手に輝く魔法陣に引きずり込みながらこちらの懐に入り込み、同時に左手に浮かべていた同じ魔方陣を消し去ってその魔手を男の体へと触れさせた。

 トン、という、そんな音がしたかも怪しい軽い衝撃。

 まるで子供の遊びで相手を捕まえたような、そんなただ触れるだけと言ってもいいようなそんな接触が、しかし兵士にとっては致命的な一撃だった。


『【潜入精神(スパイハーツ)】』


 声が聞こえる。耳ではなく内面に。決して耳をふさぐことができない、逆らうことさえできない声が。


『こんにちわ。新しい私』


 そんな声を認識したその瞬間。二人の兵士の体が異世界から来た魔力の手に落ちた。






「元々ね、【装鎧兵装(ギガス)】っていうのは今ほど大きくない、言ってしまえば貴方の世界で言うところの強化外骨格(パワードスーツ)みたいなものだったのよ。最初は【自動機兵(クリス)】っていう、AI制御のロボット兵器が開発されてね。まあ要するに命令に従って自動的に敵勢力に侵攻、あるいは防衛をするロボットなんだけど、装甲が固くて攻撃力が高いから、普通の歩兵とその装備じゃ太刀打ちできなかった。

 そこで、【自動機兵(クリス)】に対抗できる大口径の兵器と、それを自由に扱うための強化外骨格(パワードスーツ)、今の【装鎧兵装(ギガス)】もとになるものが作られたという訳」


 智宏が途中で見つけた巡回の兵士二人にレミカを憑依させ、その二人の手引きで基地の内部に侵入するころには空はとっくに暗く変わり、その中心にはアースのものと変わらない月が昇っていた。

 さすがに緯度や経度が違うせいなのか月の模様や夜空の星座などにの見え方はアースとは違うものの、共通するものが有るためかやはりここはパラレルワールドなのだと実感する。

 どんなに現実感の欠けた文明が形成されていたとしても、ここは別の地球なのだと。


「最初はそんなに大きくなかったってことは、それから大型化したのか?」


「ええ、そうよ。最初は貴方の世界の単位で二メートルから大きくても四メートルくらいの物がせいぜいだったわ。でもこの兵器が戦場で台頭し始めると、当然同じ【装鎧兵装(ギガス)】同士での交戦も多くなってね。射撃戦ならともかく、格闘戦になった場合どうしても体格の大きい方が有利になるし、同じころに開発された魔力(エーテル)兵器も大型のものほど出力が高くなる傾向があったから、技術的に立って歩けるギリギリの大きさにまで大型化して、あの大きさになったという訳」


 薄暗い、基地の地下にある配電盤のようなものの前で何やらコードをつなぎ、恐らくは対空砲へのハッキングか何かを行いながら、その片手間でマディナはそう語る。

 その様子には、現状に対する疑問は一切見られない。自分がいつの間にか意識を失い、気が付いたら敵陣のど真ん中に侵入すら果たしていたというこの現状に、マディナは全くと言っていいほど疑問を抱いていなかった。

 つくづくレミカの持つ力に空恐ろしいものを感じながら、しかし智宏は部屋の外でマディナに背中を向ける形で周囲を警戒しながら、彼女からこの世界の情報を引き出していく。


「ってことは、この世界にいるロボットは皆あんな大きさなのか?」


「【装鎧兵装(ギガス)】に関してはそうね。ただ、ロボットと言うならほかにもいるから、一概にそうとばかりも言いきれないわ。形も操縦システムの関係上兵員搭乗型のものは人型が多いけど、そうでないものは形の縛りがないしね」


「操縦システム……? そういえば素朴な疑問なんだが、人型ロボットなんて複雑な機械、いったいどうやって操縦してるんだ? あんな複雑な機械、それこそ動きの自由度を上げようと思えば思うほど、手足四本や指十本のボタン操作じゃ操り切れないと思うんだが……」


 アクションゲームのキャラクター操作と同じように、特定のボタン操作で特定の動きをさせるという方法はあるかもしれないが、しかしそうしてしまうとどうしても動きがパターン化してしまい相手に動きを読まれやすくなってしまう。

 人型と言う複雑な機械を、それこそ複雑な戦闘に耐えうるよう自由に動かそうとした場合、人間が四本の手足と十本の指で操り切れるとは到底思えない。


「ああ、それは簡単よ。あれの操縦システムは搭乗者の脳と直接やり取りをして行っているの。搭乗者の感覚としては自分の体が【装鎧兵装(ギガス)】そのものになると言えば伝わるかしら? 本来人間が手足に送る電気信号を【装鎧兵装(ギガス)】の方が受け取って人間の思い通りに動いて、視覚や聴覚も【装鎧兵装(ギガス)】が集めた情報を搭乗者の脳に送って周囲を認知させているのよ」


「なるほど。となると、操縦はそんなに難しくはないのか?」


「ええ。脳波の検知も搭乗者がかぶるヘッドギアでできてしまうし、動かすだけならそう難しくはないわ。もちろん、それまで自分が使っていたからだとはまるで違う体を得るわけだから、バランス感覚は違ってくるし使いこなせるようになるまでにはそれなりに訓練が必要になるけどね」


「そうか……」


 それでも、【集積演算(スマートブレイン)】と言う破格の刻印を持つ智宏ならば、今と違う肉体の完全制御などそう難しいことではないだろう。もちろん、最初から完全な形で行えるとまでは思えないが、逆に言えばある程度、その新しい体の使ってみる時間があれば、あとはその時に収集した最低限の経験をもとに機体を一定以上の精度で操縦できるはずだ。

 とは言え、それでも問題がないわけではない。


「ああそうそう、一応言っておくけど、確かに操縦自体は素人でもできるけど、その分セキュリティにはどの国もとても気を使ってるから、盗み出して使うのは流石に困難だと思うわよ。網膜認証にIDの確認、声紋や脳波パターンなんかも調べて登録された人員以外は動かないようになっているから」


「まあ、当然そうだろうな……」


「そう当然。何しろ一機が暴れただけで百人単位の人間を危険にさらせる兵器ですもの。たとえ暴れず盗まれるだけ留まったとしても、【装鎧兵装(ギガス)】一機の価格は貴方の世界の貨幣価値で億の単位。いえ、それどころかそれにさらにゼロがプラスされる金額よ。無防備に置いておけるような代物じゃないわ」


 九メートルもある鋼鉄の巨人を奪って自身の戦力にするという案は、一人の少年として抱く、ある種の憧れと言う意味ではそれなりに魅力的な案ではあったが、だからと言って【集積演算(スマートブレイン)】を持つ智宏には本気でそんな案を実行に移そうとは思えなかった。

 そもそも今回の救出作戦はギリギリの段階まで智宏たちの存在が露見しないことが肝要なのだ。

それがあんな目立つ兵器を、よりにもよって盗み出したりしようものなら、それこそ不審な敵性勢力がレキハ島の中に入り込んでいることがタミリア軍に露見してしまう。先ほど二人の兵士を無力化する際にも、できうる限り派手な魔術の使用を避けて仕掛けていたくらいなのだ。残念ながら相手の発砲は許してしまったが、それでもこれ以上の痕跡を残すのは是が非でも避けておきたい。


「まあ、【装鎧兵装(ギガス)】についてはとりあえず諦めるか。さっきの話の続きだ。ロボットは他にもいるって言ってたが、それは最初に開発されたっていう【自動機兵(クリス)】ってロボットのことか?」


「そうね。それもあるわ。【自動機兵(クリス)】はAI制御で、人が操縦しない分形の自由度が高いから、それこそ国や局面によってその形も様々だけど。ただまあ、人が操る【装鎧兵装(ギガス)】のような相手にはどうしても判断力に劣ってて分が悪いから、そのほとんどが対人用。だから大きさに関しても大きくても三メートル程度がせいぜいかしら」


 人が操縦しない分、のくだりについては智宏も先ほどの【装鎧兵装(ギガス)】の操縦システムの知識からその理由が想像できた。恐らくこの世界のロボット兵器を人の脳で操ろうとした場合、どうしても人の形からかけ離れたものは操りにくくなってしまうのだろう。二本足で歩くことに慣れた人間には、四足で淀みなく歩くことは相当に難しいはずだ。もちろん、まったく操れないということはないだろうが、それでもそれ相応に長い訓練が必要になって来るのは想像に難くない。


「あとは、【装鎧兵装(ギガス)】似た操縦機構で、機体に直接搭乗せずに遠隔操作で操る【遠操鎧兵(アガス)】がいるわね。むしろ今回の救出作戦で、一番厄介なのはこれかもしれないわ」


「【遠操鎧兵(アガス)】……。確かに人が操縦していて遠隔操作となると厄介だな」


 『遠隔操作』と言う特徴が生み出す利点に、刻印によって強化された智宏の頭脳がすぐさま反応してその危険性を試算する。

 人が乗らずに操れるということは、機体が破壊されても搭乗者は無事に済むということであり、それはいざとなったらわが身を厭わない捨て身の行動が、実際に人が乗っている【装鎧兵装(ギガス)】と比べてもかなり簡単に取れるということだ。

もちろん、恐らく【装鎧兵装(ギガス)】同様相当に高額(たかい)だろう【遠操鎧兵(アガス)】なる兵器をそうそう無駄遣いするとは思えないが、それでもその動きの選択肢にかなりの幅が広がることは想像に難くない。

人的損失がないというならAI制御の【自動機兵(クリス)】も同様だが、AIよりも柔軟で応用のきく人間の判断で動いているのなら、人が操る【遠操鎧兵(アガス)】の方がその脅威度の上限が高い。


「【遠操鎧兵(アガス)】の持つ利点は機体破壊時の人的資源喪失の回避と、動きの自由度の向上。さらに言うなら人が乗らないことで通常なら中の人間が耐えられない、過度なGのかかる機動や複雑で激しい動きが可能になるのが特徴ね。おかげで【遠操鎧兵(アガス)】は【装鎧兵装(ギガス)】より小型で、その分機動力に優れたものが多いわ」


『こちらも大きさは大体四・五メートルくらいかしら』などと、マディナは手をよどみなく動かしながらそう語る。

 【装鎧兵装(ギガス)】の九メートルに対し、【遠操鎧兵(アガス)】の四・五メートルと言うのは小さいようにも思えるが、しかしそもそも人よりも大きいというだけで十分に脅威なのだ。しかもそれでさらに機動力まであるとすれば、下手をすると巨大な【装鎧兵装(ギガス)】などよりよほど脅威となる可能性もある。

 それはたとえ、魔術と言う格別強力な異能を使うことができる智宏であってもだ。


「そんなのがあるんなら、むしろ【装鎧兵装(ギガス)】なんていらないように思えるな。と言うか現実問題、なんで兵器を全部その【遠操鎧兵(アガス)】にしてしまわなかったんだ?」


「一応【遠操鎧兵(アガス)】にも弱点がないわけじゃないのよ。【遠操鎧兵(アガス)】は遠隔操作で動かす分どうしてもその操縦システムを電波的な通信システムに依存しなければならないから、その分ハッキングや通信妨害に対して脆弱にならざるを得ない。だから【遠操鎧兵(アガス)】が登場して少しした頃に、意気揚々と進軍していた【遠操鎧兵(アガス)】部隊が突然動けなくなって敵に拿捕される事態になったりしたんだけど……」


「一度そんな事態が起きたってことは、何か解決策が打ち出されてるんだろ?」


「ええ。もっともこれはシステム的に克服したというよりも、単純に簡単には寸断されない通信網の中でだけ使うことで、そういう事態を防いだという話なのだけどね。

 現代では【遠操鎧兵(アガス)】は基本、自国側の通信設備が万全の状態で張り巡らされた場所、ほとんどの場合自陣で使用されるのが普通になっているわ。【遠操鎧兵(アガス)】は今のところ完全に拠点防衛用の兵器となっている。でも……」


「なるほど。今のレキハ島は完全にタミリア側の拠点。当然万全に通信設備を敷いていて、【遠操鎧兵(アガス)】も普通に参戦してくるという訳か」


 語られるこの世界の兵器の情報に、智宏はその兵器への対処法を吟味しながらも嘆息する。

 決してこの世界の兵器を舐めていたわけではないし、こんな兵器の数々を想像できなかったわけではないが、しかし想像はしていても想定まではしていなかったのはどうしようもない事実だ。

 現状魔術と言う、主に火力面で優れた異能を扱うことのできる智宏だが、しかしだからと言ってどの魔術がどの程度あのロボット兵器に通用するかは正直言って不透明と言わざるを得ない。


「持ってきたわよ。魔力銃(エーテルガン)魔力長銃(エーテルライフル)、その他各種装備」


 と、ちょうど思考がその問題に差し掛かったちょうどそのとき、智宏の前に見覚えのある人影が現れ、銃とともに肩から掛けられた二つのバックのうちの一つを智宏へと差し出してくる。

 明らかに今敵対しているべき、この世界の敵方の兵士。しかし智宏はこの相手に対して一切の戦意を現さない。


「お疲れ様。それにしても、男の体でその口調って結構真剣に気持ち悪いな、レミカ」


 レミカを憑依させた兵士が差し出すバックを受け取りながら、智宏は自身が抱いた感想を率直に口にする。

 これまでは憑り付いた人間が皆女だったり、男に憑りついていても会話せずに済んでいたりしてこんな事態に直面することはなかったが、恐ろしいことにレミカはたとえ男に憑依してもその女らしい口調を変えていなかった。


「それで、調子はどうかしら? ハッキングだかクラッキングだかは順調に進んでる?」


「とりあえず特に問題なく進んでいるみたいだぞ。さっきまでは普通にこっちと会話しながら作業もしてたしな」


 言いながら、智宏はその普通に会話をしなくなり、ただ黙って作業を進めるだけとなったマディナの様子を少しだけ確認する。

 レミカに憑依された敵兵士が現れたことでマディナの中のレミカが反応したのか、先ほどまで雄弁にこの世界の兵器について語っていたマディナは、今は全くしゃべらずに黙々と作業を続けていた。

 人が変わったようなありさまだった。

 人が変わったのであろうありさまだった。


「……とりあえず着替えてみるか。いつまでもこの恰好じゃ心もとないし」


 そんなマディナのことはとりあえず脇に置き、智宏は渡されたバックのうちの一つを開けて中の装備を確認する。出てきた物一つ一つの形を観察し、外見から読み取れるその道具の用途や使い方、装備する方法などを【集積演算(スマートブレイン)】で次々に解析していく。

 これが今マディナが格闘しているような、この世界の文字でできたプログラムだったならば智宏とて相当に苦戦を強いられただろうが、幸い相手は最新の技術で使いやすさまでしっかりと考慮された軍用兵器だ。危険な状況で使いにくさで命を落とすなどと言うことがないように、その構造は見ただけで使い方を予想できるほど徹底的に無駄をそぎ落とされている。


「その様子だと、態々使い方を教える必要もなさそうね。……ってちょっと、あ、あああ、あんた!! なんでいきなり脱いでるのよ!! 」


「すごいな。男の体でそのセリフを言われると気持ち悪いを通り越してひたすら衝撃だ……」


 大の男が顔を赤らめ、手で顔を隠しながら、それでも指の隙間から瞳がのぞいているというその状況に、さすがの智宏も【集積演算(スマートブレイン)】で殺しきれない悪寒に身を震わせる。いかに中の精神が女のものであったとしても、智宏より体格のいい男の体でこの仕草は流石に“ない”。


「どうでもいいことに反応しないで!! っていうか、あんた羞恥心とか無い訳!? 一応私の精神これでも女なのよ!? 異性の前で服脱ぐって、あんた実は馬鹿なんじゃないの!?」


「止めろ。頼むから止めてくれ。それ以上そのおっさんの体でそんな言葉を吐くな。言っとくけどこっちも内心の動揺とか嫌悪感とかを押し殺すのに余計な魔力を使うんだよ」


 できうる限り動揺を押し殺した平坦な口調でそう答えながら、智宏は言葉通り乱れる内心で思考力が落ちないように【集積演算(スマートブレイン)】の出力をわずかに調整する。

 しかもただでさえ、内心の羞恥心を押し殺すのに魔力を割いているというのにだ。

 別に智宏とて、羞恥心がないからこんな場所で着替え始めたわけではない。付近に肉体的にも異性であるマディナがいることもしっかりと認識していたし、そもそも智宏が今から着替えようとしているこの世界の軍服(と言うより特殊スーツ)は一度裸にならなければ着替えることができないようだったため、いくら肉体的には男性とは言え他人の前で着替えることにはそれなりの抵抗があったのだ。

 それでも、智宏がこの場で着替えを始めたのは、単純に敵地でわざわざ着替える場所を探すようなリスクを嫌ったからだった。いかに智宏が十代の少年と言えど、“恥ずかしいという程度”の理由で活動範囲を広げれば敵に見つかるリスクが上昇することくらい理解できる。

 もっとも、理解していても感情的な動揺と言うのは理性とは別物なので、智宏自身感情的抵抗を押し殺すのにそれなりの魔力を注ぎ込まなくてはいけなかったのだが。


「ああ、もう!! わかったわよ。とりあえず、私が見張りに立つからあんたはせめてそっちの部屋の中で着替えなさい」


「……待ちなさい。あなた分かっているの? 今こっちの体にも『私』がいるのだけど」


『それを言うなら、この『私』なんてもろに本人の眼から着替えを覗く羽目になるのだけど……』


「テメェら羞恥心呷って人に余計な理性(まりょく)割かせてないでとっとと自分の仕事を進めやがれ」


 三人に増えてごねる『レミカ』達に対して少々乱暴な口調でそう言い放ち、智宏は三人の一人を無視して動員に着替えを再開する。

 妙な話だが乱暴な口調を使ったら若干感情的にも気が晴れたのか、割かなければいけない理性(まりょく)の負担がわずかながらも軽減された。


(しっかしこうなると、レミカの憑いたもう一人を帰りの工作のために離れて行動させといたのは正解だったな……)


 この場にいないもう一人のレミカの不在に、本来とは違う理由で心から安堵しながら、智宏は着替えを進めていく。智宏の潜入工作は、智宏自身の内面を考慮しなければ相当に順調だった。


ご意見、ご感想、ポイント評価等お願いいたします。


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