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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第四章 第四世界ウートガルズ
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11:潜入の手口

 智宏が【レミカ】という魔力を、【潜入精神(スパイハーツ)】という異能をマディナに対して行使したのは、実を言えばこの世界に来る前の、彼女と会ってすぐの出来事だった。

 その直前までエイソウと二人、レミカを含めてもたったの三人で異世界に渡ることを覚悟していた智宏だが、それでも一人で行くつもりでいたその時から、智宏は異世界ウートガルズについて詳しい人員の必要性をひしひしと感じてはいたのだ。

 できるならば、水先案内人は確保しておきたい。

 だが時間的にも、この後にあるだろうオズ人たちの妨害の問題でも、それは事実上不可能だろうと諦めていた。

 ウートガルズ人の協力者が異世界国交対策室(チーム―クロス・ワールド)の内部にいる可能性は考えられても、そもそも本当にいるという確証はどこにもない。よしんばいたとしても、智宏たちが異世界に行くことそれ自体を止めたいレンドたちが、唯々諾々と会わせてくれるわけもない。

 だから諦めていた。否、そんな消極的な考え方では断じてない。ただ、ない物ねだりはしないことにして、今できる準備だけでなんとか異世界に渡ろうと考えていたのだ。


 だが、そんな中で、出発直前になって協力を申し出るウートガルズ人が現れた。

 もちろん、怪しいことには十分怪しい。

 ウートガルズ人であると聞かされた次の瞬間には、彼女が今回の誘拐事件の主犯であるタミリア側ではなく、それと対立するオルバナ側の人間である可能性に気づいていた智宏だったが、そもそもたとえそうだったとしてもそれを証明する手段はあの時点ではどこにもない。まさか直前に昏倒させたばかりの対策室(チーム)メンバーを起こして確認するわけにもいかないし、そもそもオルバナ側の人間だったとしても本当に智宏たちに協力してくれる保証など本当にどこにもなかったのだ。

 実際、マディナに対しては、あのエイソウですら警戒心をあらわにした。もっとも彼の場合はウートガルズの人間というだけで恋人であるリンヨウを攫った不倶戴天の敵だったのかもしれないが、それでもあの状況で突然現れたマディナに対して警戒するのは当然の判断だと言えるだろう。


 そしてだからこそ、智宏は【潜入精神(スパイハーツ)】を行使した。


 具体的にはエイソウを言いくるめて、時間が無いからと異世界行きの転移魔方陣を起動させた直後、エイソウを先に飛び込ませて、一時的にでもその場に“智宏とマディナしかいない状況”を作り上げたその瞬間に、マディナ・ボラーゾフは【レミカ】という魔力の支配下に置かれていたのだ。



「とりあえずこの女の立場に偽情報はないみたいね。マディナ・ボラーゾフは偽名みたいだけど……、まあ、今はあんまり関係ないか。オルバナ中央情報工作局所属、コードネームはムリエール……ってこれどういう意味かしら? えっと……」


「今あんまり関係なさそうだからそれはいいよ。それより本当の目的は?」


「一応あなた達に協力して拉致された異世界人を取り返すってお題目に偽りはないようよ。ちなみにさっきの連絡もちゃんとオルバナって国の上司が相手のものだった。ふふ、もしもこれでタミリアなんかに連絡するようだったら適当な誤情報を流して混乱させてやろうと思ったんだけど、どうやらその必要はないようね」


 歩きながらそう言って笑うレミカに、智宏も自身の中で最初のレミカ投入の手ごたえを感じ取る。

 実際、本当の立場もわからないマディナにどこかと連絡を取るような行為を許したのもレミカあっての判断だった。そうでなければタミリア側の関係者の可能性もあった彼女をあの段階で、ああも簡単に外部と連絡を取らせたりしない。


「まあとは言え、異世界人奪還を手助けする理由がそれほど殊勝な理由じゃないっていうのもあなたの予想通りね。なんだか予想通り過ぎてつまらないくらいだけど」


「まあ、そんなことだろうと思ってたよ」


 落胆、したわけではないが、それでも『そんなものだろう』という平坦な感慨とともに智宏は一つ納得する。

実際、“智宏の考えていた通りの理由”なら彼らにも異世界人を助けるだけ意味はあるため、そうであることは彼女がタミリア側の人間でない限り間違いない話ではあったのだが、それでもレミカの存在によって彼女の立ち位置が言葉通りのもであると証明されたのはやはり大きい。このことによってとりあえず彼女や彼女の陣営と智宏たちとの間で利害の一致は見出すことができた。問題があるとすれば、彼女たちにとって元の世界に帰る収容所の異世界人たちが、決して全員である必要がないことか。

目的を考えれば決して露骨な選別や加害行為こそ行わないであろうが、それでも危険が及んだ時に無理をしてでも助けようとする人間が、一つか二つの世界に偏ることは確かだろう。

勘違いしてはいけない。彼女らは決して、正義感からここにいるわけではないことを。


「さて、ところでどうするの? 一応この体の主の立ち位置は判明したわけだけど、一度私は貴方の体に戻った方がいいのかしら?」


 動き方に智宏だからこそ気づく若干の差異はあるものの、本人と同じレベルでその体を扱いながら、レミカは智宏に対してそう問いかける。実際彼女の問いかけは、智宏としても悩むべき部分ではあった。

 現状連れてきたレミカは五人分。レミカ自身が肉体から肉体に乗り換えれば使用できる回数こそ増大するが、それでもアースにいるだろう本体からの追加の魔力供給がない限り、この世界で同時に存在できるレミカは五人のみということになる。

ただ、それでも智宏の中では、レミカの使い道は、それこそレミカと合流したときにある程度決まっていた。


「予定外だが仕方ない。お前はしばらくその体の中にいてくれ。そもそもこれから潜入するのにお前の存在は必要不可欠だ。マディナさんにお前の存在を明かせない以上、お前がその体の中にいてくれた方が都合がいい」


「まあ、その方がいいでしょうね。ちなみに、今のところ残る四人の私はどう使うつもりなのかしら?」


「そうだな。一応今のところ、やることは四つかな」


 周囲を確認しながらそう話し、智宏は建物の陰から眼前の森へと足を踏み入れる。道を歩いたほうが楽と言えば楽だが、森の中を進んだ方が発見される確率が低いとみての判断だ。


「一応トラップに注意してね。リアルに地雷とか仕掛けられてるかもしれないから」


「一応確認して歩いてる。できればそれ系の知識がほしいところだが……」


「この体から知識を吸い出して教えることもできるけど、それをやるくらいならこの体を先に歩かせた方が早いわね。知識の持ち出しは私自身が覚えて伝えなきゃいけないから、何度体を往復する羽目になるかわからないし……。

まあ、そもそもこの体の主は地雷の可能性はそこまで高くないと踏んでるみたいだけど」


「根拠は?」


「敵のほとんどが外にいる。タミリアに居もしない内部の敵に備える余裕がない」


「なるほど」


 淡々とした会話を交わしながら、一度智宏は右手に【方位磁針(コンパス)】の魔術を起動させ、進む方向と手持ちの地図を確認する。一応マディナが自分の体一つで自身の位置を知ることができるのはわかっているが、一応こういうことは自分の頭である程度把握しておきたかった。

 幸い、【集積演算(スマートブレイン)】を使えば自分の歩幅や歩数でどちらにどれほど進んだかはリアルタイムに計測できる。正確な地図一枚あれば、今の智宏にとって自身の位置を確認するくらい造作もない。


「さて、さっきのやること四つの話だけど」


「ええ。そうね。最初はだれに憑りつけばいいのかしら? やっぱりあのエイソウってイノシシ戦士?」


「イノシシ戦士って……。あの人のアダ名はそれで決定なのかよ……。

 いや、違うよ。と言うか、ちょうどいいから今のうちに言っとこう。この先行動するにあたって、お前は間違ってもあの人の前で動くな。【潜入精神(スパイハーツ)】の使用もあの人の前じゃ厳禁だ」


「……意外ね。まあ私としてはできうる限り自分の存在を隠しておきたいから、その命令は受け入れがたいというわけではないのだけど。協力的なお友達でも、あの人の場合私が憑りついた方が後々危険は少ないんじゃないかしら?」


 首をかしげながら質問を返すレミカに対し、智宏は『ああ、いや』と否定の言葉で対応する。レミカとしては今更身内を操ることに抵抗があるのかと、そんな疑問を抱いているようだが、そもそも智宏がエイソウに手を出すなと言っているのはもっと根本的な問題ゆえなのだ。


「そういうことじゃないんだ。僕があの人の前でお前に動いてほしくない理由は、下手にお前があの人の前で動くと、お前の存在をあの人に感づかれる恐れがあるからさ」


「……それはどういうことかしら?」


 智宏の言葉にレミカの疑問が、純粋なそれから警戒を帯びたものへと変貌する。

 自身の隠密性と憑依した際の支配力を頼みとするレミカにとって、それを脅かす存在は警戒の対象だ。実際智宏も少し前まではその警戒の対象だった。今とて決してその対象から外れているわけではないだろう。


「あの人、魔力の気配に滅茶苦茶敏感なんだよ。それこそ感じ取りにくい人体の中で操られてるような魔力でも感じ取れるくらい」


 魔力に対する感覚の鋭さと言う意味でならば、智宏とて恐らく負けてはいないだろう。

もともとアース人は魔力感覚を含む魔力に関係する能力をほとんど持っておらず、唯一刻印使いとなった者だけが、その微弱極まりない能力を実用レベルまで引き上げられる。

この時上昇した後の能力は、魔力量以外は他の世界の人間とほぼ同じ程度の能力になるのだが、いつのところ智宏についてだけは、この事情が少々違っていた。

世界を渡る前から、先祖伝来の能力としてマーキングスキルなどの魔力操作能力を微弱に持っていた智宏だったが、元からそんな能力があったせいか、世界を超えた後の彼の力は若干ながら他よりも高いレベルになっているらしい。

特に魔力感知に関しては明確に頭一つ抜けていて、しかも智宏が感覚強化の気功術を使用できるためその感度は常人と比べても圧倒的に高い。それこそ誰も感じ取れない遠方の魔力の気配を、ただ一人智宏だけが完治できてしまうくらいには、智宏の魔力に対する感覚は鋭いのだ。

だが一方で、下手をするとそんな智宏に、世界間移動による強化なしで匹敵してしまうのがこのエイソウなのである。


「以前あの人がほかのエデン人と手合せしてるところに立ち会ったことがあるんだが、あの人はただでさえ感じ取りにくい人間の体内での魔力の動きを明確に感知して、そこから相手の動きを読み取りながら立ち回ってたんだ」


 その場に立ち会うことができたのは、定期的に彼らのもとを訪ねていたことで起きたただの偶然だったのだが、【集積演算(スマートブレイン)】を使ってその時の様子を記録・分析したため、エイソウの持つ技術や能力の一端は多少なりとも把握できている。その時見た限りではエイソウの魔力感知能力は智宏と互角かそれ以上、体術のレベルに至っては当然のことながら智宏を圧倒的に超越している。


「体内の魔力……、それって、エデン人が使う気功術って奴?」


「そうだが、この場合その体内で流れる魔力がおまえであってもあまり変わらない。と言うよりもむしろ、お前と言う未知の属性の魔力をあの人の前で使おうものなら、たちまち不審に思われること請け合いだ。そして一時でもあの人に警戒されてしまったら、直接接触しなければいけない【潜入精神(スパイハーツ)】をあの人に使うのはほぼ不可能だ」


 もしも仮にエイソウに対して【潜入精神(スパイハーツ)】を行使しようとしたならば、まずそのために一時的にでも集めたレミカの魔力に感づかれてしまうだろう。もちろん彼とて人間である以上隙が全くないというわけではないだろうし、そもそもレミカの存在を知らない彼に対してなら不意打ちの手段もいくつか思いつくが、それでもエイソウに対して【潜入精神(スパイハーツ)】を行使する行為は、他の人間に行使する場合と比べて圧倒的に巨大なリスクをはらむことになるのだ。

 たとえ現状、智宏がエイソウから一定の信頼を得ていたとしても、いや、信頼を得ているとすればなおのこと、そんなリスクは冒せない。


「それでなくても、使えるお前の数には限りがあるんだ。ともすれば仲間割れすら起こしかねない危険を冒してまで、お前をあの人に無駄遣いする理由はない」


「……ふぅん。まあいいわ。今回私はあくまであなたのお手伝いですもの。こんなことで態々あなたと対立するつもりはないわ。それで? それじゃあ私はこの世界で一体何をすればいいのかしら」


 意外にあっさりと引き下がり、自分の役目を問うてくるレミカに拍子抜けしながらも、智宏は今考えても仕方がないと、すぐさま意識を切り替えてレミカとの作戦会議を開始する。

今の智宏にとって、思考に使う脳の容量はそのまま使う魔力の量なのだ。ただでさえ戦力が不足しているこの現状、魔力まで無駄遣いするわけにはいかない。


「まず一つ目と四つ目は簡単だ。一つ目は今やってる基地への侵入の手引き。四つ目は明日の救出作戦の支援だ。まあ、これについては直前に様子を見て指示するよ」


 一応いくつかのパターンを考えてみはしたが、こういうものはある程度状況を見てから決めた方が確実な手を打てる。むしろある程度の方向性を今のうちに決めておかなければいけないのは二つ目と三つめの方だ。


「んで、重要なのはまず二つ目。これは四つ目と似通ってはいるが、明日の救出作戦の前にある程度お膳立てを整えておいてほしい」


「警備システムのクラッキングや、担当職員への憑依なんかでいいのかしら?」


「そうだな。そのあたりの知識がこっちにはないから、ある程度は乗っ取った奴の知識をもとに判断してほしいところなんだが。

 そんでもう一つ重要なのは三つめ。ある意味じゃこれが一番重要だな」


 もちろん、智宏たちの最大目標はあくまでミシオたちとらわれた異世界人たちの救出にある。そういう意味ではこの案件は一番意味が薄い、もっと言えば意味が“不安定”な部分ではあるのだが、それでも智宏は『一番重要』という言葉をこの案件に対して使用した。

 その案件とは、



「タミリア軍の中にいる異世界人、捕虜じゃなくて協力関係にある連中について探りを入れてほしい」



「……タミリア軍の中にいる異世界人、それって、あのイノシシ戦士が言っていた『オウセン』っていう人のこと?」


「それだけじゃない。この世界に来るために使った転移魔術、確かに元になっているのは僕らも使った世界間転移魔術と同じものだったが、恐らくは行き先をこの世界に限定するための、異世界国交対策室(チーム―クロス・ワールド)の物とは別の改造がされていた。それはつまり、あの魔方陣にそういう改造ができる、第五世界オズの人間がタミリアの連中に協力してるってことになる」


 改造自体は非常に簡素で、恐らく行先を特定するための条件を増やした程度の改造だろうとは思うが、それでもそんなことができるのはオズ人以外にはありえない。エイソウと何らかの因縁のある『オウセン』なる人物はおそらく第一世界エデンの人間であるはずだし、そうなってくると別にこの世界に干渉している異世界人がいることになる。

 そしてなお悪いことに、智宏にはその存在に心当たりがあるのだ。


「……また『第六世界』、か……?」


「あなた達と関わるようになってからよく聞く名前ね。悪の秘密結社みたいなイメージがあるけど……」


「実際はもっと現実的な犯罪組織に近い連中なんだろうけど、……まあ、おおむね間違いでもないか。ともかく、連中が手広くいろんな世界に影響力を持っていることは間違いない。以前襲ってきた連中の中に、この世界の武器を改造したものを使ってきたやつがいたからな」


「そいつらが今回も関与していると?」


「確実じゃないが可能性はある」


 『つくづく欲しくもない縁があるな』などと思いながら、智宏はもう一度頭の中で考えをまとめ上げる。最近の智宏は一つの考えを整理するのにすでに一秒もかからない。最近は特に刻印を使った思考に慣れてきたせいで、少ない魔力でもあらゆる問題に瞬時に答えを出せるようにもなっている。


「ただ、今回の事件は多分【第六世界】が主体になって行ったものじゃないな。【第六世界】が主導しているにしてはミシオに対する対策が雑すぎるし、直接的な関与が全く見られない。恐らくタミリアの連中が【第六世界】、ないしは技術提供を行えるオズ人から世界間移動技術を手に入れて、その技術を使って今回の事件を起こした、と見た方がいいだろう」


「あくまで主犯はタミリアで、そのほかの異世界人はどこまで関わっているかわからないってことね」


「――だからこそ読めない」


 足元のぬかるみを飛び越えながら、智宏は真剣な面持ちでレミカにそう告げる。どこまで関わっているかわからず、読めない。それこそが五人しかいないレミカをあえて投入してでも、智宏が異世界人について探ろうとする最大の理由だった。


「異世界人とタミリアがどんな形でどれくらい繋がっているかがわからないけど、もしもタミリア軍だけでなく、その異世界人まで相手にすることになったら最悪だ。それでなくともこの世界においてその異世界人たちは最大の不確定要素。情報は喉から手が出るほど欲しいし、できることなら今回の救出作戦の盤上から排除もしておきたい」


「それじゃあ私たち五人は、具体的にどう動けばいいのかしら? 人数の配分なんかはどうするの?」


「とりあえず、今からやる基地への侵入に二人使おう。侵入の段階でそれ以上使うことになった場合は記憶を改ざんしてその分の魔力を一度回収する。そのうえで、僕らが基地での仕事を終えたら、乗っ取った二人の体を使って明日の準備と異世界人に関する調査に移って欲しい」


『これからやる一番と、その後の二番と三番の計三つに私が二人、その(マディナ)の中で待機する私が一人、後の二人分は貴方の中に残って当日の四番目担当ってことでいいのかしら?』


「ああ。それでいい」


 目の前のマディナではなく、自分の中のレミカがささやく声に、智宏は大きな石の上を歩きながら首肯する。やはり森の中は人が通ることを考えられたものではないらしく、予想以上に距離を稼ぐのに時間がかかる。エデンの森ほど危険な生き物はいないようだが、この様子だと行って帰ってくるだけでも夜中になってしまいそうだった。


「正直あまり気は進まないが、状況によってはお前にはミシオ経由で向こうに行ってもらうことにもなると思う。ミシオの【通念能力(テレパシー)】と組み合わせれば、お前の【潜入精神(スパイハーツ)】の利便性は格段に上がるからな。僕とミシオの間も行き来できるし、相手さえ認識できれば距離も関係なく――」


「『――? ちょっと待って』」


 歩きながら話す智宏に対し、外と中、二人のレミカが同時に待ったをかける。かけられた智宏としてはどちらに反応したものか混乱しそうなものだったが、その迷いにほとんど時間をかけることなく、すぐさまマディナの体へと向き直った。


「どうも互いの認識に齟齬があるみたいなんだけど、私はあの子に乗り移ることはできても、そこから他に飛ぶことはできないわよ?」


「……なに? 待て、それはどういうことだ? 前にお前は僕に乗り移った後、ミシオの【通念能力(テレパシー)】を使ってミシオの体に移動したじゃないか」


「ええ。確かにしたわね。あなたからあの娘に向かって道が延びていたから。でもそれができたのはあなたからあの娘の間だけ。逆にあなたへ戻ることはおろか、他に行くこともできなかったわ」


「……」


 確かに、言われてみればあの時、ミシオに乗り移った後のレミカは全くと言っていいほど【通念能力(テレパシー)】を利用した【潜入精神(スパイハーツ)】など使っていなかった。智宏としては本体の安全やレミカ自身の良識の問題であえてそうしていなかったのかとも思ったが、そもそもできなかったというのは流石に予想外だった。


「僕はてっきりミシオの【通念能力(テレパシー)】の有効対象全部に【潜入精神(スパイハーツ)】が使えるんじゃないかと思っていたんだがな」


「生憎だけど嘘はついてないわ。私が“道”を見出せたのはあなたからあの娘の間だけ、あの体に入ってから感じられる“道”なんてどこにも感じられなかった」


「送信と受信は勝手が違うってことか?」


「知らないわよ。そもそも【通念能力(テレパシー)】なんて力を持つ体に入ったの事態、あの時が初めてだったんだから。まあ、もしもあの娘の受信能力が、送信能力とが別系統だったとしても、私は驚かないけどね」


「ん? それはどういう意味だ?」


 レミカの言葉に、一応の疑念は持ちながらも納得しかけていた智宏は、しかし最後の言葉だけは理解できずに疑問を示す。だが帰ってきたのは明瞭な解説ではなく、ジトッとした呆れに満ちた視線だった。


「……なんだ?」


「いいえ。何でもないわよ。こういうのって頭が良くなってもだめなんだって思っただけ」


 レミカの発言に、智宏は釈然としないものを感じながらも追及を諦める。実際問題、この部分はあまり考えなくても今回の事件に影響することはないのだ。ならば、時間も魔力も限られている現状であまり必要ないことに思考を割くべきではない。

 そう思っていたにもかかわらず、しかしその思惑は直後に突き崩されることになる。


「ところで、あのミシオって娘の話が出たから、ついでに聞いておきたいことがあるんだけど」


「聞いておきたいこと?」



「あの娘の体、いったい何なの?」



 耳に届く声思わぬ鋭さに、思わず智宏は足元からレミカへと視線を向ける。マディナ・ボラーゾフの体に入った彼女の表情は漠然とした質問の文言に反して酷く真剣で、智宏を問い詰めるような雰囲気があった。


「ミシオの体が何か、ってのはどういう質問だ? どういう意味でそんな質問をする?」


「あの娘の体が他と比べても格別異常なのは、最初にあの体に入ってすぐにわかったわ。妖装とかいうあの力に、さっきも話題に上った【通念能力(テレパシー)】。正直私自身が超能力の産物みたいな存在だったからある程度受け入れて行動できたけど、最初にあの体の性能を知ったときは、それはそれは驚いたものよ」


「確かに、お前は今まで普通のアース人の体しか知らなかっただろうからな」


「でもそもそもの話、そんな驚きはあの娘の記憶を読めていれば問題なく解消されていたはずなのよ」


 レミカの言葉に、智宏もようやく思い出す。

 確かに智宏がまだレミカと敵対関係にあった時、彼女は『どういう訳か記憶や経験までは読めなかった』と不満を口にし、実際妖装の使い方もミシオのそれとはまるで違う形をとっていた。

 智宏自身はある程度レミカの能力にもそういった例外があるのだろうと予測していたのだが、


「言っておくけど私が記憶を読み取れなかった相手なんて、最初から乗っ取れなかったあなたを除けばあの娘が初めてよ。

 それだけじゃないわ。あの体を手放すにあたって、私も一応の記憶操作くらいは仕掛けておいたはずなのに、あの娘は記憶の混乱こそあれ私が仕込んだ記憶の影響をまるで受けていなかった」


「護心術の影響じゃないか? ミシオの出身世界のイデアじゃ誰でも習慣的にできるような、結構一般的な技術だって聞くぞ?」


「でもそれって、聞く限りではある種の心構えみたいなものなのよね? 私の【潜入精神(スパイハーツ)】って、相手の意識そのものを眠らせて支配権を乗っ取るものなのよ? 心が活動していないのに、心構えはできるって少しおかしくない?」


 言われてみれば確かに、それは明確な矛盾ではある。一応の可能性としてはミシオがイデア人であるがゆえにアース人と同じ要領で操ることができなかった可能性というものもあるが、


(……でもあるのか? かなり恣意的な刻印の性質に、世界の違い程度で抵抗できるような都合の良い、あるいは悪い要素の入り込む余地が?)


 住む世界が違おうと人種が違おうと、言ってしまえば心は心だ。それにそもそもの話、異世界人の存在すら知らなかったレミカの性質に、そんな出身世界の違いによる効果の差など設定されているというのもおかしな話だ。実際目の前にはサイボーグであるにもかかわらず普通に乗っ取られているマディナの存在もある。


「あの娘の体、何か変よ。記憶に関することだけじゃない。なんだか、そう、得体が知れない」


「得体が知れない、か……」


 レミカのそんな真剣なしかし不穏当な発言に、しかし智宏は反発も真剣な懸念も示さなかった。

 反発を示さなかったのは単に自制の問題だが、懸念を示さなかったのはもっと単純な理由からだ。

 レミカの記憶干渉が効かない、と言うのは確かに不可解な現象ではあるが、しかし智宏にとってはそれほど都合の悪い事態ではないのだ。

 レミカにとっては智宏ほどではないにしろ、自身の力が通じない相手というのはそれなりに脅威と言える存在だろうが、智宏にとってはそうではない。

 むしろ好都合とすら言える。

 今でこそ必要に迫られて便利に使っているが、智宏は決して【潜入精神(スパイハーツ)】という力を容認しているわけではないのだ。

 現状敵対する必要性までは感じていないが、その力の行使に障害が有るのなら、たとえこの先の智宏にとって不都合であっても有った方がいい。

 それが身内に対するものだというならなおさら、である。


(とは言え、気になる話ではあるな……)


 しかし、ミシオの体に不可解な部分がある可能性と言うのは、智宏自身安易に流せるような話でもない。

 いや、そもそも、ハマシマミシオと言う少女は異世界に関わる過程で、【第六世界】所縁の組織によって何らかの人体実験と改造を受けさせられているのだ。

 彼女が使えるようになった【妖装】と言う能力がその結果であるわけだが、しかし根本的な問題として、彼女が受けた改造が”それだけ”だったという保証はどこにもないのだ。


(できることなら一度、ミシオの体を医者に検査させたいくらいなんだが……)


 そう思いつつ、智宏は同時にこの考えに致命的な欠陥があることを知っている。

 第二世界の住人でありながら、恐らくは第五世界の技術によって何らかの改造をされてしまったミシオに、果たしてその健康状態を正しく診察できる医者がいるのだろうか。


「――!! 静かに!!」


 と、そんなことを考えていた智宏の感覚に引っかかるものがあり、すぐさま智宏はレミカに指示を飛ばし、自身の感覚を気功術で強化する。

 視覚に移るものは森の木々のみなため、目に回す魔力はカット。味覚触覚嗅覚は言うに及ばずカットし、聴覚と魔力感覚だけに【感】の魔力を集中させる。

 三時の方角から聞こえてくる、連続した地響きのような音。マディナの体から感じるのと同種の、しかしはるかに規模の大きい魔力の気配。


「なんだこれは? なんだか足音のように聞こえるぞ? ここは恐竜の要るエデンとは違うはずだが……?」


「ちょっと待って、今この女の記憶を探って……、ってああ、そういうこと」


「一人で納得するなよ。こいつが何なのかすぐに説明を――、いや、もう必要ないな」


 問い詰める言葉を途中で止めて、智宏は音の方向、ちょうどきと木々の間のわずかな隙間から見えたそれを、眼球の前に展開した【望遠眼(スコープ)】で拡大して納得する。思えばこの世界がどういう世界かを聞かされたその時点で、智宏はこんなものの存在を予測して然るべきだったのかもしれない。


「……【装鎧兵装(ギガス)】。この世界ではすでにメジャーな陸戦兵器ね。とは言っても、今は何かの作業のお手伝いに使われているようだけど」


 周囲に警戒し森の樹木に身を隠しながら、十メートルほどの高台の上に移動してその姿を見下ろし、レミカがひそめた声でそう説明する。

 目の前にいたのは何やら設備を増設しているらしい、巨大なコンテナを抱えて歩き回る、いわゆる一つの巨大ロボ。

 体高にしておよそ九メートル。その全身を鋼鉄の装甲で覆い、感じる感覚からして魔力で駆動しているらしき巨大な陸戦兵器が、当然のような態度でそこにいた。


 この世界に、いた。


 ご意見、ご感想、ポイント評価等お願いいたします。

 また、現在アルファポリス様の方で開催しているファンタジー小説大賞に参加しています。

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