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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第四章 第四世界ウートガルズ
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10:身の内の秘密

 時間は少し遡り、ミシオが智宏たちと通信し終えた、その直後に戻る。

 一人居残るエイソウに思いつく限りの指示を出し、マディナと目的地の位置やいざというときの合流地点、目的地までの移動経路などを一通り議論し、最低限の荷物をまとめて出発するころには、すでに青かったこの世界の空もその色を赤へと変えていた。


(まあ、とはいっても、持って行くような荷物や装備なんてほとんどないんだけど……)


 世界間の時差ゆえに見ることになった本日二度目の夕焼けを視界に収めながら、頭の片隅に浮かぶ思考の一つで智宏は自分の持ち物の少なさについて少しだけ検討してみる。

 異世界に関わるようになってからやたらと荒事に巻き込まれるようになってしまった智宏だが、実は武器と言えるものを持って戦った経験というのは思いのほか少ない。それは単純に、オズの攻撃魔術という圧倒的攻撃手段をエデンにいた際に大量に見覚えてしまったがゆえにあまり必要にならなかったというのが理由としては大きいのだが、もっと大きな理由として単純に手に入らなかったという事情もある。

 実際、あった方がいいと思ったことはないわけではないのだ。

 前回学校内で敵と対峙することになった際には、非常に心もとないながらも箒の柄に使われていた棒を使ってみたこともあった。実際あんなもの無いよりはまし程度の気休めに過ぎなかったし、すぐに放棄して使わなくはなってしまったわけだが、それでも“無いよりはまし”だったことは確かなのである。

 いや、むしろ智宏の持つ【集積演算(スマートブレイン)】の性質を考えるならば、使える手札はむしろ多ければ多いほどいいとも言えるはずだ。この前のように日用品で戦うというのは、むしろ邪魔になる可能性の方が高いため却下すべき案だが、きちんとした武器が手に入るのならば手に入れておきたい。


「熱い視線を感じるわね。今はそれほど色気のある格好をしてないはずだけど?」


「……生憎と、興味があるのはその色気のない装備品の方なので」


 からかうような口調に適当に応じながら、智宏はもう一度今のマディナの格好を一瞥する。

 野戦服の上から、さらに各種装備を纏った完全装備。手を加えたと言えば、唯一安全靴をはいたくらいで、そのほかは動きやすいだけのほとんど普段着と言っていい智宏の格好とは違い、現在のマディナの格好はいかにも戦いに行く軍人といった装いだった。

 肌の露出はほとんどなく、唯一外に出ている顔も、その頭にかぶっているヘッドギアのバイザーを下ろせばさらに目元が隠れてその露出面積を減らしてしまう。胴には体全体を守るようなボディアーマーを身に着け、手足にも頑丈そうなブーツや指先だけが出た手袋がはめられて、本人の言う通りお世辞にも色気とは程遠い。

 そして、さらにその印象を濃くするのが彼女の肩から掛けられた無骨なライフル銃。

 銃器に関する知識に乏しい智宏には断定こそできないが、【集積演算(スマートブレイン)】で脳内から汲み取った数少ない知識と照らし合わせるなら、アースにおけるアサルトライフルに形としては近いかもしれない。さらに言うなら彼女が装備する武装はそれだけではなく、腰の後ろに拳銃らしきものが収められているし、それらの銃器に込める弾倉なのか、携帯電話を一回り小さくしたような四角い金属の塊が装備のあちこちに仕込まれている。おまけに手榴弾らしきものまで腰から下がっているとなれば、正直平和な日本ではお目にかかりたくない物騒極まりない装いだ。


「あら意外。魔術なんてものが使えるあなたからしたら、こんな装備はじゃまでしかないかと思ってたのだけど」


「あいにくと、魔術は魔術で不便な点もありましてね。それらをカバーするのにそういった装備が使えるかもと思ったんですよ」


「あら、そうなの。でもごめんなさい。生憎とこの装備は私一人分しか持ち合わせがないの。これを取り上げられたら私足手まといになっちゃうわ」


 監視システムがあっても見つからないように、住人が避難してゴーストタウンと化した街を、さらに建物の陰に隠れて進みながら、智宏たちはそんな会話を交わしあう。

 どうやら智宏たちが出現した場所はこの島がまだ観光地だったころにスーパーか何かだった建物のバックヤードにあたる場所だったらしく、建物の外へ出ればそこにはかつてにぎわっていただろう街並みが、今は無人のゴーストタウンと化して空虚に広がっていた。

 見た限りでは、大きな破壊の後は見られない。ただ荒れ果てた、物寂しい光景だけが、今のこの町の全てとなっている。


「それにしても足手まといね。ここまでの動きを見てるととてもそんな風には思えませんけど」


「あら、それにあっさり付いて来ておいてよく言ってくれるわね。結構訓練してきたものだから割とショックだったのよ?

 それに、どんなに訓練していても、あなた達異世界人と違って私たちは丸腰になったらできることにも限度があるわ」


「“その体でも”、ですか?」


 智宏の容赦のない問いかけに、マディナは少しだけ足を止めると、振り返って智宏に対して薄く笑いかける。


「あらあら、気づかれてしまっていたのね。ますます自信を無くすわ」


「多分エイソウもおかしいとは思ってたはずですよ。あの人魔力の気配には敏感ですから。魔力をつかえないはずのウートガルズ人の体から頻繁に微弱な魔力の気配があったらそれは気になりますよ」


「フフフ……。そう、異世界人にはそういう部分で見破られちゃうのね。魔力(エーテル)を使った駆動システムも、そう考えると少し問題かしら。

 お察しの通り私の体は半分以上が作りものよ。あなたの世界の言葉で言うならインプラントとか、あるいはサイボーグと言った方がなじみ深いかしら?」


 そういってマディナは近くに落ちていた適当な小石を拾うと、その細くしなやかな手の中に握り込み、次の瞬間には粉々に握りつぶして見せる。

 握る瞬間、わずかに彼女の腕の中で瞬く魔力の気配。どうやら一定以上の力は、彼女たちがエーテルと呼ぶ魔力をエネルギーにして生み出しているらしい。


「……見た目普通の人間と大差ないのに、それで義手なんですね」


「ええ。まだ子供のころに爆撃に遭ってね、体が半分吹き飛んでしまったのよ。足は両方とも根元から、右腕は肩から、左腕は比較的生身の部分が多いけど、それでも指が三本と中身の一部が作り物なのよ。後は臓器や骨にもいろいろと組み込まれているかしら。

ふふっ、実はこのプロポーションが半分以上作り物だったなんて、男の子としてはショックだったかしら?」


「……どちらかというと、そんな話をこともなげに言われる方がショックですね。

 足もって事は、あなたから足音がさっぱり聞こえないのもそのせいですか? あと、機械を使わなくてもGPSや通信機の真似ごともしてますよね?」


「あらあら、本当に隠し事ができないのね。まあ、足音がしないのは単純にそういう歩き方をしているからでもあるんだけどね。でもまあ、その歩き方にしても足を動かすための補助OS任せなわけだから同じことか。

それにしても、男の子なのに色香に惑わされないなんて、なんだかつまらないわね。まあ、そういう力なのだと思ってあきらめるしかないのかしら……」


 智宏の反応が期待していたものと違うことに落胆しながら、マディナは自身の体に秘められた技術の性能を惜しげもなく披露してくる。どれ一つとってもアースの技術からすれば驚くべきものだが、もしかするとこの世界ではそれほど珍しい技術ではないのかもしれない。


「それにしてもサイボーグですか。そんな人間までいるとなると、一対一の真っ向勝負ならエデン人が勝つって認識も改めた方がいいかもしれませんね」


「まあ、私のように義体化している人間なんてそんなにたくさんいるわけではないからそのあたりは微妙なところだと思うのだけど……。ああ、でも武装一体型の義体使いには確かに気を付けた方がいいわね。私の義体は潜入する際に見た目が問題になるから怪力程度しか特筆する性能はないけど、外見に明らかな特徴が出てしまう武装一体型の義体は文字通りの意味で兵器の塊よ」


「なるほど、注意しておきます」


 答えながら、智宏は同時に自身中でのウートガルズに対する知識の不足を自覚する。元々ウートガルズについては情報不足のままこんな事態になってしまったため仕方がないともいえるが、このまままったく情報がないままではろくな対策も立てられない。


「解せないわねぇ」


 と、智宏がこの世界の兵器について思案していると、不意に前を進むマディナが不穏な声でそう言った。視線を向けると、口元を先ほどと同じ薄い笑いに歪めたまま、眼だけは怪しい光を放ってこちらを見つめている。


「どうかしたんですか?」


「いえね、ここまで付き合ってきて、あなたが相当頭の回る子だっていうのはわかったのよ。まあ、そういう【刻印】とやらだって言うならそうなんでしょうけど、でもそうなると余計にわからなくなるのよ。

 ねえあなた、どうして私を疑うそぶりを見せないの? 私としてはむしろ、あなた達をどう説得するかを最大の問題としてとらえていたのだけど」


「……ああ、そういうことですか」


 マディナが協力を申し出たその直後、殺気立つエイソウを押さえながらも、智宏はほとんど迷いなくマディナの同行を認めていた。いつオズからの増援が来るかわからない以上は、まず魔方陣を起動させて異世界に移動するのが先決だと、まずは異世界に渡るのを優先するように言い聞かせたのである。

 だがそもそもの話、敵か味方かもわからない、いつ裏切るかも知れない人間を同行させるくらいなら、少し時間を割いてでもマディナの背後関係を問いただすのが先と考えるのが普通なはずだ。マディナも当然そう対応されると思っていたし、だからこそその背後関係の追及を後回しにしてあっさりと同行を認め、あまつさえ見張りにつくこともなく、自由に本国と通信することすら許している智宏の思考回路が理解できない。


「簡単ですよ。自分には【レミカ】がいた。それが答えです」


「レミカ? それはいったい誰のことを言っているのかしら?」


 智宏の言葉に、マディナは怪訝そうに眉をよせ、その表情を疑問に染める。

 ただしそれは、レミカという名前に聞き覚えがなかったから、“ではない”。


「それは貴方の中にあるその魔力のことかしら? それとも――」


 瞬間、マディナの表情が嫌らしくも、まったく別人のような表情に染まる。人間の体というのは操る人間が変わるだけでこうも印象が変わるのかと思わされるような、そんな実例がそこにあった。


「――それともこの体に入り込んだ、“私”のことを言っているのかしら?」


 マディナという別人の肉体を操り、新たなレミカが妖しく笑う。

 ほとんど感じ取れない、微弱な魔力が微かにうごめき、分厚い装備の下の左胸に心の刻印(しるし)を刻み込む。

 同時に、智宏の左胸の上でも、体のない彼女がほほ笑んだような気がした。


『こんにちわ。新しい「私」』


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