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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第一章 第一世界エデン
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10:第一世界エデン 後編

「さあ、食え。食って力をつけろ」


 数分後、ブホウが運んできた山もりの串焼きを目の前にし、智宏は変に葛藤することを諦めた。もともと知らなければ食べられたのだ。変に意識しなければ味は悪くない。

 幸い、流石に一人で食べさせる気はなかったのかブホウも酒と合わせて食べているし、ミシオも小動物のように齧っている。ただし止まらないが。


(細い体のくせに意外に……いや……)


 それ以上は考えるのをやめた。

 幸い他に考えることがあったためそれは簡単だった。ブホウが智宏達の世界について質問してきたのだ。どうやら智宏がレンド達とは違う世界の住人であることは村の中で広まっているらしい。


「なんだ? じゃあお前の世界にも気功術は存在してないのか?」


「ええ、だから傷の手当てを受けたときは驚きました。僕の世界にはあんな風に簡単に傷を治す技術はありませんから」


「まあ、そうはいっても並の奴じゃあそこまではできんよ。ハクレンの野郎はもともと気の扱いがうまいからな。それにあいつは強い! この村で医者の役職を継ぐやつは大抵弱くて戦闘じゃ役に立たない奴が多いんだが、あいつの場合槍の腕と『血』の気功術を両立させとる」


 そう言われてみれば竜猿人(ダイノロイド)と戦ったときも、不意打ちで襲ってきたのを一体、レンドの援護があって二体、そしてそのあと一対一で三体目を倒している。それだけでもハクレンの戦闘能力の高さは分かるというものだ。


「なんだったら元の世界に戻る前にハクレンに『血』の気功術を習ったらどうだ? 元の世界に帰ってからも役に立つだろう?」


「えっと、それが……、無理なんです。魔術と気功術って使う魔力の性質が違うので魔術が使えた僕には気功術が使えないんです」


 智宏としては気功術の話を聞いたとき魔術と同じように期待していたので残念な話だった。だがブホウはそうは思わなかったらしい。


「んん? お前さんはレンド達とは違う世界の異世界人と聞いたが?」


「ええ、そうですけど」


「じゃあレンド達にはできなくてもお前にはできるかもしれないじゃないか。……ふん、物は試しだ。やるだけやってみろ」


 そう言うとブホウは自分の串の肉を頬張ると、残った串を智宏の目の前に突き出して見せた。様子から察するにこの串も骨か何かからできていたらしい。


「体の中の気を意識して動かすのがコツだ。動かした気をこの串に集めてるのが分かるか?」


「……ええ、わかります」


 よく注目して見るまでもなく、神経を研ぎ澄ますと【気】が串に集まっているのが分かる。ブホウはそれを確認させると、近くに転がっていた石ころを素早く串刺しにして見せた。


「まあこんなところだ。おおざっぱに言えばこれを体中の筋肉に使えば【筋】、目や耳や鼻なんかに集めれば【感】、傷口に集めれば【血】って寸法だ。やってみろ」


「……はい」


 智宏は覚悟を決めて試してみることにした。元よりだめで元々だ。失敗したからと言って何かある訳でもない。

 それに気を動かすことは智宏にとって難しい作業ではない。気と魔力が同じものである以上気の操作は魔術と同じ要領でやればいい。智宏は試しに魔方陣に魔力を流し込む要領で串に魔力を流し込む。


「ん!」


「ほう、とりあえず発動はしたな」


「……はい。でもこれ効果はどうなんでしょう?」


「レンド達の場合も発動はしたが効果はなく、気をとどめておける時間も短かった。お前の気功術がどうかはまあ試してみれば分かる」


「へ?」


 そう言うとブホウは自分の串の気功術を解くと、串を左手に持ち替え、空いた右手で腰から短刀を引き抜いた。さすがに村の中であることもあってか完全武装ではなかったが、短刀ぐらいは持ち歩いているらしい。

 智宏がその短刀で何をするのだろうと思っていると、いきなり右手が目にもとまらぬ速さで動いた。


「うわ!!」


 かろうじて動いたと分かったのは、ブホウが抜いたばかりの短刀を鞘に納めていたことと、ブホウと自分が持っていた串が奇麗に切られて地面に落ちたからだった。

 それをやったブホウ本人といえば冷や汗を流す智宏をよそに落ちた串を拾ってまじまじとみつめている。


「ふむ、まさか本当に効果があるとはな。」


「あの、ブホウさん? 割とおっかないことしといて何を言ってるんですか?」


「うん? いやなに、何もしてない串とトモヒロが気功術を使った串を試しに切り比べてみたのだが」


「そう言う事はせめて断ってからやってください! おかげで冷や汗が止まりませんよ!!」


「なんだ、異世界人は肝の小さい奴が多いな、まったく……。まあいい喜べ。一応の効果はあったぞ」


「は?」


「智宏の串のほうが若干斬り応えが強かった。気功術が成功しとる」


 それはつまり智宏の気功術が一定の効果を示していたということだ。つまりは智宏は魔術だけでなく気功術も使うことができることを意味する。

 しかし智宏はそれを聞いてもすぐに喜ぶ気になれなかった。あまりにも都合のいい展開が逆に不気味だとさえ思う。魔術のない世界に生まれながら魔術が使えたことは今さらなので対して不安を呼ばなかったが、気功術は話が別だ。魔術は血統的なもので説明がつくかもしれないが、気功術はそうはいかない。


(えっと、気功術が使えるってことは僕の魔力の属性は【気属性】ってことになるのか? 魔力の属性は魔方陣が変換できるから、それならそれでどっちも使えることの説明はつくけど……)


 智宏が考え込んでいると、その目の前にブホウの顔が突然突きつけられた。その表情は先ほどとは違い怪訝そうなものに変わっている。


「なんだ、なんだ、せっかくできたのに浮かない顔なぞしおって。少しは喜ばんか。せっかく強くなる道が見つかったというのに」


「いや、まあそうなんですけど。何か色々出来すぎていて気味が悪いって言うか……」


「異世界人というのは難しく考えるのが好きだなぁ。良いではないか、お得だとでも考えておけば。実際この世界で生きていくのに使えそうな力を二つも持っているんだ。お前さんも人間の男に生まれたからには弱きものを守り、戦うために力を振るわねばならん」


「……弱きものを守る、ですか……?」


「そうだ。その点昼間は良くやったと褒めておこう。女子を守って魔獣に立ち向かったそうではないか」


「いや……、はぁ」


 ブホウの言葉に、智宏はうまく答えることができず、曖昧な返事を返す。「魔獣に立ち向かった」といえば聞こえがいいが、実際は恐慌状態に陥って無謀な特攻をしただけだ。お世辞にも褒められる行為ではない。むしろ反省すべきだとすら思っていた。


「弱きものを見捨て、あるいは迫害、淘汰することは簡単だ。実際魔獣のみならず虫も獣も皆そうしている。その方が生き残りやすいと本能的に知っているからだ。実際人間にもその本能はある」


 それでも智宏の内心をよそにブホウは力強くそう語り出した。その口調には酒の勢いだけでない熱がこもっている。


「だがしかし! しかしだ! 天より使命を賜った我々人は、その本能に従ってはならない。それは獣のすることだ。弱気を慈しみ、守り、ときにはその力を借りることは人間のみができる、天が人間にのみ与えられた道だ。我々はその道を踏み外すことがあってはならない。我々は獣の道を歩くことがあってはならない。我々は人の道を歩かねばならんのだ」


「人の……、道」


 智宏は自分のことを勇気のある人間だとは思っていない。戦う術を持たない智宏にはこのような思想をまっとうする方が危険だ。

 だがそれでも引き込まれる。

 それほどブホウが語る生き方に強い魅力があった。


「なんか……、いいですね」


「ほう、わかるか? ならば精々己の持つ力の使い方を考えておくことだ。お前さんの力はきっと何かの役に立つ。特に【刻印】や【魔術】みたいな力はこの世界の人間には使えないから引く手あまたじゃぞ。」


「……【刻印】?」


 【気功術】と【魔術】は分かる。だが【刻印】という言葉は聞き覚えが無い。一瞬ミシオの使う超能力のことかと思ったが、そもそもミシオがこの村に来たのは今日であり、ほかに彼女と同じ世界の住人が来ているという話も聞かない。そもそもミシオの能力に関しては、まだ他の人間に話していないのだ。知っているはずもない。


「なんだ? 【刻印使い】についてレンドの奴から聞いてないのか?」


 見かねたブホウがそう言って来たのですぐに頷く。どうやらまだ智宏の知らない要素があるらしい。


「なら教えてやるのが年長者の務め……、なのだが、生憎と儂もよく知らんのだ。レンド達の話を聞いたには聞いたんだが、願いがどうの、魔力がどうのと難しくてさっぱり分からなかった」


「願い?」


「ああ。聞けば、叶うんだとよ、願いが何でも」


「……え!?」


 その言葉に智宏は衝撃を受ける。もしそれが本当なら元の世界に帰る方法に成り得るかもしれない。


「まあ、詳しいことはレンドあたりにでも聞いてみろ。儂に聞いてもこれ以上詳しくは話せんよ」


 そう言いながら先ほどの酒が入った椀を手に取り、しかしそれを飲み干そうとして怪訝な顔をした。


「どうしたんですか?」


「酒が水に変わってる」


「は?」


 智宏がその意味が分からないでいると、いきなり視界の隅にいたミシオが倒れた。


「え!? ちょっとミシオ!?」


 見るとミシオは横倒しに倒れていた。髪が顔にかかって表情は覗えず、どうかすると死んでいるようにも見える。が、


「間違えてわしの酒を飲みおったな……」


「途中からやけに静かだと思ったら……」


 よく見てみると胸がかすかに上下しているし、髪に隠れて見え辛いが、顔も真っ赤だ。口に出すまでもなく原因は酒だろう。


「できればこの娘にも話を聞きたかったのだが……、これでは無理そうではないか……」


「……とりあえず、寝床に運んだほうがいいでしょうか?」


「そうだな。そろそろ時間も時間だし、話の続きはまた今度にするとしよう」






 暗い洞窟の中から出ても、明かりと言えるものは手元の魔術以外ほとんどなかった。星明かりだけはきれいに瞬いているが、すでに村の灯は消えている。すでに食事時からはかなりの時間がたっているのだ。すでに村人たちは一部の見張りを残して寝静まった頃だろう。

 そうしていると、ふとすぐ目の前に人の気配を感じる。


「ブライン、ここにいたのか。光ってなかったから見えなかったよ」


「っ! 貴様は……、まあいい。それで?どうだった?」


 待っているだろうとは思っていたが、明かりもつけずに座っていたことにレンドは少々驚きを感じる。明かりをつける魔術を使わなかったのは、星を見るためなのか魔力を節約していたのか。レンドは感で両方だろうとあたりをつけた。


「予定通り、明日の朝には増援(・・)が来ることになったよ。人数は二人だけどね」


「たった二人か……。やはり、人手不足はこの村の人間に頼るしかないな……。了解した」


「一応飛行系術式の使える人間を送ってもらうように言っておいたから、あとはそっちで何とかしてくれ。俺はあの二人の方にそろそろ決着をつけるよ」


 そう言うとレンドは自分の真実を知ったときに、あの二人、特に疑うことを知らないトモヒロはどんな表情を浮かべるかを考えて薄く笑みを浮かべる。驚くだけで済むか、あるいは怒り狂うか。どちらにしろあまり愉快な気分にはならないだろう。


「分かった。そちらはお前に一任しよう。どの道決断は早いほうがいいしな」


「ああ。あの二人のこの村での生活は……、明日で終わりだ(・・・・・・・)


 かすかな星明かりしかない深夜の森で、二人の異世界人が動き出す。


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