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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第一章 第一世界エデン
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1:異世界生活三日目

 異世界に来てから三日目の朝が来た。

 自分のいた世界ではかなり寝起きの悪かった智宏(トモヒロ)も、他人の家でまで寝坊できるほどの強かな神経を持ち合わせてはいなかったらしく、驚くほどあっさり目が覚めた。


(いや、これはただ単に夜早く寝るようになった結果か)


 よく自分の生活を思い返して見ると、最近の睡眠時間はかなり短くなっていたように感じる。その点この世界では暗くなってからすることもないので眠るのが早い。もっとも起きるのも早いのだが、それでも睡眠時間は長くなっているらしく、起きるのが楽に感じる。


「顔でも洗うか」


 寝床から抜け出し、靴を履いて、顔を洗うため家の外に出て水場に向かう。水場と言ってもこの村は高台、もっと言えば切り立った崖の岩棚にある。井戸もないため、崖下の川から水をくんできて村の中心にある水場にためているような場所だ。聞いた話だと毎朝村の少年たちが川まで往復して水をくんでくるとのことだった。今朝は早く起きたため、実際にその光景を目にすることとなった。


(そろそろ、風呂にも入らんなくちゃな。この世界の風呂ってどんなものだろう? そもそもあるのか?)


 この世界に来てから体を洗うどころか、着ているものすら元から着ていた学校の夏服のまま変えていない。この世界の服はお世辞にも着心地がいいとは言えないものであるし、身だしなみにまで気を使う余裕もなかったのがその理由だ。

 水面に映る自分の顔を眺める。そこにあったのは黒い髪と瞳の、ただ一点(・・・・)を除けば日本人として平均的な顔だ。以前はメガネをかけていたが、この世界に来たときに外してしまいそのままになっている。今のところ特に不便は感じていない。そもそもこの世界には元の世界のように遠くの文字を読むという局面が無いというのも理由の一つではある。

 改めて現状を指摘するなら智宏は今異世界にいる。

 この事実を真面目に考えるのは酷くばかばかしいし、まだたまに「自分はまだ混乱して頭がおかしくなっているのではないか?」というややこしい疑念に襲われることがあるが、結局のところ自分の現状を見直してみると、やはり「異世界に来ている」という事実は逃れようのない現実だった。

 人間というものはなれる生き物だという意見があり、智宏(トモヒロ)もその意見には賛成している口だが、さすがに三日という短い時間では混乱から脱し、現状を把握するだけで精いっぱいだった。

 だが、なぜ、どういう状況に陥ったらこういう事態になってしまうのか。その答えは三日目を迎えた今でも一向に出ていない。

 智宏が覚えているのは、夏休みだというのに苦手科目である英語の補習に一週間も浪費し、ようやく最終日を迎えてのんびりできると思っていた帰り道に、近道をしようとしていきなり記憶が途切れるといういいかげんなものである。かすかに足元が光っていたような記憶もあるがその記憶も定かではなく、結局原因と言えるものは不明のままとなっている。

 もちろん智宏とて異世界などと言う単語を容易に受け入れた訳ではない。

 本やゲームならともかく、現実に異世界など有ればそれは悪夢の類であり、悪夢でなければ悪い冗談だ。もしも冗談でないとなればそれはフィクションであり、フィクションの中ではファンタジーに該当する。頭に王道をつけても構わない。


(いや、でも王道を語るには少しおかしな所もあるか)


 トモヒロが王道ファンタジーとは違うと感じる点、それが目の前に広がる水場のあちこちで顔を洗う村人達だった。彼らは一様に明らかに日本人ではない特徴をそろえている。

 顔にうっすらと浮かぶ鱗のような模様。全体的に白や銀に近い髪色。異世界人と言ってしまえばそれまでだが、智宏がイメージする異世界人とはやはり少しずれている。

 この鱗模様はこの世界の人間に共通した特徴らしく、この特徴に当てはまらない人間は異世界人だけである。

 そしてもう一つ。どちらかと言えばこちらの方が重要なのだが、奇妙なことにこの村には、鱗模様を持たない異世界人が智宏の他にもう一人いるのだ。


(そういやレンドの奴まだ起きてこないのか?)


 周囲を見回して、この二日ほどで早くも見慣れてしまった顔を探してみる。同じ部屋で寝ていたはずなので起きぬけに確認しておけばよかった。そう思いながらも周囲を見回し、しかし金髪にメガネと言うこの世界の人間にはありえない風貌の男はどこにも見受けられなかった。どうやらまだ起きていないらしい。


『よう。眼が覚めたかい? ようこそ、異世界エデンへ。まあ、お前も混乱しているだろうが、同じ不運に見舞われた者同士仲良くしようぜ』


 つい一昨日の夜、村にある一軒の家で目覚め、混乱のるつぼに陥っていた智宏にそう声をかけたレンドは、昨日一日かけて智宏にどうにか異世界のことについて飲み込ませた。そして同時にこれからの行動についても。


「そういえば今日って僕が見つけられた場所に行くって言ってなかったか?」


 昨晩決めた予定を思い出し、智宏は手拭いで顔を拭きながら内心でレンドを起こしに行くことを決める。

 出かけるにあたってついでとばかりに身を寄せている家の仕事を手伝うことになっているため、早く起こさないと相手に迷惑をかけてしまうのだ。ただでさえ居候の身なのにこれ以上迷惑はかけられない。


「……はぁ。しかたない、起こしに行くか」


 智宏の異世界生活は三日目の朝はこうして始まった。






 智宏が厄介になっているのはハクレンという初老の男性と、その妻のリンファという女性の住むログハウスのような作りの木造家屋だ。異世界人である智宏を住まわせることとなった理由は簡単で、ハクレンがこの村で唯一の医者で、患者を寝かせるために余計に部屋を一つ持っていたからである。この世界の家は基本的に木造一階建て、部屋も一つの部屋を家族で共有するのが普通という中で、余計に人間を泊めることのできる家はハクレンの家だけだったらしい。

 村の外れには客を泊める施設はあるらしいが、そこは他の村からの重要な客を泊めるためのもので、居候を泊めるためのものではない。智宏自身もそんな大それた部屋は遠慮したかった。

 智宏が寝起きしているのはハクレンとリンファが眠る部屋の隣の大部屋で、そこでレンドも寝起きしている。否、起きていない。ひたすら寝ている。


「おい、起きろレンド。朝だ!」


「う~、あと五分」


「そのボケが異世界共通だとは知らなかった。じゃない、起きろ! 一応居候の身だろ僕ら」


「うぅぅ……。うるさいなぁ」


 そんなうめき声をあげながら、毛布から顔を出したのは金髪碧眼の若い男だった。かなりの美形といってもよい顔立ちに、いつもならメガネをかけているのだが、今は外して眠そうに目を細めている。加えて無精ひげも伸びているため、本来ならもてるであろう容姿がだらしないイメージに上書きされて台無しだった。

 しかし何より目につくのは、智宏とおなじ(・・・・・・)長い耳(・・・)だ。

 幼いころから、吉田智宏には一つのコンプレックスとなっている、エルフのように尖った長い耳。自分以外には母親やその親戚にしか見たことのないその特徴を、目の前の男は持っている。

 実際、最初に見たときは驚いた。しかしよく話を聞いてみると、どうやらおかしいのは智宏達の方らしい。

 何しろこの男は、


「スゥ……」


「って寝るなぁ!!」


 二度寝を始めたレンドに、智宏は思考を中断して毛布に掴みかかる。だが、レンドからは全く起きる気が感じられない。

 いよいよ蹴り起こそうかと智宏(トモヒロ)が考え始めていると、背後で何かの気配がする。振り向くとこの家の家主であるハクレンがやってきていた。ハクレンは年齢は40代半ばといった感じの男性で、この村で数少ない医者だ。慌てて智宏が挨拶すると、落ち着いた雰囲気の挨拶が返ってくる。

 ハクレンは毛布にくるまり三度寝の態勢に入るレンドを見て状況を理解したらしく苦笑いしながらレンドを起こしにかかった。


「起きたまえレンド君。『働かざる者食うべからず』だぞ!」


「……ここホントに異世界なのか?」


 智宏(トモヒロ)の中で初日に否定した「実はドッキリでした説」が急速に力を持ち始めた。だが次の瞬間にはその考えがより強い疑念となって動きだす。


(いや待て、流石にこれはホントにおかしくないか?)


 言葉が同じなのは一万歩くらい譲って何とか納得した。昨日の時点で言葉が通じること、それも相手が何を言っているのかが分かるのではなく、相手が本当に日本語を話しているという事態には驚きを隠せなかったが、それでも相手がごく自然に日本語を話しているという事態は納得するほかなかった。

 だが、お約束のネタやことわざまで同じというのまでは納得できない。この二つは基本的に、何らかのエピソードから生まれてくる代物であることが多い。おないようなエピソードが異世界にも存在していると考えることもできるが、はたしてそれだけなのだろうか?

 智宏(トモヒロ)が自分の中で異世界の存在そのものを根本から疑い直していると、突然目の前で強烈な変化があった。


「ふっ!」


「ずおっほぉう!!」


 いきなりハクレンから何か気合い入れるような雰囲気を感じたと思えば、レンドが奇声を上げて飛び起きた。智宏自身も猛烈な寒気を感じ、体中の毛が逆立つ。


(……え? ……今いったい何を? 殺気?)


 なぜ自分までという疑問がトモヒロの心中に充満するが、実はただのとばっちりである。

 しかしながらその感覚はレンドを叩き起すのには十分だったらしく、飛び起きたレンドはハクレンに挨拶していた。いや、なぜか敬礼していた。


「おはようレンド君よく眠れたかな?」


「はいっ! ハクレンさん! 朝までぐっすりであります」


 すでにレンドの口調がおかしい。というか震えていた。


「ふむ。ところで今日はこれからレキハの森に行く予定ではなかったかね?」


「はい。そのとおりであります!!」


「まあ、私としては特に頼んだ覚えもないし、村の子供でも連れていけば事足りるのだがね。はて、ではなぜ私は君たちを連れて行こうなどと思ったのかね?」


「はい!! 我々がそう願い出たからであります!!」


 嫌味を言うようにではなく、本当に疑問そうに投げかけられるハクレンの質問に、レンドは緊張に体をこわばらせながら答えていく。表情だけみればハクレンにそのつもりはなさそうだが、行われていることはほとんど尋問だった。

 目の前の光景を見ながら、智宏は今後あの人に逆らうのはやめようと心に固く誓った。別に逆らう予定があったわけではないが。


「ふむ。そうか。頼まれていたのでは仕方が無いな。それでは準備ができたら表へ出てきてくれたまえ。持っていく者はこちらで用意しておこう」


「はい!! 了解であります!!」


 ひときわ強く敬礼するレンドに背を向け、ハクレンが室外へと出ていく。後に残されたのは敬礼の姿勢で硬直したままのレンドと、あっけにとられる智宏だけだった。






 仕事をするというのは昨日の夜、すなわち異世界にきて二日目の夜のことだ。智宏が一通り自分の住んでいた世界について話し終え、レンドの住んでいた世界の話を聞き、元の世界に戻るにはどうすればいいかを話し合い始めたときに決めたことだった。

 理由としては簡単で、これから元の世界に帰るにしろ方法が分からない以上ある程度この村に滞在しなければならない。しかしこの村に滞在するにしてもただで居候するのは心苦しかった。

な により、この村は子供から大人まで一人一人が仕事を分担しており、そんな中で働きもしないよそ者がただ飯を食らって生きていこうなどと言うのはいくら何でもこの世界を甘く見すぎだろう。

 そこで、この世界について調べることも兼ねて自分たちでもできそうな仕事を回してもらうことにしたのである。今回はその手始めにハクレンに付き添って、智宏が倒れていたというレキハの森の中まで行き、調査がてらに薬草の調達に行くことになっている。

 だが、


「はい、一応これを渡しておくよ」


「……は?」


 いきなり短剣を渡されるのはさすがに予想外だった。

 ためしに引き抜いてみると驚いたことに金属製ではないらしく、白っぽい刀身が姿を現す。何でできているのか分からないが、刃渡り20センチほどの短剣で、斬ることより突くことに向いていそうな形をしている。最初は作業用のナイフか何かかとも思ったが、とてもそうは見えなかった。

 見れば、レンドも似たようなものを受け取っている。そうかと思えばハクレンに至っては槍を持ち出していた。

 武装として持ち出したものであるのは明らかだった。

 智宏の全身にいやな予感と寒気が走る。


「あのハクレンさん? もしかして出るんですか?」


 そして同じようなことを考えたのか、レンドがあまりにも不吉な質問をしている。


「いや、あくまで念のためだよ。あそこは村から近いし滅多に出ないよ。ただときたま人型が出て騒ぎになることがあるから用心に越したことはないけどね」


「いや、人型って『魔獣』のですよね!? あんなの俺や智宏じゃ対応できないですよ」


(……は? 魔獣?)


「滅多に出ないから大丈夫だとは思うが、出たら出たであきらめて戦うしかないな。そのときは頑張って生き残ろう」


 その言葉に唖然とする異世界人二人を残し、ハクレン自身はしっかりとした歩みでどこかに行ってしまう。村の出口ではないし三人で行くという話なので他にも取りにいくものがあるのだろう。

 そしてあとには、再び呆然とした二人が残される。


「……あっちゃあ。まずったな。まさかこんな近くでも出るとは……。」


「……出るって何なんだ? さっき魔獣とか言ってたけど……」


「まあ、言ってしまえばこの世界の野生動物だよ。魔獣なんて呼ばれてるのは宗教上の理由さ。まあ、危険なことには変わりないんだが」


 要するに猛獣と言うことなのだろう。

 そう考えながら、智宏は視線を村の出入り口に向ける。そこから先に広がっているのははるか果てまで続く密林だ。日本の景色で無理やり近いものをあてはめるなら富士の樹海が近いだろう。もっとも密林を構成している木々は日本の物とは違うのだが。

 居るかも知れない。

 素直にそう思わせられる森だ。何が分布しているかまでは分からないが、地球ならトラやオオカミの一匹もいそうな森だった。


「だがまあ、考えてみれば当たり前の話だったな。俺が甘かった」


「当たり前?」


「ああ。この世界ではさ。この程度のことは危険の内に入らないんだよ。危険を危険と認識していないわけじゃないし、それを忌避してもいるんだけど、当たり前に存在し過ぎている危険だから避けようのないものとして認識されている」


 恐らくこの世界において、森に魔獣と言われる生き物がいるのは当たり前なのだろう。いや、そういう意味では本来森に猛獣がいるのは当たり前のはずなのだ。地球の、それも日本などと言う国に住んでいるから忘れがちだが、智宏はあまりにもそういった危険と縁が無さ過ぎたと言えるかもしれない。

 一歩海の外に出れば、猛獣が住む地域に隣接している町だってあるし、日本国内でだって熊くらい出る。これはそういう次元の延長にある話なのだ。

 村の前に広がる森を見れば分かる。この世界は自分のいた世界とは生態系が根本的に違う。少なくとも日本では見たことのない植物が多いことからみてもそれは一目瞭然だ。おそらく凶暴な猛獣も多くいるだろう。

 この世界における人間は生物の頂点に立っていない。

 安全な環境でぬくぬくと生きていられた今までとは違う。もしも今までの常識にとらわれ、この世界を軽く見ていれば間違いなく危険だ。


「やっぱりやめた方が良かったかもしれないな。どうするトモヒロ? 今からでも別の仕事に変えてもらうかい?」


「……いや、そうもいかないだろう」


 少し考えた後、智宏は静かにそう答える。たとえ危険だったとしても、目的を考えると森に行く必要はどうしてもあるのだ。


「確かに危険なのかもしれないけど、でも僕が倒れていたのは森の中だったんだろう?」


「ああ。ちょうど今から行くところだ。というよりトモヒロが倒れていた場所に行く用事に参加できるよう頼んだんだけど」


「ならやっぱり行かなきゃいけない。自分の世界に帰るためにも、何とか手がかりを見つけないと……」


 そう言ったところで、家の影からハクレンが現れる。背後で何か言おうとしているレンドを意図的に無視し、なけなしの勇気で歩きだし、ハクレンに続いて森へと向かう。

 そしてこの数時間後、智宏はそれが勇気とさえ呼べないものであったことを思い知る。


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