竹林奇譚 外伝二 生日
「はいよ、おめっとさん」
そういって、学然は包みを差し出した。
不思議そうな顔をしていると、呆れたように彼は言った。
「あのな、今日は何の日だ?」
「7月7日ですから、七夕です」
「あのな……」
くしゃりと学然は前髪をかきあげる。
「お前な……」
「冗談ですよ」
雲隠は笑って、包みを受け取った。
「ですが、先ほどまで忘れていたのは本当です」
言いながら包みを開く。
中から出てきたのは、竹で作られた人形だった。
二胡を弾く――雲隠の姿。
細かいところまで丁寧に作りこまれていた。
ここ最近、夜遅くまで学然の部屋に灯りがともっていた理由を知る。
「ありがとう、学然」
今にも音を奏でだしそうな人形を手のひらに置き、雲隠は笑みを浮かべる。
思えば、学然がここに住み着いてからは、毎年こうして誕生日が来るたびに祝ってもらっていた。
誕生日がきたからといって、雲隠は歳をとるわけではない。
自分の「とき」は遠い昔に凍り付いてしまったままで、動き出すことはないのだから。
周りとは切り離されたこの世界で、雲隠は一人で生きてきていた。
時折、己を求めてやってくる人々とは、その場限りのひととき。その者がここを去れば、もう二度と交わることもない。
自分がすでに外の世界で言うところの何年生きてきたのかさえ、雲隠にはわからなくなっている。
だから、誕生日などきても何の感慨もなければ、祝う必要もない。そう思っていた。
けれど、学然はそれを聞いて顔を大いに怒ったのだ。
誕生日は何も歳をとったことを祝うだけじゃないのだ、と。その者がこの世に生まれてきてくれたことを、周りの者が感謝し、共に喜びを分かち合うためにあるのだと。
彼特有の解釈を披露したのだった。
「なんだ?」
そのときのことを思い出し、思わずふっと笑った雲隠を見て、学然は首をかしげた。
「いいえ。あなたが最初に祝ってくれたときのことを思い出して」
「ああ……」
学然も思い出したように笑った。
「結構いいもんだろ? 祝ってもらうのも」
「そうですね……」
はじめのうちは、妙なことをする男だと思っていた。が、何年かするうちに、祝ってもらうのも悪くない、と思えるようになっていた。
学然は見かけによらず、本当に気遣い屋で、祝いのために数ヶ月も前から準備をしてくれている。
これまでもらった贈り物は、どれも彼の心が込められたすばらしいものばかりだった。
だが、どんな贈り物よりも、雲隠には嬉しいものがある。
「おめでとう。それから、生まれてきてくれてありがとな。――お前に逢えてよかった」
必ず彼が言ってくれる言葉。
この言葉が、何よりも雲隠には嬉しかった。
「ありがとう……」
自分は学然が来てから、だいぶ変わったと思う。
自分を少しだけではあるが、好きになることができた。
自分に逢えてよかった、といってくれる友がいるだけで、自分を肯定的に見ることができるようになる。
(わたくしのほうこそ、あなたに逢えてよかった)
照れたように笑う学然に向かって、再度、雲隠は静かに微笑むのだった。
『竹林奇譚』の外伝です。
1つ目の外伝と同様に、こちらもサイトできり番を踏まれた方に贈らせていただいたものです。
最初に雲隠や学然の人物設定を考えたときに、雲隠の誕生日はしっかりと決まっていたのでありました。
なんで七夕にしたのかは……忘れました(笑)