わたしは自爆した
「わたしが結衣のこと好きだってバラしたの誰!?」
わたしは激怒した。
クラスは静まり返る。
そしてわたしも結衣が好きだと自爆したことに気づき、真っ青になる。
それに気づいた友人たちがあわあわする。
朝から我が5年A組は、4コマ漫画みたいに感情がころころ転がっている。
黒板には、大きな字で「彩花は結衣が好き」と書かれている。
盛大なネタバレである。この事実陳列罪に朝からわたしは激怒してしまった。
いや、悪いのはこんなことを書いたやつだ。それに間違いはない。
でもわたしがこんな自爆……他に言いようがない告白まがいなことをしたのは自分が悪い! というより恥ずかしい!
目線を結衣へチラッと向ける。目が合う。わたしはキャーと声を上げそうになる。もうどんな顔をしてたらいいか分からなくなっている。きっと顔はりんごのように真っ赤になっているに違いない。
その騒ぎをいったん止めたのは、担任の先生だった。
「先生、これ!」クラスメイトが先生に駆け寄り訴える。
「うお、なんだ?」先生はクラスメイトの剣幕に押される。そして指さされている黒板を見た。「えっ? でも、……んー、うん。そういうこと?」
「そういうことです!」わたしは先生を威嚇した! 理解されるのは、それはそれで嫌だ。「こんなことしたやつ、絶対見つけてやる!」やっぱりわたしは激怒する。朝から激怒するか真っ青になるか両極端だぞ。わたしよ。
「朝から騒がしいのはそういうことね」先生は教室を見渡しながら「いったん朝の会をやろう。出欠だけは取らないと。それから1時間目と、うーん2時間目も学級会にしていいから。ね?」
「……はい」気を使ってくれる先生がありがたかったし、それ以上に恥ずかしくてわたしは黒板の前から逃げるように離れた。
わたしは自分の席に移動し、鞄を置いた。鞄の中身をささっと机に入れると、空になった鞄を持って教室の横にコートを掛けにいった。約30着の黒いコートがきれいに並んでいる。わたしも同じ学校指定のコートをコート掛けに掛けた。いつもは一番最初に教室に入るから、こうして満杯なところにコートを掛けるのは新鮮だ。鞄もちゃんと置くと自分の席に戻った。
わたしの席は教室の真ん中の一番前。教室の前方にある黒板に書かれた落書きとお見合い状態だ。後ろのクラスメイトが私のことをコソコソ話していないか気が気じゃなかった。後ろの方の席の結衣の方に振り返ろうとするが、勇気出ない。わたしは自分の顔が熱くなるのを感じた。もう冬なのに暑すぎる。わたしの頭は沸騰してしまっている。
そして先生はたんたんと出欠を取る。美咲、奈緒。友人が先生に呼ばれていく。当然結衣も。呼ばれていくクラスメイトの名前が、わたしには容疑者リストに思えた。犯人は厳密にはクラスメイトだけとは限らないが、わたしはクラスメイトだと確信していた。なぜならクラスメイトを名前で呼ぶ習慣がついているのは5年A組だけの変な習慣なのだ。黒板に書いてあるのは彩花と結衣。ふたりとも下の名前なのだ。
そしてわたしは教室のあることに気がついた。黒板消しがないのだ。朝からいたずらの落書きが消されていなかったことに納得した。みんなで寄って集ってわたしを笑い者にしようとしたのではないと分かって安心した。クラスメイトはいい奴らなのだ。来年も持ち上がりだし、ここでこの遺恨は取り払わないといけない。まあ、もうわたしの公開告白のような自爆でわたしの立場はおしまいかもしれないけど……。わたしはここまで何度自爆と心のなかで言っただろう。数えてないけど、たぶん一生の半分くらい今日で言い切ってしまいそうだ。
朝の会が終わると、わたしは先生に小さな声で話しかけた。「先生。今からの話し合いでお願いがあるんですけど」先生は振り返り、わたしの話を聞く姿勢を取った。
「話し合いのときに、協力してほしいんです」わたしは先生に詳しく話した。
「なるほどね。うん、いいよ。それでクラスが平和になるなら」先生は笑いながら了承してくれた。
さて、前準備はこれで十分だ。犯人を見つけよう。
1時間目の学級会が始まる。
わたしは黒板の前に立ちクラスメイトたちを見渡す。そして質問を投げかける。
「学級会を始めます!!」
わたしの強い気迫に驚く子。「おー」と感嘆する子。
「学級会を私物化するなー!」と友人の美咲が笑いながら言ってくる。
「まだなにも言ってないのに私物化もないでしょ?」わたしの代弁をしてくれたのは同じく友人の奈緒だ。だいたい3人で過ごすことが多い、いつものメンバーってやつだ。
「私語は慎んでください!」普段の静かにしてくださいよりも強い言葉を選んでいることに言ってから気がついた。みんなの視線がわたしに集まったのを感じた。
「今日わたしが教室に入ると、黒板に落書きがしてありました。わたしのことが書いてありました!」一度落ち着くために空気を吸った。
「こうやっていたずらに根拠のないことを書くのは良くないです。それに書いてある内容がどうであれ、黒板に人のことを書くのは良くないと思います。なので、自分がやったよっていう人がいたら手を挙げてください。今なら許します」
クラスはしーんとなった。漫画に描かれた文字みたいに本当にしーんとした。
でもそれは一瞬だった。
「でも朝さ彩花、結衣のこと好きって言ってたじゃん」「言わなくたってバレバレじゃん」「みんな知ってることだし」「今更だよね」「いいじゃん告白できてさ」「おめでとう」
クラスは姦しい騒動の渦に飲み込まれた。最近女3つで姦しいって書くって知ったばかりだから使ってみた。クラス中を駆け巡るわけの分からない、いや本当は理解してる、言葉の濁流に飲まれてわたしは目が回った。すぐに顔が熱くなる。ほんと泣きたい。
「女子校だからさ、カップルができるのってこういうパターンだと思うんだけどさ、実際に見るとすごいね!」「えっ、すごいって?」「わたしも言っててよくわかんないけど、なんかすごいよ!」「なんとなくわかるかも!」「でしょ?」「わたし憧れるかも~」
「うるさ~い!!」わたしは教卓を叩いた。思ったより大きな音がして驚いた。教卓叩いてごめん。でも許してほしい。それだけ怒りやら恥ずかしいやら泣きたいやら感情がごちゃ混ぜになっていたからだ。
「とにかくやったのは誰? 許すのは今だけだよ!」クラスを左右に睨むように見渡す。
「ちょっと待った」先生が割り込む。学級会で先生が喋るのはうちのクラスでは珍しいのだ。
「さすがに今このまま手を上げるのは難しいよ。1回みんな机に顔を伏せて手を挙げるとか聞いたら? それで終わるかもよ?」
先生の提案は非常に真っ当なもので、わたしも即座に賛成し、実行に移すことになった。
しかし、全員で顔を伏せた状態でも手が挙がらなかった。正直ここで手を上げてくれたらなと思ってただけに残念だった。
「彩花委員長、どうするの?」奈緒が聞いてくる。先生の方を伺うが、どうやらわたしに任せるらしい。
「こうなったら、犯人を見つけるしかないでしょ」
うちのクラスではわたしは委員長になってから、問題があればこうやって解決してきたのだ。まあ今回ほど大きいのは初めてだ。まあやりすぎと先生が思えば止めてくれるだろう。
まずは身内からチェックだ。「奈緒、黒板に書いた?」それほど疑っているわけじゃない。でも私の気持ちを打ち明けたのは、奈緒と美咲だけだ。
「ううん書いてないよ。そもそも私たち玄関から一緒だったじゃん」
「だよね」奈緒はクリア。
「美咲は? 書いた?」
「違うよ。わたしならもっとカラフルに書くよ。ピンクと水色と黄色は使うかな。ほかには……」
「もういい。分かった」こんなふざけたことを言う美咲は後回し。
「先生。先生が来た時書いてありました?」
ここからアリバイを調べる時間だ。
「わたしが教室に来たのは、7時。落書きはなかったよ。学校にはもっと早く来てるけどね……」わたしは先生の闇に触れかけた。おとなになりたくないと思った。
「今日一番早く来たの誰?」
「たぶんわたし。7時15分すぎには着いてたと思う。バスの時間もあるし、間違ってないと思うよ?」梨香さんが立ち上がり答えてくれた。答えてくれてありがとう。
「落書きはあった?」
「あったよ。消そうかどうか悩んだんだよね。でも残したんだ。最初は彩花さんが書いたのかなって思って、消さなかったの」梨香さんは笑いながら言った。
「そんなことしない!」
「ごめんごめん。でもわたしから言えるのはそれだけだよ」梨香さんは席についた。
「教えてくれてありがとう」
つまり落書きがあったのは7時から7時15分すぎまでのごく短い時間。
この時点でわたしがまっさきに確認しなければならない人が決まってしまった。いつもわたしの次に来る人だ。そしてそれはある意味わたしの敗北に直結する。聞きたくない。でも聞かないといけない。委員長として学級会で取り扱った以上取り下げることはできない。わたしにも責任感はあるのだ。逃げられそうにないことを確認した。
「結衣さん、あなたが落書きしましたか? いつも教室に来るの、7時15分より早いですよね」わたしの声は小さくかすれていたかもしれない。声を絞り出すのでいっぱいだったからだ。たまらなく恥ずかしい。逃げ出したいくらいだ。
クラスにどよめきが走る。結衣を見る人、クラスメイト同士でアイコンタクトを取る人たち。
わたしは、脚が震えているのに気がついた。緊張しているのだ。結衣の返答に確かに緊張しているのだ。教卓で震える脚を隠せて本当に良かった。
「わたしじゃないです。わたし、いつもより遅く来ました」結衣は答える。その返答に緊張の気配が乗っているのは明明白白だった。
「今日遅かったのは、なにか事情があったんですか?」わたしは聞いた。結衣と会話できてうれしいという気持ちがたしかにあった。
「彩花、結衣と喋れて喜んでるのバレバレだぞ~!」美咲が騒ぎ立てる。クラスもわずかに盛り上がる。ひそひそと声も聞こえる。図星なので言い返せない。
「今から結衣さんがしゃべるから静かにして」そう言うと静かになる。いい奴らかよ。
「今日はいつもと違うバスに乗ったんです。転校してから他のバスに乗ってないことに気がついて乗ってみたんです」
結衣の言うことはそれらしいことだ。結衣は転校生だ。5年生から転入してきた。もう秋も終わろうとする今、すっかり馴染んでいる。でもこのタイミングで乗ったことないバスに乗るのか? 自分なら春にやるなと思う。違和感は拭えない。
「あのさあのさ、わたしバスで結衣さんと隣だったよ。だから朝早く行くのは無理だよ」里奈が席を立って急に割り込んできた。でもこれが本当なら結衣を疑う必要はない。
「里奈さん本当? 神に誓える?」わたしは里奈の顔を見つめる。
「え!? なんか重くない? そこまで誓えないよ」里奈は首を振る。
「そうだよね。嘘だもん。わたしが里奈さんの後ろに乗ってたの気づいた? わたしいつもなら一番早いやつに乗ってるけど、今日は寝坊しちゃったんだよね。里奈さんの横は別の子が乗ってたよ。ねえ? なんで嘘ついたの?」
「黙秘します。ただしこれには深い意味があるのです。私のことはもうスルーしていいから」里奈さんは席に着いて、スンとした。
「なにそれ」わたしは里奈を追及するのを諦めた。なぜ里奈は嘘をついたんだろう?
それよりも今は結衣と話をしたい。
「あのーわたしからもいいですか?」千尋さんが席を立つ。
今度は千尋さんだ。普段わたしと喋るタイプじゃないから、声をかけられてびっくりした。というか邪魔者多いなこのクラス。敵か?
「どうしたの?」千尋さんと話すのはいつぶりだろう。委員長として皆と話ができていないのは反省しなきゃ。
「わたしが校門に入る前、前を歩く結衣さんの後ろ姿をみたんです。7時40頃だと思います」千尋さんの発言にはおかしなところがある。
「どうして後ろ姿だけで結衣さんだとわかったの?」わたしは後ろ姿だけで分かるがな。張り合ってみた。ちょっと虚しい。
「それはコートが違ったからです。私たちは指定コートでしょ? でも結衣さんは転校生だからコートはグレーじゃないですか。まあもうすぐ指定コートになると思いますが」
千尋さんの言ってることは間違っていないように思える。実際、学校指定のコートは黒、他の色はありえない。結衣が指定コートを頼むのが遅れて、違うコートを着ていたのも事実だ。
だが、朝のことを思いだす。コートや鞄を一番最後にしまったのはわたしだった。その時気づいたことがあったはずだ。思い出せ……。
「これで結衣さんが犯人じゃないっていうのは分かったはずです。Q.E.Dってやつですね!」いや意味わからないのに適当に使ってるだろ。こんなキャラだったか? ちょっと鬱陶しいかも。
わたしは朝のことを思い出した。昨日まではコート掛けに小さな違和感があった。でも今日は違和感がなかったことが違和感だったんだ。
「千尋さん。コート掛けには、黒いコートしかないよ」わたしは千尋さんの目を見た。
「黒いコートしかない?」千尋さんは明らかに狼狽している。
「千尋さん。確かに結衣さんは指定コートじゃなかった。でも今日は違ったんだよ。コート掛けを見てご覧。かかっているコートは全部指定コート。だから結衣さんは今日からは指定コートだったんだよ」
「7時40分頃に結衣さんを見た。これは嘘だったんだね?」
千尋さんはぐうの音も出ない。これが本物のQ.E.Dだ。思い知ったか。てかわたしは子どもか! ……いや、子どもだった。
「あー。わたしの見間違いかも。黒とグレーなら遠目でわかんない日もあるよ。きっと」よくわからない捨てゼリフを残し、おずおずと席についた。
これでようやく結衣と話せる。そう思ったらまた邪魔が入った。
「彩花さ、一応言っておいたほうがいいと思うから言っておくよ」美咲が座ったまま言う。
わたしは美咲の方を見ながら若干イライラした。友達なのになんでここで邪魔をするのか、と。
「わたし7時40分くらいに一緒に結衣さんと教室入ったよ。嘘じゃないよ。たぶん他の人も何人か一緒に教室入ったよ。バスの時間だったから間違いないよ。それだけ。だからイライラしないでよ~」と美咲は続けた。わたしはイライラしてない。してないのだ。とにかく友達にイライラしないのだ。
「イライラしてない!」本当はイライラしてた。ごめん。
「美咲がそういうってことは嘘じゃないと思う。そんな心配はしてないんだけど、教室の前で合流しただけで、トイレから合流したのかもしれないし、同じ階段や玄関で合流したとは言えないんじゃない?」
「それはそうだけど」
「だったら7時40分には教室に一緒に入ったのは確か。だけどその前は分からない。これが正しい情報じゃない?」
「うーん。確かに間違ってはないけど、疑い深くないかな?」
「これは別に結衣さんだけじゃなくて他の人にも言えるから言ったんだよ。朝早く登校。落書きをする。梨香さんが来る前か直後に何処かに隠れる。そして美咲たちクラスメイトの登校と合わせて合流。これで登校時間がはっきりしてない人は全員犯人の可能性があるよ」
「そう言われるとさすがに納得」美咲はしきりに頷いた。
「まるで見てきたみたいで怖いよ」奈緒はわたしの推理にやや引いている。
わたしはクラスの方に向いた。教卓越しに皆を見てみる。わたしの推理を聞いたからかみんな静かになっている。そしてわたしの眼を見ているのが分かる。一人を除いて。
「というか、みんなさ、わたし結衣さんに話しかけてるの。なんで嘘ついたりして、美咲は違うけど、結衣さんの登校時刻をかばうの? クラスで変なアイコンタクトは取るし」
20人くらい下を向いた。奈緒、美咲、お前たちもそうか。
「クラス全体でなんかやってだろ? 結衣さんのアリバイ作ってんな?」
「彩花、言葉遣い! こわいよ」奈緒が指摘する。
「ごめんごめん。いまから結衣さんに質問するからみんな、口をはさむのはストップね」
「……まだ怖いよ」奈緒がぼそっと言う。わたしはスルーした。
ここからは誰も邪魔しないふたりだけの時間だ。
「結衣さん、今日はいつもと違うバスに乗って、学校来たから遅くなったんだよね」
わたしはさっきと違って、そこまで緊張しなかった。ここまで話しっぱなしだったからかもしれない。
「うん」
「いつも一番で学校に来るわたしが寝坊。次に学校に来る結衣さんが遅く来るなんてすごい偶然だよね」
「うん。わたしもそう思う」
「おかげでこんな落書きされるし、恥ずかしいね」
「……そうだね」
「なんで誰も消さないでこんな落書き残ったんだろう。さすがに消してくれればいいのにね」
「うん」
結衣とこんなに話したのは初めてだ。嬉しい。ドキドキする。ちょっと恥ずかしい。でも幸せ。甘酸っぱい成分をギュッと詰めた果実のように美味しくて食べるのをやめられない。病みつきになりそうだ。
だけど、そんな時間も終わらせないといけない。
教室の前方に残った「彩花は結衣が好き」と書かれた落書き。なぜ犯人はその落書きを残したまま教室を出たのか。その答えはここにある。
「先生、落書き消したいんで、黒板消し出してください!」
わたしは声を張り上げて先生に聞く。結衣がビクッとしたのを見逃すことはできなかった。
「ああ、ロッカーの右上の先生のロッカーにいつも通り入ってるぞ」
「えっ!? 探してもなかったのに?」
誰からでた言葉なのかは明白だ。
「いつ黒板消しを探したの?」
「それは……」
無言の時間が数秒流れた。
「……落書きの犯人は、やっぱり結衣さんだったんだね」
結衣は呆然としている。
そしてわたしは先生のトートバックから出してもらった新しい黒板消しで、落書きを消した。簡単な話だ。先生が朝、新品の黒板消しを置くのを忘れていただけだ。
わたしは結衣に向き直った。
「登校時間のトリックはたぶんわたしが言ったので合ってるよね」
結衣はコクリと頷いた。
「どうしてこんな落書きしたのか教えてくれる?」
「ここで?」
「ここで」わたしは負ける。これは犯人当てを初めてからすぐ分かっていたことだけど、わたしが自爆した以上仕方ない。解決しなければならない。
「どうしても言わないといけない?」
「どうしてもじゃない。だけどわたしは聞きたい」
もうクラスメイトはただの観客だ。話をして、動いているのはわたしと結衣だけ。
「わたしが黒板に書いたのは、落書きなんかじゃないの」
「えっ!?」わたしは意味がわからず、意識は高く高く登り、関東平野って広いなあと感じられるほど高くまで登った。
「いつもは彩花さんが一番に教室にいるけど、今日はわたしが最初に教室に入ったの。そうしたら、ほんの気の迷いなの。黒板に書いたらそのとおりになるんじゃないかって思って。彩花さんが私のことを好きだって。それと彩花さんが少し遅れて来て、書いてるところを見たらどう思うかな。少しは私のこと、気にしてくれるかなって思って」結衣は顔を真っ赤にして、手で顔を隠している。がんばって喋ってるのが伝わってくる。
「なるほど?」いや全く意味わからんが。わたしは顎に手を当て必死に考える。やっぱ無理。先生が笑っていることに気がついた。こいつなに笑ろとんねん。
「そうしてたら、人が階段を上がってくる音がして、黒板を消そうとして、教室を出ようとしたの。そしたら黒板消しがなくて、そのままトイレに隠れちゃったの。わたしからの話は終わりです」
「ありがとうございました」わたしは機械的に答えた。
うん、学級会の問題は解決した。解散でいいな。でも自分の人生の問題は解決しない。頭のどこかで自分の問題と認識できていない。
「……ひとまず学級会で扱った問題は解決したので、終わります」
「「えー!?」」
「こんないいところで終わるとかある?」「委員長考え直して!」「学級会よりやることあるでしょ!」「結衣さんなにやってるの!」「今なんだよ、結衣さん!」「大丈夫! 自爆してるの見たでしょ! 勝てる勝負だって!」「結衣さんわたし、応援してる!」「結衣さん、皆の気持ち受け取って!」
クラスはめちゃくちゃだ。わたしの頭の中のほうがめちゃくちゃだがな。なに言ってるんだろ。
「彩花逃げちゃダメだよ」奈緒が言う。「本気で言われたら本気で返すんだよ」目がマジだ。
「実は私たち、学級会をするために、黒板の落書き消さないでおこうってみんなで決めてたんだ」美咲が言う。皆が落書きを眺めてる絵が頭に浮かんだ。わたしはそれをビリビリに破いた。
「それで? ここで終わり?」美咲の言うことはよく分からなかった。だけど、そのまま無視したら良くないことくらいは分かった。
わたしは結衣を見た。結衣はわたしを見た。どうしよう。逃げたい。逃げたい。逃げたい。でも期待してしまう。その感情がわたしの脚を教壇に縫い付けた。もう動けない。
結衣はどうなんだ? おとなしい結衣がなにを思っているか分からない。多分5分の2くらい分かる。恥ずかしさともどかしさだ。
結衣ははからずもわたしの思いを知った。わたしもはからずも結衣の思いを知った。だけど、ここで終わるのか終わらないのかそれはわたしじゃない。結衣が決めることだ。
結衣が席をたった。教室の前、教壇のわたしの所まで来た。こんなに近くで目が合うのは初めてだ。まつげが長く、くりっとした可愛らしい両目から目を離せない。足は縫い付けられたままだ。お互いの呼吸の音が聞こえる。結衣は呼吸を整えている。そして大きく息を吸い込んでから言った。
「教室に入ると、いつも先にいて、おはようって言ってくれる優しい表情が好きでした。だからわたしは早起きをして、いつも2番目に学校に来るようになりました」
結衣は震える両手を胸に当て、ぎゅっと握った。呼吸は整ったようだ。
「彩花さん、好きです。付き合ってください!」
あまりにも決定的な言葉、誰も疑いようのない愛の告白。私の心に矢のようにまっすぐ刺さった。
クラスメイトたちの「「キャー!!」」という声が割れんばかりだ。
嬉しい! 嬉しい! 嬉しい! でも恥ずかしい。わたしは素直じゃないのだ。結衣、ごめん。
「……名前だけでいいから」
クラスの困惑、そして静かになっていくのを感じる。
結衣、これがわたしの精一杯。わかってほしい。でも伝わらないかもしれない。
「どういうこと?」
やっぱり。でも言葉にしないわたしが悪い。わたしはもう一歩勇気を振り絞った。ここが本当の限界。
「付き合うんだからさぁ! いらないじゃん、もうさん付けとかさ」
伝わったかな? 伝わったよね……。
「……うん。わたしもいいかな?」
わたしの思い、伝わった!
「それは……、自分で考えればいいでしょ!」
「わかった。彩花!」
どうやらわたしは最後まで素直になれないみたいだ。
そんなわたしに特上の笑顔を見せてくれた結衣のことをもっと好きになった1日だった……と終わりたいところだが、教室のうしろのドアが開く。B組の担任が顔を出した。
「A組うるさい!!」B組の担任は私たちと同じくらいの声の大きさで注意してきた。
「「ごめんなさい」」
B組の先生が怒っている間、みんなはB組の担任を見ていた。わたしと結衣はその隙に教卓の影で、こっそり手を繋いだ。
お読みいただき、ありがとうございました。
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