弱気だった幼馴染令息との立場が気付いたら逆転していたのですが。
幼い頃。
中性的な綺麗な顔とやや長い髪、そして本人の内気さや弱腰な性格が影響し、私の幼馴染アレクシスは男の子たちから虐められていた。
彼は侯爵家の息子。本来ならば敵に回せる者の方が少ないというのに、それでも彼が虐められていたのは、それだけ彼が『どうせ何もできない』子供として、同年代から下に見られていたという事だろう。
私はよく、家を訪れる度に屋敷の隅で膝を抱えて泣いている彼を見つけては偉そうに声を掛けたものだ。
「あなたは侯爵家の嫡男でしょう? 堂々としたり、反撃の一つでもすれば皆黙るのに、どうしてそうしないの」
「だって……つ、冷たい目で見られると、頭が真っ白になるんだ……」
「もう、仕方がないんだから」
美しい顔にぽろぽろと涙を零すアレクシス。
そんな彼の頬をハンカチで拭ってやりながら、私は呆れ交じりに溜息を吐いた。
私は伯爵令嬢。本来ならばこんな態度だって失礼だと咎められても仕方がないのだが、私達の間にはそれを気にしないだけの信頼関係があった。
「じゃあ、今度あの子たちが虐めに来たら、私が代わりに追い払ってあげるわ」
「……え?」
「お手本を見せてあげる。どうやって立ち向かえばいいのか」
***
あれから長い年月が経った。
私達は王立学園への入学を果たす。
また私に婚約者が出来た事をきっかけに、アレクシスとの関わりは必然的に浅くなっていった。
しかし……
「――シャーロット! お前との婚約を破棄する!!」
私は大勢の生徒の前、婚約者であり伯爵子息のマイケルにそう告げられる。
「お前は伯爵令嬢という身分から驕り昂り、男爵令嬢であるグレタを虐めた! お前は時には暴力を振るう他、様々な悪質な手段を使ってグレタの心を追い詰めたのだ!」
マイケルの傍では目に涙をためる少女――グレタがいる。
また、騒ぎを聞きつけて集まった生徒達は皆揃って……私を冷たい目で見ている。
どうやらマイケルとグレタは既に根回し――虐めなどという事実無根の濡れ衣を私に着せる下準備を済ませていたらしい。
この場で私が何を言おうとも無駄だろう。
そんな空気で辺りは満たされていた。
「お前のような卑しい女が結婚相手など、認められるものか! よって俺はお前との婚約を破棄し、真に愛し合っているグレタと共に生きていく!」
私は目を伏せる。
マイケルとは確かに折り合いが悪かった。
彼との婚約が白紙になる事に抵抗がある訳ではない。
ただ……言われない罪を擦り付けられ、社交界での立場を奪われる事、この問題は私だけではなく我が家も影響を受けかねない事。
そしてきっと、泣き寝入りせざるを得ない状況である事。
それがとても悔しく、情けなかった。
「畏まりました」
しかし、ここで何か声を上げるのは悪手。私の立場をより悪化させかねない。
そう思った私はマイケルからの婚約破棄を静かに受け入れた。
その時だ。
野次馬の中でふと、見覚えのある顔を見つける。
昔の記憶よりもずっと背が伸び、男性らしい凛々しさを備えるようになった美青年。
幼馴染のアレクシスだ。
彼は私と目が合うと、数度瞬きを繰り返した後……笑った。
罵られ、罪を着せられそうになっている私を見て笑ったのだ。
しかしその笑みが嘲笑や、私の悪評を信じているからの笑みではない事を、私はすぐに悟る。
挑戦的な、試すようなその目は『このまま負けるクチではないだろう?』と言っているようだった。
(……何よ。あんなに弱虫だった癖に)
その瞬間、私は腹立たしさと高揚、そのどちらもを確かに感じた。
かつて、手本を見せてやるなどと豪語していた偉そうな少女。今となっては黒歴史に近しいそれが脳裏を過り、同時に私は思う。
彼の前でだけは、弱気になってはならないと。
だって、幼い頃に彼に偉そうな事を言ったのは他の誰でもない私だ。
なら、下手に口を開いて墓穴を掘るより、ここで黙って引き下がる方がずっとずっと格好が付かないというものだった。
――わかったわよ。見せてあげればいいんでしょう。
そんな言葉を心の中で吐く。
精々笑えばいい。私は過去の私に恥じないように振る舞うだけだ。
そう思い直した私は、マイケルへ向き直る。
「しかしながら、私は貴方が言うような事は何一つしていません」
「ハッしらばっくれるつもりか!? 立場が分かっていないようだな! お前の言葉などもう、誰も耳を傾けはしないというのに!」
「傾ける者がいなくとも、事実を捻じ曲げる事は出来ません! 私は、真実を告げるまでです!」
「この……ッ!」
予想外に私が歯向かって来たからだろうか。
マイケルが怒りに顔を歪ませる。
その時だった。
「待て」
低くよく通る声がする。
多くの視線が集まる中、野次馬の人混みを掻きわけて騒ぎの中へ躍り出たのは……アレクシスだった。
彼は私の前に立つとパチンと指を鳴らす。
それを合図に、遠くで控えていたらしい使用人が紙束を彼へ渡す。
「きゅ、急に何ですか、アレクシス様!」
「まぁ、一度話を聞いてくれ。……我が家の得意な分野の中には、情報の精査というものもあってな」
アレクシスはそれを受け取ると、マイケル達へ突き付けた。
「一伯爵家や下位貴族怪しい噂などすぐに耳に入る訳だ」
「な、ま、まさか――」
「叩けばすぐに出たよ。お前達――彼女を嵌める為に暗躍していた証拠の数々がな」
野次馬たちが驚きの声を上げる。
どれ、試しにと、アレクシスは証拠や証言を纏めた文面を抜粋して読み上げる。
すると、マイケルとグレタの顔が見る見るうちに青ざめていった。
それこそが――私の無罪を仄めかす証拠になり得る。
野次馬たちの顔色は変わり、私に刺さっていた冷たい視線はあっという間にマイケルとグレタへ向けられる。
その中で……。
「権力というものは、最大限活用していかなくてはな」
かつての弱々しい少年の面影はどこへやら。
口だけで象った冷たい笑みを向けながら彼はそう言ったのだった。
***
「助ける気だったのなら、初めからそうしてくれればよかったのに」
マイケルとグレタが顔を青ざめさせ、そそくさと逃げていったのは少し前の事。
その後私とアレクシスは人気のない場所まで移動し、二人きりになっていた。
私が咎めるようにアレクシスを睨めば、彼はやれやれと肩を竦める。
「まさか。そんな事は出来ないだろう。かつて手本を見せてやると言っていた相手からすれば侮辱ともとらえかねない」
「…………揶揄っているのね」
「否定はしない」
全く、と私が溜息を吐けば、アレクシスは小さく吹き出した。
「だが、それはそれとして、君があの場で口を挟むつもりがないのに俺が首を突っ込んでいいような案件でもないだろう。あの場で俺は部外者だったのだから。……だから、助け船を出せる機会を窺っていた」
「結果、あんな挑発染みた笑顔を浮かべたと……」
「君なら、やけくそでも何でも乗っかってくれるだろう」
「全く……いつからこんなに性格が悪くなったのやら」
「おい、一応恩人だと思うのだが?」
「ええ、そうね。どうもありがとう」
私が大きく肩を落とせばアレクシスは私の顔を覗き込んでくる。
「……何」
「いや? 君は相変わらず鈍いなと思っただけだ」
「また揶揄う気?」
「本心だよ。……何故俺が裏で情報を集め、君に尽くしたと思っているんだ」
「それは、幼馴染だからじゃあ……」
「それだけではない」
アレクシスはそういうと、私の手を掬い上げ、その甲にそっとキスを落とす。
突然の事に私が呆けてしまっていると、彼は意地悪く微笑む。
「……後日、ご両親に手紙を送ろう。……婚約解消後、誰よりも早くな」
彼は私の事を鈍いと評価したが……残念ながら、その言葉の意味が分からない程鈍い訳でもなかった。
じわじわと赤くなる頬。
何も言葉を返せず、はくはくと口を動かす事しか出来ない私を見て、アレクシスは随分と機嫌良さそうに笑うのだった。
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