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智識神の封印書庫  作者: 文月沙華
少年と猫

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6話

「こんなところに登って平気なの?」


 倉庫の屋根上に登ったフェルに続いた僕は、誘拐犯に見つからないかという緊張と、足元の不安定さから来る浮遊感に耐えてなんとか声を絞り出した。

 登るのは簡単だった。ここの倉庫の屋根は崖上の路地から簡単に降りられるようになっていたからだ。この辺りは人気もなくて、それを見咎める人もいなかった。


「安心しろ。周囲に見張りらしいやつはいない」


 屋根の棟から顔を覗かせながら、フェルが言った。

 バランスを崩さないように慎重に移動し、フェルと合流する。傍から見たら大した傾斜には見えないけど、上に乗ると意外と急に感じてしまう。


 川沿いの湿った風が頬を撫でる。嫌に涼しく感じるのは、僕が冷や汗をかいているからだろう。


「見張りがいないことなんて、なんでわかるのさ?」

「お前がモタモタしている間に確認した」


 あ、そうですか。

 どうにも情けないところばかり見せている気がする。猫相手にも劣等感を抱くことになるなんて……。


「アレが目標だ」


 フェルは倉庫の天窓から、中の様子を伺っていた。


 倉庫の真ん中には椅子が置かれており、その上には籠が置かれていた。中の様子までは見えないが、事前に聞いた話の通りであればあの中に猫が入れられているのだろう。

 籠のまわりには男が二人いて、ちょうどそのうちの一人が退屈そうに欠伸を噛み殺すところだった。欠伸をしていたほうは椅子に座っており、もう一人は積み荷の箱を椅子代わりにしている。


 何の倉庫なのかわからないけれど、荷物はそれほど多くない。大きな箱がいくつか積み上げられており、身を隠しながら近づけそうだけど、積み荷の上に座っている男の視点がちょっと高いのが気になる。


「さっき話した通り、オレが降りてやつらの注意を引く。お前はその隙に籠を持って逃げろ」

「人通りの多いところまで逃げれば僕らの勝ち……だよね?」


 フェルは頷いてくれる。

 屋根の傾斜にも慣れてきて、話して少しだけ冷静さを取り戻した気がする。


 ——ふと、違和感を覚えた。


「じゃあ、降りるぞ。音を立てないように」

「待って」


 屋根から降りようとしていたフェルが振り返る。

 僕はまだ二人の男を見ていた。


「コイツらって本当に二人だけなのかな?」

「どういうことだ?」


 自分の中で感じた違和感の正体を探る。そう、何かが引っかかったのだ。放置しておくと致命的な失敗に繋がるんじゃないかと思える不自然さ。

 自分が仮に誘拐した側だとして、何もせずにここで退屈そうに待つだけなんてあるだろうか?


「まわりに他の人間はいなかったぞ?」

「そうだけど、それだとおかしいんだよ」


 猫とはいえ誘拐は誘拐……身代金の要求を既にしてあるとなると、どこかで取引して金を受け取る必要があるはずだ。


 上から見たところ、どう見てもプロの犯罪者って感じではない。誘拐したのが猫なところからも、おそらくチンピラがほとんど思いつきでやった犯行だろう。身代金の要求までは成立しているから、全くの無計画ってわけではなさそうだけど。


 それにしたって、まさかこの場で待って猫と金を交換するような馬鹿なことはしないだろう。どこか別の場所で取引しようとするはずだ。


 そうなると、最低でもあと一人は仲間がいるんじゃないだろうか。そいつはどこか別の場所にいて、身代金の要求がうまくいくかどうか――例えば、貴族の館なんかを見張っているかもしれない。

 頭の中で整理した話を、手短にフェルに伝えた。


「……ふむ。なるほどな」


 フェルは少し俯いて考え込む。耳が外側にピンと張られ、周囲を警戒していることがわかる。


「お前の話はわかった。人間の習性には疎くてな。オレでは思いつかなかった話だ」


 習性って。


「だが、それなら尚更急いだほうがいいだろう。最低でもあと一人——そいつが戻ってくる前に済ませるべきだ」

「そうなんだけど、何かあった時のための連絡手段は考えてあると思うんだ。走って伝えに行くとかならまだいいけど、そうじゃなかった場合は」

「なるほど。仲間を呼ばれる可能性があるってことか」


 僕は頷いた。

 いまこの場にいるのは、僕の目から見ても素人臭い男が二人だけ。武器を持った男ってだけで十分に脅威だけど、見た感じは持っているのも小さなナイフくらいだろう。上から見た感じ、大きな剣や斧を持っているようには見えない。


 それなら僕でも十分に渡り合えるかもしれない――自分の腰に帯びた剣を握って確かめる。

 けれど、この場にいない仲間のことはわからない。そいつはもっと腕が立つかもしれないし、下手をすると何十人もいるかもしれない。もしもそれを呼ばれたら僕らでは太刀打ちできる可能性がなくなってしまう。


「オレが注意を引くためにやつらにちょっかいをかけたところで、警戒されて仲間を呼ばれるとこちらの勝ち目がなくなる可能性がある」

「そのための連絡手段が、足で伝えるのか魔術で伝えるのか……、見たところそんなに高度な魔術を使えそうにも見えないけど、もう一人がやり手って可能性もないわけじゃない」


 相談しながら、ひとまず屋根の上から降りる。倉庫の裏口が見える位置、積まれた荷物の陰に身を潜めた。


「どうする?」


 フェルは目を閉じて思案しているようだ。耳だけは、相変わらず周囲を警戒している。猫の感覚で何かわかることがあるだろうか?


「仲間を呼ばれないようにする確実な方法は、ヤツらを二人同時に制圧することだ」


 フェルが口を開く。同時に目を開き、こちらを真っ直ぐに見つめてきた。

 相変わらず自信に満ちた、揺らぎのない瞳。猫と見つめ合う機会なんて今までなかったからか、落ち着かない気分にさせられる。


「できるか?」


 問われて、僕は考えてみた。

 隙をついて後ろから殴れば一人はなんとか……できるだろうか?


 タイミングはフェルに合わせればいいはずだ。二人を制圧——殺さずに気絶させるなんてことできるだろうか。フェルはどういうつもりなんだろう?

 疑問に思って、いつの間にか俯いていた顔を上げる。フェルは相変わらず僕を見つめていた。


「殺さずに、でいいんだよね?」


 ゆっくりと瞬きをし、口を開く。


「人間同士の殺し合いが、お前たちの中で重罪になることくらいは理解している。オレも主人に無許可で殺しまでやるつもりはない」


 できるかどうかはわからないしリスクも当初の予定から格段に上がったけれど、ここまできて引き返すこともできなかった。


 やってみるしかない――決意を込めて、震える指で服の胸元をぎゅっと掴んだ。

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