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神綴る封印書庫 ―禁書の欠片と孤児たちの事件録―  作者: 文月沙華
3章:禁書の欠片

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5話

 牢獄を出た後、テオの足は下層にある行政区に向いていた。ミレナの件については今のところ手掛かりがない。シェラトゥ教団の図書塔であればテオでも出入りできるはずだが、部外者が行っても何も教えてもらえないだろう。そもそも上層は肌に合わない。

 ひとまず、昨日店長から聞いた禁書庫での事件が報じられているか確認に向かっているが、見込みは薄いと思っている。どうしたものか、テオは歩きながら頭を悩ませた。


 行政区にある大通りに抜けるため、人通りのない路地を歩いている時だった。背後に人の気配を感じ、テオは足を止める。

 背後の気配も止まった。振り返るが、誰の姿も見当たらない。


 ……こちらが歩くとあちらも歩く。さて、どうすべきか。


 答えは決まっている。テオはあえて行き止まりになっている道へ入り、角を曲がったところで息を潜めた。

 手掛かりが自らやってきてくれたかもしれないのだから、歓迎しなければ失礼というものだ。


 足音が近づいてくる。気配が角に差し掛かった時、テオは腕を伸ばして引きずり込んだ。相手も抵抗するが、力任せに振り回して行き止まり側に投げ飛ばす。どうにか転倒しなかった相手――それは若い男だった。

 知らない顔。慌てようはどこか嘘臭く、テオは警戒を強める。


「な、なんだお前。急にこんな、失礼だろう!」

「今日は良い天気だな、お兄さん」


 脇を通り抜けて逃げようとする男を、道を塞いで止める。相手は何度か試みた後で諦め、テオから距離を取った。

 ピンと張り詰めた空気。勘違いじゃないことを確信する。


「用事があるならはっきり言えよ」


 男は一度舌打ちし、懐から刃物を取り出した。短い刃渡りの、しかし急所に刺されば十分に致命傷になり得るナイフ。わかりやすくていい。テオは口元に笑みを浮かべ、握りしめた拳を構えた。


「テオ・グレイフォードだな。牢獄で何をしていた?」

「お友達と面会だよ。問題あったか?」


 名前を知られている。最初からテオのことを知っていたのか、そうでなければ……。

 テオは思い出す。面会のための手続きで名前を登録し、名乗ってもいる。そこからか?


 消されることを心配していた囚人。不審な依頼。そして、それを調べようとしたら尾行がついた。コイツは間違いなく何かを知っている。逃がすわけにはいかない。


 男がちらりとテオと壁の隙間に視線を送る。まだ逃げる算段をつけているようだ。

 踏み込んできた男。その突き出したナイフを、身体を逸らして躱す。二度、三度と振り回すが、それらもすべてギリギリの距離で見切った。今度はテオが踏み込むと、男は大きく後退する。動きは悪いが、全くの素人ではなさそうだ。


 男が舌打ちし、テオは魔力の微かな高まりを感じ取る。予想通り〈魔力の矢〉が三発、テオ目掛けて正確に飛来する。

 それらすべてを、テオは拳で打ち砕いた。赤い色を纏った拳が、空中でゆっくりと軌跡を描く。


「元気がいいな」


 テオに扱える魔術は少ない。拳を魔力で強化するこのシンプルな魔術は、そのうちの一つだった。これさえあれば〈魔力の矢〉程度なら拳で砕くことができる。当然ながら相応の動体視力は要求されるが、そちらはテオの得意分野だ。


 男の頬を冷や汗が伝う。視線がせわしなく壁、道、空へと動き、逃げ道を探っているのが丸わかりだった。とはいえ、強力な魔術を使われたら面倒だ。早めにケリをつけようと足を踏み出したところで、背後から声がかかった。


「こんなところで何してるんだい?」


 妙に通りの良い、軽薄な印象の声。聞き覚えのない声を警戒したテオは背を壁に向けて振り返る。何かと思えば、いかにもなフードを被った男が立っていた。


 二対一はまずいか。

 テオがフード男の脅威度を測りかねていると、先ほどの男が急に駆け出し、路地にあった民家の窓を〈魔力の矢〉で砕いてから頭から突っ込んでしまう。舌打ちし、追おうとしたテオは咄嗟に足を止めることになった。

 先ほどのフード男が放った〈魔力の矢〉がテオの頬を掠める。


「まぁまぁ、今追われると困るんだよね。もう少しだけ付き合ってよ」

「何のつもりだテメェ」


 さっきの男の仲間か。他に何人いる?

 人数によっては分が悪いかもしれない。


 警戒し拳を構え直したテオの前で、フード男は両手を広げて見せた。


「降参。僕の負けだよ」


 …………。


 テオはフード男に殴りかかった。

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