3話
酒場は夜が一番騒がしい。大勢の客を捌くために従業員も増え、店内が最も活気に満ちる時間だ。いつも不機嫌そうとか、物静かでノリが悪いとか言われがちだが、テオはこういう空間が嫌いではなかった。人が楽しそうにしているのを見て、悪い気はしない。
テオがこの店で働くことになり、先に働いていた従業員たちはみんなテオのことを警戒していた。今までこの酒場は男性の従業員がおらず、他の従業員たちはみんな女の子、それも若い子ばかりだった。その方針自体は店長が決めたもので、働き口に困った女の子を積極的に雇い入れているらしい。
それが急に住み込みの男性を雇うことに多少なり反発はあったものの、テオがトラブルを起こす酔っ払いたちを叩き出すようになってから、この店の治安は少なからず回復していた。最初は警戒していた従業員たちがテオを受け入れるのに長い時間はかからなかった。
客も従業員もみんな、テオのことは用心棒を兼ねた新しい従業員だと思っている。
しかし、事実はそれだけに留まらない。
個室にいた身なりの良い客が帰ると、テオは店長から呼び出されて先ほどまで客がいた個室に来ていた。客が飲み食いしたテーブルを片付けながら、店長からの話を聞く。
「さっきの客ね、中央のお偉いさんなんだ」
ソファに長い脚を組んで座る店長を横目に、テオは厄介事の気配を感じ取っていた。店長が何か思案顔の時は大抵、悪い話が一緒だ。
しかし、それがわかっていても話を聞かないわけにはいかない。テオはそもそも、そっちの仕事を手伝うために雇われたのだから。
「また新しい依頼人か?」
「あぁ。依頼は断ったんだけどね」
断ったなら何を考えることがあるのか。テーブルの上の皿やグラスをまとめ、まだ店長の話がありそうだと判断してテオも対面のソファに腰かけた。
しばらく待つ。と、やがて店長が口を開いた。
「キミ……というか、キミたちに関係がありそうな話だから教えておくべきかと思ってね」
どうにも歯切れが悪い。それに、キミたち?
すぐに思いつくのは、昨日店に来たアシェルと。
「アシェルやミレナも関係することか?」
店長はこちらに視線を向けないまま頷いた。まだ考え中のようだ。
「まず依頼の内容を教えてくれよ」
「そうだね。キミは神獣と呼ばれる存在についてどこまで知っている?」
神獣。
神のごとき力を持つ獣。危険なため多くの場合は国が管理しており、人の魂に封じることで制御される。テオが知っている範囲だと、それくらいだ。
「それが俺たちと何の関係がある?」
「直接関係があるわけではない……と、思うんだけどね」
ハッキリしない。相変わらず思案顔の店長がもどかしく、段々と苛立ってきて意図せず語気が強くなる。
「何かあるならとっとと言え。何をそんなに考えることがある」
急かされ、一つ頷くと視線をテオへと向けた。何か決意を秘めた強い眼をみて微かに怯む。
「依頼は、この都市が神獣を隠し持っているか調べてくれって内容だよ」
「神獣を、隠し持つ?」
そんなこと……できなくはないのか?
仮に隠していたとして、いつからだろう。この都市の歴史はかなり古い。ずっと隠し続けてきたとでも言うのだろうか。
「依頼はなんで断ったんだ?」
「簡単さ。仮に隠していたとして、それはこの都市のためだろう。表沙汰にするとまずい事情があって隠しているなら、暴くべきじゃない。私はこの都市に生きる一市民だからね。金になればどんな情報でも売るってわけじゃないよ」
店長の裏の仕事――情報屋。そして、テオが手伝う仕事。
「じゃあ、それが俺たちとどう関係するんだ?」
「そこなんだけどね。キミの友人たちが巻き込まれた事件について、少し気にかかることがあるんだよ。神獣がもし本当にいるのなら、関係があるのかもしれない。あくまでも可能性の話だけどね」
「事件?」
アシェルが腹を刺されたのは聞いた。貴族の飼い猫が誘拐されて、それを助けようとしたとか。しかし、ミレナについてはトラブルに巻き込まれて謹慎になったとしか聞いていない。
テオの表情からその疑問を読み取ったのだろう、店長は一つずつ説明する。
「まずはアシェルくんが巻き込まれた件についてだ。あの事件では三人の人間……傭兵崩れのチンピラが貴族の飼い猫を誘拐している。実際に金銭の要求もあり、金目当ての犯行に見えるが、一つ引っかかるのはその飼い猫を助けるために衛兵以外が動いたところだ」
「アシェルがたまたま、どっからか事情を知って首を突っ込んだんだろ?」
お人好しのアイツならやりかねない。しかし、店長は首を振る。
「アシェルくんだけじゃないんだよ。その事件には、とある魔術師の使い魔も関わっているんだ」
「魔術師?」
店長は神妙な様子で頷く。
「宮廷魔術師さ」
思わず身を乗り出しかけた。領主に仕える宮廷魔術師。そんな大物が?
「三人のうち二人は後に衛兵によって捕らえられている。そして一人は、その後自ら命を絶ったそうだ。ナイフでね」
ナイフで自らを……。あり得ない話ではないが、自殺の方法としてはちょっと引っかかる。
「衛兵の話では、その使い魔は強力な魔術で犯人たちを制圧したそうだが……それにしては、アシェルくんがあれほどの怪我を負っているのも少し引っかかる。詳しく調べて見なければわからないが、先ほどの神獣の話とも無関係ではないかもしれない」
「いや、繋がりがよくわからん。神獣の要素ないだろ」
この都市が神獣を隠し持っていたとすると、間違いなく領主は関係してくるだろう。そうなるとそれに仕えている宮廷魔術師も怪しいのはわかる。
「だから、調べてみないとわからないと言っているだろう。逮捕された犯人の居場所はわかっている。ちょっと話を聞いてきてくれよ」
「それはいいけど、どんな可能性を考えているのか、先に教えてくれよ」
「例えば、犯人の本当の狙いは宮廷魔術師の猫だった……とかね」
ふむ……?
店長は都市が神獣を隠している可能性について考えている。情報を売るつもりはないと言っているが、俺たちには関係するかもしれないから教えておく。つまり、アシェルが知らずのうちに神獣を巡る陰謀に巻き込まれた可能性を考えているということか。アイツはただ誘拐された猫を助けただけだと思っているが、実際は違うかもしれないと。
「あんたの懸念はなんとなくわかってきたよ。じゃあ、ミレナはどうなんだ?」
「そちらについてはもっと単純だよ。そもそもキミの妹分が巻き込まれた事件というのは、シェラトゥ教団の禁書庫を巡るものなんだ」
思わず耳を疑った。教団の禁書庫?
アイツ、何に巻き込まれてるんだ。それで謹慎?
「この都市は昔からシェラトゥ教団の影響力が強い。都市の成り立ちからして教団が大きく関与しているって話だしね。もしも、この都市が昔から神獣を隠していたとしたら、関係があると思わないかい?」
テオはいつの間にか腕を組んで首を捻っていた。教団の禁書庫。そちらも神獣を暴こうとする勢力の仕業なのだろうか。
「ミレナは、そもそも何をしたんだ?」
「あぁ。キミの妹分は、教団の禁書庫が暴かれた際に禁書が奪われるのを阻止したんだよ。犯人を止めて、相手は重傷だ」
またも耳を疑う情報……ではないか。ミレナのここ一番という時の思い切りの良さと信仰心の強さは知っている。積極的に喧嘩をするやつではないが、いざ喧嘩になると強いことも。正直に言ってしまうと、アシェルよりもよほど傭兵向きだろう。
「で、そっちの犯人はいまどうしてるんだ?」
「教団の牢に捕らえられていたけどね、脱獄して行方知れずだそうだ」
テオの知る限り、教団内でそんな事件が起きたなんて話は聞いていない。表沙汰になっていない事件についてなぜ店長が知っているのかは、いつものことなので聞かないことに決めている。
「問題はそれだけじゃなくてね。その事件後に教団が禁書の無事を確認したところ、禁書が紛失しているのが判明したそうだよ」
それもきな臭い話だ。厳重に管理していたはずの禁書がなくなっている。盗もうとした犯人も行方知れず。教団が事を表沙汰にできないのも納得だ。こんなことを公表してしまえば、教団の面目は丸潰れだろう。
そして、禁書が紛失したとなると気になることが一つある。
考えをまとめ、視線を戻すと店長と目が合った。口にしなくとも、同じことを考えているのがわかる。
「「禁書の欠片」」
店長の言う通り、調べてみる必要がありそうだ。




