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神綴る封印書庫 ―禁書の欠片と孤児たちの事件録―  作者: 文月沙華
3章:禁書の欠片

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2話

「わたしが良い子にしていれば、お父さんとお母さんは会いに来てくれる?」


 あの言葉を聞いたのはいつだったか。そう、たしか孤児院に来たばかりの頃だった。

 あの頃の自分は荒れに荒れていた。傭兵の略奪に巻き込まれて両親が殺され、戦場にいた医師に救われて孤児院へと預けられたばかりで、見るもの聞くものすべてが憎たらしくて、けれど自身を救ってくれた医師や院長に対する感謝も確かに存在し、心の中はぐちゃぐちゃで自分ではどうにもならなかった。

 似たような境遇の子たちと喧嘩し、外の子供と喧嘩し、大人に掴みかかったことも一度や二度じゃなかった。元々村では乱暴者で通っていたし、今にして思えば当時の自分は大切にすべきものを見失って迷っていたのだろう。自分がどうすべきなのか、その基準を一夜にして失った。


 だから、ミレナのあの言葉を聞いた時、それが自分の中で新しい基準の一つとなった。

 それまでミレナのことは、自分より先に孤児院にいた口うるさい仕切りたがりの子供くらいにしか思っていなかった。世話焼きで鬱陶しい。良い子ぶっていて面倒くさい。当時の自分にとっては良い子であるというだけで鼻についたし、自分や他の多くの孤児たちと違い、生まれながらに両親に捨てられた子供とは少し距離を感じていた。


 ミレナの両親は今もどこかで生きていて、別れを経験したわけじゃない。けれど、それはそれで別の辛さがあるのだと漠然と理解した。アイツが良い子でいるのは、そうすれば両親に会えると信じていたからなのか。それを思った時、両親が生きていることを羨む気持ちより、それに縛られて良い子であり続けることへの同情のほうが勝った。

 あの日から、ミレナは自分にとって守るべき妹になった。院長に言われた通り、孤児院の子たちが自分の兄弟姉妹であることを、家族であることをはっきりと受け入れたのはあの日だったと思う。


 薄っすらと目を開ける。孤児院の夢を見ていた気がする。昨日の夜、アシェルからミレナの話を聞いたせいだろうか。大口を開けて欠伸をし、足でベッド脇のカーテンを開いて朝の弱い陽の光を取り入れた。


 まだ眠いが、開店の準備をしなければならない。酒場というのは夜の営業がメインだが、だからといって朝が暇というわけではない。特にテオが働いている酒場は下町と貧民街の境に位置しており、地域住民にとって重要な拠点の一つになっている。

 傭兵ギルドほど専門的ではないが、仕事の募集をするための掲示板なんかも設置されており、朝から利用する客もいないわけではない。特に日の高いうちに酒を飲むような酔っ払いはトラブルを起こしがちなので、酒を提供するのは夜からと決まっているが酒を提供するだけが酒場ではないのだ。


 朝から話にくる暇な常連客の相手をするのも、ここでは立派な仕事の一つだ。いつも通り手早く支度をし、店長の部屋の扉に強めに蹴りを入れてから階段を下りる。

 店の扉を開けると、もう常連客のおっさんが待っていた。お互い視線を合わせるだけで特に挨拶もなく、扉にかかっている看板を営業中にひっくり返してから店内に戻る。おっさんもすぐ後をついてきた。


「扉を蹴り飛ばす音が聞こえたから、そろそろ開くと思ってたよ」

「ああしないと夕方まで寝てるからな」


 自分がいない時はどうやって営業していたのだろうかと気になり、以前常連客に聞いたことがあったが、その頃はいつ開店するかわからない店だったらしい。よく潰れなかったものだ。


 朝の間は客の相手をしながら店内の清掃をしたり料理の仕込みをしたり……やることは尽きないものの忙しいというほどでもない。

 いつも通りの仕事をこなし、日も高くなってきてもう一度店長を起こしにいこうかと考えていた頃だった。店の扉が開き、みすぼらしい恰好をした二人の子供が入ってくる。


 誰が見ても、貧民街の浮浪児だということは一目瞭然だった。物乞いに来たのだろうが、店まで入ってくるというのは珍しい。

 叩き出すべきか思案していると、子供の一人が歩み寄ってきて、遠慮がちに口を開いた。


「あの、ここではタダでご飯が食べられるって」


 一体誰がそんなことを吹き込んだのか、テオは頭を抱えた。

 確かに無料で提供される食事というものは存在している。が、あれは飲み物を頼んだ客に対して振る舞われるもので、誰にでも提供されるってわけじゃない。物乞いに食わせるなんてもっての外だ。そんな慈善事業をしていては店が潰れてしまう。

 店が潰れるのは別に構わないが、頻繁に物乞いが食料をねだりにやってくるようだと面倒だ。どうしたものかと思案していると、その時店内に一人だけいた常連客のおっさんと目が合う。


 お腹を押さえる二人の子供。何故か今日は暇らしく、昼間から入り浸って酒は出ないのかとうるさいおっさん。テオは大きく溜息をつき、まずは子供たちに向き直った。

 ここはきっちりしておかないと、後々面倒になっては困る。


「いいか、ここの食事は酒を頼んだやつに出されるもんで、ガキにタダで食わせるもんじゃねぇ。物乞いするなら他所へいけ」


 子供たちの落胆が伝わってくる。お腹を押さえる瘦せ細った腕に力がこもる。それを無視しておっさんを振り返り、用意しておいた言葉を言った。


「おっさん、酒飲みたくないか?」


 カウンターに入って食事の支度を始めるテオを見て、意図を察してくれたのだろうおっさんが子供たちを手招きした。

 おっさんには酒を、子供には食事をそれぞれ出してやると、三人とも夢中になってそれに食らいつく。ガキ共は仕方ないにしても、おっさんはもう少しお行儀良くなってくれ。


 礼を言いながら店を出る子供たちに「二度と来るなよ」と強めに言ってから店内に戻ったテオを、上機嫌な赤ら顔に笑みを浮かべるおっさんが迎えた。


「お前は案外優しいところがあるよなぁ」


 懐から硬貨を出してカウンターに置くおっさんをテオが静止する。


「おい、金はいいよ。俺の驕りだから」

「何言ってんだ。酒は飲んだんだからちゃんと払うっての」


 カウンターの硬貨を拾い上げ、おっさんに突き返すテオだったが、おっさんは頑なに受け取らない。


「お前の優しさに対する金だと思ってくれりゃいい」

「何が優しさだ。あんなもん」


 言い淀む。あんなのは優しさでもなんでもない。


「俺も孤児院に行かなかったらああなってたかもしれないんだ。だから、見捨てるのも落ち着かないってだけだ」


 言いながら、拳を握る力が緩んでいく。おっさんはテオの手首を掴み、カウンターに置きなおした。


「テオ、お前は若いんだから遠慮するな。代わりに俺のしょうもない説教を聞き流してくれりゃいい。いいか、そういうのを人は優しさって呼ぶんだ。覚えとけよ」


 そもそも酒を飲んだのに払わなかったら店長に殺される――そう言って、おっさんはまた笑った。

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