25話
リーヴェンは自身の研究室から校門を見下ろしていた。
目を凝らせばどうにか……という距離だったが、それでも二人が再会して手を取り合ったことは辛うじて見て取れた。それを見届けると、彼は窓際を離れて椅子に座り直す。
ここ数日は本当に忙しかった。上層部には不祥事を隠蔽したがる人間と、シルヴァ・エルネスを即刻処断しろと言う人間と、実行犯であるアーシャを吊るし上げようとする人間……それらすべてと向き合い、走り回る日々だ。
事件のことについてミレナ・グレイフォードに確認し、これでようやく一息ついた。まだまだ問題は山積みだが、久しぶりにゆっくりと椅子に座って休むことができている。
事件について思い返し、やはり頭に浮かぶのはミレナのことだ。自らの才能を悲観する生徒。リーヴェンの恩師から推薦された才能ある若者。久しぶりに学校の職員室で先生と話した時のこと。
『宝の持ち腐れです』
自分はそう言った。基礎魔術の併用など、時間さえかければ誰でもできるようになることだ。それだけを悲観して自分の長所にも目を向けなくなるミレナを見て、正直に言えばイラついていた。
しかし、それくらいはよくある話だ。だから深くは気にしていなかった。ただ、自らの恩師から紹介された子がごく普通のつまらない学生だったことに、微かに失望を覚えたというだけの話。
しかし、それも先生から聞かされた話で吹き飛んだ。
『あれは、あの子に術式の読み方について、基礎を教えたばかりの頃でした。ある日、どこからか一冊の本を持ちだしてきたあの子は、そこに書かれていた上級魔術の術式をほとんど独力で読み解いてしまったのです。
ええ、まだ基礎しか教えていないにも関わらず……です。私がほんの少しだけ、引っかかっている部分について教えると、それだけであの子は〈ヴァルディアの遺槍〉を身につけました。
孤児院にあった本ではない。私はあの子に、どこから持ち出してきたのか聞いたのです』
勿体ぶるように間を置いて、先生は言った。
『一面灰色の、本棚が沢山ある部屋で銀髪の子から貰った、と』
それを聞いた時の自らの感情の昂ぶりは今でも忘れられない。
『あの子は封印書庫に招かれたのです』
智識神の封印書庫に招かれた、神に選ばれし子供。
それはすべてのシェラトゥ信徒の夢であり、名誉だ。神の意図はわからないが、あの子は神から何かを期待されている。
そんな子供が禁書庫を暴こうとした教師に立ち向かい、そして止めてみせた。シェラトゥがあの子に求めたのはそれだったのか、あるいは、もっと大きなことを……。
当時のことは本人も覚えていないようだったが、それでも、リーヴェンの興味は尽きない。基礎魔術の併用が出来ないことと、それにより自信を喪失していることを除けば、たしかにあの子は才能に溢れていた。
現時点で既に上級魔術を扱えることもそうだが、魔術の発動速度も速い。術式の理解力も高く、なにより学習意欲がある。戦闘に関しては弱気なのかと思えば、実戦では持てる限りの力で勝ちを目指す。
教師としてあの子の将来を見届けることができる。そこに喜びを見出す一方で、懸念点もないわけではない。敬虔なあの子は、果たして教団の実情を知ってもなお、自らを保つことができるのだろうか。
* * *
幼い頃からお祈りがミレナ・グレイフォードの習慣だった。
毎日の日課に加え、何かあるたびにミレナは祈っていた。自分が刺した教師の安否を、別れた友人の未来を……神々への祈りは、ミレナにとって自分の気持ちを整理するための儀式だったし、いつも祈ることで自分を律してきた。
教室に行けばまた孤独な日々が待っている。基礎魔術の併用もできないままだ。にも関わらず、ミレナの心は風のない湖畔の水面のように落ち着いていた。
どんな事情からか神に背いた恩師と、それに従った友人。彼らが教えてくれた大切なものを、自らに降り注ぐ優しく暖かな光を見失うことはないだろう。




