23話
あの禁書庫の夜が明けてから三日が経過していた。
あの後、駆けつけたリーヴェン先生が人を呼び、エルネス先生はすぐに教団の医務室に運ばれた。命に別状はないと連絡を受けたけど、それでも今日まで気が気じゃなかった。
私は連絡があるまで寮で謹慎するよう言いつけられ、しばらく自習漬けの日々を送っている。
今日、リーヴェン先生の研究室に呼ばれている。先生はお茶だけ出して私にしばらく待つように言うと、慌しい様子で部屋を出ていった。エルネス先生の安否とか、アーシャのその後の処遇とか、どんな叱責を受けることになるか、身構えていた私はなんだか拍子抜けしてしまう。
ひとまず先生が怒っている様子はないので、そこは少しほっとした。せっかく時間ができたので、心の整理をつける時間だと思うことにした。出されたカップに口をつけようとした時、その香りに思い当たることがあり、口に含んで確信する。
「エルネス先生が出してくれたお茶だ」
たしか、リル先生が作っている茶葉だと言っていた。リーヴェン先生も貰ってるんだ。
ほんの数日前に飲ませてもらったものなのに、やけに懐かしく感じられる。嬉しいような寂しいような、整理に困る感情を飲み込むため、再びカップを口に運ぶ。
少しでも落ち着ける時間ができて良かった。
* * *
「では、話を聞かせてもらおう」
戻ってきた先生は開口一番そう言った。出ていく時は気付かなかったけれど、珍しく疲れているような気がする。いつもより動きも緩慢だし、なんだか顔色も悪いような。
「エルネス先生は大丈夫だったんですか?」
「幸い傷は問題ない。今は教団の牢にいる」
先生は少し考える素振りを見せたものの、素直に答えてくれた。
牢にいる。教団の禁書庫を破らせたのだから当然だろう。けど、ひとまず命は無事だったみたいで私はほっと胸を撫でおろした。
「アーシャはどうしていますか?」
「彼女は禁書庫破りの実行犯だ。昨日までは牢にいた」
「昨日まで?」
先生は頷いた。椅子に深く身体を預け、目を閉じて長く息を吐く。再び目を開いた時、先生の視線は天井へ向けられていた。私もつられて上を見上げるけれど、当然そこには何もない。
「実刑は免れないと思ったんだがな。年齢と状況、その後シルヴァ……エルネス先生を止めるために協力した点を考慮して仮釈放されたよ」
もしかして、先生がなんとかしてくれたのだろうか。だから疲れてる?
わからないけれど、もしそうなら嬉しいと思う。エルネス先生がリーヴェン先生を頼るよう言っていたのはこういうことなのだろうか。
「ただ、学校は退学になった。荷物をまとめて、今日にでも出ていくことになっている」
「そんな!」
思わず立ち上がった私を、リーヴェン先生は宥めるように手で制した。
「落ち着きたまえ。故郷にも戻れないと言っていたから、俺のほうで住み込みで働ける仕事を紹介している。知り合いの魔道具店でな。ルシスにも偏見のない、良い人だ」
落ち着いたら会いに行けばいい。そう言って、先生は住所を書いたメモ書きを差し出してきた。孤児院からもそう遠くない場所だ。
貰った紙を折りたたんでしまい、ソファに座り直す。なんだか落ち着かない。喉も乾いた気がするけど、もうカップの中は空だ。
「大体の事情はエルネスから聞いている。真偽を確認するためにも、君からも話を聞いておきたい」
「……わかりました」
私は正直に覚えている限りのことを話した。夜に外出するアーシャを見たこと、そのアーシャが怪しい術式を学んでいたこと。当日の夜に図書塔に向かい……リーヴェン先生を出し抜いてアーシャを追って禁書庫へ入ったこと。そして、エルネス先生を止めるためにアーシャと一緒に戦ったことも。
先生はじっと目を閉じたまま、黙って話を聞いていた。私が話し終えたところで、ゆっくりと目を開ける。
「話に聞いていた通りだ。ま、疑ってはいなかったがな」
それだけ言って、先生は黙り込んでしまう。しばらく待ってみたけど、ついに沈黙に耐えかねて聞いてしまった。
「あの、エルネス先生はどうなるんですか?」
しかし、先生は答えてくれない。考え込むように下を向いていた先生の視線が持ち上がり、私を真っ直ぐに見据える。居心地の悪い沈黙を強要され、つい反射的に姿勢を正した。
「まず、先に君のことだ。
なぜ、図書塔で俺を見かけた時点で相談しなかった。相手は禁書庫を破ろうという人間だぞ。友人であるルクシアを警戒しないのはまだいいが、その裏に誰かいるのは見当がついていたんだろう。相手がエルネスでなければ容赦なく殺されていた可能性だってある」
先生の口調はだんだんと棘を増していき、言葉遣いや口調から苛立っていることがわかった。生徒を叱責する時に口調が厳しくなることはあったけれど、こんな風に感情的になったことは初めてだ。
「お前は敬虔な神の信徒で勤勉な学生だ。あの場でお前が死んでいたら、そんなお前を育て上げてきた大人たちや、一緒に育ってきた兄弟たちがどう思うか考えないのか!」
ひとしきりまくし立てると、息を長く、長く吐いてそれきりまた黙り込んでしまう。
何か言わなければならないと口を開こうとしても、震えて言葉が出てこない。喉が引き攣って咄嗟に俯いて手で顔を覆った。
気まずい沈黙が落ちた。静かになった部屋に、私の喉が鳴る音が嫌になるほど響く。叱られることは覚悟して来たのに、拒む私を裏切り大粒の雫がとめどなく零れ落ちる。
「お、おい」
先生の焦った声が聞こえるが、顔を上げられないからどんな顔をしているのかはわからない。
「これはお前を心配して言っていることだ。何も泣かなくてもいいだろう」
「わ、わた…ごめ、なさい。アーシャが誰に、わからなくて……。先生も、昔破ろ…とした、て。だから……」
また沈黙。先生の長いため息と、髪を掻く気配。
「まぁ、それは……そうか。とにかく、次からは頼りなさい」
いつもは生徒が泣こうが喚こうがお構いなしなのに、今日は妙に優しい。それがおかしくて、先生には失礼だけど内心で笑ってしまい、そのおかげで少しだけ落ち着いてきた。
「シルヴァのやつめ、話したな」




