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神綴る封印書庫 ―禁書の欠片と孤児たちの事件録―  作者: 文月沙華
2章:禁書庫の夜

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19話

 先生の武装はワイヤーで繋がれた三本の杭。ワイヤーを掴んで杭を振り回して、あれを投げて戦うのだろうか。


 防ぐ方法を考えている間に、もう杭が飛んできた。咄嗟に〈盾〉で受け止めるものの、杭が刺さった次の瞬間には〈盾〉が粉々に砕けている。動揺を表に出さないよう努めて、杭を引き戻している間に次の〈盾〉を準備する。


「君では僕に勝てないよ」

「関係ありません」


 先生に向けた腕が微かに震えている。何をされたのかもわからない。杭に〈盾〉を破るための術式が仕込まれているのだろうか。だとしたら、再展開した〈盾〉も役には立たない。


「おとなしくしていれば殺しはしない」


 先生が本気で制圧しに来る前に、なんとか打開策を考えないと。焦燥感だけが積み重なり、手足が温度を失っていく。


「ここを破った後、アーシャはどうするつもりだったんですか。こんなことをさせて、誤魔化すなんてできないはずです」


 声をかけながら、腕を降ろして〈盾〉を解除した。先生は一瞬だけ怪訝そうな表情を見せるけど、杭は飛ばしてこない。

 先生の余裕に甘えさせてもらう。実力差を覆すために、できることは全部しないと。


「切り捨てるつもりだった……と言いたいのかい?

 そこまで非情じゃないさ。学校を離れることにはなるだろうけど、それは本人も望むところだ」


 先生が言い終える前に〈魔力の矢〉を放つ。同時に三発、先生は〈盾〉も何も使わず、回しているワイヤーだけで矢を砕いてしまう。〈盾〉を張りながら攻撃できれば——でもそれができないから、こうして隙だらけで撃つしかない。

 慌てて〈盾〉を再展開しようとする私の背後に、杭が突き刺さる。杭を横目で追い、当たらなかった幸運に――いや、外してくれたのだろう。


 杭から視線を外し、先生を睨みつける。役に立たないとは思いつつも〈盾〉を再展開したけど、不意に先生の顔が笑みを浮かべる。理由を悟る前に、私の身体は背後に強く引かれ、先ほど杭が刺さった壁に叩きつけられた。


 何が起きたのか、咄嗟に理解できなかった。見れば、私の手足には橙色の光る帯が巻き付いており、それが私を背後の壁に押し付けている。


「僕の勝ちだよ。生徒相手に大人げなかったかな?」


 さっき飛ばした杭は脅かすためにわざと外したのだと思っていた。けど、そうじゃない。

 杭から相手を拘束する魔術が発動する仕組みになっているんだ。エルネス先生は手を抜いていると思って油断した自分の迂闊さを呪う。


「離して!」


 力の限り手足を振り回そうとするが、びくともしない。

 〈魔力の矢〉の術式に魔力を通わせるものの、いくら意識しても発動することができなかった。これも拘束の効果なのだろう。つまり、負けは決まった。いや、最初から決まっていた。


 悔しい。この人が間違っていると思うのに、そう口にするのに、私は何の力も持たない。アーシャに偉そうに正論を説いて諭しておいて、結局私に出来ることなんて何もないのだ。


 アーシャのことも、助けられない。


 先生のことも、止められない。


 これまで、常に正しくあろうと生きてきた。日々のお祈りは欠かさなかったし、それなりに努力だってしてきた。困っている人がいれば出来る限り助け、例え頭が硬いと言われても不正や怠慢には加担しなかった。

 すべて、自分のためにやってきたことだ。そうすることで私は自分を手に入れることができたし、人にも良い影響を与えられると信じてきた。けど、そんなものには何の意味もなかった。


 先生が笑みを消した。私の頬を伝う涙が零れ落ち、制服の胸元に染みを作る。


「改めて言うけど、悪いようにはしないよ」


 だから――そう続く先生の言葉が不意に途切れる。私を縛り付ける帯に添えられた薄灰色の手。その手を中心に帯に亀裂が走り、一斉に剥がれ落ちる。先生の顔が初めて不機嫌そうに歪んだ。


「アーシャ?」

「ごめんね、ミレナ。

 ごめんなさい、先生」


 壁から解放され、重力に引かれて崩れ落ちる私をアーシャが支えてくれる。灰色の精霊が花開くように現れ、私たち二人を包み込むように身体を伸ばす。


 先生は一つ大きなため息をつき、杭を引き戻して再び構え直す。杭と共に笑顔も戻ったが、微かに引き攣っている気がするのはきっと気のせいではない。


「私、先生に利用されてるってわかってた。それでも良かったの。必要としてもらえるならそれでも。先生の言う通り、学校にもいたくなかった。

 けど、ミレナを傷つけるのなら、ミレナが間違ってるって言うなら、私はミレナに味方します」


 アーシャに助け起こされ、再び立ち上がる。不思議なことに、アーシャがこうして手を取ってくれるだけで、もう怖くなかった。そうして初めて、自分は怖かったのだと気付かされる。


「そうか」


 先生の声に怒りや悲しみはないように思えた。まるで最初からわかっていたことをただ受け入れたような、穏やかな諦めの混じった声。


「君はヒュームを、いや、ルシスも含めて誰のことも信用していなかったね。どうしてグレイフォードさんをそこまで信頼するんだい?

 助けてくれたからってだけじゃないんだろう。それなら条件は僕だって同じだからね」

「ミレナは……私の新しい友達は、あの時、私を助けてくれた時、泣いてたんです」


 ……え?

 泣いてた?


「気付いてたの?」


 こんな状況なのに、危うく叫ぶところだった。私、泣いてたことがわかるくらい目を腫らしながら、アーシャのこと助けるために飛び出してたの?

 先生もアーシャも声を殺して笑う。


「何があったのかは知らないけど、ミレナは自分が泣いてる時でも私を助けることを選んだんです。自分のことを後回しにして、怖くても立ち向かってくれたんです。

 先生は私を助けてくれました。本当に感謝してるんです。利用されてるってわかってても嬉しかったのは本当です」

「知っているよ。だから利用していたんだ」


 確かな絆を感じる二人を見て、それでも対立することに、自分で原因を作っておきながら寂しさを抱く。


「やろう、ミレナ。エルネス先生を止めよう」

「いいの?」


 アーシャは勢いよく腕を振り上げ、〈盾〉を展開して構えた。


「いいの!」

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