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神綴る封印書庫 ―禁書の欠片と孤児たちの事件録―  作者: 文月沙華
2章:禁書庫の夜

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16話

 あの厳格なリーヴェン先生がどんな罰則を言いつけるかと身構えていたけれど、指示されたのは意外にも簡単な雑用だった。魔術戦闘の準備室にある資料を確認し、目録と見比べて一致しているか確認するというだけのものだ。

 本の冊数は多いもののきちんと整理して置かれていたし、ただタイトルを見比べて印をつけていくだけ。一つもズレはなかったし、この作業が必要だったとは思えない。


 先生も事情はなんとなく察していたようだし、気を遣ってくれたのかもしれない。余った時間はここにある本を好きに読んでいいそうなので、言いつけられた時間まで読書を楽しんでから準備室を出た。


 鞄を取りに教室に戻った時、放課後にも関わらず誰かが残っているのに気付く。

 リディアたちだったら少し気まずいなと思ったけれど、幸いなことにアーシャだった。もしかして、自分のことを待っていてくれたのかもしれない。そう思い、悪戯心からこっそりと忍び寄る。


 アーシャは手元に集中していてこちらには気付いていない。足音を殺して一歩、一歩と距離を詰めていき……、

 視界に入った文字の一部が引っ掛かった。ほんの一瞬、ちらりと見てしまっただけだったけれど、ミレナは何か引っかかりを感じて足を止める。


 アーシャが読んでいるアレは……何の術式?

 ミレナの位置からでは断片的にしか読めない。けれど、かなり複雑そうな――何らかの封印を解く、いや、無力化するような構文?


 嫌な予感がして、悪いとは思いつつもさらに距離を詰めてしまう。心臓が鼓動を早め、この音で気付かれるんじゃないかと落ち着かなかった。

 すぐ背後まで迫り、アーシャの肩越しに手元を覗き込む。アーシャは術式の一点を何度もペン先でつつきながら、頭を悩ませている様子だった。


「そこがわからないの?」


 アーシャの肩が跳ね、声をかけたミレナも驚くほどの勢いで振り返った。目を丸くして、先ほどまで見ていた紙切れとミレナの顔を交互に見比べる。


「見せてみて。教えられると思うよ」


 努めて何にも気付いていない風を装い、先ほどの術式を見せるように促す。アーシャは少し逡巡したあと、ミレナに紙を指し示した。


「ここです」

「うーんと、ああ、これはこの間習ったところの応用だよ」


 言いながら、その先の数行にも素早く目を走らせた。正確にはわからないけれど、やはりどこかで見た気がする。術式そのものに干渉するような……。

 アーシャが詰まっていたところについて教えながら、術式の要所を確認していく。干渉、無効化、解除、それに……出力を増幅するための条件。


 ぱっと見だけど、無属性の上級以上の術式ではないだろうか。私では適性が足りず扱えない。

 それに、月と関連がある。条件を満たす日は近い。


「……こんな感じかな、理解できた?」

「はい、ありがとです」


 アーシャはほっとした様子でお礼を言い、先ほどの紙にメモ書きを足すとノートに挟んで鞄にしまう。

 その術式は何をするためのものなのか、とは聞けなかった。代わりに思いついたのは、以前夜中に出歩いていた時のこと。


「アーシャ、一つ聞いてもいい?」

「なんです?」

「この間、夜中に寮を出てたでしょ。何をしに行ってたの?」


 アーシャはいつも通りの表情を保っていたが、ミレナは一瞬視線を逸らしたのを見逃さなかった。

 泳いだ視線は先ほどの紙をしまった鞄へ向けられ、再び取り繕うようにミレナへと戻る。


「見てたんですか。あの日は忘れ物をしちゃって」

「それであんな時間に取りに戻ったの?」

「はい。次の日に提出しなきゃいけない課題でしたから」


 アーシャが隠し事をしているのは間違いない。そう確信しても、それ以上追及することは出来なかった。

 自分なんかと仲良くしてくれるアーシャ。勤勉で努力家なクラスメイト。美しい精霊と共に在り、ミレナが危ない時には庇ってくれる誇れる友人。

 今はそんな彼女とどう向き合うべきなのかわからず、ミレナは笑顔を取り繕う。


「じゃあ、帰ろうか」


 エルネス先生から聞いた話が、何度も繰り返し頭をよぎる。

 リーヴェン先生も、学生の頃に禁書庫を破ろうとしたことがある……と。


 * * *


 主人は人使い……いや、猫使いが荒い。いつものことだから慣れたものだが、今回は特にそうだ。

 よりにもよって俺一匹にこんな重大な仕事を任せるなんて。


 数日前、図書塔に侵入した人間のガキのことを思いだす。大胆にも禁書庫の封印を調べていたそいつは、やはり封印を破ろうとしているらしい。大それたことを考えるわりには隙だらけで、やつが使おうとしている術式の中身は簡単に盗み見ることができた。


 あとは月が満ちる夜――すなわち今夜、後を追うだけでいい。主人に言われたのは、ひとまずどうなるか様子を見て、まずそうなら警備を呼べと、それだけだった。たしかにオレ向きの仕事かもな。


 図書塔の外、植え込みの隙間に出来た日陰に寝そべりつつ、蒼い瞳の猫は日が沈むのを待っていた。

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