9話
ミレナはアーシャの提案で、三階にある禁書庫の扉を見に行くことになった。
螺旋階段をもう一つ登り、塔の三階へ向かう。禁書庫の扉はこの階にあると聞いていたけれど、それがどこにあるのかは実際に来てみればすぐにわかった。書架の少ないところ、その奥に赤い魔法陣の描かれた扉が見える。
先生の説明によれば、禁書庫に繋がる扉には封印が施されているということだった。ここで言う封印とは、単に鍵がかかっているという意味ではなく、魔術によって閉ざされているという意味だ。その封印の術式を解かない限り、あるいは無理やりに破壊されない限り扉が開くことはない。
シェラトゥ教団は智識神シェラトゥに仕えている。シェラトゥは知識を収集する神で、この世界を創ったとされる七柱の神々の一柱だ。黒の属性を持ち、知識・神秘の秘匿を司っている。信徒たちは知識の収集や研究を行っており、ミレナたちが通っている学校も、教団の活動の一部であってすべてではない。もちろん、今いる図書塔の蔵書を収集・管理するのも教団の活動の一つだった。
禁書庫はそんな教団が一般に公開してはならないと判断した書物を、人の手に触れられないように管理するための、最も厳しく立ち入りを制限されている場所だ。立ち入ることができるのは教団の内部でも限られた人間だけとなっている。
禁書庫の扉へと近づくと、扉そのものが鉄製の柵の中、牢屋のような空間の中にあることがわかった。牢屋のように柵で囲われているが出入口に扉はなく、その代わりロープで封鎖されていた。どうやら、そもそも扉に近づくことも禁じられているようだ。
アーシャと肩を並べてロープ越しに扉を観察する。赤い魔法陣が幾重にも――全部で七つの魔法陣が重なり合っているようだ。その一つ一つ、すべてが別々の術式を持っているのは見ればわかるけれど、その中身までは見ただけではよくわからなかった。どういう封印なんだろう?
隣にいるアーシャの顔を伺うと、アーシャもミレナと同じくよくわからなかったようだ。それはそうだろう。私たちはまだ学生で、そもそも封印術についてはまだほとんど教わっていない。
アーシャもこちらに視線を向けてくる。二人して肩をすくめ、どちらから言い出すでもなくその場を離れた。
せっかく三階に来たのだし、この階でもう一冊の本を探そうということになった。先ほどと同じように二人で書架のラベルを確認しながら館内を歩き回る。
その時だった。
館内にけたたましい音が鳴り響く。骨に響くような甲高い大きな音。何の音なのかはわからないけれど、何か緊急事態を報せる音なんだろうということは容易に想像がついた。
驚いて身を竦め、館内を見回す。どこで何が起きているのか把握しようとするけれど、音以外に何かが変わったようには思えない。火事でも地震でもないし……なんだろうかと不思議に思ったところで、先ほど自分たちがいた扉の前から慌てて駆けてくる生徒たちがいた。
リディアといつも一緒にいる子たちだ。今いるのは二人だけで、リディアの姿は見当たらない。相当慌てているみたいで、転びそうな勢いで飛び出してきた。螺旋階段を降りようとしたところで、吹き抜けを挟んで反対側から螺旋階段を上ってきた司書教諭の怒号が飛ぶ。警報にも負けないくらいの声量だった。
「その場で止まりなさい!」
二人もまずいことをした自覚はあるのだろう。声をかけられた時点で観念したらしく、その場で青い顔をしてへたり込んでしまった。
* * *
その後は大変な騒ぎだった。封印の扉に触れたからといって、ここまで大事になると想像していた生徒はいないかもしれない。
授業を担当していた司書教諭だけでなく、館内にたまたまいたらしい他の先生たちも全員がその場に駆けつけた。いや、先生だけではない。シェラトゥ教団の神官たちも全員だ。
扉に触れたらしい二人の生徒は、後で聞いたところによると好奇心から悪戯心で手を出しただけだったらしい。駆けつけた先生たちはその言い分を疑ったわけでもないだろうけれど、二人を魔術で厳重に拘束してから連行していった。
授業はその場で中止になった。
私たちは全員集められ、点呼を終えたあと、館内から追い出される形になる。本を借りるのはまた機会を設けるとのことだったけれど、その時点で持っていた本はその場で回収されて借りることができなかった。
図書塔を出る私たちと入れ替わりで、何人かの先生たちが中に入るのが見えた。その中にはエルネス先生と、リーヴェン先生の姿もあった。まだ授業中のはずだけど、それよりも優先されるほどの事態ということだろうか。
アーシャは警報でかなり驚いたらしく、その後しばらく体調が悪そうだった。自分がやったわけでもなくても、同級生が問題を起こしてしまうと自分事のように捉えてしまう子は少なくない。私も、どちらかというとそちら側だった。
アーシャの不調を先生に報告し、その日の残りの授業は休むよう説得してから、寮の部屋まで送り届けて私は自分の授業に戻った。




