8話
その日、ミレナたちのクラスは授業のためにシェラトゥ教団の図書館に来ていた。
図書館は、学校も含めた教団の敷地内の中央にそびえ立つ高い塔の中にある。そのため、図書塔と呼ばれていた。
上に行くにつれて利用に制限がかかるが、地上付近は誰でも利用可能なように開放されているため、学生や神官たち以外にも一般人のお客さんの姿もちらほらと見える。
ミレナもこの学校に入学してから、地上付近の書架については何度か利用している。課題のためというよりは個人的な趣味、ただの読書のためなのだけれど。
司書教諭の先導で一階部分に足を踏み入れた生徒たちは、自然と館内の上を見上げる。塔の中心部はすべて吹き抜けになっており、周囲をぐるりと囲う書架は、天井が見えないくらい果てしなく続いていた。
その圧倒的な蔵書の量は、智識神と呼ばれるシェラトゥに仕える教団の、長い歴史そのものを表している。ここに初めて来た人は、必ずこの重苦しく張り詰めた空気に息を詰まらせ、足音さえも咎められるような錯覚を覚えるだろう。
現に、普段は騒がしい生徒たちも、今は何も言われずともしんと静まり返っている。
司書教諭が振り返り、生徒たちを見回す。全員が自分に注目したことを確認すると満足そうに頷き、最低限全員に聞こえる程度の声量で話し始めた。
「次の試験が終われば皆さんは長期休暇に入ります。その際には図書塔の本を活用した課題も出ますし、それ以外の課題についても図書塔を利用するのは大いに結構です。
今日は一人二冊の本を選び、実際に借りてもらいます。いま借りた本の貸出期間は長期休暇の半ばくらいまでになりますので、それまでに本の内容をまとめたレポートを提出してもらいます」
生徒たちは声には出さなかったものの、不満を隠さない者も多かった。
本が好きな人間であっても、課題で読むように強要されるのは好まない者も多い。ここにいる生徒たちは同年代の他の子供たちと比べれば読書量は多い傾向にあるだろうけれど、それでもこの反応だ。
「それから、注意点として今日の授業で……というより、今のあなたがたに立ち入りが許可されているのは図書塔の三階まで、一般公開されている範囲内の書架に限定されます。また、三階の奥には禁書庫へ繋がる封印された扉がありますが、そこには絶対に触れないように」
先生からの注意を適度に聞き流し、生徒たちはほとんど無言で指示通りに館内に散る。こういう時は自然と仲の良い者同士で行動することになるもので、ミレナとアーシャも、どちらから言うともなく二人で螺旋階段を登り、クラスメイトたちの少ない書架へと向かった。
塔の吹き抜けには機械仕掛けの昇降機もいくつか設置されているが、そちらは今日の授業では使わないように指示されていた。どのみち、今日の授業で利用できるのは三階までなので、昇降機を使うほどの高さではない。
二人で書架のラベルを確認しながら館内を歩き、アーシャが何かを見つけて書架の間に入っていく。ミレナも、黙ってそれについていった。
ラベルには民俗学と書かれていた。
アーシャはそのまま進み、とある書架の前で立ち止まると、そこに並べられた本を吟味し始めた。
「何の本を探してるの?」
ミレナが声をかけると、一冊の本を抜き出して表紙をこちらに示してくる。
本の表紙には『精霊と共生する民』と書かれていた。民俗学の本としては、やや軽めな印象の本。どうやら、ルシス族の文化について書かれている本のようだ。ルシスであるアーシャにとっては、今更読む必要のない本に思える。
ミレナのそんな疑問を察したのか、アーシャが口を開いた。
「ルシスが他の種族からどんな風に見られてるか気になったんです」
「なるほど」
ミレナは納得して頷いた。自分もルシスの文化には興味があるし、同じような本が他にもないかと探しかけたところで、ふと思いつくことがあった。
「ねぇ、その本を読んで内容がどうだったのか、後で教えてくれない?」
アーシャは不思議そうに首を傾げた。
「だって、ルシスであるアーシャが読めば、その内容がどれくらい正しいかどうかすぐにわかるでしょ?」
その言葉を聞き、アーシャは笑って頷く。
「じゃあ、ミレナも面白い本を教えてね」
本を探しながら会話する二人。ミレナも頷き、アーシャに紹介するならどんな本がいいだろう、と考えながら並んだ本の背表紙に指を向け、一冊ずつ順に指差しながらタイトルを確認していく。
『晶角を持つ民 ――ルシス族民俗誌』
『マキナリムの文化史 ――魔力駆動技術と社会』
『翅音の言語学 ――ネスティア族の非言語交流』
このあたりは特に、ヒューム以外の他種族についての本が多いようだった。
タイトルに惹かれ、その中の一冊を取り出して表紙を眺める。アーシャと同様に自分の種族――ヴィータについての本だった。タイトルは『竜血の民、鱗と石の集落』と書かれている。どうやら、竜系のヴィータたちの集落について書かれた本のようだ。
ミレナはヒューム社会に生まれたヴィータだ。そのため、ヴィータたちだけで集まった集落というのはよく知らなかった。だからこそ好奇心をそそられたところはある。
お互いに選んだ本について後で感想を持ち寄ることを約束し、その書架を離れた。次はどこに向かおうかと考え始めた時、ふと、思いついたようにアーシャが口を開いた。
「ねね、禁書庫の封印を見に行こう」




