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第7話「仲直りのための贈り物」前編

 その朝、私は窓辺に立ったまま、制服のリボンを結ぶ手が止まってる。


 胸の奥に残った、ひやりとした重たさ。昨日の、あのラウンジの沈黙がまだ消えない。


(……わたくし、またやらかしちゃいましたわ……)


 ほんの少しだけ距離が縮まったと思ったのに。氷みたいな声で「その話は、しないで」って言われたあの瞬間、心の中でバッドエンドの鐘が鳴った気がした。


 そんな私を、ミリアは心配そうに見上げる。


「お姉様……今日も一緒に頑張りましょうっ。リュシア様と当番ですよ!」


 彼女の声は明るいけど、どこか励ますような響きがある。



 寮の掲示板前で、生活管理当番の張り紙を確認した。名前の並びは、もちろん昨日と同じ――『エレナ・シルヴァーバーグ リュシア・フェンリル』。


(……ルート確定、ですわね?でも、今はむしろ試練イベントですの……!)


 ミリアと一緒に当番用の手袋をはめて、図書室へ向かう。並んで歩くリュシアちゃんの横顔は相変わらず美しくて、淡い朝の光に透けて見える銀青色の髪がふわりと揺れてる。


 けれど、その視線は前だけを見てて、私に向くことはない。


(ああ……冷たい。昨日までの距離が、一瞬で……)


 それでも今日は挽回しなくちゃ。当番中、私はとにかく彼女を観察して、何か糸口を掴もうと必死になる。



 図書室の返却棚を整理しながら、私はさりげなく話しかける。


「リュシア様、この本……どこに並べればよいですの?」


「……三類、魔導理論の棚」


 淡々とした声。必要最低限の会話しか返ってこない。けれど、その指先は相変わらず丁寧で、まるでガラス細工を扱うみたいに一冊一冊を棚に収めてた。


 私はその仕草を見ながら、心の中でいろいろ考える。


(……贈り物、ですわよね。言葉で届かなくても、手に取って毎日使うものなら……)


(しかも、香りが強すぎると逆効果。リュシアちゃんは派手な香りを避けるし、肌触りも大事……あとは、生活に自然に馴染むものを……)


 気づいたら、頭の中で条件がどんどん並んでる。まるで誰かに説明するみたいに、"贈り物の条件"が具体的に。


(ああ……これはもう、完全に"贈る相手"のことを考えている証拠ですわね……!)


 乙女ゲームで言えば、この状態は好感度上昇フラグ準備段階。でも現実だと、ちょっとでも間違えれば地雷を踏む。……慎重にいかなくちゃ。


 そんな感じで心の中で空回りしてると、返却本を抱えたミリアがひそひそと囁く。


「お姉様……今の顔、ちょっと怖いです……でも、頑張ってくださいっ」


 私は小さく咳払いして、棚に本を収めるふりをしながら視線を逸らした。



 昼下がりの中庭は、春の陽射しに満ちてる。芝生の向こうに花壇が並んで、淡い色の花々が風に揺れてる。


 けれど私の心は、全然晴れない。


(……どうしたら、仲直りできますの……)


 午前中の当番も、ぎこちないまま終わっちゃった。リュシアちゃんはきちんと作業してくれたけど、必要最低限の会話だけ。氷の壁を前にしたまま、私の心は完全に空回り中。


 ベンチに腰かけて、花壇をぼんやりと見つめる。赤い花、黄色い花、紫の花。どれも綺麗だけど……どれも彼女の心には届きそうにない。


(贈り物、ですわよね……でも、どうやって選べば……)


 そんな感じで膝に顎を乗せて悩んでると――


「ずいぶん難しい顔をしているね、シルヴァーバーグ嬢」


 ふいに、柔らかな声が降ってきた。はっと顔を上げると、陽射しを背に立ってたのは――


 漆黒の髪に深紅の仮面。鮮やかな王族用の制服に身を包んだ、美しい青年。どこか陰を帯びた、けれど優雅な雰囲気を纏ったその姿に、思わず息を呑む。


(ル……ルシアン王子ぃぃぃ!?)


 乙女ゲー脳が大騒ぎする。だって、この立ち位置、このタイミング――完全に隠しルートイベントじゃん!


(でも攻略ヒントとか全然ないし、このゲーム不親切すぎ!)


「お、お目にかかれて光栄ですわ、ルシアン殿下……っ」


 慌てて背筋を伸ばして、膝の上で手をきちんと揃える。こんな庶民のベンチで王子様と向かい合うなんて、心の準備が全然足りない!


 王子は私の隣にゆっくりと腰を下ろすと、目の前の花壇を静かに眺めた。


「花はいい。言葉を持たないのに、想いを語ることができる」


「……想いを、語る……?」


「贈る相手を思い浮かべながら選んだ花は、きっとその心を伝えるだろう。逆に、何も考えずに選んだ花は、ただの色と香りにしかならない」


 その横顔は、陽射しに縁取られて美しい。けれど、どこか寂しげで、胸の奥がちくっとする。


「……王族の方にお言葉をいただけるなんて、光栄ですわ」


 そう言った私を、彼はふと見る。そして――わずかに影を落とした瞳が、静かに瞬く。


「……王族、か」


 その一言は、なぜかとても遠く感じる。まるで、王子自身が自分をその言葉で縛ってるみたい。


 彼はすぐに微笑を戻して、立ち上がる。


「悩んでいるなら、花がいい。想いを形にするのは、案外難しくないものだよ」


 そう言い残して、ルシアン王子は背を向ける。その姿が中庭のアーチを抜けていくまで、私は呆然と見送っちゃう。


(うわー……完全にイケメン王子の助言イベントだった! でも具体的にどうしろって話じゃないし、やっぱりこのゲーム不親切すぎる……)


(……花は、想いを語る)


 胸の奥に、その言葉だけが、ぽつりと残った。



 放課後、私はひとりで王都の西側を歩いてる。石畳の道は少しでこぼこしてて、貴族街とは全然違う雰囲気。パン屋や肉屋、雑貨店の看板が並んでて、生活の匂いが濃く漂ってる。


 こんなところを令嬢が一人で歩いてたら目立っちゃうし、なんかちょっと怖い。でも今日はどうしても――自分の足でここに来たかった。


(……王子様の言葉、忘れませんわよ)


 花は想いを語る。でも、ただの花じゃ足りない気がする。


 リュシアちゃんに渡すなら、毎日そばに置いてもらえて、邪魔にならなくて、優しい気持ちを込められるものがいい。


 気づいたら、足は迷わずあの店の前に来てる。小さな木製の看板に刻まれた文字――『ムーア商店』。


 私の中の"何か"が、あの人のいるこの店に足を向けさせた。ただそれだけ。


(……また、来ちゃった)


「本日はわたくし、"香りの贈り物"は不要ですのっ!!」


 バンッ、と音を立てて扉を開けながら店内に飛び込む私は、息を切らしつつ堂々と宣言する。


 けれど次の瞬間、店の隅にいた青年の黒い目がすっとこちらを向いたとたん、胸の中がヒュッと冷たくなる。


 ……ああ、しまった。またやらかした。


「お、おかえりなさいませ?」


「ええ、来ましたわ! わたくし、迷いましたけれども、やはり頼るべきはあなたですの! "隠しルートの賢者ポジ"であるあなたしかおりませんもの!」


 口から出るのは、いつものお嬢様テンプレ台詞。それしか持ち合わせがない。


(普通のゲームなら選択肢が出るはずなのに、全部アドリブって無理ゲーすぎる……!)


 彼の黒い瞳がじっと私を見てる。何かを読み取るように、静かに、けれど鋭く。


「ど、どうしましたの、そんなにじっと見つめて……はっ、もしやわたくしに見惚れて……」


「……違います」


 即答。いつもみたいに、冷たくも優しい声。


 私は、思わず視線を泳がせる。


「えーっと……あのですわね」


 言葉が続かない。うまく言えない。そういう時、あの人はいつも――。


「仲直りしたい相手がいて、贈り物を探している。その子は香りに敏感で、香水もハーブも苦手?」


「え……えっ!? な、なぜそれを!?」


 金魚みたいに口をぱくぱくさせちゃう。言ってませんわよ? 本当に何も。


「お顔を見れば、だいたい分かりますよ」


(うわあ……観察のスキルでも持ってるのかしら。それって反則でしょ!? こっちの心の中まで読まれてるじゃん!)

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