第3話「ヒロイン全開ですわ!……のはずが!?」
学園二日目の朝、私は鏡の前で気合いを入れる。
今日こそ本格的な攻略開始だ! 昨日はリュシアちゃんとの接触に成功したし、今度は攻略対象の男子たちとのフラグ立てよ。
「さあ、頑張りますわ!」
相変わらずお嬢様口調は止まらないけど、もう慣れた。むしろゲームっぽくていいかも。
クラリスが朝食の準備をしてくれる間、私は作戦を練る。
ゲーム『恋と貴公子と百の香水』の攻略対象は5人。
ガイル・クローヴァー。武闘派で不器用だけど実は優しい王道ルート。
ユリウス・グランツ。植物好きの癒し系、自信がないけど一途なタイプ。
テオ・ルミナス。理論派の天才、感情を封印してるクールルート。
ノア・サーヴァント。年下の天才、甘えん坊だけど実は影のあるルート。
後の一人は隠しキャラ。残念ながら私はそこまではやりこんでなかったのでわからないけど。
みんな魅力的だったなあ。ゲームだと個別攻略だったけど、実際に体験するとどうなるんだろう?
◆
今日の授業は「香りとスキルの基礎演習」。
まさにこの世界らしい実習授業だ。でも、そういえば私、この世界のスキルとか魔法の詳しいことまだよくわからないかも。ゲームではストーリー重視で、システム面はそんなに気にしてなかったし。
教室に入ると、すぐに目に入ったのは——
「おー、ガイル、それ重えーぞ」
「へへ、このくらい楽勝だぜ」
赤茶の髪をした男子が、実験台を軽々と運んでる。日焼けした肌に手の傷跡、力仕事に慣れた動き。間違いなくガイルくんだ! うわー、リアルで見ると迫力あるなあ。
その隣では、柔らかな茶髪の男子が小さな鉢植えに向かって手をかざしてる。
「ユリウス、今日も上手だね」
「あ、ありがとう、ノア」
照れながら答えるのがユリウスくん。鉢植えの花が見る見るうちに美しく咲いていく。すごい、これが《草導制御》のスキルなのね! まるで魔法みたい。
そして、銀髪ショートの美少年が複雑な図式を空中に展開してる。
「計算完了。理論値は——」
「すげーな、テオ。そんなのパッと出せるのかよ」
テオくんの《式盤展開》に、ガイルくんが感心してる。空中に浮かぶ魔法陣みたいな図形、めちゃくちゃカッコいい!
最後に、金髪くせ毛の童顔な男子——ノアくんが、テオくんの計算を元に香料を調合してる。
「テオ兄の理論通りにやってみるね」
「ノア、気をつけろよ。危ない薬品もあるからな」
4人とも自然に連携してる。ゲームだと個別ルートだったのに、実際では普通に友達なんだ。しかも、それぞれ全然違うタイプのスキルを持ってるのに、うまく補い合ってる。
これは…攻略が大変そう。でも、見てるだけで楽しい!
よし、チャンス!
「あの、皆さん、おはようございますわ」
私が声をかけると、4人が振り返った。
「おー、噂の奇行姫のお出ましだ」
ガイルくんがにやりと笑う。うわ、失礼だけどストレートで逆に好感度高い。
「ガイル、失礼だよ」
ユリウスくんが慌ててフォローしてくれる。優しい…
「確かに印象が変わったな。何かあったのか?」
テオくんが分析的な視線を向けてくる。観察されてる感じがドキドキする。
「でも、いい変化だと思うよ」
ノアくんが肯定的に微笑んでくれた。あー、癒される…
やっぱり「奇行姫」の噂は広まってるのね。でも、悪意は感じない。むしろ興味深そうに見てくれてる。
「生まれ変わったような気分ですの」
つい本音が出ちゃった。
「?」
4人が揃って首をかしげる。可愛い。
「あ、その…心機一転といいますか…」
「まあ、理由はどうあれ、今のエレナの方がいいよ」
ガイルくんの素直な言葉に、胸が温かくなる。
みんな、本当に優しいんだな。
よし、この調子!
「皆さんのスキル、とても素晴らしいですわね。私も勉強させていただきたくて」
……って、攻略脳で話しかけちゃったけど、でも本当にすごいと思う。みんなキラキラしてて、ゲームの中とはいえ、こんなに才能豊かな人たちと友達になれるなんて。
「エレナも一緒にやるか?」
ガイルくんが誘ってくれた。
「ぜひお願いしますわ!」
◆
ペアが決まる前に、先生が詳しい説明を始める。
「今日はスキルの基礎的な使用方法について学びます。まず、スキルと魔法の違いから説明しましょう」
おお、ちょうどいいタイミング! これで私も世界観の復習ができる。
「スキルとは、個人が生まれ持った才能の具現化です。訓練により向上しますが、基本的な方向性や威力は先天的に決まります。一方、魔法は理論と技術により習得可能な学問体系です」
なるほど、スキルは才能、魔法は勉強ってことね。
「スキルは大きく五つの系統に分類されます。感覚系、強化系、操作系、創造系、そして特殊系」
先生が黒板に図を描く。
「感覚系は情報収集に特化。強化系は身体能力向上。操作系は外界への干渉。創造系は新たな効果の創出。特殊系は分類不能な例外的スキルです」
へー、体系的になってるのね。ガイルくんの《剛拳貫破》は強化系、ユリウスくんの《草導制御》は操作系、テオくんの《式盤展開》は創造系、ノアくんの《錬式融合》も創造系かな?
「特に香りに関するスキルは極めて稀少で、感覚系の中でも特殊枠として扱われることが多いのです」
香りに関するスキル! それって私が目指してるやつじゃない! でも、極めて稀少って…やっぱりハードル高いのかな。
その時、教室の空気が一変した。
リュシアちゃんが立ち上がり、手を前に向ける。
「《氷牢結界》」
瞬間、彼女の周囲に巨大な氷の壁が出現した。美しく透明で、でも圧倒的な存在感。教室全体が静まり返る。
うわあ…めちゃくちゃすごい。ゲームで見た時とは迫力が全然違う。
「さ、さすがフェンリル家……」
「あのスキル、操作系の上級スキルなんだろ」
「レベルが違いすぎる……」
クラスメイトたちのざわめき。
リュシアちゃんは涼しい顔で氷を消すと、何事もなかったように席に戻る。
すごい……これが本当のスキルの実力なんだ。
私なんて、足元にも及ばない。
「では、ペアになって、お互いのスキルを披露し、観察・評価し合ってください。エレナさんは、まずはスキルを発動できるかどうか試してみましょう」
先生の言葉に、教室の視線が私に集まる。
あー、やっぱり先生も私のこと知ってるのね。スキル未発現のこと、周知の事実なんだ。
「エレナさん、僕とペアになりませんか?」
ユリウスくんが遠慮がちに声をかけてくれた。
「ありがとうございます! よろしくお願いしますわ」
隣のペアを見ると、ガイルくんとテオくん、ノアくんは一人で実験してる。みんな自然に分かれるのね。
「まずは僕の《草導制御》を見てもらって、エレナさんにはスキルの発動を試してもらう、というのはどうでしょう?」
ユリウスくんの提案に、私は緊張する。
やっぱり、スキル発動がメインなのね。
彼は手をかざして、小さなハーブを育て始めた。ラベンダーの香りが漂ってくる。
「いい香りですわね」
「ありがとうございます。エレナさんも、何か感じませんか? 集中してみてください」
言われた通り、目を閉じて集中してみる。
ラベンダーの香り…その奥に、ユリウスくんの優しさが感じられるような…
でも、何も起こらない。
「すみません、やっぱり何も…」
「大丈夫ですよ。スキルの発現は人それぞれですから」
ユリウスくんは本当に優しい。ゲームで見た通りの癒し系キャラだ。
◆
実習が進む中、周りのペアは次々と成果を上げていく。
ガイルくんとテオくんのペアは、ガイルくんの《剛拳貫破》で香料を細かく砕き、テオくんの《式盤展開》で完璧な調合比率を計算してた。
「おー、テオの計算すげーな。ぴったりじゃねーか」
「君の粉砕技術も見事だ。理論通りの粒度になってる」
二人とも嬉しそう。正反対のタイプだけど、息が合ってるのね。というか、ガイルくんの《剛拳貫破》って戦闘スキルだと思ってたけど、こんな繊細な作業にも使えるんだ。
ノアくんは一人で複数の香料を扱って、《錬式融合》で複雑な調合をしてる。
「さすがノア、一人で何でもできちゃうんだから」
ガイルくんが感心してるけど、ノアくんはちょっと寂しそうに見える。
そして、私とユリウスくんのペア…
「エレナさん、もう一度試してみませんか?」
ユリウスくんが励ましてくれるけど、やっぱり何も起こらない。
周りの視線が痛い。みんな当たり前にスキルを使ってるのに、私だけ…
そんな時、近くの席から聞こえてきた声。
「シルヴァーバーグ家のお姫様なのに、スキル発動できないなんて…」
「だから奇行に走るのね。可哀想」
「名門の看板が泣いてるわ」
モブお嬢様たちの陰口が、胸に刺さる。
うう…確かに名門の令嬢なのにスキル未発現って、相当恥ずかしいことなんだろうな。
みじめ。ゲームの中なのに、こんなに辛いなんて。
◆
授業が終わると、4人が近づいてきた。
「エレナ、気にすんなよ。スキルが全てじゃねーし」
ガイルくんの優しさが身に染みる。
「僕も昔は全然ダメだったんです。今でも自信ないくらいで」
ユリウスくんまで慰めてくれる。
「理論的には、後天的なスキル発現も十分可能。焦る必要はない」
テオくんの論理的なフォローも嬉しい。
「エレナさんの香りの知識、昨日の授業ですごいと思った。スキルより大切なものもあるよね」
ノアくんの言葉で、涙が出そうになる。
ゲームのキャラクターなのに、本当に優しい人たちなんだ。
でも、だからこそ申し訳なくて。
「ありがとうございます、皆さん。でも、大丈夫ですわ」
精一杯の笑顔を作る。
ゲームなんだから、きっと何とかなる。…きっと。
◆
放課後、寮の自室で落ち込んでる私を見て、クラリスが心配そうに声をかけてきた。
「お嬢様、今日はお疲れのようですね」
「少し、思ったようにいかなくて…」
スキル未発現の件は、さすがにクラリスには言えない。心配させちゃうし。
「そうですか。お嬢様、香りがお好きでしたら、街の香水店はいかがですか?」
クラリスの提案に、私は顔を上げる。
「香水店?」
「はい。ベルティエ香水本店という、とても有名な店があります。きっとお嬢様の気分転換になると思うのですが」
ベルティエ香水本店…ゲームでも出てきた高級店だ。
「それは素晴らしいですわ! ぜひ行ってみたいです」
少し気持ちが上向く。
香水店なら、私の得意分野かもしれない。スキルがなくても、知識だけは負けない!
◆
ベルティエ香水本店は、想像以上に豪華だった。
まるで宮殿のような内装に、美しく並べられた香水瓶。空気自体が上品な香りに満ちてる。
うわー、すごい。ゲームの画面で見てた時とは迫力が全然違う。
「いらっしゃいませ」
美人の店員さんの丁寧な接客に、思わず緊張する。
「あの、香水を見せていただきたくて」
「かしこまりました。どのような系統がお好みでしょうか?」
店員さんに案内されながら、様々な香水を試していく。
どれも素晴らしい香りだけど、特別な感覚は…やっぱりスキルがないと、普通に嗅ぐだけなのかな。
その時、古い棚の奥に置かれた小さな瓶が目に留まった。
なんだろう、すごく気になる。まるで私を呼んでるみたい。
「あの、あれは何ですか?」
「ああ、あれは《ラフェルトNo.4旧型》ですね。古いタイプで、もうほとんど作られていない希少品です」
《ラフェルトNo.4旧型》…なんだろう、すごく気になる。
「試してみてもよろしいですか?」
「もちろんです」
店員さんがテスター用の小瓶を持ってきてくれる。
香りを嗅いだ瞬間——
頭の中に映像が流れ込んできた。
暖かい光の中で、誰かが微笑んでる。とても懐かしくて、愛しい人の姿。
え? これって…
「あ…」
思わず声が漏れる。
「お客様? 大丈夫ですか?」
店員さんの声で我に返る。
「え、ええ。すみません、とても…心に響く香りで」
「《ラフェルトNo.4旧型》に反応されるとは。お客様、もしかして香りに関する特別な感覚をお持ちでは?」
店員さんの言葉に、ドキリとする。
特別な感覚…もしかして、これが?
「わ、わかりません。でも、とても懐かしい感じがして」
「興味深いですね。この香水に反応する方は、滅多にいらっしゃらないのですが」
もしかして、私にもスキルの可能性が?
少しだけ、希望が見えてきた。
これって、もしかして香りのスキルの片鱗?
◆
香水店を出て、クラリスと一緒に学園に戻る途中。
なんとなく、誰かに見られてるような気がした。
振り返ってみるけど、特に変わった様子はない。
でも、この違和感は何だろう?
「お嬢様?」
「あ、何でもありませんわ。少し疲れただけです」
クラリスに心配をかけてはいけない。
でも、やっぱり気になる。
まあ、ゲームの中だし、きっと気のせいよね。
「明日は街を探索してみましょうか、クラリスさん」
「はい、お嬢様。お供させていただきます」
《ラフェルトNo.4旧型》への反応。もしかして、私にも何かあるのかもしれない。
明日はもっと色々な場所を見て回ろう。きっと面白い発見があるはずだ。
空の向こうで、夕日が美しく輝いてた。
そういえば、あの映像の中の人の笑顔も、こんな暖かい光に包まれてたな。
あれは一体何だったんだろう?