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第8話「寮生活と小さな日常」後編

 放課後のスピカ寮は、静かな陽だまりのように落ち着いてた。


 わたくしとミリアは、二人で机にお茶と焼き菓子を並べて、簡易お茶会を開く。甘い香りと、窓辺から差し込むオレンジ色の光が混ざり合って、まるでイベントスチルですわ。


「お姉様、今日も楽しそうでしたね」


「……ええ。少し、慣れてきた気がしますわ」


 そう言いながら、わたくしはカップを置く。


 まだゲームだと思ってるけれど、この空気は……あまりに"生"で、胸が温かい。


(男子たちとの距離は、まだちょっとありますけれど……でも前よりは話しかけやすくなりましたわね)


 コンコン、と小さなノック音がした。


 扉を開けると、そこに立ってたのは――リュシアちゃんだった。


「……あの。少し、いい?」


「もちろんですわ! どうぞお入りになって」


 彼女はそっと部屋に入ると、窓際に立った。光に透ける銀青色の髪が揺れて、淡藤色の瞳がこちらを見る。


(やっぱり、この子はスチル映えしますわね)


「昨日……ありがとう。あの、ハンカチ……大事にするから」


 ふいにそう言って、視線を逸らすリュシアちゃん。


「ええ、よろしければお使いくださいまし。……あら?」


 わたくしが首を傾げると、リュシアちゃんはほんの少しだけ、勇気を振り絞るように口を開いた。


「……エレナ。昨日は、本当に……ありがとう」


(きた。名前呼びですわ!!)


 わたくしの心臓は、一気に高鳴った。


 そして――


「リュシア様が、わたくしの名前を……!」


 テンションが爆上がりしたわたくしは、気づけばリュシアちゃんをぎゅっと抱きしめてた。


 蜂蜜色の髪と銀青色の髪が重なって、ふわりと甘い香りが広がる。


(この瞬間、完全にイベントCGですわ)


「え、ええっ……!?」


 腕の中でリュシアちゃんの体が小さく震える。耳まで赤く染まった横顔に、こちらの心臓も跳ね上がる。


「リュシア様! わたくし、嬉しいですわ! 本当に、お友達になれた気がしますの!」


「さ、様はやめて! だって友達でしょ?」


「それじゃ、リュシアさん!」


「ふふ、私が呼び捨てなのに、さんづけなんだ?」


「ええ、親愛を込めてリュシアさん、ですわ!」


 私の心からの言葉に、リュシアちゃんは一瞬言葉を失って、やがて小さく呟いた。


「……うん。嬉しいよ……エレナ」


 その声は小さいけれど、胸の奥に甘く響いた。


(百合フラグ、完全に進行しましたわ)


 ミリアが「きゃー、お姉様たち素敵です!」って手を叩いてるのが聞こえて、わたくしたちは慌てて離れる。


 リュシアちゃんの顔は真っ赤で、わたくしもきっと同じような顔をしてるはず。


「あ、あの……今度、一緒にお茶でも……」


「ええ! ぜひともお誘いくださいませ!」


 そんなやり取りをして、リュシアちゃんは照れながら部屋を出ていった。


 残された部屋には、ほんのり甘い香りが漂ってる。


「お姉様、とっても幸せそうですね」


 ミリアの言葉に、わたくしは頬を染めて頷いた。


「ええ……とっても」



 夜の寮スピカは、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。


 窓辺のランプが、柔らかいオレンジ色の光を部屋に落とす。ハーブのサシェから漂う香りが、ほんのりと甘くて心地よい。


 ベッドの上で膝を抱えながら、わたくし――いえ、白石香澄は今日一日のことを思い返してた。


 リュシアちゃんに名前を呼ばれたこと。思わず抱きしめてしまったこと。そして、彼女の耳が真っ赤になった瞬間の可愛さ。


(いやぁ、あれは完全にスチル演出でしたわね)


 心の中で思わず笑う。


 だって、これは乙女ゲームの世界。そう思えばこそ、わたくしはこんなにも大胆になれるのだ。


「だってゲームですもの。多少のスキンシップも……ええ、むしろフラグ強化イベントですわ!」


 誰もいない部屋で小声で呟いて、ひとりで頷く。


 ミリアはすでに静かな寝息を立ててて、その無邪気な寝顔を見てると、胸がじんわり温かくなる。


(でも……男子たちとの距離は、まだちょっとありますわね。やっぱり奇行姫の印象って、そう簡単には消えないのかしら)


 今日の授業での、彼らの素っ気ない態度を思い出す。親切だったけど、どこか遠慮がちで。


(まあ、仕方ありませんわね。これから少しずつ、関係を築いていけばよろしいんですもの)


 窓の外には、星と月明かり。夜風に運ばれる花の香りは、やけに優しい。


(ゲームだと割り切ってるのに、心は少しずつ現実に引き寄せられていくような……)


 そんな不思議な感覚が、胸の奥にある。


 特に、リュシアちゃんを抱きしめた時の温もりや、男子たちと話した時の微妙な空気感。


 ゲームにしては、あまりにもリアルで……


「今度こそ……幸せに、生きますわ……」


 小さく呟いて、ランプの灯りを落とす。


 香りに包まれた夜は、静かに更けていった。

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