第7話「仲直りのための贈り物」後編
「ち、ちち違いますわっ!? これはそのっ!あくまで親愛ですの! 友情ですの! 尊き連帯感ですのよっ!!」
必死に誤魔化そうとするけど、彼の目は動じない。ただ、ほんの少しだけ、目元が柔らかくなった気がする。
(好感度表示とかないから全然分からないし、このゲーム本当に難易度高すぎ……!)
「はいはい、なるほど。で、うちに?」
「ええ! 香りを使わず、思いだけを届ける、そんな素敵アイテムがきっとここにはある! そう思いましたの!」
本当は。
……本当は、ちゃんと向き合いたいんですの。
けれど、それを口にするのは、まだ怖い。
◆
「まずはこちら、ペルファリア近郊の薬草を使った石鹸になります。香りはかなり控えめで、洗ってもほとんど肌に残りません。使用感はすっきりめですね」
「……おぉっ」
(うわー、この人本当にすごい……普通のゲームキャラってこんなに丁寧に説明してくれるものなの?)
「次は、魔力冷却式のタンブラーです。氷が不要で、香りも出ません。夏場に人気の商品でして、実用性重視の方に好まれます」
「……おぉぉっ!」
(どれも条件にぴったりすぎる……これって完全に攻略ヒント付きの商品紹介じゃん!)
「最後にこちら、香気遮断加工済みの布ハンカチになります。これも王都の職人の手作りで、匂いを遮断するので、周囲に香水を使っている方がいても問題ありません。手触りは絹、肌に優しい仕様です」
「……これですわ!」
私は、即決した。
真っ白で、何の装飾もないハンカチ。
けれど、それがあの子には、いちばん似合うと思った。
「……白が似合うんですの。あの子は、そういう子で……」
「はあ」
「氷菓子が好きで、でも甘すぎるのは苦手で……。朝は早起きで、いつも一番に教室にいて、紅茶は無糖。寝る前には必ずストレッチをして、香りの強い花はちょっと顔をしかめて……」
気づいたら、リュシアちゃんのことばかり話してる。
(あれ? なんで私こんなに詳しく知ってるんだろう……普通のゲームキャラだったら、こんなに細かい設定知らないはずなのに)
「……仲がよろしいのですね」
「へあっ!?」
思わず変な声が出ちゃった。
「わたくし、言ってませんでしたのよ? "誰に渡す"とも、"どういう間柄"とも」
「おっしゃらなくても、様子を見ていれば分かりますよ」
彼は、当然みたいに言う。
「商品の条件の出し方がやけに具体的だった。"香りが強くないもの""肌触りが良いもの""毎日使えるもの"——まるで、相手の嗜好や生活習慣をよくご存知のようでした。そして極めつけは……"商品"ではなく"相手"の話を始められたこと。大抵の場合、それは"贈る理由"が感情に由来している証拠です」
私は、何も言えない。
ただ、心の奥で、何かがあったかくなるのを感じてた。
(この人、本当にゲームのキャラなの……? こんなに私のことを見てくれる人、ゲームの中でも現実でも初めて……)
「よろしければお包みしますが?」
「い、いえ、わたくしが自分でやりたいんですの。よろしいかしら」
彼の渡してくれた包装紙とリボンを受け取りながら、私は小さく、けれど確かに頷いた。
◆
「い、いえ、わたくしが自分でやりたいんですの。よろしいかしら」
そう申し出た時、私は思いきり虚勢を張ってた。
だって、包みなんて——やったこと、なかったのですもの。
渡された包装紙と淡い青のリボンを手に、私は寮の部屋に戻った。
その夜。
私は机の上にハンカチを広げて、睨みつけてる。
「こ、こういうのって、もっとサラッとやるものじゃありませんの……!?」
さっき買った、真っ白な、香りのしないハンカチ。
あの子にぴったりだと思って選んだ。
でも、リボンが……リボンが……結べない。
きゅっ、と結んだら片側が短すぎて、もう一方がびろーんと垂れる。
ほどいてやり直しても、今度は斜めになっちゃって。
「ああもう、違いますわよ……輪っかが同じになりませんの……!」
焦れば焦るほど、手元が滑って、指が巻き込まれて、ぐしゃりと潰れる。
(普通のゲームならラッピングなんて一瞬で終わるのに……なんでこんなにリアルで面倒くさいの!?)
「も、もう……っ!」
私は、最後の結び目を少しだけ傾けたまま、手を止めた。
完璧じゃない。でも、これでいい。
これは"味"ですわ。不器用さも含めて——想い、なのですわ。
リボンの輪っかがちょっと傾いてても、心は真っ直ぐに。
私はその包みを抱えて、廊下へとそっと出た。
夜の寮は静かで、床が軋む音すら大きく響く。
渡す勇気はないけれど、届けたい気持ちはある。
だから、私は巡回中の寮メイドに声をかけた。
「あの……この包み、渡してもらえませんこと? あの子に……。名前は、いりませんの。はい」
言い終える前に、顔を背けて早足で立ち去る。
リボンの揺れる音が、背中で小さく鳴った気がした。
◆
自室の窓辺に戻ってきた私は、夜風に頬をあてながら、街の灯りをぼんやりと眺めた。
受け取ってくれてると、いいんですけど……。
ただそれだけが、ずっと胸の奥に残ってる。
(これ、もしかして本当のゲームじゃないのかな……)
そんな考えが、ふと頭をよぎる。でもすぐに首を振った。
(そんなわけないじゃん。これは間違いなく『恋と貴公子と百の香水』の世界。ただ、すごくリアルに作られてるだけ)
正解も、好感度も、フラグも見えない。
けれど——
「それでも、伝わってほしいんですのよ。わたくしの、この……ほんの少しだけ勇気を出した気持ちが」
白い指先が胸元に触れる。鼓動が、そっと強くなった。
少しだけ、自分が変われたような気がして。
私は、小さく微笑んだ。
◆
──夜、女子寮。リュシア・フェンリルの部屋。
机の上に、小さな包みが置かれていた。
誰が持ってきたのかは聞いている。「エレナ様から」とは、言われていない。
でも、わかる。
このリボンの結び方。ぎこちなくて、少し斜めで。
……でも、ほどけないように、何度も結び直した跡があった。
私はそっと包みを解き、中から出てきたハンカチを指先でつまんだ。
真っ白。何の装飾も香りもない。けれど、手触りは柔らかくて、あたたかい。
(……ほんとに、あの子らしいわ)
言葉じゃなくて、香りでもなくて。
こうして"もの"にして差し出された気持ち。
それが、なんだか……くすぐったくて。
私はそっと、それを膝の上に置いた。
──あの子は、悪くない。
そう、頭ではずっとわかってた。
ただ私が勝手に怒っただけ。母のことなんて、今さら平気な顔で言ってたくせに、ちょっと触れられただけで、動揺して。
(……情けない)
でも。
それでも、あの子は離れなかった。
"ごめんなさい"も"許して"もなかったけど。
代わりに届いた、これ。
私は、ハンカチをそっと胸元にあてる。
香りは、ない。
でも、あたたかかった。
まるで、日だまりの中にいるみたいな。
私はふっと息を吐いて、目を閉じた。
涙は出ない。出したら、認めてしまう気がするから。
でも、少しだけ。
──また、話してみようかな。
そんな気持ちが、胸の奥に灯った。