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第7話「仲直りのための贈り物」後編

「ち、ちち違いますわっ!? これはそのっ!あくまで親愛ですの! 友情ですの! 尊き連帯感ですのよっ!!」


 必死に誤魔化そうとするけど、彼の目は動じない。ただ、ほんの少しだけ、目元が柔らかくなった気がする。


(好感度表示とかないから全然分からないし、このゲーム本当に難易度高すぎ……!)


「はいはい、なるほど。で、うちに?」


「ええ! 香りを使わず、思いだけを届ける、そんな素敵アイテムがきっとここにはある! そう思いましたの!」


 本当は。


 ……本当は、ちゃんと向き合いたいんですの。

 けれど、それを口にするのは、まだ怖い。



「まずはこちら、ペルファリア近郊の薬草を使った石鹸になります。香りはかなり控えめで、洗ってもほとんど肌に残りません。使用感はすっきりめですね」


「……おぉっ」


(うわー、この人本当にすごい……普通のゲームキャラってこんなに丁寧に説明してくれるものなの?)


「次は、魔力冷却式のタンブラーです。氷が不要で、香りも出ません。夏場に人気の商品でして、実用性重視の方に好まれます」


「……おぉぉっ!」


(どれも条件にぴったりすぎる……これって完全に攻略ヒント付きの商品紹介じゃん!)


「最後にこちら、香気遮断加工済みの布ハンカチになります。これも王都の職人の手作りで、匂いを遮断するので、周囲に香水を使っている方がいても問題ありません。手触りは絹、肌に優しい仕様です」


「……これですわ!」


 私は、即決した。


 真っ白で、何の装飾もないハンカチ。


 けれど、それがあの子には、いちばん似合うと思った。


「……白が似合うんですの。あの子は、そういう子で……」


「はあ」


「氷菓子が好きで、でも甘すぎるのは苦手で……。朝は早起きで、いつも一番に教室にいて、紅茶は無糖。寝る前には必ずストレッチをして、香りの強い花はちょっと顔をしかめて……」


 気づいたら、リュシアちゃんのことばかり話してる。


(あれ? なんで私こんなに詳しく知ってるんだろう……普通のゲームキャラだったら、こんなに細かい設定知らないはずなのに)


「……仲がよろしいのですね」


「へあっ!?」


 思わず変な声が出ちゃった。


「わたくし、言ってませんでしたのよ? "誰に渡す"とも、"どういう間柄"とも」


「おっしゃらなくても、様子を見ていれば分かりますよ」


 彼は、当然みたいに言う。


「商品の条件の出し方がやけに具体的だった。"香りが強くないもの""肌触りが良いもの""毎日使えるもの"——まるで、相手の嗜好や生活習慣をよくご存知のようでした。そして極めつけは……"商品"ではなく"相手"の話を始められたこと。大抵の場合、それは"贈る理由"が感情に由来している証拠です」


 私は、何も言えない。


 ただ、心の奥で、何かがあったかくなるのを感じてた。


(この人、本当にゲームのキャラなの……? こんなに私のことを見てくれる人、ゲームの中でも現実でも初めて……)


「よろしければお包みしますが?」


「い、いえ、わたくしが自分でやりたいんですの。よろしいかしら」


 彼の渡してくれた包装紙とリボンを受け取りながら、私は小さく、けれど確かに頷いた。



「い、いえ、わたくしが自分でやりたいんですの。よろしいかしら」


 そう申し出た時、私は思いきり虚勢を張ってた。

 だって、包みなんて——やったこと、なかったのですもの。

 渡された包装紙と淡い青のリボンを手に、私は寮の部屋に戻った。


 その夜。


 私は机の上にハンカチを広げて、睨みつけてる。


「こ、こういうのって、もっとサラッとやるものじゃありませんの……!?」


 さっき買った、真っ白な、香りのしないハンカチ。

 あの子にぴったりだと思って選んだ。


 でも、リボンが……リボンが……結べない。


 きゅっ、と結んだら片側が短すぎて、もう一方がびろーんと垂れる。

 ほどいてやり直しても、今度は斜めになっちゃって。


「ああもう、違いますわよ……輪っかが同じになりませんの……!」


 焦れば焦るほど、手元が滑って、指が巻き込まれて、ぐしゃりと潰れる。


(普通のゲームならラッピングなんて一瞬で終わるのに……なんでこんなにリアルで面倒くさいの!?)


「も、もう……っ!」


 私は、最後の結び目を少しだけ傾けたまま、手を止めた。

 完璧じゃない。でも、これでいい。

 これは"味"ですわ。不器用さも含めて——想い、なのですわ。


 リボンの輪っかがちょっと傾いてても、心は真っ直ぐに。

 私はその包みを抱えて、廊下へとそっと出た。


 夜の寮は静かで、床が軋む音すら大きく響く。

 渡す勇気はないけれど、届けたい気持ちはある。


 だから、私は巡回中の寮メイドに声をかけた。


「あの……この包み、渡してもらえませんこと? あの子に……。名前は、いりませんの。はい」


 言い終える前に、顔を背けて早足で立ち去る。

 リボンの揺れる音が、背中で小さく鳴った気がした。



 自室の窓辺に戻ってきた私は、夜風に頬をあてながら、街の灯りをぼんやりと眺めた。


 受け取ってくれてると、いいんですけど……。

 ただそれだけが、ずっと胸の奥に残ってる。


(これ、もしかして本当のゲームじゃないのかな……)


 そんな考えが、ふと頭をよぎる。でもすぐに首を振った。


(そんなわけないじゃん。これは間違いなく『恋と貴公子と百の香水』の世界。ただ、すごくリアルに作られてるだけ)


 正解も、好感度も、フラグも見えない。


 けれど——


「それでも、伝わってほしいんですのよ。わたくしの、この……ほんの少しだけ勇気を出した気持ちが」


 白い指先が胸元に触れる。鼓動が、そっと強くなった。

 少しだけ、自分が変われたような気がして。


 私は、小さく微笑んだ。



──夜、女子寮。リュシア・フェンリルの部屋。


 机の上に、小さな包みが置かれていた。


 誰が持ってきたのかは聞いている。「エレナ様から」とは、言われていない。


 でも、わかる。

 このリボンの結び方。ぎこちなくて、少し斜めで。


 ……でも、ほどけないように、何度も結び直した跡があった。


 私はそっと包みを解き、中から出てきたハンカチを指先でつまんだ。

 真っ白。何の装飾も香りもない。けれど、手触りは柔らかくて、あたたかい。


(……ほんとに、あの子らしいわ)


 言葉じゃなくて、香りでもなくて。


 こうして"もの"にして差し出された気持ち。

 それが、なんだか……くすぐったくて。

 私はそっと、それを膝の上に置いた。


──あの子は、悪くない。

 そう、頭ではずっとわかってた。


 ただ私が勝手に怒っただけ。母のことなんて、今さら平気な顔で言ってたくせに、ちょっと触れられただけで、動揺して。


(……情けない)


 でも。


 それでも、あの子は離れなかった。

 "ごめんなさい"も"許して"もなかったけど。


 代わりに届いた、これ。

 私は、ハンカチをそっと胸元にあてる。


 香りは、ない。

 でも、あたたかかった。

 まるで、日だまりの中にいるみたいな。


 私はふっと息を吐いて、目を閉じた。

 涙は出ない。出したら、認めてしまう気がするから。


 でも、少しだけ。


──また、話してみようかな。

 そんな気持ちが、胸の奥に灯った。

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