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新たな未来へ: 貫かれた愛、そして王国の光

国王の裁定が下され、エルドリアスとリアーナの関係が公に認められたことは、王国に大きな波紋を呼んだ。特に、伝統と血筋を重んじる貴族社会においては、その衝撃は計り知れないものだった。彼らの間では、怒りや戸惑いと共に、深い「恐怖」が蔓延していた。

王都の貴族街の一角、壮麗なシャンデリアが輝く侯爵家のサロン。そこでは、夜ごと、王国を牛耳る有力貴族たちが集まり、密やかながらも熱のこもった議論が交わされていた。彼らの視線は、グラスのワインのように冷たく、その表情には、自らの立場が揺らぐことへの、拭い去れない焦燥感が滲んでいた。

「まさか、あのエルドリアス少将が、平民ごときと真剣になるとは……!」 「我が娘を嫁がせ、英雄の血を我が家に取り込む算段だったのだぞ!」

彼らにとって、エルドリアスは単なる英雄ではなかった。戦役の終結によって、彼の名は王国の象徴となり、その影響力は国王にすら比肩するほどに高まっていた。そのエルドリアスと姻戚関係を結ぶことは、己の家門の地位を盤石にし、ひいては王国における権力をさらに強固にする、千載一遇の好機と捉えられていたのだ。彼の隣に、自らの血を引く娘を立たせることができれば、未来永劫にわたって、その権力は安泰となるはずだった。彼らの掌は、その未来を掴み取ろうと、熱く疼いていた。

しかし、その甘美な野望は、リアーナという名の平民の女によって、無残にも打ち砕かれた。彼女は、血筋も、財力も、貴族としての教養も持たない。そんな「取るに足らない」存在が、王国の未来を背負う英雄の心を射止め、国王にまで認められるなど、貴族たちの常識では到底受け入れられるものではなかった。彼らの耳には、自分たちの築き上げてきた歴史と伝統が、砂のように崩れ落ちる不快な音が響いていた。

「このままでは、あの女が少将の隣に居座り、いずれは我らが築き上げてきた秩序を、根底から破壊するだろう!」 「断じて許さぬ! 王国の、そして我ら貴族の未来のために、あの女は排除せねばならぬ!」

重厚な絨毯が敷かれた部屋の空気は、彼らの底知れない焦りと憎悪によって、重く淀んでいく。芳しい香水の匂いに、わずかな血の臭いが混じるかのような錯覚さえ覚える。彼らの瞳の奥には、自らの野望が潰えることへの恐れと、それを妨げるリアーナへの、抜き差しならない敵意が燃え盛っていた。

そして、その夜、密談は闇の深い部分へと移行した。彼らは、リアーナの存在が、彼らの築き上げた盤石な地位を揺るがす「癌」であると断じた。冷たい金属が擦れ合う微かな音、低く交わされる言葉。彼らの口からは、恐ろしい命令が発せられた。

「…あの女を、消せ。英雄の足枷となる前に、だ。決して、エルドリアス少将に勘付かれるな。これは、王国の名誉のため、そして……我らが未来のためだ」その夜、リアーナが病院から宿舎へ戻る細い裏通りに、闇が凝縮したような影が蠢いた。ひんやりとした夜風が、彼女の肌を撫でる。その風には、普段と違う、微かな鉄の匂いが混じっていた。リアーナの五感は、戦場で培われた危険察知能力が鈍く、しかし確実に警鐘を鳴らしていた。彼女の心臓が、警告するように速く脈打つ。

突然、路地の奥から、二つの影が飛び出してきた。鈍く光る刃が、月明かりを反射する。その光景に、リアーナの視界は一瞬で危険な色に染まった。ヒュッと空を切る音、金属が放つ冷たい輝き。彼女は咄嗟に身を翻し、危うく最初の斬撃を避けた。

「何者ですか!?」 リアーナの声は震えたが、その瞳には恐怖よりも、戦場で培われた強い意志が宿っていた。

「死ね、平民の女め!」 刺客の一人が、憎悪に満ちた声を上げる。彼らの全身からは、隠しきれない殺意が渦巻いていた。彼女の鼻腔には、刺客が纏う汗と血生臭い匂いが、戦場での記憶を呼び起こす。

その時だった。夜の闇を切り裂く、一閃の光が走った。 「何をしている、貴様ら……!」 低く、しかし怒りに満ちた声が響き渡る。エルドリアスだった。彼の甲冑が、月明かりの下で鈍く輝く。彼の視界は、リアーナに向けられた刃の冷たい光を捉え、その瞬間、彼の全身を激しい怒りが貫いた。彼の掌に握られた剣の柄が、彼の怒りを吸収するかのように熱を持つ。

エルドリアスは、矢のように飛び出した。彼の動きは、闇の中でさえ、流れるように淀みがない。金属が激しくぶつかり合う甲高い音。刺客たちの短い悲鳴が、夜の闇に吸い込まれていく。一瞬のうちに、二人の刺客は地に伏した。エルドリアスは、倒れた刺客の首に剣を突きつけ、静かに、しかし地を這うような声で問い詰めた。 「誰の差し金だ……!」 彼の低い声は、刺客たちの体から血の気を引かせた。彼らは、その剣の冷たさと、エルドリアスの瞳に宿る怒りの光に、心臓が凍り付くのを感じた。

この事件は、瞬く間に王都中に知れ渡った。エルドリアスが、リアーナを狙った刺客を捕らえ、その背後に貴族がいることが明らかになったのだ。

「国王陛下! これは、我らが英雄に対する不敬! そして、公然たる反逆にございます!」 兵士たちが、怒りに震える声で王に訴え出た。彼らの瞳は、リアーナへの襲撃という許しがたい行為に対し、燃え盛る炎のような怒りを宿していた。彼らにとって、リアーナはもはや単なる「少将の愛する女性」ではない。彼女は、自分たちの命を救い、戦場の絶望に希望を与えた「聖女」であり、エルドリアスという「英雄」を支える、かけがえのない存在なのだ。

民衆もまた、貴族たちの卑劣な行いに憤慨した。 「なんてことを! 命の恩人を襲うなんて!」 「少将様と聖女様を、どうかお守りください!」 王都の通りは、貴族への抗議の声と、エルドリアスとリアーナを支持する熱い叫びで溢れかえった。彼らの五感は、貴族たちの腐敗と、二人の清らかな愛の対比を明確に感じ取っていた。

国王は、もはや迷わなかった。貴族たちの権力を削ぎ、秩序を回復するため、そして何よりも、民衆と英雄の絆を守るため、厳格な処罰を下した。貴族たちは失脚し、彼らの権威は地に落ちた。それは、身分や血筋ではなく、真の功績と、人としての尊厳が重んじられる、新たな時代の幕開けを告げる鐘の音だった。

全ての壁を乗り越え、エルドリアスとリアーナは、ついに結ばれた。彼らの結婚式は、王国の歴史において、最も民衆に祝福されたものとなった。

エルドリアスは、変わらず王国の守護者として、その剣を振るう。しかし、その瞳の奥には、以前のような孤独な光はなかった。彼の隣には、常にリアーナがいる。彼女の存在が、彼の強さの源となり、彼の心を温かく照らし続けている。彼の指先が、戦場の硬い剣ではなく、リアーナの柔らかな手の温もりを感じるたびに、彼の心は満たされていく。

リアーナもまた、人々の命を救う医療者としての道を歩み続けた。彼女は、エルドリアスの後援を受け、身分に関わらず誰もが医療を受けられる、新しい病院を設立した。彼女の掌から放たれる回復魔法の光は、肉体の傷だけでなく、人々の心に深く刻まれた戦火の傷跡をも癒やしていく。彼女の耳には、患者たちの感謝の言葉が、何よりも尊い音として響き渡る。

彼らは、互いを支え合い、それぞれの使命を全うしながら、手を取り合って新たな未来を築いていった。エルドリアスの英雄的な強さと、リアーナの慈愛に満ちた癒しの力が融合し、王国はかつてないほどの繁栄を享受し始めた。彼らの愛は、単なる個人の物語ではなかった。それは、戦火の傷跡が深く残る王国に、身分や苦難を乗り越えることのできる「希望の光」をもたらし、次世代へと語り継がれる、真の英雄譚となったのである。


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