第三章 偽りの平穏
なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい。
無限の空しさの中で、
まるで宇宙を繰り返し漂っているかのようだ。
……あれから、どれくらいの時が経ったのだろう。
もう、私にも分からない。
この時は、いつ終わるのだろうか。
!……
地上のすべてが、喰らい尽くされていく。
地上のすべてが、再生していく。
……人々には、もう時間がない。
彼らは大切にせず、記憶すらしなかった。
歴史がもたらした、懺悔の念を。
これは、君だけの時。
時間よ、もう一度、この世界に機会を与えておくれ……。
信じている、彼が再び来ると。
彼が、あの約束を守ると……。
≡ ≡ ≡ ≡
チャイムが鳴り、楽しい昼休みが始まった。
物資は乏しいはずなのに、どういうわけか学校の食堂にはいつも、生徒たちが買うには十分な食料が揃っている。多くの生徒がこの時間を利用して、多めに食料を買い込み、夕食として家に持ち帰る。
教室には、まだ数十人の生徒が残っていた。俺もその一人だ。
「うわ、お前毎日パン食ってんな」
前の席に座る男が、椅子をこちらに傾けて話しかけてきた。
「食いもんがあるだけマシだろ」
それに、これはリンダが俺のために準備してくれたもんだ。食べないわけにはいかない。
「まぁ……それもそうか。つーか、学校の食いもんにヤバいもんが混ざってないか、怪しいよな?」
そいつの名は文豪。このクラスで、卉詩以外に俺が話す二人目の相手だ。
(こいつ、マジで声に出して言うんだな……)
良くも悪くも、こいつは正直すぎる。
「お前、これ怪しいと思わねぇか?この島じゃ腹一杯食うことすらままならねぇってのに、なんで学校だけはこんなに物資が豊富なんだよ?」文豪は、誰かに聞かれないよう声を潜めて言った。
(……確かに、妙ではある)
噂によれば、戦争後、島にあった多くの学校の中で、修理されて今も機能しているのはこの学校だけらしい。独自の生態系システムを維持して、運営を続けているとか……。
「それは、考えすぎじゃないかしら」
卉詩がこちらへ歩いてきた。
「げっ……」
文豪は、どうやら卉詩が苦手らしい。
「もし学校に本当に何か企みがあるとしたら、私たちから何を得ようとしているのかしら?」
「さあな……」
文豪は気まずそうに、そっぽを向いた。
俺は食べかけのパンに目を戻す。数日前にリンダたちが受け取った、あの手紙……そして、彼女たちの反応。
(あの手紙は、一体どういう意味だったんだ……)
「……あの手紙のこと、まだ考えてるのね」
卉詩には、心の中を見透かされたようだった。
俺は答えなかった。
「なんだよ、手紙って?」
「ううん、なんでもない」
どうやら卉詩も、文豪にはこの件を知られたくないらしい。
「おい、お前らなぁ……」
文豪が何か言いかけた時、授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
俺は慌てて残りのパンを口に詰め込み、授業の準備を始める。
(そういえば、リンダは今日、学校を休んでるな……)
≡ ≡ ≡ ≡
帰り道、必ずリンダの家の前を通る。
(……入るか?)
家の前で迷っていると、突然ドアが開き、中にいたリンダと目が合った。
「……あっ」
バタンッ! まるで俺を拒絶するかのように、ドアが閉められた。思わず、足が止まる。
(はぁ?今のって……俺の顔見て閉めるってどういうことだよ、マジで避けられてるのか?)
訳が分からないまま、俺はドアをノックした。
「リンダ?どうしたんだ、学校も休んで」
「あはは、なんでもないってば〜!だから、気にしないでよ〜」
リンダがこういう言い方をする時は、大抵何かがあった時だ。それが良いことか悪いことか、危険なことか、あるいはただのくだらないことかは、その時々によるが。
「お前、俺に嘘つけないの分かってるだろ?」
「……うん、そうだよ」
「じゃあ言えよ。何があった」
「ん……」
リンダは少し考えると、ドア越しに事情を説明し始めた。
今朝、俺を迎えに出ようとした時、昨日の男がまたやって来て、立ち退きを催促してきたらしい。
俺は昨日、ひとまず無視しろと提案し、彼女たちもそれに従ったはずだ。
「そいつが誰か、見当はついてるのか?」
「ううん、分からない。不動産会社の人みたいだったけど」
「……馬鹿かお前。不動産会社なんてもうとっくにこの島から撤退してるだろ」
「でも、服に不動産会社のロゴが入ってたもん」
「『奴ら』だったか……」
(ったく、なんでこんな面倒なことに……! 本当に、厄介なことになりそうだ)
文豪から聞いたことがある。最近、不動産会社を装った詐欺グループが出没しているらしい。住民の不安を煽り、島民の財産を奪うのが目的だ、と。奴の情報網は、陰謀論も多いが――たまに妙に信憑性がある。
「相手にするな。たぶん詐欺団だ」
「えぇ? なんでよ〜。もし本当の詐欺団なら、なんでうちみたいな家が狙われるのよ」
(はぁ……それもそうか。俺の考えすぎ、か)
「まあ、あまり気にするな。明日、学校には来いよ」
「……うん、分かったよ……」
リンダは力なく返事をした。俺たちの会話は、結局ドア一枚を隔てたままだった。
≡ ≡ ≡ ≡
(※リンダ視点)
亮の足音が……だんだん聞こえなくなっていく。
冷たいドアに背中を預け、私はようやく大きく息を吸い込んだ。さっき、声が震えないように、ほとんど窒息しかけていた。
馬鹿……亮の馬鹿。あんなこと言われたら、心配しないわけないじゃない……。
……
絶対に、彼を巻き込んじゃいけない……。このことは、私が一人でなんとかしないと……。
≡ ≡ ≡ ≡
シーンと静まり返った家路は、やけに不気味だった。
ヒュウウ……と、風が廃屋の割れた窓を吹き抜ける時、誰かが泣いているような、うう、という音がする。
……まったく、気味が悪いな。
道端の家は半分水に浸かり、壁にはぬるぬるした青苔が一面に生えている。
空き地では、子供たちが数人遊んでいた。彼らのおもちゃは、壊れた家から剥がした木材で作られている。粗末だけど、その笑顔は本物だ。屋根の上では、老人が箱に植えたミニトマトに、そろりそろりと水をやっている。
これが、古来島の日常。停滞し、腐敗している……。それでも、この島の連中はしたたかに生きているんだ。
角を曲がった時、スーツ姿の男たちが、別の家の住人と何か話しているのが見えた。
(……あの連中か?)
無意識に歩みを緩めたが、すぐに速度を上げて、別の小道を選んでそこを迂回した。
家に帰ると、リンダがいないだけで、やけにがらんとして感じた。夕飯は白粥と茹でたキャッサバ。一人で食べると、何を食べても大して味は変わらない。
食事をしながら、無意識に、テーブルの上に置いた金銀色の指輪に目が留まった。
誰からもらったのかは知らない。ただ、これを大切に守らなければならないことだけは分かっている。でも、これを見つめるたび、心にぽっかりと穴が空いたような、何か大事なものが欠けているような気がする。
(雪……って、どんな感じなんだろうな)
= = = =
翌日、リンダは学校に来た。
窓から、リンダが友達と連れ立って歩いているのが見えた。顔には、いつも通りの大袈裟な笑顔が浮かんでいる。
(……もう、大丈夫なのか)
昼休み、彼女はわざわざ俺の教室までやって来て、笑いながら挨拶をしてきた。
いつもと変わらない笑顔を見ていると、俺の中の疑念が揺らいだ。
もしかしたら、本当に俺の考えすぎだったのかもしれない。
卉詩が少し心配そうに俺たちを見ていたが、何も言わなかった。だが、リンダは卉詩の視線に気づいた。
「あっ!なによ、こっち見ないでよ。まさか……亮と私の関係が羨ましいの?」
「はぁ?誰があんたなんか羨ましがるもんですか」
いつものように、二人の口論が始まった。
その隙に、文豪がいつも通りやって来て、食堂のメニューについて文句を言っている。疑念は晴れないが、今はもう考えるのをやめた。
放課後、俺はリンダと一緒に家路についていた。
ザーザー降りだった雨は小降りになり、空気に一時の休息を与えている。でこぼこの道には水たまりができ、俺たちの影を映していた。
俺たちは、いつもと変わらない帰り道を、他愛もない話をしながら歩く。
彼女が突然、水たまりをぴょんと飛び越えて俺の前に立った。そして、真剣な顔で俺を見つめる。
「ねぇ、昨日のこと、まだ気にしてるでしょ?」
不意打ちの質問に、俺は言葉に詰まり、曖昧に誤魔化すしかなかった。
「私たち、何もなかったことにしない?」
彼女は続けた。
「……ああ」
俺は頷くことしかできない。
「約束、してくれる……でしょ?」
彼女は小指を差し出し、満面の笑みを浮かべた。
風が、彼女の髪を優しく揺らす。
「……ああ、分かった。約束だ」
俺も小指を出し、彼女と指を絡めた。その瞬間、すべてが本当に、いつもの平穏に戻ったかのように思えた。
……
雨は、もう止んでいた。




