第二章 約束の印
「▯▮!こっちこっち!」
彼女が指差す穴の中には、カニが一匹、何かを守るように動かずにいた。
やんちゃな僕はカニが見たくて、海水をかけてみた。すると、カニは穴から飛び出してきた。
彼女はカニを追いかけ、僕は穴の中でキラキラ光るものに目を奪われた。
「きれい……」
白い指輪。リングの中央には、文字みたいな模様が彫ってある。
「▯▮、こっちおいで〜〜!こっちにもカニさんのおうちがあるよ!」
「ほんと?」
急いで指輪を穴からほじくり出す。
夕暮れ時、遊び疲れた僕たちは、砂浜に座って夕日が沈むのを眺めていた……。
「夕日、きれいだな。今日も楽しかった!」にこにこしながら、あの子に言った。
「うん、私も」
「じゃあさ、僕ら、毎日こうやって一緒に楽しく過ごそうぜ!ま〜いにち、な!」
「うん!」
▮▯を見て、少し考える。
「お前に、いいもの見せてやる」ポケットに入れていた指輪を取り出す。
「わぁ!きれい」彼女は感嘆の声を漏らした。
「じゃあ、これ、お前にやるよ!」
「ほんとにいいの?」
「おう。僕らが毎日こうやって一緒に楽しく過ごすっていう、約束の印だ!」
そう言って、あの子の右手の薬指に、そっと指輪をはめてやる。
彼女はそれを見て、目をキラキラと輝かせた。
「私、絶対に約束を守るから。私たちが毎日こうやって一緒に楽しく過ごすっていう約束、絶対に守るから!」
≡ ≡ ≡ ≡
「……ん?」
頬に、何か柔らかいものが触れている。
ゆっくりと目を開ける。――そこは見知らぬ部屋で、目の前には、彼女の足……?
(なんだこの状況は!?)
そっと彼女の足をどかすと、今度は俺の太ももの上に、彼女の頭が乗っていた。しかも、すげぇ気持ちよさそうに寝てやがる。
目の前の光景に、一瞬声をかけようと思ったが、うっかり、本当にうっかり、彼女の寝顔が目に入ってしまった。
「……可愛いな」
(って、何考えてんだ俺は!そうじゃなくて、どうやって起きるんだこれ?ていうかこの部屋、やけに馴染みがあるような……)
カーテンが、そよそよと揺れている。その隙間から、窓の外の景色が見えた。
「窓、開けっ放しかよ……」蚊が入ってくるだろ。
この島の山側には、鬱蒼とした森が広がっている。リンダが言ってたが、昔この辺りは過剰に開発されて、土砂崩れを防ぐために森が残されたらしい。そのせいで、森は多くのホームレスや野生動物の住処になっている。
結果として今、森はなんの役にも立っていないどころか、野生動物がうろつき回る原因になっている。まあ、人通りが減って、見回りもろくにいないんだから当然か。おまけに、森はこの島の数少ない土地をかなり占領している。このまま島が沈み続ければ、俺たちは本当に原始人になるしかない。……まあ、最後に大規模な地盤沈下が起きてから、もう何年も経っているが。
この部屋……ピンク色の壁、見慣れたベッド、見慣れたクローゼ-ット、見慣れた机と、その上の写真……。
写真に引き寄せられた。俺と彼女の、小さい頃のツーショットだ。
この写真は、俺が溺れた後すぐくらいに撮ったものだ。確か、あの頃から彼女がずっと俺に付きまとうようになったんだっけ。
ん?背後に何かの気配が……
「!!!!!」
反応するより早く、目の前が真っ暗になった。強烈な一撃が俺をベッドから蹴り落とし、俺の顔面は冷たい床と固い友情のキスを交わした。
「……いっ……」
「ん……ん?亮……」彼女がゆっくりと目を開ける。
「…亮?…!!!!」
目を見開くと、壁際まで一気に後ずさった。
「な、な、な……なんで私の部屋にいるのよ……!」
「その質問、そっくりそのままお前に返すぜ」
そういえば、昨日の夜の記憶が曖昧だ。確か、誰かが客室に入ってきたような……ああ。
「……もういい。朝ごはん食べに行く」立ち上がると、さっさと部屋を出て行った。
「顔も洗わねぇのかよ」
「……うるさい」彼女はそのままキッチンの方へ向かう。
シーン……と、部屋が静まり返る。
風が窓からヒューヒューと吹き込む中、一人、考え込んでいた。
≡ ≡ ≡ ≡
「はぁ?なんでそんな急に?」
「しーっ……静かにしてよ、亮に聞こえちゃうでしょ」
「だって……」
母娘二人が、ドアの外で何かこそこそ話している。トイレにいる俺に聞かせたくないらしい。
(……丸聞こえだけどな)
ズボンのチャックを上げ、水を流して、わざと勢いよくドアを開けた。
「あ……」蔡さんとリンダは、悪戯が見つかった子供のような顔で固まっている。
「で、なんでお二人さんは、荷造りなんかしてんすか?」
「こ、これは……ママ!」リンダは小声で蔡さんに助けを求めた。
「リンダ……こうなったらもう、仕方ないわね……」
「逃げるわよ」
蔡さんは、俺が見たこともないような速さで家から飛び出した。
「若者たちなら、きっと何とかなるわよね〜……」声がだんだん小さくなり、消えていく。
「ママ……あ……あ……あ……」リンダは完全にパニックだ。
「……説明、してもらえるか」
「せ、説明……あ、そう!説明ね!」
今朝、誰かが来て、明日までにこの家から立ち退くよう要求してきたらしい。理由を尋ねても、「上からの命令だ」としか言わなかった、と。
「それで、お前らはそれを素直に聞くことにしたのか」
「だって、他にどうしようもないじゃない!」
(……ったく、こういうとこは本当に単純だな、こいつは)
ピンポーン、と突然チャイムが鳴った。
「はーい」リンダが慌ててドアを開けに行く。俺もその後ろについていった。
「こんにちはー、日本急便です。こちらのお荷物を……!」
「あ、はい」郵便物を見ると、彼女はそのまま固まってしまった。
「どうした?誰からだ?」
差し出された郵便物を受け取る。宛名は「蔡玉妮様」、差出人は「あなたの夫より」。
(マジかよ……)
配達員に目をやる。どこから送られてきたのか聞こうと思ったが、彼女はやけに震えている。
この人、どこかで見たような……。でも、帽子で顔が隠れている。
「あの……大丈夫か」思わず、彼女の帽子を取ってしまった。
「ど、どうぞお早くサインを……!まだ他のお届け物があるので!」
この声……
「……卉詩?」
「ひぃっ!」
「……」リンダは、押し黙っている。
(うわ……最悪のタイミングで鉢合わせやがった……。でもリンダの様子が……)
――ああ、クソ面倒くせぇ。
≡ ≡ ≡ ≡
「ただいま〜」蔡さんの声は、朝の逃亡劇が嘘のように、やけに軽い。
一方、リンダは長いこと黙り込んでいる。この手紙のせいか、それとも卉詩が来たせいか。とにかく、普通じゃない。
「うわぁ、みんないるじゃない……卉詩ちゃん、いらっしゃい!」なんでこの人はこんなに嬉しそうなんだ?
「お、お邪魔してます〜」リンダと比べて、卉詩は蔡さんの前だとリラックスしているようだ。
「久しぶりね〜。ていうか、その格好はどうしたの?」
「あははは……」卉詩は少し気まずそうに笑って、その話題を逸らそうとしている。
彼女がなぜ配達員をやっているのか気にはなるが、それよりもこの手紙だ。
「ママ。私に何か隠してること、あるんじゃないの」リンダが突然口を開いた。
「何よ?これは誰からの手紙……!?」差出人を見ると、蔡さんは途端に冷静さを失った。リンダは変わらず黙ったまま、蔡さんの答えを待っている。
「こ、これは……配達間違いよ、きっと!こんなのありえない……」そう言いながら、ゆっくりと封筒を開けていく。
「……は?」
疑惑に満ちていた蔡さんの顔から、ふっと力が抜けた。
『23915』
手紙には、意味不明な5桁の数字だけが、赫々と記されていた。
蔡さんとリンダは、二人ともほっと息をついた。差出人を見た時の反応は分かる。だが、分からないこともある。なぜリンダは蔡さんを疑っていたのか。なぜ蔡さんはあんなに緊張していたのか。
それに、今朝なぜわざわざ立ち退きを命じられたのか。長年問題なく住んでいたのに。何か裏があるんじゃないのか……?
ああ、そうだ。
卉詩に目をやった。
――彼女は、もう寝ていた。




