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雨とジャズと珈琲と

作者: 高海 凪


【小説】雨とジャズと珈琲と


0から1を生み出す瞬間が最も難しい


何事にもきっかけが必要でありそれが生まれてしまえばトントン拍子で物事が進んでいく


私のある休日もそのように変わっていった


仕事でたまたま尋ねていた下北沢で仕事までの間少しスキマ時間が生まれた


ノスタルジーと近代化の境界線のような場所である喫茶店を見かけた


標準体型の人間一人がやっと通れるであろう真っ直ぐ上に伸びた階段を上り狭いドアを開ける


普段は行かない個人営業のカフェで時間を潰すのも悪くないかもなと思ったことが入口を叩くきっかけだった


客は一人もいない


老店主が新聞を広げタバコをふかしている


「いらっしゃい。」


無愛想な接客にうつつを抜かしたが、窓際の席に腰を下ろした


窓からは境界線のような道が見下ろせ、古着屋とたくさん若者で賑わっている


アイスコーヒーを注文し、運ばれるのを待った


古本の棚とCDに囲まれた時代に取り残されたような狭い店


それがこの店に対する印象だった


アイスコーヒーがテーブルに運ばれたのは頼んでから二十分がすぎたくらい


チェーン店ではありえないことだ


その二十分の間に私は店内に流れる転がるようなリズムのジャズの音楽に耳を傾けていた


音楽についてお気軽にお尋ねくださいー。


そう表記されたポップがメニュー表のすぐ横に置かれている


「この音楽はなんて言うんですか。」


「スタン・ゲッツという有名な演奏者の楽曲です。」


老店主はそう答えると再び新聞に目を向けた


スタン・ゲッツ、か。メモ帳に名前を記し、アイスコーヒーをすする


特段美味いわけではなかった


待ち合わせまでの時間はもうすぐだ


私は会計を済まし店を後にした


あの日の仕事の帰り図書館に立ち寄った


CDの棚を探し、メモに記したアーティストの名を探す


棚を探すうちにジャズのベスト盤を見つけた


これを借りていこう。裏面にしっかりスタン・ゲッツの名が載っていた



雨がザアザアと降りしきっている


CDを借りて結局返却日の一日前まで経ってしまった


今日、聞いてみようか


埃をかぶったCDコンポのコンセントを指し数年ぶりに立ち上げる


お、そうだ。


全く使っていなかったコーヒーメーカー


それを使い珈琲を入れた


あの喫茶店に迷い込んだ日を再現してみよう


ザアザアと降る雨の音を背景に軽快なリズムが部屋中に響く


珈琲の香りが鼻腔をくすぐった


午前十一時、一日は始まったばかりだ


今日は、確かにあの日の模倣だった


だが、何にも何も邪魔をされない


雨が、ジャズが、コーヒーが私をひとつの空間に縛り付け閉じ込めた


スマートフォンの電源を落とし軽快なリズムに耳を傾ける


今日という一日をお前達にあげよう


あの日と違うことはこの時間がずっと続くということだ


視覚以外の五感がこの空間に身を預けていた

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― 新着の感想 ―
[一言] 特別な時間と空間を味わいました。 それが日常に溶け込んでいくような不思議な感覚、 興味深く読ませていただきました。
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