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第六話

 翌日、二人が区役所の待合室にいると、目の前で子供が転んだ。


「大丈夫?」

 歌夜が即座に手を差し伸べて立たせると泣き出しそうになっていた子供をあやした。

 すぐに親がやってきて歌夜に礼を言いながら子供を連れていった。


「可愛いね」

 子供を見ていた星次が言った。

「そうだね」

「子供、早く欲しいね」

「私は……欲しくない」

「え……子供、嫌いなの? 扱いが上手いから好きなのかと思ってた」

 星次が驚いて歌夜を見た。


「……私、二度もお父さんに捨てられたんだよ」

「え?」

「実のお父さん、私のこと捨てたの。引き取ってくれた人が離婚したのも私のせいだった」

「歌夜ちゃん、子供は親の離婚を自分のせいだと思いがちだけど……」

「私のことで何度も喧嘩してたの。お義父(とう)さんは私を実の親に帰したいって言ってて、お義母(かあ)さんがそれに反対して……」

「お義父さんが子供を欲しくなかったんだとしてもそれは……」

「欲しくなかったのは子供じゃなくて私。お義父さんが言ったの。人に聴こえない歌が聴こえる子供なんて気持ち悪いって」


〝聴こえない歌〟

 歌夜は自分の話をしていたのか。


「そのとき思い出したの。実のお父さんから歌の話は絶対するなって言われたこと」

「…………」

「小さかったからお父さんのことで覚えてるの、それだけだけど……きっと私が人に聴こえない歌、歌ってたから、お父さん、気持ち悪くなって……」


 歌夜が覚えている実の父親は背中だけだ。

 誰かに連れられて家を出る時、振り返ると父は歌夜に背中を向けていて最後までこちらを見なかった。

 だから顔も覚えてない。

 あの時は二度と会えなくなるとは思っていなかったから何故(なぜ)背を向けているのか不思議だった。

 養父母に引き合わされて「今日からここがお前の(うち)だ」と言われ父の元に帰れないと知って初めて捨てられたのだと悟った。


「喧嘩してるの聞いて、それ以来、歌うの()めたけど、手遅れで……お義父さん、出てっちゃった」

 養父母は離婚してしまい、養母は一人で小さな歌夜を育てる事になった。

 自分のせいで離婚する羽目になった上に、歌夜を養うために養母は一日中働かなければならなくなった。

 本来なら施設に入れられても文句を言えない立場だと思うと申し訳なくてずっと負い目を感じていた。


「子供が可哀想だよ。もし子供が私みたいに〝聴こえる〟子供で、星次さんが気持ち悪いって思って出ていったら……」

「俺は絶対に捨てない! 俺だったら一緒に歌うよ! もしかしたらクラリネット吹くかもしれないけど。言ったじゃん、いつも音楽が聴こえるなんて最高だって」

「…………」

「俺は聴こえるの大歓迎だし、歌夜ちゃんがいらないっていうなら譲って欲しいくらいだよ。それが無理だとしても、そんな理由で歌夜ちゃんと別れる気ないよ。俺、本気で歌夜ちゃんも音楽も大好きだし」

 星次がそういうと歌夜は黙り込んでしまった。


「盛大な結婚式、()げたかったんだけど……」

 婚姻届を出した帰り道、星次が言った。

 歌夜は美人だからきっと白いウェディングドレスが似合うはずだしお色直しで色々なドレスを着ている姿を見たかった。

 ドレスは女の子の憧れだから歌夜も着たかっただろう。

 特にウェディングドレスは一生に一度きりだ。


 しかし歌夜は、

「結婚式は、いらない」

 ぽつりと答えた。

「え?」

「お父さんとの入場とか両親への花束贈呈(ぞうてい)とか……そう言う人いないから」

 歌夜が寂しそうに言った。

 離婚だから養父は生きているはずだが気持ち悪いなどと思っている養女の結婚式には来ないだろう。


「親戚とかもいないの? 実のお父さんは無理でも……」

「誰なのか分からないから……」

「え?」

「戸籍に載ってるの、全然関係ない人だった。だから誰だか分からないの。名前とか住んでた場所とか何も覚えてないし」

「…………」


 星次は両親がいるものの音楽家になると言って(ゆず)らなかったので勘当(かんどう)されている。

 家族が来ないとなれば当然親戚縁者も来ないだろう。

 出席者が友人だけでは家族同士の顔合わせの意味合いが強い結婚披露宴は必要ない。

 プロポーズもあんなところで勢いに任せて言ってしまったし、指輪すらまだ買ってない。

 歌夜のために何か一つくらいは喜ばせることをしてやりたいのだが……。


 その時、携帯電話の着信音が鳴った。

 星次はポケットから携帯電話を取り出した。

 メールが届いている。

 友人からだった。


「今日の夜空いてるかだって。予定ある?」

「無いよ」

「俺も」

 星次がメールを返信すると、すぐに返事が来た。

「今夜来てくれって」

 星次が飲食店の名前を言った。

「行ける?」

 星次の問いに、

「うん」

 歌夜は頷いた。

 星次はメールを返した。


 その晩、二人のために星次の友人達がささやかなパーティを開いてくれた。


「盛大な結婚式よりこっちの方がずっといい」

 歌夜がそう言うと、星次は、

「俺も」

 と嬉しそうに微笑(わら)った。


 職場で歌夜が帰り支度をしていると星次からメールが届いた。

 駅前の広場で待っていると書いてある。

 星次は今日、今度の日曜に出演する演奏会の練習に行っている。

 一緒に帰ろうという誘いだろう。

 わざわざ待ち合わせなんかしなくても家に帰れば嫌でも顔を合わせるのに。

 そう思いながらも了承(りょうしょう)した(むね)の返信をした。


 星次は駅前で歌夜を見付けると近くの公園に連れていった。


「どこに行くの?」

「ここに座ってて」

 星次はベンチを指した。

 歌夜が座ると星次はクラリネットのケースを持って植え込みの前に立った。

 クラリネットを取り出すと『愛の挨拶』を吹き始めた。

 道行く人達が足を止める。

『エリーゼのために』や『ムーンライト・セレナーデ』など数曲吹いてから歌夜のところに来た。


「これなら恥ずかしくないよね」

 星次が名案だろうとばかりに得意気な表情で言った。

「バカ」

 歌夜は苦笑いした。

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