第三話
「そう、練習だよ」
「じゃあ、星次さんも文化祭のオーケストラに出るんですか?」
「うん、文化祭、歌夜ちゃんも来る?」
「普通の人も入れるんですか?」
誰かに誘われたわけじゃないのか……。
「学園祭、無料で生オーケストラが聴けるんだけど、興味ある?」
「ありますけど……一人で大学に行くのは……」
「あ、じゃあ、俺が案内するよ」
「オーケストラに出るんですよね?」
「俺は何曲も演奏するうちの一曲だけだから」
「なら、お言葉に甘えて」
やった!
「じゃあ、連絡先聞いていいかな。待ち合わせ場所とか決めるの、今じゃない方がいいよね? 仕事中だし」
歌夜は月曜にファーストフード店に来た時に連絡先を書いた紙を渡すと答えた。
やった!
デートの約束と連絡先の交換まで漕ぎ着けた!
歌夜ちゃんが聴きに来てくれるんだから演奏も頑張らないと!
「練習、随分遅くまで頑張ってるんだな」
クラリネットの練習をしていた星次に先輩が声を掛けてきた。
「はい!」
と元気良く答えてから、
え……、遅くまで……って……。
星次は時計を見て青くなった。
今日は歌夜ちゃんに連絡先を教えてもらいに行くんだった!
「失礼します!」
星次は慌てて駆け出した。
ファーストフード店に着いた時にはもう歌夜は帰った後だった。
やっちゃった……。
店員によると特に渡してほしいと頼まれたものも無いと言う。
星次は肩を落として店を出た。
明日、来たとき教えてくれるかな。
もしかしたら嫌われたかも……。
翌日、店に行くと歌夜がいた。
「いらっしゃいませ」
歌夜が笑顔で言った。
店員が笑顔なのは当たり前だから嫌われてないという保証はない。
星次が注文すると歌夜がオーダーを入れた。
商品を載せたトレイが渡される。
そこに小さく畳んだメモ用紙が載っていた。
星次が歌夜の顔を見ると彼女は小さく笑顔を浮かべたが仕事中だからかもしれない。
星次は席に座ると恐る恐るメモを開いた。
メールアドレスと電話番号が書いてある。
嫌われてないって思っていいんだよな……。
自信がなかったものの確かめる勇気もないまま星次は自分の携帯電話に歌夜の連絡先を登録した。
帰宅した星次は歌夜に電話を掛けようとして彼女はまだ仕事中だと気付いた。
以前、歌夜が帰宅するとき一緒になったのは終電後だった。
星次は毎日店に通っている。
毎日あの時間まで働いているなら深夜にならなければ電話には出られないだろう。
だが土曜の昼にコンビニで働いていたこともあった。
連絡先しか書いてないから電話していい曜日や時間が分からない。
星次はとりあえず昨日行かれなかったことを謝るメールを送った。
「オーケストラの演奏って初めて聴きました」
歌夜が言った。
文化祭の日、星次は歌夜と並んで大学構内を歩いていた。
ついさっき、星次が出演したオーケストラの演奏が終わったのだ。
「TVとかでも? お正月のウィーンフィルとか」
星次の質問に歌夜は苦笑して首を振った。
「あれ? もしかしてホントは興味なかった?」
星次に話を合わせただけだったのだろうか。
だとしたら今日も……。
「公園で星次さんがクラリネット吹いてたの聴いてどんな感じなのかなって思って」
「俺の演奏で興味持ってくれたの?」
「はい」
「え、嘘……ホントに!? それ、すっげぇ嬉しい!」
クラシックに興味がない人間が自分の演奏がきっかけで聞いてみたいと思ってくれたのだ。
音楽家の卵としてこれ以上の褒め言葉はない。
演奏家冥利に尽きる。
星次は舞い上がって音楽のことをひたすら語り続けた。
歌夜の家の近くで別れて一人になって我に返った。
全く興味がないと言っていた歌夜を相手にひたすら音楽の話をし続けてしまったのだ。
TVなどでよく聴くような音楽ならまだしもクラシック音楽なんて興味がない人にとっては退屈極まりないだろう。
ヤバい……。
内心ではドン引きしてたかも……。
初デートでやってしまった……。
幸い歌夜に愛想を尽かされたりはしてはおらず、恐る恐るデートに誘ってみたら承諾してくれた。
「歌夜ちゃん、前に歌、歌ってたよね?」
「え……」
「ああいう歌、初めて聞いたけどなんていう曲?」
「さぁ? そんな事ありました?」
歌夜はそう言って目を逸らした。
言いたくないのかな。
しつこく聞いて嫌われたくはなかったので話題を変えた。
その後もデートに誘うと承諾してくれた。
文化祭の時は一人で話しまくってしまった事を後悔したが、デートしているうちに元々歌夜はかなり寡黙な性格なのだと気付いた。
最初は距離を置かれているのかと思ったがそうではないらしい。
口数が少なくて自分から話し掛けてくることは滅多にないし、バイト中以外はほとんど表情が変わらない。
店での笑顔は本当に営業スマイルだったのだ。
ただ歌夜は嫌なことには距離を取っているし、キツい言い方はしないもののそれとなく断る。
素っ気ない態度に見えるが星次と会うのが嫌ならデートも適当な理由で拒否しているだろう。
毎日バイトをしているのだから口実には事書かない。
愛想を振りまかないと言うだけで嫌われているわけではないらしいと判断して思い切って付き合って欲しいと告白した。
歌代は黙って星次を見詰めた。
も、もしかして断り文句を考えてるんじゃ……。
「……いいよ」
歌夜の返事にホッと仕掛けてから、
「あの……ホントは嫌とかじゃないよね?」
恐る恐る訊ねた。
「……もう付き合ってると思ってた」
確かに毎週のようにデートしているのだからそう考えていても不思議はない。
「あ、その、一応ちゃんと告白した方がいいかなって思って。じゃあ、俺達付き合ってるって事でいいんだよね!」
星次がそう言うと歌夜は僅かに頬を染めて頷いた。
「やった!」
やっとここまで辿り着いた!