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第二話

 翌日、星次は同じファーストフード店に来ていた。

 彼女が言ったように学生が学校付近の店を利用するのはおかしいことではない。

 しかも彼女が以前働いていたのはコンビニだ。

 別のコンビニだったら付き(まと)われているのかもしれないと思うところだろうがファーストフード店なら利用目的が違う。

 もっとも話し掛ける口実としてポテトやチキンなどの食い物を注文していたから何故コンビニで買うのをやめてファーストフードで食うことにしたのかと疑問に思っても不思議はないが、あのコンビニに来ていてこの店も利用しているのは星次だけではないはずだ。


 とはいえ疑念(ぎねん)(いだ)かないとしたら、それはそれでその他大勢の客の一人としか思われていないという事になるのだが。

 ストーカーだとは思われたくないが、意識されてないというのも……。

 まぁコンビニと違ってファーストフード店は長居できるから働いている彼女を眺めていることが出来るというのは有難い。

 居座っている理由が自分を見るためだと知られたら、やはり気持ち悪いと思われるだろうが。


「音が変わったな」

 星次が大学で練習をしていると先輩が声を掛けてきた。

「え?」

「前は楽譜通りの音を出してるだけって感じだったけど、近頃は音に(つや)がある」


 艶……。


 そういえば最近は彼女のことを考えながら吹いている。


 以前、教師から「気持ちが()もってない」と何度も指摘されていたものの、正直意味がよく分からなかった。

 作曲した時の境遇や当時の社会情勢などから作曲家が伝えたかったことを出来る限り忠実に再現する、そこに自分の感情が入る余地があるとは思えなかったからだ。

 だが今は、彼女が聴いてくれているところを想像したり、彼女にこの曲で想いを伝えたいと思いながら吹いている。


 そうか、こういう事だったのか……。


 その日、いつものように彼女が働いているファーストフード店に来た星次は中国語のレポートの課題を前に頭を(かか)えていた。

 中国語を選んだのは、漢字は読めるから楽だろうという理由からだった。

 しかしその考えは甘かった。

 砂糖を煮詰めたジャムよりも甘過ぎた。


 まず中国語には日本では使ってない漢字がある。

 基本的に漢字だけで全てを表記しているのだから当然だ。

 だが、それだけなら日本語に無い漢字だけ覚えればいい。

 いくら漢字しか使ってないとは言え頻出(ひんしゅつ)文字は限られる。

 問題は日本語と中国語で意味の異なる漢字だ。

 これが意外に多くて混乱する。

 その上、今の中国では簡体字(かんたいじ)と呼ばれる簡略化(かんりゃくか)された文字を使っている。

「機」が「机」と表記されているのを見た時は、中国人は(テーブル)を使わないのか? と思ったがテーブルは「桌子」と書く。

 とにかく漢字が読めるから楽勝などというのはとんでもない思い違いだった。


 イタリア語とスペイン語はそれぞれの言葉で喋っても話が通じるくらい似ていると聞いて、スペイン語とイタリア語なら一・五カ国分ですんだのかと思わないでもなかったが、星次が高校時代に取っていた第二外国語はフランス語だった。

 大学で一からスペイン語とイタリア語を始めるくらいなら高校時代からやっていたフランス語ともう一カ国語の方がまだマシなのだ。

 成績だけを考えて楽な科目を選ぶというなら事前に下調べをするべきだったのに、何となく楽そうなどと安易に考えてしまったツケが回ってきたのだ。


 彼女を眺める余裕すらないままレポートと格闘していると携帯電話の着信音が鳴った。

 マナーモードにしておくのを忘れてた。

 星次は慌てて携帯を掴むと席を立って出口に向かいながら受信ボタンを押した。


「星次! どこで道草食ってんだ!」

 父の声に時計を見るととっくに終電の時間を過ぎている。


 終電前に掛けてきてくれよ……。


 まぁ都内だから歩いて帰れない距離ではない。


 それともこのまま店で夜明かしするか……。


 星次が店内に戻ると店員が彼女に「お疲れ様」と言う声を掛けていた。

 彼女が店の奥へ消えていく。

 星次は急いで荷物をまとめた。

 彼女が店の前に来たタイミングを見計らって外に出る。


「やぁ、今帰り?」

「はい」

「終電、もう無いけど……」

「うち、そこですから」

 彼女がファーストフード店の二軒先のオフィスビルを指した。

 オフィスビルに住んでいると言う意味ではない。

 その裏に住宅街があるのだ。


 都内は表通りだけ店舗などの入っているビルが建っていてその後ろは住宅地という場所が多い。

 高いビルで遮られてしまうから表通りからは住宅街が見えないだけなのだ。

 もっともバブル時代にやっていた地上げのババ抜きで、たまたまババを引いたときにバブルが崩壊してしまい、狭くて何も建てられないのに、なまじ通りに面しているせいで地価が高すぎて売ることも出来ない土地がそこここで小さな駐車場になっている。

 そう言うところは奥の住宅街が見えている。


「そう、えっと……」


 名前、聞いていいのかな……。

 図々しいと思われて()けられるようになったら嫌だし……。


 もし星次を避けるためにバイト先を変えられてしまったら……。

 流石(さすが)にそこまでされたら追い掛けるわけにはいかないから失恋確定となる。


「片桐歌夜(かよ)です」

 星次の躊躇(ためら)いを他所(よそ)に、彼女――歌夜はあっさり名前を教えてくれた。

「俺は宮城星次」

 そう名乗ったとき、オフィスビルの脇の住宅街へ続く道に差し掛かった。

「じゃ、気を付けて」

 歌夜と別れた星次は、

 やっと名前が聞けた!

 浮かれながら帰路に()いた。


 土曜日、星次は大学近くのコンビニに入った。

 以前、歌夜が働いていたのとは別の店である。

 お茶を持ってレジに行くと歌夜がいた。


「え!? 歌夜ちゃ……じゃなくて片桐さん!? なんでここに……! あの、俺、付き(まと)ってるわけじゃないから! 今日も大学で……」

「歌夜でいいですよ。私の方が追い掛けてるとは思わないんですか?」

「え!?」


 まさか……。

 それなら両想いって事に……。


「自意識過剰な人ならそう考えますよ。私が行く先々に先回りして待ち伏せしてるって」

 ああ、そういや、そう言う勘違いするヤツいるな。

「いや、俺、そんなにモテないから」

「私もです」

 それは疑問だと思ったが「そんなことないでしょ」とか「ホントはモテるでしょ」なんていうのもおじさん臭いし安っぽい口説き文句に聞こえそうなので黙っていた。


「大学に来たのって練習ですか? 今度学園祭があるんですよね?」

 誰に学園祭のことを聞いたのだろうか。


 もしかして誰かに誘われてるとか?

 まさか男じゃ……。


 考えてみたら可愛いのだから狙っている男は他にもいるだろう。

 というか既に彼氏がいてもおかしくない。

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