冬3 後
陽が地平線に沈んでいく。
家々が夜闇を纏って、光を灯す。
東の空から月が昇りだし、星々が輝きだす。
どこか遠くで鳥が鳴く。
久しぶりに首を上げた。
彼女と、目線の高さが同じになる。
彼女の瞳が、こちらを見たように思えた。
首を橋に、彼女の顔に近づける。
冬であるのに、春のような匂いがした。
彼女に、小さく息を吹きかける。
小さくかけたはずなのに、予想以上に大きな風が起きた。
自分の息の暖かさを感じながら、彼女の道程に思いを馳せる。
私が今彼女に言うべきことは。
一体彼女は、いくつ壁に当たったのだろう。
そして、その内いくつを乗り越え、いくつから逃げたのだろう。
上手くいったことはどれほどあったのだろう。
反対に、上手くいかなかったことは。
何度笑ったのだろう。
何度泣いたのだろう。
何度自分の弱さを嘆いたのだろう。
何度自分の愚かさを恥じたのだろう。
何度調子に乗ったのだろう。
何度他人を妬んだのだろう。
何度折れそうになったのだろう。
実際折れたのはその内何度だったのだろう。
きっと、その度に休んで、また立ち上がってきたのだ。
確証のない自分の選択を、信じて進んできたのだ。
自分のために誰かを犠牲にして、誰かのために自分を犠牲にして。
数えきれないほどの悲しみと、苦しみを感じて。
自分の意味を見失って。
それでも、その命から逃げることは無かった。
必死に、必死に。
死に物狂いで生ききった。
ああ、そうだ。
私はその、綺麗ではない、曲がりくねった道を。
がむしゃらに進んだ、決して戻ることのないその時間を。
その、全てを美しいと思えたから。
『ああ、とても素晴らしかったとも』
その、全てを人間らしいと感じられたから。
だから私は、ここまで彼女と来れたのだ。
最初に気になったのは偶然でも、この時まで共に歩めたのだ。
季節外れの暖かい風に、彼女は満足そうに笑う。
分厚い泥の層をかき分けてようやく咲けた、誇らしげな蓮を思わせる笑顔だった。




