冬2
大地が白く色づく、冬の日のことである。
見慣れた気配に気づいて、私は目を開けた。
車椅子に座った彼女が、娘の婿ーー義息子に押されながら、橋を渡っていた。
絞った雑巾のような皺の増えた顔に、細く微笑を浮かべて、寒そうな山と街を見ている。
「ごめんなさいね、優奈、恵実の世話で忙しくて」
「いいのよ。あの子、車椅子押すの下手なんですもの」
彼女が、わざとツンとした態度で言う。
義息子が、上手いも下手もないですよ、車椅子に。と笑う。
体を上手く動かせないのに、冗談を言えるほど余裕はあるようで、それがなぜか私を安堵させた。
「…そういえば、アレもここだったわね」
橋の上で彼女が言った。
義息子に車椅子を停めてもらい、川を見つめている。
やがて、ポツリと話し始めた。
「私もね、若い時は色々あって、もう全部投げ出そうかなーなんて思ったこともあるの」
義息子が話の意図を掴めず、不思議そうに彼女を見下ろす。
彼女は、それに構わず話を続けた。
「けどね、そう思ってこの橋に来た時ーー蛍がね」
此処ではない遠い場所を見ながら、誰にも届けるつもりのない、昔日の話。
「小さな蛍で、すごく弱そうなの。でも……とてもきれいで」
神妙に話に聞き入る義息子を見上げ、話を続ける。
「それで、頑張ろうって思えたの。思うにあれは、川の神様が励ましてくれたのかもね」
車椅子から震える腕を伸ばし、まだ新しい橋に触れる。
「あきらめるな。まだやれるって」
「…そうだと、いいですね」
「そうなのよ」
大気を抜けた陽の光が、水面に反射し光の流砂を作る。
着込んだ体には涼しい北風を纏って、車輪の音が遠ざかっていく。
眩しい日霊に伸びをして、私は再び目を閉じた。
それから、一月も経っていない頃だった。




