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【事件簿・2】事件の真相と、魔女の弟子


 便箋に残された猫の足跡には、僅かながら魔力の反応があった。

 物証、侵入の痕跡に他ならない。

「ふむふむ、しっかりと残っておるわ」

 シャル・ホムホムは、魔法の『蟲眼鏡』を片手に窓辺を観察する。魔力を検知できるレンズを通して見ると赤いスタンプ――肉球(・・)の跡が点々とついている。

 推理通り、猫は窓から侵入し机の上へ。便箋を踏みつけながら、洗濯物までジャンプしたのだ。机の端から跳ねて、下着をゲットして床に着地。再び窓枠へと戻った動きまでもがわかった。


「シャルさま、その虫眼鏡で猫の動きがわかるのですか?」

「叔母上特製、魔法の蟲眼鏡じゃからのぅ」

「すごい! 魔女様のアイテムと探偵さんのお仕事まで見学できるなんて、感激です!」

「喜んでいただけて何よりじゃが……」

 チャロルはいたく感激しているが、下着盗難事件には魔法使いが絡んでいる。つまり事件は単純な下着ドロとは言えなくなってきた。


 シャル・ホムホムは窓の外に再び顔を出し、足跡の向かう先を調べた。

 猫の足跡は、点々と壁際のキャットウォークを行き来していたらしい。目を凝らすと、一階の共用スペースの屋根へ、足跡が続いている。


「実行犯は()で確定のようじゃ」

 しかし猫を操っている何者か、黒幕がいる。


 そもそも魔法の『蟲眼鏡』で痕跡を追えるのは、猫自身が魔力を帯びているからだ。

 可能性として2つ考えられる。

 魔法使いが猫を「使い魔」として使役している。あるいは、魔法使い自身が魔法で猫に変身しているかのどちらかだ。

 しかし下着ドロのために変身するだろうか? 変身魔法は大がかりな儀式級魔法。かなりの準備が不可欠だからだ。


「シャルさま、どちらへ!?」

「猫の足跡を追跡するのじゃ!」

 猫の足跡は、壁の外側のキャットウォークを通って、階下へと続いていた。

 部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。


「ちいと通してもらうぞい」

「おやまぁ小さな探偵さん、お仕事ご苦労様です。お茶でもいかが?」

「あとでいただこうかのう」

 管理人のお婆さんに挨拶をしつつ、共用スペースへと至る。

 長テーブルがふたつと、椅子が十脚以上並んでいる。休憩時間らしく、談笑しながら軽食を食べているメイドが数人いた。

「チャロル、その娘が探偵さんなの?」

「え!? 調査に来てくれているのって、あの子……?」

「可愛いね、いくつ?」


 やはり子供の姿だと奇異に映るのだろう。説明もめんどくさいので、笑顔で会釈しつつスルーする。

「ごめんね、ちょっといま急いでるの!」

 チャロルがフォローしてくれた。

 ちびっ子に声をかけてくれるのは嬉しいが、今はこれでも仕事中。彼女たちの横を通り抜けて奥に向かうと、キッチンがある。

 さらに奥には洗濯場、洗面所。それに沐浴場とトイレへと至る。

 キョロキョロ見回すが猫の足跡は無い。

「ここから外へは出られるのかえ?」

「その先の洗濯場から外へ」

 チャロルの指差す方に進んで角を曲がると、魔法の洗濯槽がゴンゴンと音を立てながら回り、泡を散らしていた。

 扉があり建物の外へ。北側の外れ「凸」の先端辺りだ。二階から眺めたとき、猫の足跡がつづいていた場所に重なる。

「室内には入っておらぬな、となると……」

 出てすぐの軒先に、小さな物置が設置されていた。人の背丈ほどの高さで、奥行きは2メルテもない。

「あっ、シャルさま……扉が壊れています」

「そのようじゃの」

 バケツや掃除用具を置いている小屋らしいが、扉は半ば壊れ半分開いていた。

 蟲眼鏡を向けてみると、屋根から飛び降りた猫の足跡が、物置小屋の中へとつづいていた。

 物置小屋の中を慎重に覗き込む。

「おぉう?」

「まぁ……!」

『……にゃぁ……』

 猫がいた。真っ白い猫だ。

 正面の棚の二段目に「鳥の巣」を思わせる寝台(ベッド)が作られ、そこに丸まっている。

 と、小さな耳と頭がいくつか動いた。

『ニィ』『ニィ……!』『ミャァ』

「まぁ!?」

「仔猫じゃ!」

「可愛い……!」

「三びきもおるぞい」

 思わず二人で目を輝かせてしまった。


 可愛らしい仔猫たちが、もぞもぞと動いている。母猫は警戒しつつも仔猫を守るように抱え、そこから動かない。 黄金色の瞳がじっと睨んでいる。


「母猫がここで子を産んだのじゃな」

「あ、下着がたくさんあります!」

「おぉ色とりどりじゃ」

 よく見れば、猫たちの寝台(ベッド)は下着などを集めて作られたものだった。

 シャルとチャロルは声を潜めつつ、思わずほっこりした笑みを浮かべ、顔を見合わせた。


 犯人は母猫だったらしい。

 仔猫たちのために快適な寝床を作ろうとしたのか、柔らかい布地の下着を選んだ……とも考えられる。


「これでスッキリしました。猫ちゃんなら仕方ありませんね」

 チャロルはホッとした様子だった。

 下着ドロの犯人は猫。変質者の仕業かと思っていたが、これなら誰も怒る気はしないだろう。


「一件落着じゃな。チャロル、早速じゃがこのことを管理人や皆に知らせてきてはくれぬか。不安がっておるだろうし」

「は、はいっ! あの、シャルさまは?」

「ワシはもうすこしだけ、調べたいことがあるのでのぅ」

 チャロルは頷くと、スカートの裾をつまんで、小走りで戻っていった。

「シャルさま、お茶を準備しますから、あとで来てくださいませ!」

「おぉ、いただくとするかの」

 メイドたちの不安はこれで解消されるだろう。


「さて……と」


 だが、事件は終わってはいない。

 魔力を帯びた猫の足跡は、確かに物置小屋へつづいていた。しかし母猫に魔力の痕跡は無かった(・・・・)

 足跡は別の猫のものだ。

 下着ドロの真犯人はべつの猫だ。

 ここに持ち込んで捨てた。それを母猫が拾って巣作りに使ったのだろう。


「そこにおるのじゃろう? 泥棒猫よ」


『ゥヴー……』

 低く喉を鳴らし、虎縞の猫が闇の中から姿を見せた。

 物置小屋の内側の、梁の上に隠れていたらしい。

 母猫が緊張し、警戒を強めている。警戒していたのはシャルたちに対してではなく、この猫に対してだったのだ。


「猫のふりをして下着ドロとは、これまた特殊な性癖じゃのぅ」

『……グルル……!』

 しゅたっと降り立って、シャル・ホムホムと対峙する。シャルが後ろに下がると虎縞の猫がゆっくりと進み出てきた。

 物置小屋の扉を出て、低く身構える。

 ヘーゼル色の瞳が、じっとシャル・ホムホムを見据えている。

 猫にしては行動が妙だ。

 すぐに逃げる訳でもなく、明らかに此方を観察している。


「逃げ出しても構わぬぞ。ワシには魔法の目があるゆえ、どこまでも追いかけるがのぅ」

 挑発すると僅かに虎猫は考えている素振りを見せた。魔法によって「使い魔」化された猫だ。

 基本的に術者本人しか「使い魔」化は解除できない。つまり、猫を捕まえるか、追いかければ術をかけた魔法使いにたどり着く。文字通り尻尾をつかむことで魔法使い本人の居場所が割り出せるのだ。


『フギャァアアア……!』

 だが、威嚇したかと思うと、不意に虎縞の猫が飛びかかってきた。

「そうくるか……!」

 とは言ってみたものの、身体が反応できなかった。いつもなら魔法を励起して対応するが、その癖が回避行動を一瞬だけ遅らせたのだ。

 顔を引っ掛かれそうになり、思わず腕でガードする。

「たぁぁああっ!」

 その時だった。

 猛禽類のような速度で少女が駆け込んできた。

「アテナ!」

『ニャッ!?』

 魔女の二番弟子、アテナ。

 タイミングよく間に割り込んで拳を叩き込む。

 虎縞猫は空中で姿勢を変え、咄嗟にアテナの突き出した拳と腕を避けた。そして草地に着地する。


「シャルさま、お怪我は!?」

「平気じゃ!」

『ニギャァ!』

 闘争本能むき出しの虎縞猫はオスだった。今度はアテナに鋭い爪をたて、襲いかかってきた。

「そういうの可愛くないよ!」

 アテナも応戦する。鋭い蹴りを放つが、アテナが大胆に振り抜いた脚を踏み台にしてさらに上に跳ねた。

「あっ!?」

 ぴょーんと頭上を大きく跳ねて背後に着地。そのまま逃げ去ってしまった。


「アテナ! その猫は犯人の使い魔じゃ!」

「了解っす! 取っ捕まえて尋問しましょう!」

 アテナはそういうと、猛然と猫を追いかけはじめた。

「逃がすか……!」

 赤毛のツインテールをひるがえし、猫を全力で追い回す。

『ニャァアア!?』

「まて、こらぁああ!」

 猫とのおいかけっこは傍目には楽しそうだが、人間の方が分が悪い。虎縞猫は高い塀へ跳び乗り、軽々と屋根の上へ。さらに城の窓の中へと逃げ込んでしまった。

「あーっ!? ずるい、ちきしょう!」

「もうよい、追っても無駄じゃ」

「でも、今の猫が犯人の手がかりなんですよね?」

 息も乱さずにアテナが戻ってきた。制服の裾と、前髪を整えながら。


「途中で魔力の反応が途絶えおった。あの猫の主は……使い魔化する魔法を『遠隔解除』することができる高位術者のようじゃ」


「使い魔って、途中でキャンセルできるんですか!?」

「普通はできぬ。術を施した本人の一部として、戻るのが魔術の原則じゃ」

「ですよね、私も習いました!」

 知っているとばかりに頷くアテナ。


「しかし、あの猫は途中で術から解放されおった。危険を察し、お役御免としたようじゃ」

「そんなのって」

「あぁ、危うい術じゃ。使い捨ての『使い魔』とは使い方次第でもっと危険な犯罪が行える」

「いったい誰が……」

 魔法使いが、魔法の実験をしていたのか。


 シャル・ホムホムは白亜の城を見上げた。

 何か不穏な陰謀が動き始めているのかもしれない。シャーロッテを幼女化したのもその一環なのだろうか……。

 真相は闇のなか。

 猫を捕まえても答えは出まい。

 痕跡は消えているだろうからだ。


「何はともあれ、下着ドロはもうおこらぬじゃろう」

「じゃぁ事件はとりあえず、解決ってことで!」

「そういうことにしておくかの。さぁてお茶でも飲むとしよう。アテナも来るが良いぞ」

「いいんですか!?」


 シャル・ホムホムは微笑むと、宿泊棟へと歩き出した。


<つづく>



 ★次回、新たなる事件が……!

  お楽しみにっ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 下着泥棒の犯人は順調に猫でしたか。 幼女探偵には無理だろうが、『めぇぇ探偵ペーター君』ならば、キャットウォークでも難なく追跡できたのに……。 さて、真犯人は誰なのか!? もしかして物証であ…
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