【事件簿・2】密室からの盗難、メイドの下着
「して、困りごとはなんじゃ?」
「はい、実は……」
メイドのチャロルは、最初は戸惑ってる様子だった。
まぁ無理もない。宮廷魔女の執務室に、ふてぶてしい態度の子供が居座っているのだから。
しかし、魔女シャーロッテの姪であり、探偵。そう言って憚らないシャル・ホムホムの落ち着き払った様子に納得し、信用してくれたようだ。
執務室のソファーにチャロルは浅く腰掛けて、膝に手のひらを乗せている。お下げ髪のそばかすメイド。年の頃は16かそこら。
まぁ田舎娘じゃが、慎ましく恥じらう表情は自然。何かを企んでいるようには見えぬ。衛兵や同僚ではなく、魔女のシャーロッテに相談したいことがあったのだろう。
「なんじゃ、遠慮なく申してみい。ワシは叔母上ほどではないが、とても優秀じゃ。大抵のことは解決してみせようぞ」
自信満々でソファーの背凭れに身を預ける。
シャル・ホムホムは身体が小さくなろうとも、頭脳は大人の最強魔女。自信の無い態度は決して見せない。
「あの……。下着が盗まれるのです」
「し、下着ドロボウじゃと!?」
「はい」
「うむむ、城内でそのようなことが?」
シャル・ホムホムは面食らった。
「宿泊棟でのことなのです。ここ最近、何度か無くなっていることがありました。私の部屋に干していた下着が消えるのです」
王城エリアには「住み込み」で働くメイドもいる。
彼女たちのために宿泊棟という離れの建物があり、メイドたちが出入りしている。
宿泊棟はいわば「女の園」であり、手薄な警備も相まって、邪な事を企む輩もいるという。
沐浴場の覗き見や、寝室への侵入、ワイセツ行為未遂などなど……だ。
よほどメイドにご執心な何者かの仕業か。
「部屋に鍵は掛けておったのかえ?」
「不在のときは施錠しています。こうして働いている時間帯はいつも」
「つまり、密室から下着が消えた……というわけじゃな」
「はい。不思議なことに」
女に飢えた変態男の仕業じゃろうか。
それとも同僚の嫌がらせか?
鍵をかけていると言っても、簡易的なものだろう。合鍵など簡単に作れる。しかし、そこまでして下着を盗むだけ?
どうも動機がわからぬ。もっと恐ろしい事件の起きる前触れかもしれない。
放っておくわけにはいかないだろう。
「チャロルと申したの。他のメイドも宿泊棟におるじゃろう。彼女たちも被害に?」
「それが、隣接する部屋の娘が同じように」
聞けば下着やハンカチなども盗まれたという。
どれも不在中のことらしい。
「ぬしの部屋は何階じゃ?」
「二階です。噂で聞いた限りですが、いまのところ被害は二階だけのようです。あ、宿泊棟の建物は三階だてなのですが」
「ふーむ?」
単純な下着ドロに思えるが、ちょっと謎めいた部分もある。
二階だけから下着を盗む犯人。
三階建てなら尚更だ。
「もしや……」
「も、もしや?」
「二階から飛び降り非業の死をとげた、非モテ男の怨霊のしわざかもしれぬのう」
「ひぃい!? そんな怖いですぅ!」
怯えて震え上がるメイド。なかなかよいリアクションじゃ。
「カカカ、冗談じゃ。二階から飛び降りたぐらいで人は死なぬ。衛兵や管理人に相談はしたのかの?」
「いいえ。恥ずかしくて衛兵さんには。管理人さんもお年をめしたお婆さんなので、あまり。そこで常々『ワシは女子供の味方じゃ!』とおっしゃっておられたシャーロッテ様にご相談をと思いまして」
真剣な眼差しを向けてくる。
「確かに、そう言っておったの。叔母上が」
言った。
そんなことを言った。
メイドはもちろん、貴族の子女たちにも。
職につく女性職員たちも、女性ならではの困りごとを相談されることはしょっちゅうだった。
男性の魔法使いより、話のわかる魔女を頼りにしてくる。
特に魔法使いは偏屈でプライドの高い輩が多く、気に入った娘でもなければ話もしてくれない。
その点、シャーロッテは身分の高い魔女として一部には恐れられていたが、女性たちには信頼され、人気があった。
「姪御さまであらせられるホムホムさまに、こんなご相談をしてはご迷惑だったでしょうか?」
「いや、大丈夫じゃ。ワシに任せておけ。叔母上から、困りごと相談を任されておるゆえの!」
カカカと高笑い。
「シャーロッテ様にそっくり……」
チャロルは目を丸くした。
内心、シャーロッテ様とホムホム嬢は、姉妹ではないか……と思うほど、笑い方や仕草が似ている。
「いずれにせよ、女の敵がおるのなら取っ捕まえねばならぬの」
不埒な輩は、城内の風紀を乱し、神聖帝国の評判を落としかねない。よって厳しく取り締まりの対象となる。
訴えがあれば衛兵が巡回を増やし、魔女が魔法で見張りをする。しかしメイドたちの宿泊棟は、そうした庇護から外れている。
「あまり、おお事にはしたくないのです」
チャロルは声を潜めた。
「わかっておる、事情は知っておるからのぅ」
「ホムホム様……?」
女の園である宿泊棟。沐浴場の覗き魔を捕まえてみれば、貴族のご子息さまだったり、大臣閣下の付き人だったり。侵入者を戦闘に長けた「バトルメイド」が叩きのめしたこともあった。すると非番の衛兵だったこともあったらしい。
表沙汰に出来ないケースは枚挙に暇がない。大抵のケースは厳重注意程度で闇から闇へ。
だからこそ一向に、そうした不埒な輩が減らないのだが……。
確かに以前、ワイセツ未遂の犯人――貴族のバカ息子を呪詛で一生「不能」にしてやろうとした。ところが裏でワイロをもらっていた魔法使いが激しく抗議してきたのでやめたこともある。
ゆえに、大事になる前に、犯人はその場で処刑するのが手っ取り早い。せめてボコボコにしてやるべきだとシャル・ホムホムは思った。
「コホン、まずは現場を見せてもらおうかの」
「よろしいのですか?」
「それが探偵であるワシの仕事じゃ」
「ありがとうございます!」
シャル・ホムホムはメイドのチャロルの案内で、王城エリアの宿泊棟へ赴くことにした。
宮廷のバックヤードに降り、調理場や衛兵たちの控えの間を通り抜け、裏手の出入り口へ。
すれ違う人々は、小さなシャル・ホムホムを物珍しそうに視線を向けてきた。しかし子供らしからぬ堂々とした様子と、落ち着いた表情にただならぬ「何か」を察するようだ。
サイズこそ小さいが上級魔女の服装を身に着けている。おまけに目付きが鋭い。
「あれ、宮廷魔女のお弟子様か?」
「……おそらくな。あの黒髪、もしかするとシャーロッテ様の身内だぜ」
ひそひそと話している声が聞こえてくる。
ふむ。普通に魔女の弟子と認識されておる。
もっと探偵らしい服装を模索せねばならぬかのぅ……?
そんなこんなで屋根付きの渡り廊下を進むと、メイドたちの宿泊棟が見えてきた。
「あそこです」
チャロルが静かに指し示す。
普通の商人の邸宅を移設したような、シンプルな三階建ての建物だった。白い漆喰の壁に、茶色い焼き瓦の屋根。壁には凸凹がないので、壁をつたって二階まで上るのは難しそうだ。
周囲には何本か庭木が枝葉を広げているが、二階に飛び移れるような位置にはない。
花の咲き乱れる庭先にはベンチが置かれ、猫が日向ぼっこをしている。
「なかなか良い感じじゃの」
「お陰さまで。こんな素敵なところに住めて、感謝しております」
それは本心らしかった。
建物の正面に玄関があり、小さな窓が整然と並んでいる。一階は正面玄関の左右に三つずつ、小さな窓が並んでいる。
北側にも同じ部屋がある可能性もあるが、正面玄関の奥は管理人の部屋と仮定して、南面に6部屋、北側に6部屋。計12部屋あると仮定する。
二階、三階にも七つの窓がみえる。玄関の真上にある窓は階段の窓だろう。各階が同じ構造なら12部屋が三階ぶん。つまり、
「全部で36部屋かの」
「すごい、その通りです!」
チャロルが目を輝かせて驚くが、ごく簡単な観察と計算から導き出せる。
キッチンや洗濯場、沐浴場やトイレは正面から見えない北側の一階に造られるのが一般的。おそらく管理人の部屋と繋がった、北側にあるだろう。
「各部屋に、窓はひとつずつであろう?」
「はい」
「窓は簡単に開くのかえ?」
「内側から押し開けて、つっかえ棒で支えます」
窓枠は「田」の形状で、ガラスが嵌め込まれている。上部に蝶番があり、斜め上方に開くようだ。
いくつかの窓は開いていて、つっかえ棒で支えられている。
「二階と三階の窓は開いている部屋が多いのぅ。不用心じゃ」
「みんな窓からは誰も入ってこれないと思っています。それに、換気のために少し開けているのです。部屋に湿気がこもるので、風通りを良くしたくて」
侵入経路は窓だろうか。
「しかし人間が入り込むには、窓が小さすぎるかのぅ」
半開きの窓の隙間は、拳ふたつ分にも満たない。子供ならなんとか通れそうだが、大人の男では厳しいだろう。
だが思い出した。
「……昔の話じゃが、ヌレティル湿原の洞窟に、蛇人間がおっての」
「へ、蛇人間……ですか?」
「そやつは全身の骨を自在に外し、狭い場所や高い位置へと入り込めるのじゃ」
「ひぃいい!? 怖い、怖いですうう!」
涙目になるチャロル。うむ、いい反応だ。
「まぁ王城エリアにはおらぬがの」
「も、もう……!」
「カカカ、では部屋を見せてもらうとしようかの」
<つづく>