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宮廷に潜みしもの

「では、私はここで」

「ドルクルス衛兵隊長どの、感謝するぞな」

「何かございましたら、遠慮なく我らにお声をかけてください」

「おうおう、頼もしいことじゃ」

 敬礼すると(きびす)を返し去ってゆく衛兵隊長。

 昨日は首根っこを掴んで放り出されたが、随分と紳士的な対応になったものじゃ。元に戻ったら目をかけてやることにしよう。

 赤い鎧を着た隊長の大きな背中を見送ってから、シャル・ホムホムは執務室のドアノブに手をかけた。

 扉には表札代わりに『宮廷魔女シャーロッテの執務室』というプレートが貼り付けてある。

「おぉ、そうじゃ」

 おもむろに腰のポーチから魔法のサインペンを取り出して『(姪の)シャーロッテ・ホムホム探偵事務所』と書き加える。

「これでよしっと」

 訪問者はだいたい察してくれるじゃろう。


 ドアノブを回し、小さな身体で扉を押し開ける。中を覗き込んでみるが、人の気配は無い。

「……誰もおらぬようじゃの」

 シャーロッテ・ホムホムは執務室へと入り、まずは部屋を慎重に見回してみた。部屋全体が一回り大きくなったように感じるのは、自分が子供になったせいか。

 窓からは明るい陽光が差し込み、執務机や調度品、革張りのソファーがピカピカに輝いている。

 メイドたちによって部屋は掃除済みだった。整理整頓がなされ、清掃が行き届いている。

 一人酒盛りをしたテーブルに酒盛りの痕跡つまみ類は無く、罠が仕掛けられていた(かもしれない)証拠の品――高級ワインの瓶も消えている。

「まぁ、これは想定内じゃ」


 太古の遺物『蟲眼鏡(マギニグラス)』を腰のポーチから取り出す。手のひらサイズの虫眼鏡を通し、床やテーブル、壁を観察してゆく。


「なにか残ってはおらぬか……?」

 淡い青色に光って見えるのは魔力の痕跡だ。

 どれも自分のものばかりだ。虫眼鏡の持ち主と異なる魔力波動や、魔法の痕跡があれば、赤く光って見分けがつくはずなのだが……。

 床板は隅々まで磨かれ、足跡も残っていない。窓枠やテーブル、本棚も拭きあげらている。

 まるで魔法の痕跡を消そうとしたかのように、何もかもが綺麗さっぱり。魔法に詳しい人物がいて、完全に証拠隠滅でもしたかのようだ。

 執務室には何か、罠を仕掛けた人物の痕跡があるものと期待しておったが……。


「いや、まてよ」

 そういえば、本を一冊取り出し読みかけていた。

 壁際の書棚を見上げると、本来あった位置に戻されている。

 椅子を書棚の前まで引っ張っていき、少々行儀は悪いが座面に立って本を手に取った。

「これを読んでいたときに、メイドどもに踏み込まれたのじゃったな」

 魔法の暗殺術などに長けた闇の組織、『クロノ』について書かれた本だ。あくまで組織に関する調査結果を纏めただけの本であり、本格的な魔導書(グリモワール)とまでは呼べない代物だ。

 身体を小さくする魔法、魔法で老化させる、あるいはその逆の術式について、いくつか簡単な記述がある程度だ。

 本をテーブルの上で広げ、魔法の虫眼鏡で覗いてみると……あった。

 赤い指先の痕跡がいくつか残されていた。

 まだ新しい。数日前か、昨日の晩か。

 シャーロッテが読もうとしていた本の内容を確かめるかのように、該当するページをめくった痕がある。

 さすがに本の内側に触れた痕跡を消すまでは、思い至らなかったのだろう。

「やはり魔法に精通した何者かが、ワシの状態、動向を探っておるようじゃの」


 だが、ひとつ疑問も残る。

 子供に戻すというこの魔法の罠は、はたして成功した結果なのだろうか?

 謎の敵にとって、何のメリットがある?

 老化させて醜くするのならまだしも。こんなに若返ってしまったら、可愛くなってむしろラッキーというものだ。と考えると、何者がか仕掛けた「罠」は成功なのか、失敗なのか疑問符がつく。


 そもそも、普段から幾重にも対魔法防御を仕込んでいるSランクの宮廷魔女、シャーロッテに対し魔法の勝負を挑み、出し抜くのは容易ではない。虫の居所が悪ければ八つ裂きにされるからだ。


 敵は、絶対にアプローチをかけてくる。

 魔法の罠を仕掛けた敵は、シャーロッテがどうなったか確かめたいはずなのだから。

 メイドたちや衛兵から「シャーロッテの部屋に子供がいたのでつまみ出した」という話はやがて伝わってゆくだろう。 

 故に、こうしてシャーロッテ本人ではなく、あくまでも(めい)であると名乗っておけば、相手もいきなり手出しはしてくるまい。

 シャーロッテに魔法毒が通用せず、無傷である可能性を排除できないからだ。


「さて、あとは待つしかないかの」

 窓を開け放すと心地よい風が吹き込んできた。小鳥のさえずりが耳に心地よい。

 窓から見える眺めも格別だ。神聖ヴァルムヘイム王国、中央都市コアルガルドの街並みは美しく、発展し活気溢れる王国の姿を見ることができる。

 王城エリアは高い城壁で囲まれているが、内側は緑豊かな芝生と、庭園が広い面積を占めている。

 白馬で乗馬を楽しんでいるのは第三王女、おてんばで名を馳せるメリアテレス姫様だろう。執事やメイドたちが慌てて追いかけているが、滑稽で愉快。

 城内はいつもと変わらない、なんとも優美で穏やかな時間が流れているようだ。


 赤い鎧を着た衛兵が、二人一組であちこちを巡回しているのも見える。今頃は今朝の城門での一件を、衛兵たちがあちこちで触れ回っているに違いない。


 ――宮廷魔女シャーロッテ様の姪っ子さまは、とても賢く聡明で、しかも探偵スキル持ち! 可愛い、美少女だった!


 と、いう具合にの。

 噂を流してくれるのは好都合。存在感が増せば何かしらのアプローチ、あるいは手がかりや情報も入ってくるじゃろう。

「果報は寝て待てじゃの」

 本を閉じて元に戻す。

 探偵稼業とは、実に気楽なものじゃ。


「ふぁ……」

 朝早かったせいか眠くなってきた。

 ソファに全身を埋めるようにダイブし、寝そべる。


 どれくらい時間が経っただろう。

 コンコンコンとドアをノックする音で目が覚めた。


「んー? 誰じゃい?」


「あの、シャーロッテ様……の姪御さまはいらっしゃいますでしょうか?」

「おるぞい。開いておるから入るがよい」


 やがてドアが開き、一人のメイドが入ってきた。栗色の髪を二つわけのお下げにした、そばかす顔の少女だ。

「し、失礼します! 私、チャロルと申します。あの……失礼ですが、シャーロッテ様の姪御さま……でしょうか?」


「おうおう、ワシが探偵スキル持ちのシャル・ホムホムじゃ」

「は、はぁ……」

 流石に驚いているようだ。

 無理もない。王立学校の授業を抜け出してきたような、子供の姿なのだから。

「あいにく叔母上は留守での、ワシは代理じゃ。困りごとがあれば相談するがよい。なんなりと申せ」

 ソファーにふんぞり返ったまま横柄に応じる。

 酒に酔うと勢いでテーブルに脚を乗せてしまうのだが、いまは届きそうにない。


「困りごと……は、確かにあるのですが……」

 そばかす顔のメイドが困ったような顔をする。


 何じゃ、まだなにか不満か?

 と思ったが、なるほど。

 肝心なことを明示していなかった。


「無論、無償じゃ」

「おねがいします!」


<つづく>

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