【事件簿・1】消えた「北の塔の鍵」
「北の物見台の鍵を見つけ出せ、とな?」
「えぇ。宮廷魔女シャーロッテ殿の姪御……シャル・ホムホム様。仮にも魔法探偵を名乗るのでしたら、朝飯前でございましょう?」
言葉は静かで丁寧だが、明らかに子供相手と思ってか小馬鹿にしている。
いや、こやつは試しているのだ。
姿と言動の一致しないシャル・ホムホム、つまりシャーロッテに対し、不信を抱いていることは想像に難くない。
正門を守護する衛兵や門番を束ねる男、Aランク宮廷魔法使い、ガリュード・バンズ。食えぬ男のようじゃ。
門番や衛兵は剣術や武術に長けていても、魔法や呪術には対応できない。ゆえに、このような宮廷魔法使いが纏め役として着任する。
数ヵ所ある城門は、王城エリアにおいて重要な魔術防衛拠点でもある。危険な意図を持つ魔法使いの侵入を阻止し、呪物によるテロなどにも警戒する必要があるからだ。
「なるほど、神聖王国の門番は実に有能じゃの」
「お褒めに預かり光栄にございます」
慇懃無礼のお手本のように一礼する。
「ホムホム殿、我々はランダムに王城エリア内を巡回しております。そのとき、いくつかの塔に上り周囲を確認するのです」
親切にシャーロッテに教えてくれたのは衛兵隊長だった。
「ふむ、なるほどのぅ。ご教授いただき感謝じゃ隊長どの。つまり城壁の十二方位にある物見台……塔ごとに鍵があるわけじゃな」
「左様です。しかし、夕べの巡回当番だった衛兵が、今朝から無断欠勤しておりまして……。鍵が見当たらないのです」
声を潜めながら身を屈め、耳打ちする。あまり聞かれてはマズイ話なのだろう。
「誤って持ち帰ったのではないかのぅ?」
至極当然の、子供じみた考えをのべる。
老魔法使いが「その程度か」とばかりに口角を持ち上げた。
「それを確かめませんと。これから彼の家に同僚を向かわせるつもりです。誤って家に鍵を持ち帰ったのなら重大な規律違反。きつく処罰せねばなりません」
衛兵隊長は険しい顔になり、同僚たちを見回した。同じようなミスをするな! という訓示も兼ねているのだろう。
「ドルクルス衛兵隊長、少々喋りすぎですな」
老魔法使いが衛兵隊長に釘を刺す。
「は……!」
姿勢を正し視線を正面に戻す。これ以上、話を聞くことはできないだろう。
さて。
鍵を見つけ出せ、というのが、ガリュード・バンズの依頼だ。
確かめるには昨夜の巡回当番だった男の家に行かねばならない。
つまり宮廷を前に転進。
街に戻れということだ。
なんともまぁ、実によくできた作戦じゃ。
部下のミスを転用し、こんな意地悪な難題を瞬時に思い付くとは。
ガリュード・バンズという男、なかなか知略に長けた切れ者らしい。
意地悪はあとで倍返しするとして……。
頭の出来ではワシとて負けておらぬ。
衛兵隊長や衛兵たち、最初に通せんぼした門番たちが固唾を飲んで、黒髪の少女の反応を窺っている。
シャーロッテ改め――シャル・ホムホムは、形のよい顎を指先で支え、しばし思案する。
夕べの夜間巡回。
衛兵が持ち出した「北の物見台」の鍵。
どこかへ持ち去られた鍵。
夕べ何があった?
なぜ今朝になり無断欠勤した?
点と点とを繋げてみる。衛兵が良からぬ陰謀に関わり、鍵を外部の何者かに渡し逃亡……。という可能性もあるが、どうも釈然としない。
「フフフ、どうなさいました? いまから彼の家に赴き、鍵の所在を確かめて頂けますかな?」
老魔法使いは胸を張りながら、街へと戻る橋を手のひらで示した。
お帰りください、と言わんばかりの態度で。
橋は夕べの雨で濡れていた。朝日があたり靄が生じている。
気温がいつもより低いのだ。太陽がより高く上れば水は蒸発し消えてしまうだろう。
――そうじゃ……雨!
ひらめいた。
瞬きのような思考の輝きが、魔法円のように繋がり、ひとつの真実をあぶり出す。
「あそこは、衛兵たちの詰め所じゃったの」
シャル・ホムホムは老魔法使いから視線をはずし、衛兵たちの詰め所を指差した。
「……ぬ? いかにも。しかしそれがなにか?」
城壁に寄り添うように建てられた詰め所は、三階建ての半円形で、壁の頂上へ屋上から上れるようだ。
表面は強固な魔法合成石灰石の漆喰が塗られている。
「あの詰め所で、それぞれの塔の鍵を管理しておるわけじゃな?」
「は、はい」
「鍵は二階の壁に掛けています。かならず誰かの目があり、持ち出すことは出来ません」
衛兵たちが頷いた。
それは問題ではない。そもそも返却されていないのだ。
「建物よりこの扉はなんじゃ?」
「さまざまな備品置き場です。武器庫は一階にありますが、それ以外の……捕縛用のロープや盾、替えのブーツや雨ガッパ……」
それじゃ!
「鍵はその扉の中じゃ。濡れている雨ガッパがあるはずじゃから。右の内ポケットを探してみい」
シャル・ホムホムは言いきると、すました顔で黒髪をかきあげた。
「ぬ……う!?」
ガリュード・バンズは驚くが、衛兵隊長が目配せする。
二人の衛兵が小走りで備品置き場へと向かって行く。すると、中に入って一分もたたぬ内に、ひとりの衛兵が手を掲げながら飛び出してきた。
「ありました! 北の塔の鍵です!」
「雨ガッパの内ポケット、右の内側に……!」
二人の衛兵たちも驚いたように顔を見合わせる。
「おぉ!」
「本当に見つかったぞ!」
「すごい! シャルさまの言った通りだ!」
「カカカ、ざっとこんなもんじゃ!」
「シャル・ホムホム殿は、本当に探偵なのですな! すごい、妻と娘に聞かせてやりたい!」
大きな身体の衛兵隊長が、子供のように目を輝かせた。
「ちょ……ちょっ!? ど、どういうことです!? なぜ……鍵のありかがわかったのですか?」
老魔法使いが困惑の表情を浮かべながら、シャル・ホムホムに近づいてきた。
「なぁに。簡単な推理じゃ」
「推理……魔法の思考加速! 状況認識術式を使ったと!?」
「たわけ。頭じゃ、類い稀なる聡明なワシにかかれば、朝飯前じゃ」
まぁ朝飯は済ませてあるが。
「そうか……夕べは雨が降っていた。気温も低かった……。だから雨ガッパを羽織り、北の塔に向かったのか……」
「暗く寒い雨のなか、仕事を終えて一刻も早く詰め所に戻りたかったのじゃろうて。大変な仕事じゃ。鍵をうっかり雨ガッパの内ポケットに入れ、そのまま備品庫に片付けてしまったのじゃろう」
おぉ……! と衛兵たちが感心する。
簡単な推理だが、後半は「賭け」でもあった。
「いや、しかし! なぜ右のポケットだと!?」
老魔法使いがギラギラと目を見開き詰め寄った。シャル・ホムホムはすこし後ずさりしつつ、
「お主は衛兵たちの纏め役じゃろう? 儀礼式典で整列したときの見映えを考慮し、全員右利き。武器である剣は腰の左側。いつでも柄に手を掛けられるよう、右手は空けておくのが常じゃ」
はっと息を飲むのがわかった。
「つまり、鍵は左手に持ち……右の内ポケットへ」
「それしかあるまい。雨ガッパは外套じゃから外側にポケットなんぞ無いからのぅ」
「ぬ……お、おみそれしました」
ガクリと老魔法使いが肩を落とした。
勝負あり、じゃ。
「しかしホムホム殿。なぜ、彼は今朝になり無断欠勤をしたのでしょうか?」
衛兵隊長の問いかけに、思わず大きくため息を吐く。
「ったく、そこまで言わねばわからぬか?」
「は、はぁ」
「雨合羽を脱いで帰宅したのじゃからの、さぞ寒かったであろうの。だから雨にあたり、熱でも出したのであろうて」
ここはこじつけだが、辻褄は合うだろう。
「な……なるほど!」
「いまから誰ぞ家に向かうなら、美味いものでも差し入れるがよい。あぁそうじゃ、ベーカリー通りの甘い菓子などがおすすめじゃぞ」
シャル・ホムホムはそう言って微笑むと、踵を返しすたすたと歩きだした。
宮廷の自室――魔女の執務室へむかって。
<つづく>