姪(めい)探偵、ホムホムを名乗りしもの
◇
シャーロッテはまず魔女の服を仕立て直した。
慣れない針仕事で夜なべ仕事になったが、子供の体には大きすぎるからだ。
「コスプレみたいじゃが、まぁよかろう」
洗い替えの「魔女の服」を切り詰め、子供用サイズに合わせてみたが、なかなかどうして。可愛らしい。
「幼いワシは、何を着ても似合うのぅ」
鏡に映った自分の姿に目を細めつつターン。
ふわりと藤色のワンピースの裾が揺れる。絹と木綿を魔法合成した繊維は、呪詛系攻撃魔法を数パーセント低減する効果がある。
また、袖口や裾に縫い込まれた黒いレースの縁取りは、邪視除けの意味がある。このように魔女の身につける服は機能的であり、かつ気品もある。
「これで服装は良いとして……」
肝心の『魔力検知』能力が心もとない。
魔力による攻撃を察知し、あるいは魔術が行使された痕跡を感知する、仕掛けられた呪詛を見破るなど『魔力検知』の能力は、宮廷魔女として大切な基本能力なのだ。
しかし、今は能力が十分の一程度にまで低下している。
これでは悔しいが弟子たちにも劣るだろう。
だが、シャーロッテには過去に蒐集した魔法のアイテムがあった。こんな時こそのおあつらえ向きの魔法のアイテムが。
「これじゃ、これ」
太古の遺物『蟲眼鏡』――。
手のひらサイズの手鏡のようだが、虫眼鏡に似ている。
レンズは特殊な水晶を磨き上げたもの。持ち手やレンズを覆う縁は、蛇のような邪悪な生き物が絡み合った造形。一見すると呪いのアイテムのようだが、微弱な魔力を増幅し「視る」ことができる優れもの。
仕掛けられた魔法の罠を見破り、魔法をの痕跡を追跡するのにも役立つ。
アイテムを持ったことで、魔女というより事件の謎を追う『探偵』へとジョブチェンジした気分になった。
実際の探偵稼業は民間の有料調査ギルドだが、特段スキルや天恵によるギフテッドは必要ない。
「まずは宮廷に橋頭堡……いや、探偵事務所を確保せねばのぅ」
黒いインバネスコートを羽織リ、長い黒髪をふわさっとかきあげる。胸元にあしらった大きな赤いリボンがワンポイントだ。
身支度を整えたところで宮廷へと向かう。
外へと出ると昨夜のうちに雨が降ったのか、石畳には小さな水たまりができていた。
朝日に輝く白い雲が水面に映っている。
「よっ!」
水たまりを跳び越える。
久しく忘れていた感覚だった。
子供の今ならば、こんな事さえも楽しく思えるから不思議だ。
街の通りから白亜の城と王城エリアが見えてきた。
王城エリアは、直径一キロメルテ(※メルテ=メートル)ほどの円形の形成地だ。深い堀と高い塀に囲まれたその内側全体を王城エリアと呼ぶ。
神聖ヴァルムヘイム王国騎士団の詰め所、訓練所や兵舎。厩や武器庫に食料庫。他にも王国の行政実務を掌る王政府の事務所や官舎など、さまざまな建物が庭園を挟んで立っている。
その中でも「宮廷」と呼ばれる王族の住まいは、美しい庭園を抜けた中心にある王城――白亜に輝くコアルガルド城のことをいう。
家から歩いて十五分で王城エリアと市街地を結ぶ橋へとついた。
この橋を渡りきれば、王城エリアを囲む壁の城門へと至る。
すたすた橋の中央を進んでゆくと、二人の門番がシャーロッテの行く手を遮った。
「君、止まりなさい!」
「許可なき者は通れない!」
門番――武装した兵士二人が槍を交差させる。
「無礼者め、道を開けぬか」
小さい身体で毅然と言い放ち、槍を下げよと身振りで示す。
だが、門番達は動じない。クスリともせずに真顔で槍を向けてきた。
「子供は帰りなさい」
「君のご両親に処罰が下ることになるぞ」
「うぬぬ、石頭どもめ」
いつもは門番など置物同然。シャーロットを見るや姿勢を正し道を開けるだけなので素通りだ。
しかし、子供の姿になっただけでこんなにも扱いが違うのか。
節穴の目を持つ愚か者めらが……と思ったが、此処までは想定内だ。
「ワシは中に入る資格があるのじゃ!」
「はぁ!? ガキが……!」
「あのなぁ、おじさんたちを困らせないでくれ」
門番とモメていると、詰め所から衛兵も出てきた。
黒髪のシャーロットを一目見るなり、衛兵隊長のオジさんが目を丸くした。
「あっ!? おまえは昨日の不法侵入者のガキ!」
「ったく、懲りねぇな。さぁ帰った帰った」
「王城エリアには、許可がないと入れないんだよ」
門番や衛兵に囲まれ諭される。またもやつまみ出されそうになったが、
「許可ならあると言うておろうが、ほれしかと見ぃ!」
シャーロッテは一枚の書状を取り出し、広げてみせた。
取り上げられないよう程よく距離を保ってから、懐から巻物を取り出し広げてみせる。
「何だこれは?」
「おぉ?」
「ぬっ!?」
「これは……?」
衛兵と門番が書面を眺め、目を白黒させる。
そこには、確かに『魔女の推薦状』と書かれている。
『上級宮廷魔女シャーロッテ・ホムリュード・ホムラルクスの推薦状――。
この書状を持つ者、シャル・ホムホムは、
我がシャーロッテの姪にして、魔法の深遠なる知識に連なりし者。
魔法の探知に長け、嘘と邪悪な企みを見破る知恵と術を身につけし者。
王国に仇なす輩を見つけ出し、正義の旗印のもと、真実を暴く。
いわば『魔法探偵』である。
王城の平和と栄光をもたらすものなれば、我がシャーロッテの名に於いて宣言する。
留守の間、以下の特別権限を貸与するものとする。
1、我が執務室の自由な使用を許可する
2、優秀な助手、三名の同行を許可する
3、城内の自由な移動、会話を許可する
魔法刻印→■■■■■』
「どうじゃ!」
ドヤ顔で衛兵や門番に見せつける。
魔法刻印は絡み合った蛇と竜を模った焼印のようなものだ。
「推薦状って……、宮廷魔女シャーロットさまの?」
「それにシャーロッテ様の、姪?」
「魔法探偵だと?」
顔を見合わせる門番や衛兵たち。
「魔法刻印もあるぞ」
「だが、これは本物の書状か?」
「たわけが! 本物じゃ! 節穴か貴様らの目玉は。これはワシ……いや、叔母である宮廷魔女シャーロッテより賜ったものじゃ! この魔法刻印が目に入らぬか!」
うりうりっ、と衛兵の顔の前でヒラつかせる。
「これはなんの騒ぎだ!?」
と、そこへドカドカと靴を鳴らしながら、黒いマントに身を包んだ魔法使いがやってきた。
白髪頭で血色の悪い、目付きの鋭い男だ。名は確か……ガリュード・バンズか。
「警護隊筆頭魔法師様……!」
衛兵隊長が姿勢を正す。
門番どもの束ね役、Aランク魔法使い、ガリュード・バンズ。
シャーロッテはSランクゆえに、普段は歯牙にもかけぬ。いつも一礼し通り過ぎるのを待つだけの魔法使い。だが今は尊大な様子でシャーロッテを見下ろしている。
本来、AランクとSランクの魔法使いや魔女の間には、大きな実力差が存在する。
真正面から魔術で争えば、足元にも及ぶものではない。
だが、小さくなった今は逆に一瞬で捻り潰されかねない。
「この子供が入城したいと!」
「宮廷魔女、シャーロッテさまの姪であると……」
「推薦状を保持しておりまして」
「推薦状?」
「そうじゃ! ほれ、しかと見い」
書状をガリュード・バンズの鼻先に突きつける。
「ぬ……?」
無論、紛うことなき本物だ。
昨夜、自分で書いたものなのだから。
筆跡はもちろんシャーロッテ本人のもの。
魔法のハンコ『魔法刻印』も宮廷魔女として初めて入城する際、王女陛下より下賜されたものだから本物だ。
魔法の練り込まれたインクで刻印を押しているので、これ自体が本物の証明になる。
老魔法使いは手を書面の魔法刻印に向けた。
ボウッ、と青白く光を放つ。
「ど、どうですか?」
「間違いない……確かに本物のようだ」
「な、なんと!?」
「ではこの子は……シャーロッテ様の姪御さま!?」
「だから何度も言っておろうが!」
「特徴的な魔力は、シャーロッテ様特有の魔力特性を識別するものだ。この魔法刻印は間違いなく、宮廷魔女のシャーロッテさまのものだ」
信じられないという面持ちで、老魔法使いが小さいシャーロッテを見下ろしている。
「おぉ……!?」
白髪頭の魔法使いはしばらく忌々しげにシャーロッテを睨んでいたが、やがてペコリと頭を下げた。
「どうぞ、お通りください。シャル・ホムホム様」
「フフン、では遠慮なく入らせてもらうぞい。……ときに、そこの衛兵隊長さん」
「はい?」
「ワシを叔母様の部屋まで案内してくれぬかのう?」
「おま……! いや、昨日忍び込んだだろうが……」
「あれはほんの悪戯心じゃ。反省しておるから今日はちゃんとしてきたではないか」
「う……まぁ確かに」
「共に来てもらえぬかのぅ? どうも慣れない城ゆえ、心細うて……」
高圧的に言おうかと思ったが、下手に出たほうが良さそうだ。
少し上目遣いで子供っぽく言ってみる。
「なるほど」
「この先にも衛兵やら宮廷魔法使いがおるじゃろうし、説明してほしいのじゃ」
案の定、物分りの良い衛兵隊長はしばし考え、頷いた。
そして同僚たちに目配せをした後、
「わかりました。私が君を案内しよう」
引き受けてくれた。
昨日は「娘がいる」と言っていたし、案の定じゃ。ちょろいものよ、ヒヒヒ。
「おぉ頼もしいのう。昨日のことは謝るぞな」
「いくら王宮魔女様の姪ごさまとはいえ、ああいうことは困ります」
「以後、気をつけるのじゃ」
反省した素振りをする。
段々、この姿の使い方もわかってきたぞい。
「ふむ、素直で良い子です。では、私の後についてきてください」
「頼むのじゃ」
しめしめ。
良い味方をゲットしたぞな。
大柄で髭面の衛兵隊長を先頭に、城門をくぐり抜ける。
これで自分の執務室へ行けると思った、が――。
「またれよ」
背後から声がした。
思わず足を止め、ため息交じりに振り返る。
「まだ何か?」
じっと視線を向けているのは魔法使いのガリュード・バンズだった。
「ホムホム殿は、魔法探偵とおっしゃいましたか」
「そうじゃとも」
「では、ひとつ頼まれてはくれぬか?」
こいつ……!
「はぁ、頼みとは?」
「なぁに簡単な依頼ですよ。実は今朝から、北の物見台へ入るための鍵が見つからないのです。それを見つけ出してほしいのですが」
少し左の唇の端を吊り上げ、見下しながら言う。
他の衛兵たちも「あ……」という顔をした。すこしマズイ事なのだろう。
「北の物見台の……鍵?」
シャーロッテは魔法使いに向き直った。
老魔法使いが挑戦状を叩きつけてきたのだ。
――何じゃコイツは、ワシを試そうというのか?
ナメやがってからに……!
もとに戻ったらギタギタにしてやるぞな。
シャーロッテは眉根に力が入り、青筋が浮かびかけた。しかし静かに鼻から深呼吸をして、なんとかこらえる。
「えぇ。上級Sランクの宮廷魔女のシャーロット様。よく存じ上げております。高慢でご自分の力を鼻にかけ……いえ、素晴らしい魔女様ですが彼女の姪ごさまともなれば、さぞ聡明かつ高度な魔法知識をお持ちなのでしょう」
ベラベラと老魔法師が喋りだした。
目を血走らせ、唇をわななかせながら、完全に挑発し始めたぞコイツ。
何か鬱憤でも溜まっていたのか?
よくわからぬが、ここで挑戦を受けないという選択肢は、無いだろう。
「あー、貴殿の心の声は叔母上に伝えておきますが、鍵を探せばよいのですね?」
「えぇ、是非とも。魔法探偵のホムホム様」
老魔法使いは、とても意地悪な笑みを浮かべている。
「いいじゃろう。その謎、解いてみせようぞ!」
<つづく>